青春クロスロード

Ryosuke

すみれのダブルデート大作戦⑦ ~天使の微笑みとLOVEズッキュン~

 拓実の付き添いもあって無事、最寄り駅である調布駅に辿り着いた剛は拓実とそこで別れて、迎えにやって来た母親と共に調布駅から近くにある北多摩病院へ怪我の治療を受けに来ていた。
 
 病院内は診察時間の終わりが近づく4時過ぎでも待合席に多くの人がおり、剛はしばらく待つ事になりそうだったため、一端母親は家に帰し診察が終わった後で再び迎えに来て貰うことになっていた。

 剛は家の近所にある来慣れた病院とあって落ち着いた様子で順番を待っていたが、それでも高校に入学して以来の来院だからなのか、普段あまり見ることがない病院内の様子をふと見渡すと市内でもそれなりに大きい病院とあって多くの科がある事に改めて気がついた。そこには内科・循環器内科・外科・内視鏡内科・整形外科・泌尿器科・形成外科皮膚科・耳鼻咽喉科・腎臓内科・リハビリテーション科とあり、そこで剛は一つの科に目が行って小さくつぶやいた。

「リハビリテーション科かぁ。まさか俺も必要になるのかなぁ」

 剛はモヤモヤする気持ちを払拭するように最近熱中してきた部活にしばらく取り組めなくなるかも知れないという一抹の不安をかかえながら無意識に怪我をした右足に手を当てて、ズキズキと腫れて痛む患部に意識を集中して目をつぶるのであった。

 それから数分が経っても一向に剛の名前が呼ばれることもなく薄目でウトウトとしていると、どこか見覚えのあるシルエットが目に入りその後ろ姿を凝視した。

 その後ろ姿は身長170センチほどのスラッとしたスタイルの良い女性であり、黒髪の長いストレートヘアーを右横側にまとめたサイドポニーと呼ばれる髪型で毛先は右肩の前に流しているようで後ろからはそれがどれくらいの長さかまでは見えないモノの、清楚さと溌剌さ、そして可愛らしさを醸し出す魅力的な容貌に剛の目は奪われた。

 そしてその後ろ姿を見れば見るほど、剛はその人物を知っている気になり、それまで頭から離れないほど気になっていた右足のズキズキとする痛みが、気付けば胸がドキドキする高鳴りにかき消されてしまうほどその姿に魅入ってしまっていた。

 その人物は最近通い始めた整体の施術を受けた後、会計を済ませ帰宅しようとその場を振り返ると、パッと大きく目を開け心底驚いた表情をみせる剛とバチッと目が合った。

「え!?もしかして剛君?どうしてここに?」

 そう剛に声を掛けたのは訳あって最近通院を始めていた三佳だった。

「え、嘘だろ、まさか本当に三佳ちゃんか?!」

 剛はまさかと思いながらも頭に思い浮かべていた通りの人物が目の前に現れたことに驚愕しつつも、心の底では三佳に会いたい、三佳の顔を見たいという願望を募らせていたため、突然舞い降りた天使のような三佳の姿に驚きよりも嬉しさが勝り、それまで沈んでいた剛の表情はパッと明るくなっていた。

 そんな素っ頓狂な表情で驚く剛の姿に三佳も驚きを隠せない様子だったが、剛が座る椅子の横に一本の松葉杖と簡易的に張られた右足の湿布に気付いて、状況を察して問いかけた。

 「もしかして怪我したの!?その右足、痛そうだけど大丈夫?」

 そう言われた剛の右足は剛の母親が気を利かせて家から持ってきた湿布薬が貼られており、履いていた靴と靴下は脱いでサンダルを履いていたため、三佳は一目で剛の置かれている状況を理解出来たのであった。また診察を受ける前であったが、病院側が気を利かせて一人で移動できるように松葉杖を貸し出してくれたことも三佳の理解を助けることになった。

「あぁうん、ちょっと部活でやっちゃってさ。部活が終わってから少し前に学校から直で診察に来たんだよ。なんかカッコ悪いところ見られちゃったな。ははは」

「そんなカッコ悪いなんて、スポーツしていれば怪我の一つや二つ誰でも経験するものでしょ。見た感じ捻挫か何かかな?折れてなければ良いけど、心配だね」

「ありがとう、心配してくれて。優しいな、三佳ちゃんは」

 多くを語らず感謝を言った剛の言葉に三佳はその真意を正しく受け取った。それは告白を受けて以来一度も顔を合わせることがなかった二人にとって、この突発的な邂逅は互いにどう接してよいのかためらう状況にもかかわらず、剛に対して以前と変わらない態度で接した三佳に対する剛からの感謝だった。その意図を汲み取った三佳も普段の学校生活であれば積極的に剛と交流を持つことはなかったと思いながらも、この状況下においてはそんなこと気にもせずに素直に剛の怪我を心配したところは、三佳の人の良さの象徴と言って良いモノだった。

