青春クロスロード

Ryosuke

人の噂も七十五日③ ~つかの間のコーヒーブレイク~

 すみれとエリカが噂を耳にした次の日から校舎内では急速に噂の広がりを見せていた。当事者達には上手く伏せながらも、耳ざとい者や交友関係の広い生徒には少しずつ話しが伝わり、尾ひれ背びれがつきながら嘘と真実とが混ぜこぜになって校内を駆け巡った。

 今後どう対応するべきかを拓実に相談した結果、その様子を数日間静観していたエリカはすみれグループのお互いがわざと噂に関して触れずに居るぎこちなさに我慢できず、週終わりの金曜日に思い切って三佳の部活終わりを待って少し話でもしようと誘ったのであった。

 二人が訪れたのは普段琴吹高校の生徒が使う府中駅の出口の反対側にある小洒落たカフェだった。

 三佳は雰囲気の良い薄暗い店内に入り席に通されるなり、どっと疲れた顔で着席し背もたれに寄りかかりながら大きなため息をつき言った。

「はふ-、今週はなんか疲れたなぁ。スゴく甘いものが食べたい気分だよ」

「お疲れ様だったね。ここはパンケーキが有名なんだってさ。私も久しぶりに甘いものが食べたいと思っていたから今日はお祝いもかねて奢るよ!」

「え、いいの。何だか悪いけど・・・」

「何言っているのよ。こんな時だけ行儀が良いんだから。大丈夫よ、気にしないで食べようよ」

 エリカは前回の相談の時の様にいきなり本題には切り込まずにひとまずリラックスするために二人で甘味を食べようと提案した。と言うのも、今回の件で言えば三佳は被害者の立場にあり、エリカとしても何かを問い質すよりも状況の把握と三佳のケアをしたいと考えていたからだった。

 二人はコーヒー2つとスペシャルパンケーキを1つ注文して、寛いだ様子で雑談を始めていた。

「そういえば改めてだけど陸上大会お疲れ様だったね。応援行けなくてゴメンね。すみれと二人で行くつもりだったんだけど、どうしても外せない用事があったから行けなくて」

「そんな気にしないで大丈夫だよ。あくまで私個人の部活の事だし、あの日は二郎君と一君、それと4組のレベッカちゃんも生徒会新聞の取材で応援に来てくれたからさ。皆にパワーをもらっておかげで自己ベスト出せたし私は満足しているからさ」

 三佳はエリカの謝罪をいつもと同じような明るい口調で否定した。三佳の表情からその言葉は本心から言っているモノだと理解してエリカは安心したように返事をした。

「そっか、それなら良かったわ。でも凄いね本当に。全国で4番目に足の速い女子高生って事でしょ。普段はアホなことばかり言っているから正直信じられないよ。すみれも三佳の走っている姿を見て、見直したって言っていたよ。普段のアホな三佳からは想像できないくらい格好良かったって」

 「ちょっと待って、それは喜んで良いのかな、私。褒められているようで、けなされているような気がするんだけど」

 三佳はエリカのなんとも言えない褒め言葉を素直に受け取れずにいるとエリカが感心したように言った。

「あれ、さすがの三佳でもわかっちゃうか。三佳が普段は本当にアホだと思われていること」

 エリカは片目をつむりながら右手を頭に当てながら、うっかり普段思っている事をさりげなく言ったことを笑いながらごまかした。

「ちょっと、ちょっと!私そんなに皆にアホだと思われているの。ペンギンランドでは二郎君にも忍にもアホだって言われるし、すみれもエリカもひどいよ、私だって部活を頑張ったのに」

 三佳が半泣き状態のフリをしていると、エリカもさすがにからかいすぎたと思いなだめるように言葉を付け加えた。

「ごめん、ごめん三佳、でも本当に格好良かったって言っていたのは本当だし、私も一つの事にそこまで集中して結果を出せる三佳のことを尊敬しているし、自慢の親友だと思っているよ。だから今日はいつも頑張っている三佳においしいケーキを奢るっていったじゃない。だから泣かないで元気出してよ。お願い。アホって言ったことは謝るからさ」

 エリカが三佳に謝っているとちょうど良いタイミングで注文したものを店員さんが運んできた。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーとスペシャルパンケーキです。ごゆっくりどうぞ」

 店員が伝票を透明な筒に入れて、席を離れたところでエリカが三佳の気を引くようにパンケーキの皿を見せつけて言った。

「ほら、三佳!おいしそうでしょ。ね、泣くのはやめて一緒に食べようよ」

 エリカの持つ皿の上には小ぶりのパンケーキが4枚とその上にはストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーの三種のベリーに、バナナ、キウイフルーツ、オレンジとこれでもかという程のフルーツが添えられ、さらにたっぷりの生クリームとチョコソースでデコられた女子なら誰でも飛び付きたくなるまさにスペシャルパンケーキがあった。

 エリカの誘惑の言葉に泣くフリで顔に当てていた両手を少しズラしてパンケーキをチラ見する三佳のお腹が可愛らしく鳴った。

「きゅ~」

「あれ、今なんか聞こえたんだけど。三佳が食べないなら私が全部食べちゃおうかな」

 恥ずかしさと空腹に我慢できなくなった三佳が根負けをして、エリカから皿を奪おうと手を伸ばして言った。

「駄目だよ!私のパンケーキは私が食べるもん。エリカはコーヒーでも飲んでて!」

 ようやく素直になった三佳にエリカは一安心してパンケーキの皿を渡した。

「はいはい、パンケーキは逃げないから落ち着いてゆっくり食べなさいよ」

 三佳が勢いよくパンケーキを食べ始めるとその様子を見たエリカはふと笑みを浮かべてしばらく何も言わずにいたが、三佳のフードファイターのような見事な食いっぷりにエリカが一言釘を刺すように言った。

「私の分を食べたら承知しないわよ」

 エリカの氷のような冷たい視線と言葉に三佳は手を止めて姿勢を正して言った。

「イエス、マァム!」

 三佳のヤケに気合いの入った返事にエリカはずっこけながらツッコミを入れた。

「だから何でいつも軍隊式の返事なのよ!!」

「え、だってカントリーマァムってあるでしょ。あれのマァムもお母さんって意味だったはずだよ。だから、『はい、お母さん』って言うつもりで言っているんだから間違ってないでしょ」

 三佳はどんなもんだと言ったように数少ないとっておきの雑学をエリカに披露して自分の正しさを証明するようにどう見ても洗濯板のような胸を張って見せた。

「はぁ、このバカちんが!普通『イエス、マァム』っていうのは軍隊とか上下関係がはっきりしている間柄で使うものだから、私達みたいな同級生同士では使わないのよ。そ・れ・に・今日のお昼前の4限の授業中にこっそりカントリーマァムを食べてたってすみれが言っていたわよ。もうバカな男子でも今どき授業中にお菓子やお弁当を食べたりしないんだから、お昼までちゃんと我慢しなさい。わかったバカ、じゃなかった三佳!」

「あー、また私の名前をバカって言った。ひどい~、そんな怒ってばかりだと小皺ばかり増えて老けるの早くなるんだぞ。お母さんがおばさんになっちゃうよ、ははは」

「誰がおばさんだって、あんたがバカなことばかり言って怒らせているんでしょ!!」

 三佳の挑発によって恒例のエリカのブチ切れたが炸裂した直後、三佳の前からパンケーキの皿が即座に回収されたのは言うまでも無い。

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