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誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華

ブラックアウト【2】

「……そんな日下部君は見たくないよ。高校時代はさ、常に前向きだったじゃない?落ち込んでる日下部君なんて、らしくないよ」

私は失恋してヤケ酒をしている日下部君なんて見たくなかった。そんなにも日下部君に想われている誰かが羨ましくて、妬ましい。自分には向けられなかった恋心は他の誰かの物で、その他の誰かは違う誰かが好きで。こんなにも日下部君に想われているのに他の誰かと一緒になりたいだなんて、その人は欲深だ。

日下部君に卒業式に想いを告げれば良かった。成人式に再会した時に想いを告げれば良かった。

私の日下部君に対する想いも心の中から顔を出す。心の奥底にしまい込んで、忘れた事にしていた恋心。今も尚、振り向いては貰えない私。

「……あれ、おかしいな。涙が出て来た」

自分自身の心情が追いつかずに涙が出たのか、涙が頬に伝って行く。

「何で、委員長が泣くんだよ?泣くなよ」

日下部君は私の頭を撫でた後、手の平でポンポンと軽く叩いた。告げられなかった想いが溢れ出しそうで、気持ちが悪い。想いを告げても今の状態では、きっと答えてはくれないのだろう。

「……泣きたいのは俺なんだよ。30にもなって、片思いで失恋って情けない」

「情けなくなんてないよ、だって、私も同じようなものだから……」

日下部君に再会するまで、何人か気になる人は存在した。実際に付き合った人も居る。……けれども、誰にも本気になんてなれなかったんだ。

付き合いたての頃は盛り上がっていたのもあって、お互いに連絡も密にしていたけれど、何ヶ月かすれば、私の方から冷めてしまっていた。連絡をする回数も減り、次第に疎遠になって行く。いや、気持ちが冷め始めていたからこそ、仕事に託けて忙しい振りをして、自分から疎遠になって行ったと言う方が正しいのだろう。

ふとした瞬間に思い出すのは、いつも日下部君だった。青春時代の面影が私の脳内から消えてはくれずに存在し続けてしまう。夢にまで出て来た事もある。そんな事は恥ずかしい事なので誰にも言った事はないが、日下部君の夢を見た日は普段以上に仕事に身に入る。

手が届く距離に居るのに簡単には手に入らない。日下部君が欲しいと言う欲だけが湧き出てくる。

「泣き止んで。委員長はいつも笑ってなきゃ」

日下部君はウィスキーを一口、口に含み、テーブルにコツンと頭を乗せた。そっと私の方に手を伸ばし、涙で濡れている頬を拭う。

今だかつて、日下部君に頬を触れられた事などない。酔いが回っていない私は、指の感触が頬に残っていて、心臓が破裂するかと思った。酔っていれば、こんな些細な事、ここまで気に止めなかったのだろう。まるで、青春時代の青臭い自分が舞い戻ったのかのようにドキドキが止まらなかった。

私は触れられた部分を右手で確かめてから、シャンパンを一気飲みした。これ以上、素面で居たら、日下部君に太刀打ち出来ない。お代わりはシャンパンよりも強めなカクテルを注文し、大きめな一口を流し込む。

「委員長……、髪、伸ばしたんだ」

「……うん」

日下部君はテーブルに顔を突っ伏したまま、私の方を見ては髪の毛をクルクルと指で絡ませた。

「可愛い、と言うか……、綺麗になったな。俺は委員長がどんな姿をしてたって気付くよ」

艶のある流し目でそんな事を言うのは止めて。気付いてたならば、最初からそう言って。

「私も……、日下部君がどんな姿をしてたって気付くよ。同じ空間に居れば、人混みの中だって探し当てられる」

「……流石が俺の相棒だな」

口角を上げて微笑みながら、"相棒"だと呟く。やっぱりね、日下部君は私の事を女としては見てくれないんだ。

「相棒だからね、……一晩中、慰めてあげるよ」

残りのウォッカベースのカクテルを飲み干す。喉が妬けるように熱い。私は模索する。大人になった今だからこその慰め方。

「……委員長が慰めてくれるの?」

「私が日下部君の失恋を癒して、慰める。とりあえず、もう一杯だけ飲ませてくれる?」

「……ん、いいよ」

私は先程のウォッカベースのカクテルをお代わりし、高鳴る胸を抑える。私自身も酔ってしまえば、大胆にだってなれる。高校時代には出来なかった、アラサーになった私だから出来る事。今こそ、優等生の委員長とはサヨナラするチャンス。

一筋縄では手に入れられない事は充分承知している。高校時代の硬派なイメージの日下部君には使えなかった手段を使う。

女らしくなった私を見て欲しい。一度きりでも構わない。貴方と関係を持ちたい。

「……すぐ近くにホテルを取ってあるの。行こう?」

日下部君に知られないように二人分の会計を済ませ、店の外へと出る。生ぬるい春風が私達を掠めていく。私は酔っている日下部君の手を握り、歩き出した。

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