青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日㊹ ~噂には噂を、友情には友情を~

 それぞれの思惑が絡み合った亜美菜とすみれとその周囲の女友達との関わりの中で生まれた悪感情を処理しきれず、今回のような愚行に手を貸してしまった亜美菜はうなだれるように恨み節をすみれに投げかけた。

 その姿を見たすみれはこれまで聞くことが出来なかった亜美菜の本音を聞こうと問い掛けた。

「鈴木さん、一体どうして私なんかにそんなにこだわるのよ。一年の時も正直余り関わりを持たなかったし、唯一記憶しているのは一緒に楽器屋へ買い物に行ったくらいでしょ。あの時は先に私が帰ってしまったのは申し訳なかったけど、それも確か須藤さんから訳は聞いているはずでしょ。それにあなたのグループの子達から私は嫌われているみたいだったから、それ以上は無理に関わらないように気を遣ったつもりだし、それを逆恨みされてもどうしようもないわよ」

 すみれはもともと亜美菜達に積極的に関わるつもりはなかったため、由美に釘を刺されて以降、亜美菜とは距離を取るようにしてきた。その一方で、亜美菜はしばらくの間はすみれと関係を修復しようと度々声を掛けたがその都度何かと理由をつけて誘いを断るすみれに気持ちが離れていってしまい、それは愛憎の裏返しとなり嫌悪や嫉妬の対象に変わっていったのであった。そしてその傾向が強まるにつれて亜美菜のクラス内での派閥争いや女王様気質に拍車がかかり、それがまたすみれが亜美菜に対して忌避する原因になっていくのであった。

「全部あなたがいけないのよ。私は純粋にあなたと仲良くなりたかった。普通に友達になってもっと一緒に学校生活を楽しみたいと、ただそれだけを考えていたのに、あなたはそれを拒絶したでしょ。そりゃ確かに私と居たって退屈で無駄な時間を過ごすだけなのかもしれないけど、それでもあんなにハッキリと私を拒絶するなんて酷いよ。私凄く悲しかったし、辛かった。自分が何か嫌われることをしたのかって悩んで、ダメだったと思うことはやめて何度もあなたと仲直りしたいと思って勇気を出して話し掛けても、あなたはどこ吹く風で曖昧な言葉しか答えてくれなく、どんなに誘っても二度と私の誘いには「うん」とは言ってくれなかったでしょ。だから、あなたに嫌われるくらいなら私からあなたを嫌って、あなたに同じ苦しみを味合わせてやろうとしたのよ」

 涙ながらに語る亜美菜にすみれは話の辻褄が合わない違和感を持って問いかけた。

「ちょっと待って鈴木さん。今あなたが言ったあなたと居ると退屈だとか、拒絶するとかよく分からないのだけれど、どういうこと。私は確かに入学したての時は少しあなたを苦手なタイプの人と考えていたけど、あの日一緒に買い物行って、店を回ったりして意外と気が合う相手かもしれないと思っていたのよ。だから、あの日カフェに誘ってもらったときもそんまま帰らずに、あなたのことをもっと知りたいと思ってお店に行ったのよ」

「そんなの嘘よ。あなたが店に来たのは嫌々だったけど、しつこく遊びに誘う事をやめさせようと話すために来たって由美から聞いたわ。それに一緒にお店を回ってた事も退屈で無駄な時間を過ごしたくないから早く帰りたいと言ったせいで、あの日私が席を離れた時に、そのことで由美と喧嘩になったって聞いたわよ」

 亜美菜はその日の出来事を思い出しながら、由美から聞いた事をすみれに説明した。

「はぁ、そういうことか。まぁもしかしたらとは思っていたけど、想像以上に酷いわね。鈴木さん、今更もう意味はないのかもしれないけど、一応誤解は解いておくわ。あの日あなたが席を離れたとき、須藤さんから今日は楽しかったかって聞かれたから、それなりに楽しめたと私は言ったのよ。でも、今後、あなたと遊ぶならグループの須藤さん達に許可を取ってからにしろと、さらにはグループの人間でもない私があなたと二人で遊ぶなんてあり得ないと言われたのよ。終いにはそんなことも分からないからクラスで私は浮いているとか、空気が読めないから友達が出来ないとかむちゃくちゃ言われたんだったわ。それにあの時須藤さんからあなたとゆっくり話をしたいから、もう帰ってくれと言われたのよ。それでそこまで言われて残る意味もないし、あなたには悪いと思ったけど、用事が出来たから帰ると伝えて欲しいと言ってあの店から出たのよ。それからは余計なもめ事は避けたかったから、あなたとは距離を取るようにしたっていうのが実際のところなの。まぁあなたがそれを信じるかは自由だけどね」

