人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

第六将イグラシア、第十将マ=ムー

 新たに幹部となったアダリーシアは式典を終えて自分の矢化に戻る途中だった。日の当たる場所は避けて歩く彼女。”克服している”とは言え日光が苦手なのに代わりはなくあまり当たらないような動きで歩いていく。

「あーちゃん!」

 そこへ、アダリーシアに声をかける者が現れた。その声を聴いて彼女はうんざりする。彼女を”あーちゃん”と呼び気安く話しかける人物は一人しかいなかった。
 彼女は背中に衝撃を感じつつ倒れないように足に力を入れて踏ん張る。その突進を行った人物は彼女の細い腰に手を回し顔を背中に押し付けていた。そのままぐりぐりと頭を横に動かしていると流石に鬱陶しく感じた彼女によって鉄拳が振り下ろされた。

「ぴぎゃっ!?」
「何のようだイグラシア」

 拳骨をくらい涙目の女性、イグラシアに彼女は冷めた目で見ながら問いかける。第六将となったイグラシアは浅黒い肌を持つドワーフの様な魔族だった。黒い髪をベリーショートで整え、どこか元気溢れる、快活な娘というイメージを醸し出している。

「もーう! 痛いじゃん!」
「いきなり抱き着くからだ」
「別にいいじゃん。これくらいスキンシップだよ、スキンシップくらいいいでしょ?」
「……」

 イグラシアの言葉にアダリーシアは冷めた目で見る。彼女視点ではイグラシアと親しい間柄ではなかった。単純に親同士が仲が良かったからその関係でイグラシアの方から迫ってきていただけであった。
 故に、イグラシアがこうしてベタベタしてくるのは鬱陶しく思っていたがそれを直接言っても止める事は無かったため半分諦めていた。

「……あーちゃん。私達、幹部になったね」
「ああ」
「私達は貴方のお父さんを殺した相手の捜索と抹殺が最初の仕事だって。サジタリア王国から出ないうちに始末しないといけないんだって」
「簡単だな」
「もう! あーちゃんはなんでこんな自信満々なのー!?」

 イグラシアの言葉にアダリーシアは即答し、彼女はあり得ないとばかりに声を上げるのだった。





「……」

 新たに第十将となったマ=ムーは仮面で隠れた目で眼前に広がる光景を見る。彼の視線の先には数万もの魔物が居り彼の命令を今か今かと待っていた。その数、ゴブリンが三万、オークとオーガがそれぞれ一万の計五万の大軍であった。そして、彼らがいるのはかつてスコルピオン帝国から奪い取った要塞都市ザービクでありスコルピオン帝国との国境に位置していた。つまり、彼らはスコルピオン帝国への侵略部隊なのである。

「……前進」

 マ=ムーは簡潔に指示を出し軍勢を進める。自身は八本の足を持つ馬型の魔物スレイプニルに跨がる。彼自身が卵の時から育て上げており彼に絶対忠実な存在だった。
 そんな彼の周りを囲むようにオーガとオークが固め、その周囲をゴブリンが包む。

「……」

 マ=ムーは全身を覆う鎧の重さを感じつつ魔王であるルグスの事を考える。彼は魔王を強く崇拝していた。あの他の追随を許さぬ強大な強さに惹かれ、憧れていた。彼の矛となり盾となることを目標としておりそれが今回叶ったのである。

「(必ずや成功させる)」

 マ=ムーは心の中でそのように決意を固め軍勢を進めるのだった。彼らの目指す先はスコルピオン帝国第二の要塞都市イクリィルとその先にある帝都アンタレスである。






 魔帝国軍の動きは警戒しているスコルピオン帝国からすれば丸見えでありイクリィルでは訓練通りに防衛体制が取られ始めた。すべての門は閉じ、城壁には対空、対地バリスタが動き出し都市に住む住民には自宅待機が通達された。
 僅か数時間で防衛体制を整えたイクリィルは帝都への魔帝国軍侵攻の報を届け援軍が来るまでの間絶対に抜かせないという覚悟で敵の襲撃に備えるのだった。
 イクリィルが要塞都市としての機能を完全に発揮し迎撃の準備を終えてから約一時間後、マ=ムー率いる五万の兵が襲来した。マ=ムーはイクリィルへの攻城戦を開始し魔物たちを進ませるのであった。
 万全の状態で、決意も高く、士気も悪くない両者の戦いは拮抗しマ=ムーはイクリィルを落とす事もまともな損害を与える事も出来ずに翌日には撤退する事となるのだった。

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