「そんな大げさだよ。誰だって友達が怪我をしたと知れば心配もするし気にもするよ」

「そっか、そうだよな。ごめん、変に気を遣わせちゃったかな。・・・ところで、三佳ちゃんこそ、こんなところでどうしたの?今日翔平にも聞いたけど最近あまり部活に出てないって。その事にも関係していたりするのかな?」

 剛は重たい雰囲気になりそうな空気を変えようと、気になっていた三佳が病院にいる理由を尋ねた。その問いを聞いた三佳は、戸惑ったように表情を渋らせて言葉を詰まらせていたが、覚悟を決めたのか剛の松葉杖が立てかけてある席の隣にゆっくりと座り、大きなため息の後、静かに語り始めた。

「え・・・・・うん、・・・・そうだよね。・・・・・・・はぁ~・・・・実ね、私も下手こいちゃってさ。膝をちょっとやっちゃったみたいで。全国大会の少し後くらいからたまに違和感があって、それで最近少しずつ痛みが増してきてね。少し嫌な予感がして病院で診察してもらったら、いわゆる“ランナー膝”っていう膝の靱帯の損傷と両足全体の疲労骨折のダブルパンチでしばらくは運動を控えるように言われちゃってさ。それでここの病院にはリハビリというか整体で痛みを和らげてくれる先生がいて、それで今日も施術を受けに来たって訳だね。いや~本当にバカだよね。無理に練習して全国大会に行ったって、結局無理がたたって怪我しちゃうんだから、私こそカッコつかないよね」

 三佳は苦笑いしながらゆっくりと自分の状況について説明した。それを聞いた剛は自分の怪我のことなど忘れた様子で前のめりになって言った。

「靱帯の損傷に、疲労骨折だって!?俺なんかよりよっぽど重症じゃないか。俺の心配なんかしている場合じゃないだろう。そんな普通に歩いたりして大丈夫なのかい。無理してないのか?」

「どうしたの、落ち着いて!言葉の上では確かに仰々しく聞こえるかも知れないけど、日常生活をする分には特段不便もないし、無理な運動をしなければ痛みもほとんど無いから大丈夫だよ」

「そうなのかい。それなら良かったけど、この事を部活の皆はまだ知らない様子だったけど、それはどうしてかな?」

 剛は陸上部のエースである三佳の怪我について周囲が誰も知らないことに違和感を覚えていた。また、周囲の人間達も三佳を心配する一方で、三佳に対して一歩踏み込んで事情を聞こうとする人がいなかった事に悔しさを感じていた。

(三佳ちゃん程、部活に真剣に取り組んで努力して結果を出している人はいないのに、なんで誰も本気で彼女の事を心配して気に掛けないんだよ。三佳ちゃんの存在が大きすぎるのは分かるけど、それでもあんまりじゃないか)

「あーうん。正直あまり周りの人を心配させたくないと思って部活の皆にもクラスメイトにも話してなんだ。この事を知っているのは顧問の先生とエリカ、それと剛君だけだよ」

「そうなのか、本当に極少数の人だけなんだ。陸部の連中も冷たいもんだな。俺ならこんな知らんぷりを決め込んで放っておくことなんてしないのに」

「そんなことないよ。葵とか翔平君とか部の皆も心配してくれているし、多分気を遣ってくれているんだと思うの。それに部活の皆は私が燃え尽き症候群でちょっとやる気が出ないだけだと考えているみたいでそれならそう思ってもらった方が正直気は楽でさ。たぶん本当のことを言ったら逆にもっと心配を掛けてしまう気がして、皆に話す気になれないのが本音なんだよ」

「そうだったのか。ごめん、俺、何も考えずに好き勝手に言ってしまって。皆から期待されるって言うのも色々と大変だね。あぁでも、もうすでに一人、三佳ちゃんを本気で心配している奴がいるみたいだよ。そいつにも話さなくていいのかい?」

「私を心配している人?誰のこと言っているの?葵?それもとすみれとか忍の事かな?」

「きっとその3人も心配していると思うけど、俺が言っているのは二郎の事だよ。あいつ、三佳ちゃんの事が心配でわざわざ陸上部の様子を見に来て、美波さんにあれこれ質問してきたって翔平の奴が言っていたよ。翔平の奴、随分その事を気にしていたみたいで、二郎がどういう奴なのか俺に聞きに来たくらいだからな」