 すみれは諦めと後悔をない交ぜにした複雑な気持ちを持って当時の出来事と自分の思いを話した。

「どういうこと。それじゃあなたは私を嫌っていたわけではないの。私と居て退屈とか無駄な時間だったとか思っていなかったの。でもどうして由美がそんなことを言うのよ。私があなたの話をしても笑って話を聞いてくれていたし、グループの中では一番あなたのことを受け入れようとしていたのよ。だから、あなたを遊びに誘う時には彼女も一緒に声を掛けていたし、あの日も由美ならあなたとも仲良くなれると思っていたのに。どうしてそんなことを」

 すみれの話を亜美菜は信じられないと言った表状で自問自答するようにつぶやいた。

「それは須藤さんがあなたを私に取られたくないと思ったからじゃないの。彼女の気持ちは分からないけど、あの時感じたのは私からあなたを奪われないように必死に私を遠ざけようとした感じだったわ。彼女にとってはあなたが大事な友人で、もしかしたら心のどこかであなたがあの子よりも私のことを大事な友達と思っていると感じていて、それが彼女の嫉妬心を揺さぶったのかもね。結局はそのせいで私達はどこかでボタンを掛け違えて、こんな変な関係になっちゃったのかもしれないわね。本当に人間関係って難しいわ」

 すみれはどこか残念そうに、それでいて亜美菜の自分に対する言動の理由を知って納得するように言葉を噛みしめて言った。

「そんな、どうしてそんなことを・・・・。だったら私は勘違いであなたのことをこの一年間以上憎んで嫌って嫉妬して、こんな嫌がらせまでしたって言うの。何でこんなことになっちゃったのよ。・・・・・・あぁ、でも今思えばあの日から由美はあなたの悪口を私に何度も言うようになっていたわ。あなたが剛君に片思いをしていると教えてくれたのも由美だった。それで私もいつの間にかあなたのことが本当に嫌いになっていたのかもしれないわ」

 亜美菜がすみれの事を嫌いになっていった原因を思い出していると、そこに水を差すように下卑た笑い声が聞こえてきた。

「かっかっかっか、あーウケるぜ。女って本当にバカだな。思い出したぜ。そういえば、一年の時に須藤って女と遊んでやったわ。あいつバカだから、俺がすみれと鈴木が部活では仲良くしているって教えてやったら、それはもう怒り狂って、嫉妬してさ。絶対に二人を引き離してやるってよく言っていたわ。それからもしばらくの間、お前達の仲の良さを言い含めてやったらお前達の関係を見事にぶち壊したみたいだな。まぁあいつはよくお前の事を文句言っていたぜ、鈴木。一緒に居てもいつもすみれの事ばかり話して全然自分の事を見てくれないって。それで俺が少し優しくしてやったらコロッと落ちてさ。まぁ何度か適当に遊んでやったあとは、面倒くさくなって切ったけどな。でもよく働いてくれたぜ、須藤は。すみれを孤立させることと、鈴木をクラスの嫌われ者にするのによく働いてくれたしな。それに遊びの相手としてもまぁまぁいい女だったからそれなりに楽しめたからな。ハッハッハッハ」

 勇次は当時の事を思い出しながら、亜美菜とすみれをあざ笑うように言った。

 それを聞いていたエリカと二郎が怒りの表情で勇次に迫った。

「あなたどこまでクズなの。女の子はあんたのおもちゃなんかじゃない」

「佐々木、人を舐めるのもいい加減にしろよ」

 その二人の横では膝をついて力なく落ち込んでいた亜美菜が蚊の鳴くような絞り出す声でう言った。

「どうして、・・・勇次君・・・何で・・・そんなこと」

 亜美菜の心は完全に折れた。どんなに勇次が自分を利用しようがどんなに酷く当たろうが、自分にとっての因縁の相手であるすみれに痛い目を合わすことが出来ればそれだけで全てを許せると思っていたが、肝心のすみれとの対立は友人の由美の嫉妬により引き起こされた悲しいすれ違いであり、またその由美の嫉妬を助長し大元の原因を作ったのが、勇次だと知った今、亜美菜の勇次に対する感情はすみれに一矢報いるための協力者ではなく、すみれとの関係をめちゃくちゃにした張本にとして憎しみの対象に変わったのであった。しかしながら、勇次のことを好きになってしまっていた自分も心の隅にいるため、二つの想いが凌ぎ合うことで亜美菜の感情は制御できずただ呆然とする事しか出来なくなっていた。

