青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日⑭ ~ゼロ距離告白~

 すみれを言葉責めして楽しんでいた一は部屋の時計が視線に入ったところで、本題を思い出したように言った。

「そうだ、本来の目的を忘れていたよ。早いとこすーみんの話を聞かないとあっという間に守衛さんが来る時間になっちゃうから、いつまでもそんな床で悶えてないでその椅子に座わってくれ」

「うぅ、ひどいよ一君。散々私をからかって楽しんでいたくせに、急に1人だけ真面目になって」

「ごめん、ごめん。あんまりすーみんが可愛くて、ついからかいたくなってさ。ほらちゃんと話を聞くから落ち着いて話してごらん」

 一は半泣き状態で床に座るすみれに手を貸し、普段巴が使っている一のデスクの隣にある椅子にすみれを引き上げて座らせた。

「ありがとう。ふー」

「それで、どうしたの。俺に話したい事って何かな」

 ようやく2人は椅子に座り体を互いが向き合うように椅子を回し、一がすみれをしっかり見つめながら話すように促した。

「うん、その何か特別相談することがあるわけじゃないんだけど、この一週間で色々とあって、それを一君にも聞いて欲しくて。それだけなの」

「そうだったのか。話がしたけりゃいつでも電話してきたって良かったんだぞ」
 
 一が優しくすみれに返事をするとすみれが恥ずかしそうに言った。

「ありがとう。でも電話だとずっとだらだらと余計なことまで話してしまいそうで忙しい一君の迷惑になっちゃう気がして、だから直接話した方が良いと思って」

 面倒な女と思われたくないがために、すみれが自分への接触を控えていた事を知った一は申し訳なさそうに返事をした。

「そうだったのか、そんな気を遣ってくれていたのか。ゴメンな、気付かなくてさ。俺は結構さっぱりした人間だから用事とかがないと余り頻繁に連絡とか取らないから、俺が勝手にすみれがこまめに連絡とかしてくれると思っていたのかもしれない。だけど付き合い始めてから思った以上にすみれからの連絡が少ないからちょっと寂しかったというか、もっと毎日のように連絡して遅くまでイチャイチャトークでもするモノかと思っていたから、付き合い始めはそんなに浮かれてはいけないモノだと思って俺も普段と変わらず過ごしていんだけど・・・」

 一は反省するようにそして少し照れ隠しをするようにこれまで感じていた正直な想いを語った。

 それは仕方のないことだった。一は今まで彼女がいた事もなく恋人となったすみれとどう付き合って行けば良いのか当然悩んでいた。というのも、一とすみれは夏休み前まではただのクラスメイトであり、挨拶程度を交わす薄い間柄だったため、そもそも友人としての関係期間すらなく恋人となった経緯から、いくらコミュニケーションモンスターの一であってもその距離感を詰めるのは簡単ではなかった。ましてや現状で変な噂が出回っており、二郎にすら付き合い始めた報告も出来ていない状況で、すみれとのやり取りを難しくさせていたのであった。

「そんな風に考えていたの。私は余りベタベタすると嫌われちゃうと思っていたから、毎日電話もしたいけどそれも我慢していたんだよ。それに本当は一緒に下校したり放課後にデートしたり一杯一君とやりたいことがあるのに、色々一君に関する話を聞かされて怖くなっちゃってどうして良いか分からなくなっちゃって・・・・・」

 初めてかもしれない一の本音を聞いたすみれは今までため込んでいた想いを決壊させるように大粒の涙を流しながら今抱える正直な気持ちを打ち明けた。

 すると一は向き合っていたすみれの手を握りすみれが俯いていた顔を上げた瞬間、そっと、それでいて力強くすみれの手を引いた。

 すみれは手を握られた後、何が起きたのか分からなくなり、自分の体が前のめりにふわっと浮くのを感じた次の瞬間、体をぎゅっと抱きしめられていることに気がついた。

「!!!」

「本当に色々ゴメンな。俺は自分が持っていた以上に、周りのことが見えていないみたいなんだ。だから、もう我慢なんてしないで思った事、感じた事、考えている事を何でも俺に話してくれないか。そうじゃないとすみれの事をもっと知りたい、好きになりたいと思っても、俺もどうして良いか分からないんだよ。だから俺も考えすぎずにもっと色々と話すから、これから2人でちゃんと恋人になっていこう。・・・・・それじゃ駄目かな」

 一はすみれを抱きしめながら、勢いだけでなんとなく始まったこのふわふわとした恋人関係を今度こそちゃんと始めようとすみれに提案した。

 すみれは一の告白のような言葉を聞き、なかなか声が出せず何度もうんうんと顔を立てに振りながら、ようやく小さな声を絞り出すように言った。

「うん、私もそうなりたい。・・・ちゃんと一君の恋人になりたいよ」

 すみれはそうつぶやきながら一に抱きしめられていた体を浮かし、一を見つめると今度こそ妄想ではなく、確実に正しい行動だと確信を持って両目をつむり口元を上に向けてしかるべき時を待った。



