青春クロスロード

Ryosuke

一日千秋④ ~咲のドキドキ通学プラン~

 次の日、二郎はいつもと同じ時間、小作駅の同じホームの場所から中央線直通の東京行きの電車に乗り込んでいた。この通勤ラッシュの時間とあって、始発の青梅駅から4つ目の小作駅に着く頃にはすでに席は埋まっており、小作からもそれなりの人が乗り込むため車両内はあっという間に通勤、通学の人々でごった返していた。そのため連日二郎は歴戦のサラリーマン達とのポジション争いを繰り広げており、この日も何とか出入り口から近い座席の一番端の席の正面に位置するつり革を確保することになっていた。

(ふ~、なんとか今日も最低限の位置は確保できたな。まったく毎朝、ひと苦労だぜ。そう言えば毎日同じ電車に乗っているって言っていたよな、彼女。今日はどうかな。まぁ会えたら昨日のタルトのお礼は言わなきゃいけないよな。てか、馴れ馴れしく俺から声を掛けて良いものなのか。う~ん、でも彼女も味の感想を聞きたいと言っていたし、よし、問題無いだろう。ここの入り口から入ってきたら声を掛けよう)

 そんなことを思いつつ二郎は電車に揺られながら隣の羽村駅に着くのをソワソワとしながら待つ事になった。

 一方、咲も羽村駅のホームで、あと数分程度で到着するいつも乗っている電車を待ちながら、昨日のやり取りを思い返し、きっと二郎も自分の姿を意識的に探してくれるだろうし、顔を合わせれば声も掛けてくれるだろうと期待をしていた。ただその反面で、思いのほかグイグイと二郎と交流を図ろうとした自分の言動を恥ずかしくも感じていた。

(どうしよう、どうしよう。二郎君がいつも乗ってくる位置は分かっているから、私がその気になればいつでも二郎君に声を掛けることが出来るけど、この満員に近い状態で立川まで話をするのも周りの人にも迷惑を掛けてしまうよね。それにいざ声を掛けても挨拶と昨日の事の話をした後に黙って二郎君の隣にいるなんて緊張しすぎて、正直今の私には耐えられないよ。昨日の私はどうしてあんなに積極的になれたのよ。あれが普段の私だと思われたらどうしよう。誰にでも声をかける尻軽女とか思われないかな。あぁやっぱり今日またすぐに声を掛けることはやめよう。明日か明後日かそれとも来週くらいなら良いかな。あ~もう。今日は仕方が無いからプランBの二郎君のいる場所から二つ離れた位置の入り口から乗って遠くから『二郎君を探せ!』の日にしよう。そうと決まればこの場所から乗っちゃダメだよね)

 咲は高校一年の時に偶然乗った通学時の電車内で二郎を発見してから、二郎が何時の電車でどの車両のどの入り口付近に乗っているのかを完全に把握出来るようになっていた。  

 そんな咲は朝の通学の際に3つのプランを用意して日々の二郎の動向を伺っていた。プランAは二郎のいる場所から一つ離れた入り口から乗り、少し離れた位置からゆっくり二郎を観察できるノーマルプランだった。通常咲はこのプランAを好み、二郎には気付かれないよう平和に二郎を観察してその日の二郎の様子を見守っていた。プランBはこの日採用した二郎の位置から二つ分離れた入り口から乗り込み、二郎を発見できるかどうかを楽しむものだった。ただしプランBの主な趣旨は体調が優れないときや、何かしら事情で間違っても二郎と出会さないために採用するプランであった。この日の咲の精神状態はまさにその何かしらの事情に該当したために採用されたプランであった。そして3つ目のプランCは二郎の乗車するすぐ近くの入り口から乗り込み、二郎の隣や対面、あるいは後ろに場所取りをしてニアミスによるハラハラドキドキを味わうスペシャルプランであった。このプランは滅多に使用することはないが、時々無性に二郎に会いたくなったとき、勢い余って実行する大胆なプランだった。これら3つのプランでもって咲は二郎を発見してからおよそ1年半にもわたり二郎を観察していたのであった。

 以前、二郎が咲を見かけて偶然同じ漫画を読んでいたのも、二郎が普段から電車の中で『ハンター×ハンター』を読んでいたことを知っていたためであり、しかも休日の部活の日で電車もあまり混んでいない事もあって咲自身がニアミスを狙って二郎の近くに座っていたため、咲からすればあの日二郎が咲を見たのは偶然ではなく必然と言えるのであった。もちろん、あの日二郎の部活があって、あの時間にあの電車に乗ると言うことは知らないまでも、休日の部活で咲自身が高校に行くときはいつもプランCの二郎がいつも乗っている位置から電車を乗るようにしており、あの日の邂逅もその日々の咲の習慣が生んだ出会いの一つだった。