 そんな亜美菜を見下すように勇次が言った。

「なんでかって。そりゃ今のお前みたいに気の強い女がそうやって落ち込んで弱っているところを遊んでやるのが一番そそるからだろう。普段きゃんきゃんうるさい女ほど落ち込んだときの顔がたまらないん、ぐわぁ」

「パンッ」

 全くブレずに一貫してクズ男を体現する勇次に対し今度こそすみれの怒りの平手打ちが勇次の右頬に炸裂した。

「お、お前・・うっ」

 思っても見なかったすみれからの一撃に唖然とする勇次にそれでも怒りが収まらないすみれが、今度は振りはたいた左手を今度は振り戻すように手の甲で一に殴られて未だに痛む勇次の左頬を引っ叩いた。

「バシッ」

「さっきのは私の分、今のは鈴木さんの分よ。覚えておきなさい。女だって怒ったときはこれくらいするのよ。謝りなさい。私なんかはどうだって良いから、これまでさんざん傷つけてきた鈴木さんにしっかり謝りなさい!」

 激高するすみれの右手をつないでいた一は見事な往復ビンタと大人の男でもびびる怒りの咆哮に目を点にしながら、二度とすみれを怒らせないようにしようと心に誓っていた。

 その一方で両頬を見事に打ち抜かれ、腐った性根も叩き直された勇次は赤から青あざに近い色に変わりつつある顔を両手で押さえながら小さな声で力なく言った。

「す・・みま・・せんでした・・・」

「何も聞こえないけど、まだ足りないかしら」

 そんなおぼつかない勇次の謝罪にすみれが睨みをつけて、左手をまだ必要かと振り上げたそぶりを見せると、勇次がもう勘弁してくれと言わんばかりの勢いで声を張って言った。

「すいませんでした!もう何もしませんから、許してください!!」

 その言葉と共に頭を下げて亜美菜とすみれに謝罪をした勇次に一がダメ押しと言わんばかりの通告をした。

「佐々木、まぁ本当に反省したかどうかは今後のお前の行動をみてからだ。それと悪いがこういう展開になるとは思ってもいなかったから、俺たちの噂と一緒にお前の噂も流させてもらったぞ。しばらくはお前も俺たちと同じように痛めにあって二度とこんなことをしないようにしっかり反省しろ」

 一はすみれの導きによって遙達に自分たちが付き合い始めた事を説明し、それを校内に広めるようにお願いした。そしてその時一はすみれには内緒にもう一つの噂を流すようお願いしていた。それは勇次に関する噂だった。その内容は二つ、今回の噂話を校内に広めた犯人が勇次であること。そしてそれを行った理由は勇次が二郎に嫉妬したからと言うモノだった。
 
 その発端は勇次が想いを寄せる瞬が二郎に惹かれているという事から始まった。勇次は瞬を奪おうとする二郎に嫉妬して、二郎の三股疑惑を噂として流し、騒ぎを大きくするためにその友人達の噂も一緒に流して瞬に二郎を諦めさせて自分に気を引かせるために今回の騒ぎを引き起こした。という妄想に妄想を重ねた噂を流すことにしたのであった。もちろん、この荒唐無稽な物語には遙、耀、恵の豊かな想像力が遺憾なく発揮されており、腐女子達に今後枯れることのない新たな花を咲かせたことは言うまでもないが、とにかく『目には目を歯に歯を』の精神で一は勇次にお返しとばかりに噂の爆弾を投げ返したのであった。

「しかし準備が良いことだな、全く。なんか俺がいなくても一に全部任せておけば何とかなった感じだったかね」
 
 二郎が用意周到に事を運んだ一に苦笑いをしながら言うと、一がまさかと言った様子で返事を返した。

「何を言ってんだよ、二郎。そもそも犯人が佐々木だって事を突きとめたのはお前だろ。それが分からなければ、俺が裏であれこれ策を講じることも出来なかったし、何よりお前やエリカが本気で犯人捜しをしようと思わなければ、俺は多分何もせずに時が過ぎるのを待っているだけだったと思うよ。だから、二郎もエリカも俺たちのために色々と動いてくれてありがとうな」

