青春クロスロード

Ryosuke

一日千秋① ~これまでとこれからの日常~

 朝起きる。いつも通り決まった流れで顔を洗い制服に着替え卵かけご飯をかきこみ歯を磨いて家を出る。

いつものことだ。

 自転車で小作駅に向かいギリギリのタイミングで電車に飛び込み、途中2回乗り換えをして府中駅に着く。そこから5分ほど歩き学校に到着する。

 いつものことだ。

 そう、高校に入学してからおよそ1年半、二郎はこの日これまで幾度となく繰り返してきた朝のルーティンをなぞるようにして、2年5組の教室の前に立っていた。

 教室の中にはすでに多くのクラスメイトがおり、ガヤガヤと朝の時間を過ごしていた。休日の出来事を友人に自慢する者、週末見たドラマやお笑い番組の感想を楽しそうに語らう者、方や課題をやり忘れて慌てて友人からノートを借りて書き写しする者、未だ眠気が醒めずに机に顔を伏せている者、そんないつもと変わらない教室内を見て二郎もいつも通り気配を消して静かに教室出口に最も近い自分の席に着いた。

 いつものことだ。

 そして、いつも通り一がどうでも良い話題を持って話し掛けに来たり、すみれやエリカが明るく声を掛けて来るのを軽くあしらったり、時には忍が説教じみた小言を言って来たりしている内に、登校時間ギリギリに三佳が教室に飛び込んできて、それを合図にクラスの皆が自分の席に戻り、図ったかのように担任が教室に入ってきてホームルームが始まる。

 そう、これこそがいつもの二郎の朝の日常だった。

 しかしこの日はそうならなかった。二郎の周りには誰も居なかった。

 二郎はゆっくりと目をつむり考える。素直に自分のやらかした昨日の失態を謝り関係修復に全力を注ぐか、とにかく平然を装い時が解決してくれるのを待つか、全てを忘れて自分の殻にこもり面倒な人間関係をリセットするか。昨日レベッカにガチギレされ、お好み焼き屋を追い出されてから、もう何度目となるか分からないこの葛藤を抱えるもやはり答えの出ない二郎は薄目を開けて、クラス内で最も存在感のある3人の女子達がいるグループに視線を向けた。

 その視線の先では見るからに機嫌の悪そうなすみれと元気無く落ち込む忍、そして呆れかえった表情を見せるエリカが何かを話している様だった。時折目線をこちらに向けてくるエリカに目を合わせないようにと視線を逃がす二郎はその流れで、唯一無二の親友である一に目線を向ける。それに気付いた一は一瞬目線を合わせるも別の方向を気にしてすぐに二郎から視線を外した。どうやらすみれから何かを言われているのか、それ以降こちらに向くことは無かった。

 二郎は目を閉じて再び思考に入った。

(完全にアウトだわ。すみれはブチ切れ、忍はダウナー、エリカは呆れて、一はすみれから釘を刺されている感じか。こりゃ時間がかかりそうだわ。あぁ何だか面倒くさくなってきたな。こっちはほっておいてレベッカと四葉さんに先に謝りに行ったほうがいいかもな)

 そんな事を考えているといつもの様に勢いよく教室に一人の女子が入ってきた。

「皆、おっはよー!」

「あ、三佳ちゃん、おはよー」

「馬場さん、おはよう。今日も元気いいね」

 三佳の朝の挨拶に近くに居たクラスメイト達も笑顔で挨拶を返していると、今度はクラス全体ではなく特定の一人に向けて言葉を掛けた。

「おはよう、二郎君」

「おう、おはよう、三佳」

 先週までと全く変わらないはじける笑顔で挨拶をしてきた三佳に二郎は若干戸惑いながらその勢いに押されるようにいつもより少しだけ大きな声で挨拶を返した。

「うん。あ、エリカ、すみれ、忍もおっはよー!何話しているの~?」

 三佳は二郎の返事に笑顔で頷き、教室の奥にいるグループの3人に声を掛けながら二郎の元を去って行った。

 そんな三佳の背中を見ながら二郎は思う。

(変わらない奴もいるか。まぁ殻にこもるってのはやめておくか。さて、どうするかね)