「・・・・・・・・・・・」



 すみれのその言葉を聞きホッと一安心した一は、すみれの体を丁寧な手つきで掴むと、ゆっくりとすみれの体を元にいた席に戻し、先程まで両者が向き合っていたような話が出来る体制を整えた。

「・・・・・・・・・???????」

「よし、そうと決まればすーみんの話を今度こそちゃんと聞かせてくれ」

「???????ん?」

 万全な体勢で一からの熱い口づけを待ち受けていたすみれは、いつまで経ってもその期待していた事象が生じないことに疑問を持っていると一から理解できない声がかかり耐えきれず両目を開くと、何事もなかったかのように一人落ち着いた様子の一を見た。

「ほら、変なことしてないで早く話して」

 一は素っ頓狂な表情で固まるすみれに努めて冷静な口調で話を促した。

「いや、ほらじゃないでしょ!今のは私悪くないからね」

「何の話をしているのさ。誰が悪いとかそんな事言ってないけど」

「そうじゃなくて、今の流れだったら普通、キスして2人でラブラブモードに突入する所じゃない。違うの?これも私の妄想だって言うの!これがダメなら私はもう良い恋人なんかになれなわよ、もうお願いだから私を殺して!」

 わーわーと叫び散らすすみれにさすがに悪いことをしたと思った一が宥めるようにに言った。

「落ち着いてくれ、すーみん。確かに今のは俺が悪かったよ。すーみんの妄想なんかじゃないから安心してくれ。だけど、今おっぱじめたら、もう時間とかもやばいし、俺もさすがに色々と我慢できなくなっちゃうからここは我慢して、本来の目的を果たそうと思ったんだよ。だから、落ち着いて話をしようよ」

「・・・どういうこと。私がまた1人で暴走していたわけじゃないの?一君も私とイチャイチャしたと思ったってこと」

「もちろんそうに決まっているよ。すーみんみたいに可愛い彼女がいて、何も感じない男がこの世にいるわけがないだろ。だけど、一応ここは生徒会室だし、俺としても立場があるからここで情事を見られるわけにはいかんのさ。それは分かってくれるか」
 
 一がすみれを落ち着かせようと本音を語りつつ、冷静に現在自分たちが置かれている状況を説明した。

「うん、そうだね。ゴメンね、私また1人で騒いで一君を振りますようなことして。本当に面倒くさい女だよね。本当にごめんなさい。私恋愛の事となると全然冷静になれなくて、他の事も何も考えられなくなっちゃって。だからごめんなさい」

「いいんだよ、周りのこととか何もかも分からなくなっちまうのが恋愛なんだろうさ。そう言う俺だってここが生徒会室じゃなかったらすーみんがどうこう言う前に我慢できずに手を出しているとこだよ。俺だってそんな余裕もないし、冷静でもないから安心してくれ、な」

 一の言葉を聞きようやく落ち着きを取り戻したすみれが言った。

「本当に一君も私と同じようなこと考えていたの」

「ホント、ホント」

「本当に」

「本当だよ、何ならすーみんが思っている以上のあんなことやこんなことを今頃しているところだよ。そう言う意味じゃ男子高校生を舐めちゃダメだぜ」

「・・・うん」

 耳元で囁かれた一の言葉に耳を真っ赤にしたすみれは大人しく頷き、ようやく話が収まった頃にはすでに部屋の時計の短針は7の数字を正確に指す時間になっていた。

「それじゃ、時間だしそろそろ出ようか。もうすぐ守衛さんも回ってくる時間だし先生にも悪いから早いところ退散しよう」

「そうだね。・・・あれ、私達何しにここに来たんだっけ」

「あー、すーみんの話を聞くの完全に忘れてたわ」

「ははは、そうだね。でも色々話せて私良かったわ」

「そうか、たいしたことは何もしてないけど、少し元気が出たみたいだから良かったよ。どうせなら駅までの道で良かったら少し話を聞こうか」

「本当に!ありがとうね。でも、もしかしたら一君にはショッキングな話になるかもしれないけど大丈夫?あたしも初めて聞いたときは思わず叫んじゃったくらいだから、きっと一君も驚くか、もしかしたら、笑っちゃうような話だけど」

「なんだそりゃ、なんか随分面白そうな話みたいだね。でも、最近すーみんのおかげで色々と驚くことには慣れているから大丈夫だよ」

「本当かな、そうなら良いけど。ふふふ」

 そんなたわいもない会話をしながら、すみれは以前よりも一の事をずっと近くに感じられるような気がするのであった。

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