 一は今回の犯人の追及劇と騒ぎの収束に目処が立った事に対して二郎とエリカに感謝を伝えた。

「一君、私は結局ほとんど役に立てなかったよ。最終的に活躍したのは二郎君と一君だし・・」

 エリカが悔しそうに言うとすみれがそれに割って入った。

「そんなことないよ。エリカが私や三佳、忍の3人のことを気遣って色々とケアしてくれたから5組では噂のことが大きく騒がれなかったし、一君の言うとおり犯人捜しを真剣にしてくれらから私も菊池さん達に自分たちが付き合っていることを話す勇気が持てたんだよ。だから、ありがとう、エリカ。私達を守ってくれて」

「すみれ・・・そっか・・・うん。上手く解決できたみたいで本当に良かったよ」

 すみれの言葉をエリカは素直に受け取ってどこか安心したように言った。

「まぁこれでとりあえず一件落着って事で良いんか」

 二郎がそんなことを言っていると、それまで沈黙を守っていた瞬がしびれを切らしたように言った。

「勝手にしろ。俺はこいつから聞いた噂をただ話しただけだ。全部こいつが考えたことだし、俺にしてみれば山田が痛い目に遭っていい気味だって思うくらいだからな。いつまでもお前らのお涙ちょうだいの話に付き合っていられないし、俺はもう行くぜ。このクソッタレが」

 瞬は二郎に眼つけて、最後には勇次をゴミでも見るような目つきで睨み付けてゆっくりと教室を出て行った。

 その瞬の言い草を聞いた勇次も悔しそうにしながら、瞬が出て行った反対のドアからその場から逃げ出すように走り去った。

 二人がいなくなった教室には二郎、一、すみれ、エリカ、そして未だ心ここにあらずの様子で膝をつき頭を垂れるように俯く亜美菜がいた。

 そんな小さな背中にそっと手を掛けてすみれが語りかけた。

「鈴木さん、随分時間がかかったけど、私達また一から関係を始めてみない」

「えっ」

 その言葉に亜美菜は驚きの声と共に伏していた顔をすみれに向けた。

「だから、そうね。今度私と駅前のおしゃれなカフェに行かない。そこでおいしいケーキを食べながら、沢山おしゃべりしてお互いのことを知って友達になっていけたらって思うんだけど、どうかな」

 亜美菜が入学当初からずっと叶えたかったカフェでのおしゃべりデートを今度はすみれが亜美菜を誘う形でやり直そうと手を差し伸べて言った。

「橋本さん。私、・・私はあなたにこんな酷いことをしたのよ。それ以外にも今まで一杯イヤな思いをさせてきたのに、そんな私を許してくれるって言うの」

 亜美菜が自分自身のこれまでの行いを悔いるように話すとすみれが苦笑いで言った

「まぁ私も少しあなたに対して変な先入観を持って接してしまったところもあるし、それに今回の事も今までのことも全てあのクズ男のせいにしちゃえば良いんだよ。そうすれば私達がここまで揉める必要なんて何一つなかったんだからさ。だから、ね。亜美菜ちゃん」

 すみれはこの際全ての罪を勇次に被せて、亜美菜との関係を修復しようと笑顔で亜美菜の名を呼んだ。

 その言葉に亜美菜は泣きながらすみれの胸に顔をうずめ抱きしめながら言った。

「ありがとう~。すみれちゃ~ん。それと今までずっとごめんなさ~い。え~ん」

「はいはい、もう分かったから、泣かないで」

 すみれはよしよしと亜美菜の頭をなでながら、泣きつれることの大変さに気付き、自分のかつての行いを思い出し心の中で一に謝るのであった。

 その二人のやり取りを見届けた二郎、一、エリカの3人は顔を見合わせて静かに教室を出て行くのであった。

 こうして二学期初めから巻き起こった二郎達にまつわる噂話の騒動は黒幕勇次の断罪と入学時からこじれていたすみれと亜美菜の和解、そして一とすみれの交際お披露目に加えて、勇次と瞬の怪しい関係を世に知らしめた結果を残して、無事幕を下ろしたのであった。

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