 今後の方針をある程度固めた二郎は、関係修復に向けた作戦を考えながら頭を悩ませるのであった。



 4限の授業が終了し、昼休みを知らせるチャイムが鳴ると共に二郎はさっと席を立ち教室を後にした。まだ上手く考えがまとまらない状況でクラス内に居ることを気まずく思った二郎はこの日ばかりは早々に教室から逃げだし、以前一とエリカが秘密の会談に使った別館3階の屋上につながる階段に座り昼食を摂っていた。

 一人あれこれ考えた二郎は四葉とレベッカに謝るならやはり早いほうが良いだろうと結論を出し、善は急げと2年4組の教室に足を運んだ。

 レベッカと四葉はダブルデート当日、二郎が帰った後しばらくは落ち込んでいた。しかしながら、忍が席を離れ2人になった後で二郎とのこれからのことを話していた。2人は二郎に対して少し言い過ぎたと反省しており、二郎が声を掛けてきたときはお互いに謝って仲直りしようと決めていた。そしてそれはおそらく放課後の2年4組の教室か写真部部室でのやり取りになるだろうと考えていた。そのため、二郎がまさか昼休みに他の生徒達も居る中で突撃してくることを全く予想していなかった。

 二郎と同じく教室出口近くの席に座るレベッカを目視した二郎は一息つくと勢い任せで声を掛けた。

「レベッカ!ちょっといいか」

 レベッカはまさに今し方お弁当のタコさんウィンナーを食べようと口を開けながら声をする方に振り向きギョッとした表情を見せた。同じくその隣ではバイト先の残り物であるクロワッサンを口に含み頬を大きく膨らませた状態の四葉が不意打ちを受けたような驚いた状態で二郎に顔を向けた。

 そんな普段であればタイミングが悪かったと考えて間を取ろうとするそんな状況で、冷静さを欠いていた二郎は2人の状態を無視して謝罪の言葉を口にし始めた。

「昨日はその・・・・」

 何かのイタズラなのか、真剣な面持ちの二郎を尻目に2人は恥ずかしそうに顔そむけて視線を切った。

 それはレベッカと四葉にしてみれば予想外であった昼休みの二郎の登場と単純に大口を開けて食事していた所を見られた羞恥心から出た自然な行動ではあったが、この時の二郎には自分が二人に避けられていると勘違いするには十分な条件が整っていた。

「・・・ごめん。俺が悪かったよ。・・・それじゃ」

 二郎は顔をそむける二人に力なくそう告げると静かにその場を後にするのであった。

(そりゃ、そうだよな。あれだけ怒っていたんだ。簡単に許してはくれないよな。俺の考えが甘かったか。はぁ~)

 なにかしら二郎が言って去って行ったことにようやく気がついたレベッカと四葉は顔を見合わせていた。

「え・・・あれ、二郎君は?」

「もう何処かへ行ってしまいマシタ」

「嘘!?私ちゃんと謝りたかったのに・・・」

 四葉が折角のチャンスを逃して残念がっているとレベッカが自信ありげに言った。

「ダイジョウブデース。ジローなら放課後もう一度会いに来てくれるはずデース!だから、その時二人で謝りまショウ!」

「そうだね、きっと二郎君ならまたひょっこり会いに来てくれるよね。うん、そうしよう。3人で仲直りしようね」

 四葉はレベッカの言葉に何度も頷きながら自分に言い聞かせるように言った。

 ところがこの日二郎は放課後の校内見回りも写真部でのお茶休憩もせず真っ直ぐ学校を後にした。またこの日から一週間レベッカと四葉はまともに二郎と会うことも会話をすることはなかった。

 この日を境にこれまでとは確実に異なる日常が二郎達の前にのしかかるのであった。

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