人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

天使の降臨

 下から響く歓声を受けながらナタリーは無表情ながら手を振る。勇者となるためにナタリーはこういったアピールの仕方を教わっており本人は嫌々だったが体の方は無意識で覚えておりこの状況で発揮されたのだ。
 ナタリーの後ろではスタッフと思われる人たちが魔道具の準備を行っている。六角形の形をした機械の様な物で魔力を込めたり魔法で動作確認を行っている。やがて確認作業も終わったのかスタッフの一人が時計塔から下を向いて司会を合図を送る。それを確認した司会は再び声を上げた。

【皆さま!魔道具の準備は完了しました!後は実行に移すのみですがもう少しだけお待ちください】

 その言葉を聞いたスタッフがナタリーに近づく。

「ナタリーさん。魔道具の説明をします。よろしいですね?」
「……良いよ」
「分かりました。では説明させていただきます」

 そう言うとスタッフは魔道具を手に取り詳しい説明を始める。

「この魔道具はこちら側を背に背負っていただく形で着用します。着用後はこちらからコントロールを行い、天使の羽を出現させ飛翔の魔法を発動します。これで傍目には天使の羽を出して飛んでいるように見える訳です。ですが魔力の消費が激しい為短時間ですら飛ぶのは難しく事実上緩やかに落下する形となります」
「……非効率」
「ですが伝統でもあります。これでも大分効率化されていますよ。最初の頃は魔力が無くなって落下と言うケースやコントロールが失われて上昇、落下と言う結果になった事だってあるのですから」
「……」

 ナタリーは無表情ながら胡散臭い者を見るような瞳で見る。とは言えナタリーなら不測の事態が起きても問題はない。故にナタリーはスタッフの言うとおりに魔道具を装着する。

「うん、特に問題はないようだな。ではこの状態で少し待ってくれ」

 スタッフは再び司会に合図を送る。

【お待たせいたしました。ナタリー選手の準備が整った様です。皆さま!拍手喝采を持って今年の優勝者を称えましょう!メインイベント最大の見せ場!天使の降臨です!】

 その言葉と共に観客たちの雄たけびが響く。地響きの如き声を感じながらスタッフは手元の操作盤を弄る。するとナタリーが背負った魔道具から美しい、黄色の羽が出現する。形の維持派大変らしく光る魔力が羽からこぼれているがそれが神秘的な雰囲気を醸し出し、ナタリーの美貌も合わさり本当に天使が降臨したかのようであった。

「それじゃ浮かぶから気を付けて」

 スタッフのその言葉と同時にナタリーの体は浮かびあがり時計塔を離れ空を飛翔した。
 そして、観客たちはその姿を誰もが口を開けて呆然と眺めていた。今の今まで上がっていた歓声はピタリと止む。
 今年の優勝者が参加者の中で一番美人であった事から楽しみにしていたのだが結果は観客たちの予想をはるかに上回る結果となった。
 黄金の輝きに見える6枚の羽はナタリーの美しさを更に引き立てており金の粒を零しながら進む姿はまさに天使と呼ぶにふさわしかった。もし、今が夜であれば美しさは更に上がり誰もが見惚れていただろう。
 時計塔より出てスタート地点のステージに戻るまでの5分程度の間、その場の誰もがその光景に目を奪われ静寂が漂っていた。

「……」

 ナタリーが優美にステージに降り立つと観客たちの方を振り向く。着地と同時に消えていった羽だがその消える演出さえもナタリーを引き立たせる結果となっていた。

【……はっ!み、皆さま!今年の天使の降臨は例年には素晴らしい結果となりました!では今年の天使の降臨、メインイベントはこれにて終了となります!改めて、優勝者と惜しくも優勝を逃してしまった他の参加者に盛大な拍手を!】

「「「「「お、おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」

 真っ先に立ち直った司会の言葉に従い観客たちは再び歓声を上げた。ナタリーはもう関心はないとばかりにステージから裏方に戻っていく。既にナタリーは愛する和人に褒めてもらう事しか頭にはなかった。


 しかし、彼女はステージを出てすぐに気づいた。血の匂いが漂う裏方の様子に。ステージに上がる前にはなかった真新しい戦闘痕が。そして、そんな裏方と直接接する建物の壁に背中を預けて座る和人の姿があった。

「っ!和人!」

 ナタリーは急いで駆け寄る。和人はあちこちから出血しており荒く呼吸をしていた。ナタリーに触れられて漸く気づいたのか焦点があっていない瞳でナタリーを見た。

「……ああ、ナタリーか。ごめんな。お前の雄姿を、見る事は……できな、か……た……」
「和人!」

 ナタリーの必死の呼びかけもむなしく和人はそのまま意識を失うのだった。

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