婚活アプリで出会う恋~幼馴染との再会で赤い糸を見失いました~

春乃未果

業務命令(5)

それから2週間、私は淡々と与えられた仕事をこなす日が続いていた。
ランチタイムになり、万智から呼び出され、会社から少し離れた洋食店へと入る。

「思い切って、他の子に応援をお願いしたの。里穂がストーカー被害と不当な異動で困ってることを話したら、少しずつだけど協力者が現れたよ」

総務部の知り合いに話してくれて、みんなで、私の異動が強引だったことを抗議する計画を立てているらしい。

「本当にありがとう、万智。みんなにもお礼を伝えて」

みんなの協力で、薄暗い中に少しだけあかがともるような気がしていた。


*  *  *


翌週の月曜日、ランチを終えて営業部にある自分の席へ戻ると、係長に声を掛けられた。

「鈴河さん、広報宣伝部の課長からすぐ会議室へ来るよう、連絡がありました」

「は、はい……」

なんだろう。宣伝部での引継ぎも問題なく済ませているし、もうこれ以上伝えることは無いはずなのに……。
不安な足取りで、会議室のドアを開ける。

「やぁ、鈴河さん。元気かい?」

作り笑顔の課長がそこに座っていた。

「いきなりだが、また宣伝部に戻る気はないだろうか?」

「えっ!? どうしたんですか?」

課長は済まなそうに声のトーンを落とした。

「社内ではまだ公表してないが、小田君はすでに自宅で謹慎処分を受けている。
そして、来月に解雇することが決定した。
実は、匿名とくめいで通報があって、彼を解雇しないのなら、鈴河さんにストーカーしていた証拠や、社内で隠ぺいしていたことを、全社員やマスコミに知らせると言われたらしい」

「証拠って……いったい誰が……」

「なぜかこの話は、TSAグローバルの専務の耳にまで入っていて。
社内でのゴタゴタが収まらないのなら、出資をストップする話が出たんだ。
それで結局、小田君を解雇するという決断に至ったらしい」

……はっ、遥斗。やっぱり遥斗なの!?
まさか、変なことを企んでなければいいと思っていたけど……こんな風に動くなんて。

「それで、本当に私がまた戻ってもいいんですか?」

「以前から鈴河さんの異動には、社内から異議の声が上がっていて……。
つまり、会社の方では穏便おんびんに済ませたいらしいんだよ。君がこのことを外で発信されると、そのぉ……こちらも困るというか……」

つまり、アプリ人気の足手まといになるから、私の口も閉ざしたいということらしい。

「わかりました。そう言っていただけるのなら、喜んで戻ります。そのかわり、今後は女子目線の企画を立ち上げさせてください」

そのセリフで、課長の八の字眉毛が、また下がって来た。

「それは、上に言ってみないと……」

「会社側は私がマスコミに話すと、まずいんですよね」

「わかった……。部長に話を通してみるよ」

課長は慌てて了解してくれた。



帰宅して、遥斗に今日の出来事を話していると、案の定、やはり平然とした態度で聞いている。

「ストーカーの証拠を突き付けた匿名の人物って……遥斗の仕業しわざでしょ?」

「さぁな」

「それに、社員の問題を会社間の取引で持ち出すなんて。遥斗の会社に迷惑が掛かるから、そんなことして欲しくなかったのに……」

「もう済んだことだ。それより、順調に戻って働けそうか?」

遥斗が心配そうに尋ねた。

「うん、ありがとう。せっかく元に戻れるんだから、また頑張って働くよ」

「でも隠ぺい体質の、あの上層部の考え方を変えないと、会社の未来は無いな」

「そうなの。自分のいた場所がこんなにもひどかったなんて。人を幸せに導く会社だと思ってたのに……。実態がわかって、ちょっとがっかりしちゃった」

そう言うと、遥斗の手が優しく私の頭を撫でた。

「里穂が働きやすくなるように、これからもなるべく協力するよ」

遥斗が掛けてくれた言葉と、その心遣いで温かい気持ちになった。

「ありがとう……。でも、また権利を振りかざしたら困るよ。だから、これからはもっと内側から変えていかないと」

万智や、協力してくれた他の女子たちにもお礼を伝えるためにも、そうしていきたいと思った。



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