 三佳にしてみれば、その話は寝耳に水だった。なぜなら、夏休み以来二郎と友人関係になったとはいえ、クラスメイトに毛が生えた程度の交流しか持てておらず、同じタイミングで交流を持ち始めたエリカやすみれとは随分関係の深さに差がついたと考えていたからだった。確かにすみれとは一の彼女と言うこともあり、二郎にとって近しい存在になったし、エリカとも騒動の犯人捜しの一件で共闘することがあり、以前よりもフランクに接しているように三佳からは見えていた。その一方で、三佳と二郎の関係は三佳が一方的に好意を持っているだけで、特に何も進展もなく、かといって本気で二郎の事が好きで付き合いたいと思うほどではないが、それでも他の女子と仲良くしている様子を見たり、聞いたりするとどこかソワソワする自分がおり、何かと気になる存在として二郎を捉えていた。

「そんな、どうして二郎君が?!私の事なんかをそんな心配する訳ないよ。二郎君にとって私なんか忍や二階堂先輩、それに四葉っちに比べればただのクラスメイトの一人くらいにしか思ってないだろうし、本当にどうして・・・」

 それまで空元気に映った三佳の表情が二郎の名を聞いて急に落ち着かない様子に変わったことに、知らずに嫉妬心を覚えた剛は少しぶっきらぼうに答えた。

「それは俺にも分からないけど、気になるなら連絡の一つでもしてやると言いさ」

「え、二郎君に!?・・・いや、やめておくよ。余計な心配掛ける必要も無いし、こんな話を急にされても困るだろうから。わざわざ人に広めるのもなんか同情も売るようで嫌だから」

 三佳が再び元気のない声で話すと、剛が申し訳なさそうに言った。

「そっか、そうだよな。人に知られたくないことだよな。ごめん、余計なお節介だったよな。怪我の事、誰にも言ったりしないから許してくれないか」

「そんな、別に気にしないよ。こんなとこで合えば誰でも分かることだし、それに剛君とはお互いに怪我友っていうのかな、お互いに格好悪いところを見られた同士、お相子って事でどうかな」

 三佳は剛に気を遣わせまいと今できる渾身の笑顔でそう言って、話を終わらせようとした。三佳からすれば、共に部活の中では周りを引っ張る中心人物でありながら、怪我をして後ろめたい気持ちがあると感じ、剛に対してシンパシーのような感情が生まれていた。そんなこともあり、自分の怪我を余計に心配される事も無く同じ境遇を分かち合える存在として剛を捉えていた。

「いや、三佳ちゃんがそう言ってくれるなら良かったよ。お互い、早く良くなるといいね」

「うん、そうだね」

 二人会話がちょうど途切れそうになった時、一人のナースが剛の名前を呼んだ。

「工藤さ~ん、こちらにどうぞ!」

「あ、順番が来たみたいだね。じゃ私も帰るね」

 三佳が別れの挨拶を言って去ろうとすると、それを引き留めるように剛が声を掛けた。

「あ、うん。あの、三佳ちゃん!・・・また前みたいに、君に話し掛けても・・・良いかな」

 三佳にしてみればそれは意外な申し出だった。なぜならこれまで三佳に告白をしてきた生徒は山ほどいるが、そいつらが再び三佳に寄りつくことは一切無かったからだった。実のところ、三佳に告白をする相手はその誰もが三佳の容姿に一瞬で惹かれて勢いで告白をしたり、また人気者で目立つ三佳を初恋相手としてゲーム感覚で告白をしたりするといった輩ばかりだった。そして実際に玉砕した後は、彼我の戦力差に怖じ気づき、高嶺の花として決め込みその後は距離を取って遠くから愛でると言ったことの繰り返しだった。また悲しきことにその事実がそれを見て居た周囲の男子達の中に、三佳に心底惚れ込んでも時間の無駄という虚無的な空気を生んでいた事もあり、三佳へ本気でアプローチをする生徒は皆無と言った状況だった。

 そのためつい最近、こっぴどく振られた剛が再び自分と接触して距離を縮めようとすることに、どこか新鮮で嬉しい気持ちが三佳の中で湧き上がっていた。

 そんな気持ちの現れだったのか、剛の言葉にやや間をあけて、今度こそ従来の三佳らしい天使の笑顔が炸裂した。

「え・・・・・・うん!もちろん、またいつでも声かけてね、ツヨポン♪」

 そんな思いもよらない三佳の反応に剛の心は再びズキュンと撃ち抜かれた。

「あぁ、あぁ、絶対に声かけるとも!ありがとう、三佳ちゃん」

「うん、それじゃバイバイ!」
 
 剛は去りゆく三佳の背中が見えなくなるまで見つめていた。その表情はどこか元気のなかった暗い表情から一変して希望に満ちた顔つきに変わっていた。

 それは夏休み終盤から不調となり、徐々に削られていったヒットポイントが一瞬で完全回復したようなそんな様だった。それはもちろん剛の前に現れた一人の天使の微笑みが一人の悩める男子高校生を再び恋の戦場へ立ち向かわせる勇気を与える魔法のような出来事だった。

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