人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

ボラネデ戦3

 ドルの合図とともに放たれた矢の数は数十本。本来ならタウラス公国の船は串刺しになる筈だった。
 しかし、突如海面が盛り上がり海水で出来た壁が出現する。矢は全てこれに阻まれ貫通する事無く役目を終えた壁と共に海に沈んでいった。
 あまりの出来事にレオル帝国軍が動揺する中、ドルだけは冷静に状況を分析していた。

「……成程、敵が攻めてきた理由はこういった事もあったのだな。おい!」
「……は、はっ!」
「各船に連絡!中央と右翼は海側に広がりつつバリスタを打ち込め!半包囲するように動かせ!」
「はっ!」

 ドルの指示は手旗信号を用いて各船に伝えられた。急な動きを可能にするために非常用の風魔石すら用いて風を帆に流して素早く行動する。その間にもバリスタによる攻撃は続いておりタウラス公国は船団はゆっくりとした動きながらも向かってくる矢は海の壁によってのみ込まれて届かなかった。しかし、あくまでそれは一方向のみに展開されておりドルの指示通りに反包囲が完成すれば船に攻撃が届く可能性があった。
 そしてそれは直ぐに完了した。

「提督!反包囲が完了しました!」
「うむ!攻撃開始!」

 再び一斉射撃が開始された。壁は正面のみに展開され横と斜め側から放たれる矢を防ぐことは出来ていなかった。
 通る!誰もがそう思った時だった。敵の中央の船、指揮官クラスが乗船すると思われる船から大量の炎の球体が生み出されると一つとして外すことなく矢に当たった。炎に焼かれた矢は鉄の部分さえも溶かし全て海面に落ちて行った。

「やはり攻撃は通らないか……」

 ドルは最悪の想定が当たってしまった事に表情を歪める。レオル帝国の海軍はバリスタによる遠距離攻撃の後に白兵戦を行うのが一般的であるがバリスタにより大なり小なり損害を与えた状態が前提の為この状況で白兵戦を仕掛けるのは危険と予想していた。
 しかし、そうしなければこちらが負けてしまうと考えたドルは白兵戦の指示を出そうとした時だった。お返しとばかりに炎の球体が山なりの軌道を描き全ての船に向かって降って来る。その数は一つの船に付き5つ。計400近い炎の雨であった。
 真っ赤を通り越して黄色い炎の球体を見て顔を青ざめるドル。彼は必死に叫ぶ。

「か、回避ぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 ドルの叫び声と船に着弾するのはほぼ同時でありドルは焼けるどころか解けるような痛みを感じ最後には絶叫へと変わっていた。
 ドルと同じ光景が全てのレオル帝国の船で起こる。炎は船の内部すら焼き組み立てられた船をばらばらにしながら焼いていく。
 炎が収まった時、そこには灰と化したがれきや血肉が浮かぶのみであった。






「敵船団、全滅を確認。生き残りはおりますが抵抗する力も既にないと思われます」

 タウラス公国の指揮官クラスが乗船する軍船”エーテル号”の見張り台に上り双眼鏡を眺めていたオーパは自らの隊長に報告する。隊長が発明した伝声管を通じて下にいる隊長にその場から報告が出来ていた。
 少しの間を置き男の声がオーパの耳に届く。

「確認した。俺は敵地上戦力への攻撃を開始する。観測を行え」
「了解!」

 オーパとの通信を終えた隊長はタウラス公国海軍提督ジェックスに向き直る。

「俺はこれから地上に攻撃を仕掛けます。海軍は生き残った敵兵の殲滅をお願いします」
「うむ。分かった。全船に伝えよう」

 提督は隊長の言葉に頷き部下に指示を出していく。一方の隊長は船の甲板の右端によるとそこから地上の様子を見る。敵であるレオル帝国の兵は二倍の戦力を持っているタウラス公国の陸軍を圧倒していた。今は問題ないが近いうちに瓦解するのは目に見えていた。
 そうはさせないと隊長は右手に持つ大きな杖を掲げる。それと同時に近くの伝声管の蓋を開けオーパに話しかける。

「準備はいいか?」
「勿論です。先ずは……」

 そう言ってオーパは詳しい座標を押していく。そして最後に「雷」と言うと一旦伝声管を閉じたらしく声は聞こえなくなった。しかし、十分に情報を受け取った隊長は杖に魔力を込める。
 杖に取り付けられた増幅装置により込めた魔力は4倍に膨れ上がり杖の先端に黄色い光を生み出す。十分に光ると杖から黄色い光が物凄い速さで射出されレオル帝国軍の本陣の上空で止る。すると黒い雲が発生し雷が鳴る音が響く。快晴にも関わらず発生した雷雲にレオル帝国の兵士は困惑するがタウラス公国軍は”それが何かを知っている”為歓声を上げ反撃を開始した。

「”雷神の一撃”」

 隊長がそう言うと同時に雷雲より複数の雷が意志を持ったように荒れ狂いながら本陣の兵に落下する。高圧の電流を普通の雷より長く受けその兵は焼き焦げて絶命する。それが五人同時に起こり本陣はパニックに陥る。それを治めようとした兵士が雷に当たり焼死体となっていく。

「敵の指揮官と思わしき人物に命中を確認。だが総大将ではないと思われる」
「引き続き観測を行え」
「はっ!」

 オーパからの報告に簡潔に答えると隊長、ジュン・スギタニは更なる攻撃を加えようと再び魔力を込めるのだった。

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