人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

天使の降臨祭・1日目

「おおー。随分と賑やかだな」

 俺はケラースの街を仮面越しに眺めながらそう呟く。二度寝をする前は真横から射していた日差しも今は真上から射している。太陽より与えられる日と周囲の熱気で自然と俺の体は暑くなっていく。体のあちこちを改造されていなければ今頃俺は道を埋め尽くす人の群れによって発せられる熱によってやられていただろう。それだけはこの体にしてくれた組織に感謝しないとな。
 勇者故か、ナタリーもそこまで疲れた様子は見せていないが俺の後ろで服を掴みながらはぐれないようにしているメイアちゃんはかなりしんどそうだ。
 二度寝より起きたのが今から大体約二時間前。そこから朝食を摂り仮面をつけて街を歩いているが慣れているとは言え疲労は溜まってきたようだ。俺は後ろを向きメイアちゃんを見て言った。

「そろそろどこかで休憩するか?」
「そ、そうですね。そうしてくれると嬉しいです。だけど、この辺の店や休憩できるスペースは埋まっていると思いますよ?」
「あー、確かにそうかもしれないな」

 表のストリートだけでこの有様なんだ。この人波を避けるべく裏路地を通ったりちょっと座れるような場所にも人で混んでいるだろう。それは店も例外ではないと思う。
 そんな訳で俺は当たりを見回し、家の立地の関係で少しだけスペースが出来ている場所を発見しそこにメイアちゃんを座らせる。メイアちゃんはふう、と息を吐き背中を壁に付けて休息を取る。ナタリーの方は仮面で分かりづらいけど疲労はなさそうだな。とは言え人込みから少しでも離れられるような位置に立たせる。座る程のスペースはないけど少しは休めるだろう。

「それにしても凄い人込みだな」
「毎年こんな感じですよ。まぁ、これも明日には解消されますよ。大体が今日と最終日を楽しむ人たちばかりなので」
「それなら本格的に楽しむのは明日になりそうだな」
「いっその事最終日に行われる天使の降臨祭のメインイベントにエントリーしてみたらどうですか?」
「俺が?確か女性限定だっただろ」
「だからナタリーさんに、ですよ」
「ナタリーが?」

 俺とメイアちゃんはそろってナタリーを見る。話に興味がなかったのかナタリーは自身に視線が向けられた意味が分からない様子で首をかしげている。
 とは言えナタリーが、なぁ……。どれだけ知れているのか分からないけどナタリーはサジタリア王国と敵対するレオル帝国の勇者だ。もし、ここにナタリーが勇者だと知っている者が居れば大混乱になりかねない。最悪、サジタリア王国が軍を出してくるかもしれない。
 王都、特に王城での謁見の際は気づいている者が数人いたが特に騒ぎ立てるような事をしていなかった。むしろレオル帝国が弱体化したと喜んでいる者が大半だった。それがここでも起きるとは思えない以上ナタリーがその気なのかどうかは知らないがエントリーはしないように言うか。
 そう思った俺は口を開こうとした瞬間にナタリーがぼそりと呟いた。

「出る」
「え?」
「出る」
「いや……」
「出る」
「分かった!分かったから詰め寄るな」

 圧力をかけるように顔を近づけてくるナタリーに俺は肩を掴んで押し返す。何がナタリーをここまで必死にさせたのかは分からない。それでもナタリーの願いを叶えてあげたいと言う気持ちが湧いてくる。

「メイアちゃん。エントリーは何処で行えるんだ?」
「それならこっちです」

 そう言ってメイアちゃんの案内のもとやってきたのは教会と思わしき建物だ。見るからに宗教関係の建物だが大丈夫なのだろうか?

「すいません。この日とが最終日のメインイベントにエントリーしたいそうです」
「かしこまりました。では名前を書いてください」
「ん……」

 メイアちゃんは教会の前に張られた天幕の一つに向かうとナタリーのエントリー希望を話す。ナタリーはエントリーシートと思われる紙に自身の名前を書き始めるがふとナタリーの正体が露見しないか、という不安に駆られた。メイアちゃんは知らなかったようだがこの人たちもそうだとは限らない。今まで問題なかったのが不思議なくらいだ。
 そう思って声をかけようとしたら名前の蘭には『ナタリー』とだけ書かれており受付の人はそれを受け取りエントリー完了だと告げている。どうやら名前だけでも問題はなかったようだな。今後はナタリーの姓は言わないようにした方が良いかもしれないな。
 そんな風に一人で思っているとエントリー完了の証なのかバッジを持って戻って来る。仮面越しからでも分かるドヤ顔をするナタリー。

「優勝は確実」
「随分と余裕だな」
「当然」

 一体何が彼女にここまでの自信を与えているのか分からないがナタリーがやる気になっているんだ。相棒としては応援するしかないだろうな。
 メインイベントがどんな事をするのかは分からないが勇者であるナタリーなら大抵の事は楽々クリアできるだろうな。そこまで考えて彼女が自信にあふれている理由の一端を知れた気がした。





 祭りで活気に湧くケラースを見てあまり1日目が終了した。俺達は運良く入る事が出来た店で夕食を食べている。周囲は飲兵衛の笑い声やカップルの話し声、親子のほほえましい会話などが聞こえてくる。俺もエールを飲みながら食事を楽しむ。地球の様な洗練された料理ではないが場の雰囲気が美味な調味料となって料理の味を後押ししてくれている。

「明日は何をするか……」
「それなら演劇を見に行くのはどうですか?いくつかの場所でやっていたはずですよ」
「演劇か……」

 メイアちゃんの提案は嬉しいが態々祭りで見るものか?と思ってしまう。とは言え祭りならではの演劇もあるのかもしれない。

「特にこれがおすすめですよ!」

 そう言って手渡してきたのは一枚のポスターだ。行う演劇について書かれてよく見るような恋愛ものだ。旅人が偶々立ち寄った町の裕福な娘と愛を育む物語だ。その内容に俺は苦笑する。明らかに意識されているとしか言いようがない演劇に俺はメイアちゃんを見る。メイアちゃんが俺に好意を持ってくれているのは分かっているが、強引だったとは言え確かな繋がり・・・を持ったナタリーがいる。彼女の思いには……、決して答える事は出来ない。
 だからこそ、彼女がキラキラした目で俺を見ている姿には少し罪悪感を持ってしまう。もし、彼女が告白をしてきたらきちんと断ろう。きちんと断った方が立ち直りも早いだろうし彼女とてナタリーと俺を見ているんだ。自分の思いが通じる事はないという事は分かっているだろう。

「……ああ、そうだな。見に行くか。ナタリーはどうだ?」
「行く」
「っ!ならその時は案内しますね!」

 笑顔でそう答えるメイアちゃんに俺はハハ、と苦笑するのだった。

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