青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日⑳ ~歩のごり押しと二郎のあきらめ~

 突発的に行われた歩との1on1勝負に完勝した二郎は、一息つくと改めて一に尋ねた。

「そういえば結局のところ忍の姿が見えないけど、どうしたんだ。もしかして遅刻か。部長のくせにけしからん奴だな、俺が説教してやろうか」

 二郎がどこか嬉しそうに言うと一が苦笑いしながら答えた。

「バーカ!調子に乗り過ぎだよ。今日は体調が悪くて休みだとよ。そうだよな、歩」

「そうよ、バカ山田!あんたと違って忍は今まで一度も遅刻なんてしたことないわよ」

 二郎の言葉を受けて一と歩がいい加減しろと言った様子で忍の欠席を伝えると、二郎は珍しく心配そうに言った。

「マジか、それは本当に珍しいな。そんなに悪いのか」

 その様子を見て、歩がこれは好機と二郎に詰め寄って言った。

「そりゃ電話でも分かるくらいに辛そうにしていたわよ。あんたそんなこと普通聞く?本当にデレカシーの無い男ね」

 二郎はその言葉にあたふたしながら一に耳打ちをして聞いた。

「おい、一。そんなに俺変なこと聞いたか」

「まぁ二郎、つまりそう言う事だろ」

「そう言うことって言うのは・・・つまりそう言うことなんだな」

 二人はハッキリと言葉にせずとも共通の事柄を思い浮かべて、さすがに下手なことは言えないと頷きながら素直に歩に謝った。

「おう、そうか、すまなかったな。これは確かに俺の失言だったかもしれんわ。あいつも歴とした女子だし、体調崩すことも当然あるよな。まぁ連絡をまたするときがあったら、たまにはゆっくり休めと伝えてくれ」

 二郎の思いのほか素直な謝罪と忍への気遣いに感心するも、ここは心を鬼にしてでも計画を実行しなければと歩が本題に切り込んだ。

「残念、それを伝えるのは私じゃなくてあんたがやるのよ。朝、先生から忍に渡す書類を受け取ったんだけど、私は部活終わった後に家の予定があって行けないのよ。だから、山田がこれを渡しに行って、ついでにお見舞いに行ってきて欲しいのよ」

 歩の急な物言いに二郎は意味が分からんと両手を上に向けて肩をすくめて言い返した。

「何で俺が行かなきゃ行けないんだよ。他の女バスの連中がいるだろ」

「みんな帰りの方向が逆だし、色々と忙しいのよ。あんたは南部線使っているでしょ。忍の家は最寄り駅が稲城長沼だから、府中本町から行けばすぐだし出来れば、仲の良い山田にお願いしたいんだよ」

「何だか面倒くさいけど、そんじゃ一と一緒に帰りに寄っていくか」

 二郎はヤケに強引に来る歩に違和感を覚えつつ忍を心配する気持ちが勝り、仕方無いと渋々了承した。

「ちょっと待って、一ノ瀬君とは今後のバスケ部の方針について相談があるから、尊君と一緒に部活後に残って欲しいのよ。だから、山田一人で行ってきてほしの」

 二郎は余りにも露骨な歩の言動に警戒するように言った。

「なんだそりゃ、随分話しがおかしくないか。それによく分からんが、普通こういう時って他人に家に来て欲しくないものだろ。特に男は正直嫌がるだろうし、俺も行きづらいんだが・・・」

「何を言っているのよ。こういう時こそ心配してお見舞いに来て欲しいし、何か元気の出る差し入れでも持って行ってあげると女子は喜ぶものなのよ。そんなことも知らないのあんた!もう四の五の言わずに一人で忍の家にお見舞いを行けば良いのよ、わかった!」

 明らかに怪しむ二郎に歩は最後は勢いでごまかそうと無神経な男子を叱りつけるように声を張って強引に二郎にうんと言わせるのであった。

「そんな怒るなよ。分かったから、行けば良いんだろ。後で地図でも書いてくれよ」

 歩の勢いについ引き受けてしまった忍のお見舞いだったが、やはり気が乗らない二郎は再度一に問いかけた。

「なぁ一よ。神部の言っていること意味分かるか。俺にはどうしても違う気がするんだが。こういう時って男子なんて家に来て欲しいと思うモノなのか。俺が本当に何も知らないだけなのか」

「いや、今回ばかりは俺も二郎に一票だわ。ハジペディアにもそれに関しては記載されてないし、正直分からないわ。でも、歩があれだけ言うと言うことは忍が誰かに見舞いに来て欲しいって直接電話で言ったって事なんじゃないか。じゃなきゃおかしいだろ。ただの風邪だって言うならまだしも、今回に限って言えばデリケートな話しだし、普通は人が来て喜ばないと思うがな」

 一と二郎がここまで懸念する理由は要するに『女の子の日』に人に会いたいと思う女子高生がいるはずないという考えが根底にあり、ましてや同級生の男子が家に行くというのは一でも尻込みするし、二郎にとっては余りにも難易度の高いミッションとして受け取っていたからであった。

 そんなやり取りを終えたあと、ようやく午前の部活が開始され、午後には男バスの部員も多くが集まり男女共同での練習が滞りなく展開されていった。

「よーし、15分休憩取るぞー」

「ウェース」

「はーい」

 午後の3時になったところで男バス部長の尊が声を掛け、男女バスケの部員が揃って返事をして、午後練習の中休憩に入った。

 各々が水分を取ったり、トイレに行ったり、汗で濡れたTシャツを着替えたり床に寝ぞべって休憩をしたりする中で、歩が二郎に近づいて話し掛けた。

「山田、これが忍の家の地図だわ。駅から歩いて10分かからないくらいでそんな複雑な道でもないから大丈夫だと思うからよろしく頼むよ、それとこれが書類ね。忍か家の人に渡して」

 そう言いながら歩は1枚のペラ紙と封筒を1通手渡した。

「はぁマジで行かなきゃダメかね」

「今更何を言っているのよ。それとあんたはもう練習上がって早めに行きなさいよ。最後まで練習やってそれから行くとなると夜の7時前とかになるでしょ。それはさすがに迷惑だし、あんたも帰りが遅くなると悪いしね。そう言うことだから一ノ瀬君、それで良いかな」

 歩は二郎の早退の件を一に打診するように言った。

「まぁそうだな。時間は余り遅くならない方が良いし、歩の言うとおりここで先に上がって早めに行ってこいよ二郎。事情を言えば尊も先生も納得するだろ」

 一の同意を得たことでホッとした表情で歩が最後に言った。

「山田、そう言うことだから、しっかり忍のお見舞いに行くのよ、わかった」

「はぁ仕方ないかぁ、アイアイサー」

 二郎は諦念の表情で答えながら、一体何を見舞い品として持って行くべきか悩み、自分自身で最適解を出すことが不可能と結論づけ、唯一この状況で相談できそうな心当たりを思いつき、体育館を後にするのであった。

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