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誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

夜が明ける【3】

電話越しでも相手が誰だか分かってしまう。相手が特定した後は胸が弾んで、心の中が幸福感でいっぱいになった。

「くさ、かべくん……?」

「うん、そうだよ。唐突で悪いんだけどさ、今日出て来れる?」

「え?……うん、大丈夫だよ」

「何時頃なら都合良い?」

「何時でも大丈夫」

「……じゃあ、自宅近くまで迎えに行くから。15時位には行けると思うから。……え、あー、分かった、今行く。呼ばれたから、じゃ、また連絡するから」

………ん?

一方的に電話をかけてきた日下部君は、仕事中だったのか誰かに呼ばれたらしく、一方的に電話を切った。そして、私の自宅付近まで迎えに来ると言っていた。

本当に要件のみでしか言われなかったので、何がどうしてこうなったのか良く分からない。謎である。

───偶然に出会ったあの日を思い返す。私は日下部君がバスルームから出た後にシャワーを浴びた。髪を乾かし、部屋に戻ると日下部君は気持ち良さそうにベッドで眠りについていた。

日下部君の安堵した寝顔を見ながら、行為の最中に呼ばれた"あきばさん"と言う名前を再び思い出してしまった。

「……おいで」

ベッドには入らずに立ちながら寝顔を見つめていたら、日下部君に引き込まれた。私は躊躇いながらもベッドに入り込んだ。日下部君は私の事を抱きしめてくれた。

どうして、こんなに優しくするの?私の事なんて、これっぽっちも好きじゃないのに。身体だけでも手に入れた事に幸せを感じていたが、段々と不確かになって来た。

やっぱり、身体を繋げても心の繋がりがなければ虚しいだけなんだ。私は急に切なさが込み上げてきて、声を出さずに泣いた。

その夜は眠れずに始発が始まる時間まで起きていた。時間になると、そっとベッドから抜け出して起こさないように支度をする。楽しみにしていた朝食も気が乗らないから、予約をキャンセルして帰ってしまおう。

私は眠っている日下部君に、
「ありがとう。大好きだったよ」
と小声で投げかけて部屋を後にした。

支払いを先に済ませ、ホテルを後にした。外に出ると雨が降っていて、折り畳み傘を広げた。雨が降っていて丁度良かった。気を緩めると泣き出してしまいそうになるから、傘で顔を隠す事が出来るから。

私は日下部君に何も言わずに立ち去った。

……それなのに、何故、急に連絡が来たのだろうか?電話番号も自宅も知らないはずなのに。

日下部君からの電話の後、10分位は呆然としていただろうか?頭の中が混乱しているのと、嬉しかったのと。自分から逃げたくせに嬉しかったと思う事もどうかとは思うのだけれども、好きだった人から連絡が来たら純粋に嬉しいものだよね?と無理矢理に自分を丸め込もうとしていた。

「委員長、突然、悪いな」

「だ、大丈夫だよ。私、今、仕事辞めて暇してるから」

宣言通りに15時位には自宅付近まで車で迎えに来てくれた。助手席に乗せられて、ドキドキしている。綺麗に掃除してある車内は日下部君らしいし、爽やかな良い香りが漂っている。

「……仕事辞めたのは知ってる」

「……え?何で?……と言うか、電話番号も自宅も何で知ってるの?」

「職権乱用。彩羽コーポレーションに勤務してるから」

「え?じゃあ、人事担当者?」

「違う。委員長がエントリーして来たИatural+の部長だから、俺」

「え、えぇー!?」

事実を聞いて驚愕した。部長クラスなら当然、人事にも関わって来るし、応募した際の個人情報も見る事は容易い。その経緯ならば、個人情報もダダ漏れだった訳だ……。

「で、でも、面接は来週になるって人事担当者が言ってたけど……」

「今日は面接に呼んだ訳じゃない。個人的な事」

……個人的な事、ね。きっとこないだの件だ。もう逃げられない、片付けなきゃいけない。"もう良い歳の大人が一夜限りなんて当たり前だから忘れてくれ"と言ってくれて構わない。日下部君からはっきり言われたら、私は今度こそ、完全に失恋出来るから───……

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