 そんなことを考えながら、咲は今いたベンチ前から10m程離れた場所に移動して二郎の乗る電車を待つのであった。



 咲のそんな事情などつゆ知らず、流れる景色を時折見つめながらあちこちと視線を泳がせ、それでもやはり目的の人影を捉えられない二郎は落ち着かない様子で頭を左右に動かし周囲の乗客達を見ていた。電車はすでに羽村駅を通過して拝島駅手前の牛浜駅を出発したところだった。

(いないよな、多分。と言うかこれだけ人が乗っていたらせいぜい周囲4、5人の顔くらいしか確認出来ないよな。もしかして、俺、彼女にからかわれたのかな。大人しそうな顔して中々アグレッシブな子だとは思ったけど、あれもあの場で言った冗談だったのか。七海さんだったか、分からんものだな、女子ってのは)

 そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら電車に揺られる二郎は気分を変えようとMDを換えることにした。ブレザーの胸ポケットからプレイヤーを手に取り、家を出てからずっと聞いていた最近流行っている曲を入れてある青色のMDを取り出し、別のMDを取り出すため肩に掛けた鞄の内ポケットを探ろうと中をのぞき込んだところ、教科書と漫画に挟まれて一枚のオレンジ色のMDを発見した。

(あれ、この色のMDって鞄に入れていたっけ?と言うか昨日彼女が落としたMDもオレンジ色だったな。でも、内ポケットから取り出して彼女に渡したし、どうしてこんな所に挟まれているんだ)

 そんなことを思いながらよくよくMDの柄を見ると、どうも自分のモノとは微妙に違う事に気がついた二郎は昨日咲に渡したMDが知らずに鞄に入れていた自分のモノで、今持っているMDが昨日咲が自分の鞄の中に落としたモノなのだろうと思い至っていた。

(まぁこれで確実にもう一度彼女に会わなきゃいけない理由が出来た訳か。まったく変な縁だな。まぁたまには気分を変えて自分の聞かない歌でも聴いてみるかね。今時の女子高生が何を聞いているのかも気になるし、七海さんには悪いけど)

 ちょっと拝借しますと、心でつぶやきながら背徳感とワクワク感を抱きながら二郎は咲の落としたMDを自分のプレイヤーに押し込み再生ボタンを押して、静かに目を閉じて第一音を待った。

『♪~~~~~~~~』

(お、これは)

『♪~~~~~~~~』

(確かミスチルの・・・)

『Looking for love 今建ち並ぶ 街の中で口ずさむ~♪』

(Cross roadだっけ?へぇ~彼女、ミスチル好きなんだな。確か少し前にベストアルバムをリリースしていたよな。もしかしたらそれかな。最近あまり聞いてなかったし、このまま少し聞いてみようかな)

 二郎がそんな独白をしている内にも曲は蕩々と流れていった。

『ticket to ride あきれるくらい 君へのメロディー~♪

遠い記憶 の中にだけ 君の姿探しても~♪

もう戻らない でも忘れない 愛しい微笑み~♪

真冬のひまわりのように 鮮やかに揺れてる~♪

過ぎ去った季節に 置き忘れた時間を もう一度つかまえたい~♪

(はぁ~委員長、元気にしているのかな。昨日不意に彼女の事を思いだしたせいか、この歌詞を聴くとなんだか委員長の事を考えてしまうな。まったく何を考えているんだろうな、俺は)

『誰もが胸の奥に 秘めた迷いの中で Uh 手にしたぬくもりを~♪

それぞれに抱きしめて 新たなる道を行く Oh yes oh yes uh~♪』

(あぁ、めちゃくちゃ良い歌だな。桜井さんってやっぱり天才だわ。今の俺には刺さるな、この歌詞は。忍、レベッカ・・・四葉さん。ちゃんと会って謝らなきゃいかんけど、どうすればいいんだろうな。はぁ~俺はどの道を行けばいんだろうなぁ)

 二郎はイヤホンから流れてくるMr. childrenの不朽の名曲『Cross road』を聞きながら、柄にも無く感傷にひたりつつも、今の中途半端な人間関係の問題に向け合わなければいけないなと思い耽るのであった。

 一方、咲は電車に乗る前にすでに二郎を発見するという状況にあった。電車が停車する間際、駅のホーム側の窓際に立っていた二郎を咲は車外から確認にしていた。これも二郎の乗車位置を把握していたため、停車前にのろのろと進む電車内を凝視して二郎の姿を見事に発見するに至ったのであった。

 早々に二郎を発見して車内での交流はこの日はないと悟った咲も昨日二郎から間違って受け取ったMDを自分のプレイヤーに入れ替えて音楽を聴き始めていた。

(二郎君はどんな音楽聴くのかな。う~ん、え~っと、これって何処かで聞いた事がある声だけど誰だっけ?最近のアーティストなら多少は知っているつもりだけど、私が知らないだけかな。でも、何か良さげだし、今日はこれをずっと聞いておこうかな~♪)

 そんなことを思いながら咲は機嫌良さそうにイヤホンから流れている曲を聞き入っていた。そして、このMDを二郎に返すその時まで、咲は何度も何度も聞き込むのであった。
 

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