人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

吸血鬼との戦い・2

「(肉体的余裕は残しておかないと……)」

 和人はそう考えつつ魔法を発動する。身体強化の魔法を付けているとは言え魔力にはまだまだ余裕があり、たとえ魔力が尽きても肉体的な限界には関係がない。身体強化の魔法が切れるというデメリットもあるが乱発しても問題ないくらいの量を和人は持っていた。
 炎、氷、雷、土……。様々な魔法が吸血鬼たちに無造作に放たれていく。それらを難なく躱す者もいればぶつかりダメージを受ける者もいる。隊長は前者に位置し、お返しとばかりに雷撃を繰り出していく。他の躱した者たちも隊長に続き魔法の応戦が始まった。
 吸血鬼にとって魔法を扱うということは体を動かすのと同じくらい慣れ親しんだものである。息を吸うように攻撃魔法を使い、歩くように補助魔法をかけ、力むように身体強化の魔法を発動する。魔族の中でも吸血鬼と同等に魔法を扱える種族はエルフくらいであろう。
 それゆえに彼らは恐怖する。

「ふっ! はっ!」

 自らの魔法を相殺し、その合間を縫うように攻撃を飛ばしてくる技術と実力に魔力量。それらすべてがこの場において吸血鬼を圧倒していた。単対多数の圧倒的な状況にも拘わらず少しずつ、だが確実に追い詰められていた。

「ぐっ! なぜだ!? こいつは魔法を使えなかったはず……、ぎゃっ!?」
「俺だってただ眠っていたわけじゃないってことだよ!」

 そしてついに最初の脱落者が出た。怪我をする者はおれど死人が出なかった事で数を生かした五分五分の戦いを繰り広げていた両者の均衡は崩れ去った。次第に吸血鬼側の負傷者が増えていく。全員でも拮抗していたとはいいがたい魔法による戦闘だったが数が減れば被弾する可能性は高くなる。

「ぎっ!?」
「ぎゃッ!」

 そしてさらに二人の命が消える。一人は雷に心臓を貫かれ、胸の周囲を焼かれて死んだ。もう一人は首に鎌鼬が直撃し、胴体と分断された。犠牲者が増えたことで吸血鬼側は死人を出す事すら不可能となった。彼らを皮切りに一人、また一人とその命を終えていった。

「くそっ!」

 魔法では埒が明かないと思った一人が飛び出すが彼の攻撃は届かず、魔法の集中砲火を喰らい原型を辛うじてとどめている程度にまで肉体を破壊された。既に彼らにあらがう力はない。
 結果、僅か数十分で吸血鬼は隊長を残して全滅した。教会の廊下は崩れ去り、外の様子が見えてしまっている。吸血鬼がこちらに集中したことで結界が消え町の人々が教会を取り囲むように集まってきている。

「ここまでか……」

 隊長はそうつぶやき、自らの敗北を認めた。既に彼にできる事はほとんどない。しかもどの行動をとっても待ち受けるのは死のみだろう。和人が覚醒した時点で吸血鬼たちに未来はなかった。

「なかなか強かったぞ。さすがにあれの倍いたら俺の体がもたなかったな」

 肉体の限界を迎える前に決着がつきそうな事に和人は安堵する。彼の言う通り数が二倍以上いればさすがに和人もただでは済まなかった。残党でしかない吸血鬼の数に救われたのだ。

「さて、あとはお前ひとりだがどうすっ!」

 最後までいう前に隊長がすべての魔力を身体強化の魔法につぎ込み一気に踏み出した。限界を超えて強化された肉体は動くごとに悲鳴を上げるがそんなことお構いなしといわんばかりに和人に肉薄する。魔法を放つ前に和人の目の前に接近した隊長は己のすべてをかけて手刀を放つ。狙うは心臓一点のみ。隊長の手が胸に、

「……あ」
「させるわけないだろ」

突き刺さる前に、隊長の顔面に和人のこぶしが突き刺さり、隊長の体は地面に沈んだ。

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