人体強化人間の異世界旅路

鈴木颯手

勇者のいない侵略国家

「ナタリー・ダークネスは何処に行ったぁっ!!」
「も、申し訳ございません。未だ見つかっておりません……」
「さっさと探し出せ!」

 レオル帝国の帝都レオルに存在する皇帝が住む城レオル城では今日も皇帝の怒鳴り声が響いていた。皇帝の怒声に文官たちは委縮し武官も直立不動を崩していなかったが癇癪がこちらに向くのではないかと内心ビクビクしていた。実際、苛立ちのあまり近くにいた兵を皇帝は切り殺していた。今日も既に二人が切られておりその処理をするために武官の数は少なめであった。
 皇帝がここまで怒っている理由は単純で、レオル帝国の勇者ナタリー・ダークネスがいなくなったからである。ベアード砦の攻略の為に先行して向かったナタリーはそこで消息を絶った。加えてその後を追うように行軍していた一万の兵も魔王軍の侵攻という事態に遭遇し全滅した。僅かに、逃げる事が出来た兵によって判明した事だがベアード砦の方に向かったという報告からレオル帝国は安堵した。しかし、ベアード砦は魔王軍の攻撃を防ぎ切り魔王軍幹部を討ち取るという功績さえ上げた。
 その結果、サジタリア王国の名声は上昇しベアード砦を守護していたレナード・ウィルトニアは東部辺境騎士団の団長という立場から東部方面総司令軍の副長になり彼女自身が率いる兵も一万にまで上がった。その結果、ベアード砦はより強化され今ではレオル帝国が本気で攻め込まなければいけないくらいの頑強な要塞となっていた。サジタリア王国側の街道には市場や宿が立ち並びちょっとした町の様相を見せつつあった。
 そう言う事も皇帝の機嫌を損ねる原因となっていた。

「我らは最強の国家でなくてはならない!そのためには勇者という存在は必要不可欠である!」

 皇帝の言うとおりレオル帝国がここまでの大国になりえたのは歴代の勇者の一人は必ずレオル帝国にいたからである。ナタリーのダークネス家は初代より勇者を出してきた名門であり現在ではナタリーを除くと二人しか存在しないまでに減ってしまったが最盛期は分家含めて百を超える一族が存在していた。
 レオル帝国はダークネス家に誕生する勇者の力を借りてサジタリア王国より独立し勢力を拡大してきた。魔王軍という巨大な勢力と隣接しているにもかかわらず北部の二重帝国の様に衰退しなかった理由でもあった。
 その勇者がいなくなったという事はレオル帝国にとっては看過できない事態だった。

「何としても見つけ出せ!この際だ!隠密衆を全て使ってでも探し出せ!良いな!?」
「か、必ずや!」

 皇帝の怒声と共に発せられた圧を諸に受けた文官は深々と頭を下げて命令を受けるのだった。

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