青春クロスロード

Ryosuke

番外編 凜と二郎の不思議な関係 出会いの中学編➄ ~怒りの共同戦線~

 一方で二郎はいつものように仕事を終えて気分良く家に帰ろうと思っていたところで、犯人の二人とすれ違い嫌な予感を頭によぎらせていた。なぜなら、今日黒板に書かれた内容がいかにも消されることが分かっていたかのような手の抜きぶりに違和感を持っていたからだ。その上、再び教室へ向かう二人を見てまさかという思いを感じていた。そんな思いのまま、鞄を取りに自分の教室へ戻ったところで、思わぬ人物に出くわした。

「山田、ここにいたのか。お前たまには部活に出ろよ。同じクラスの俺がいつも先生に怒られるんだぞ。俺も今生徒会が終わって部活に行くところだから、お前もたまには参加しろよ。ほら、早く来いや」

「おいおい、随分強引だな。全く分かったよ、行くからちょっと待ってくれ」

 二郎を強引に部活へ連れて行ったのは、二郎のクラスメイトで同じバスケ部所属、さらには生徒会の副会長でもある一ノ瀬一だった。二人はこの時まだ特に仲が良いわけではなかったが、二郎にとっては数少ない話せる生徒であり、一にとっては放課後、よく徘徊しているよく分からん不思議な奴として見ていた。そう言ったわけで一の変人センサーに引っかかった二郎は勝手に一から要保護認定を受け何かと世話を焼かれていた間柄だった。

 部活が終わり、片付けや着替えを済ませた頃には日が暮れて薄暗い夕方の6時手前になっていた。一は珍しく部活で一緒になった二郎と一緒に帰ろうと声を掛けようとして、二郎が早々に体育館から出て行くのを見つけた。

「あの野郎、一人でさっさと帰るつもりか。友達甲斐のない奴だな、まったく。おーい山田、一緒に帰ろうぜ」

 一が離れていく二郎の背中を追って行くと、二郎は校門ではなく校舎の入り口へ歩いて行く事に気づいて改めて声を掛けた。

「おーい、山田。どうした教室に忘れ物でもしたのか」

 追ってくる一に気づき二郎は適当に返事をした。

「そんなところだ。一ノ瀬には関係ないから先に帰れよ」

「バーカ、夜の校舎はおっかねーんだぞ。俺はいつも生徒会でこの時間まで校舎の中にいることが多いから慣れているけど、一人で教室行くのは本当に不気味なんだ。俺がついて行ってやるわ」

「はぁ、勝手にしろ」

 二郎は一を追い返すのを諦めて凜の教室へ足を速めた。
 
 日中の生徒らが行き交う騒がしい様子から打って変わって校舎内は静寂と薄闇を纏った雰囲気に姿を変えていた。そんな静まりかえった中を固い表情で黙々と進む二郎に、何も知らない一が明るく声を掛けた。

「山田、そっちは3階に進む階段だぞ。お前は一体どこ行くつもりだ」

 二郎が一の問いかけを無視して3階の手前まで来たところで、明かりがついていることに気づき指を立てて、口を塞ぐジェスチャーをした。

 一は急に張り詰めた雰囲気になった二郎の様子に圧されて大人しく後をついて行くと一部だけ廊下を明るく照らす半分だけ開けられたドアを見た。そこから目線を上げ教室の所在を記す表札を見るとそこには3年3組と書かれていた。一はその中に誰かがいることを感じて二郎の肩を叩き小声で話し掛けた。

「誰がいるんだ」

「すぐ分かる」

 二人は短い会話を終わらせると息を殺し、気づかれないように中をのぞき込んだ。

 そこには黒板を消しながら、悔しそうに俯き涙に堪える少女がいた。一には後ろ姿でも一瞬で誰だか分かった。それは生徒会長の凜だった。

 一は状況が理解できずに黙っていたが、その消されている黒板に書かれている内容があまりにもひどい言葉に埋め尽くされていた事に気づき絶句した。

 二郎は今にも飛び出しそうな一の口を押さえて、隣の教室へ強引に連れ込み落ち着き黙るように無言で押さえつけた。1分もせず黒板を消し終えた凜は耐えきれず流れる涙を拭いながら教室を出て行った。

 その様子を見送った二郎はようやく一の口を押さえていた手を外し、脱力したようにその場に座り込んだ。

 あっという間の出来事で、頭が混乱していた一も二郎が緩んだ空気を出したことで脳みそに空気が回り、落ち着いて大きく深呼吸をした後に二郎に説明を求めた。

「山田、一体こりゃどういうことだ。何で凜先輩がこんなひどい目に遭って、こんな事態が起きていることをお前が知っているんだよ」

「どうしてって言われても正直俺もよく分からんけど、偶然知ってしまったからにはほっとくわけにはいかないだろう」

 二郎はどう説明して良いのか困った様子で答えた。

「それじゃ、わからないぞ。一体お前の周りで何が起きていて、凜先輩と何が関係しているんだよ。知っていることを全部教えてくれ。頼む。あの人は生徒会で世話になっている大事な先輩なんだ。ほっとくわけにはいかないんだよ」 

 一は事態の深刻さに気づき二郎に頭を下げて状況の説明を懇願した。

 その様子を見た二郎は覚悟を決めた表情でこれまでの経緯を話し始めた。

 初めに純や千和子が例の騒動を切っ掛けに凜の評判を落として、何らかの恨みを果たそうとしていることを偶然知ったこと。それを実行するためにひどい噂を流して騒ぎ立て、それに飽き足らず騒動を蒸し返すために黒板に凜の悪い噂や悪口を書き、凜を精神的に追い詰めようとしていること。そして、ここ数日でそれを見つけては消しての攻防を繰り返していたこと。そして、今日、一度は消したモノの、実行犯の二人が再び教室へ行く姿を見て嫌な予感がして、今こうして確認に来たこと。そして二郎は一連の経緯を話した最後に一言付け加えた。

「あれを明日他の生徒に見せて騒ぎを蒸し返すのが連中の狙いだったから、それは防げたかもしれないけど、肝心の二階堂先輩にあれを見せる事になったのは最悪の結果だ。嫌な予感があったのに部活に行ったせいで対処できなかった俺のせいだ。あの時間で一ノ瀬が部活に来たって事は、生徒会が終わって二階堂先輩も校舎を見回る可能性だって俺には予想できたのに、何をやってんだよ俺は、クソが!」

 二郎はまたしても悪意から一人の少女を守り切れなかったことを悔いて、耐えきれず床をたたきつけた。

「バカ言ってんじゃねーよ。お前は十分すぎるくらい凜先輩を守っていたじゃねーか。バカは俺だ。何も知らずにお前を部活に連れて行ったのは俺じゃんか。俺がそんなことしなければ、先輩を傷つけずに済んだし、あんな泣かせるような事態にはならなかったんだぞ」

「馬鹿野郎、お前は何も知らなかったんだから、どうしようもないだろ。俺は全部知っていて、こうなることも予想できて止められなかったんだぞ。俺のせいに決まっている」

「いや。俺だ」

「いや、俺のせいだ」

「いや・・・・」

「・・・・」

 二人はしばらく同じ事を言い合って、責任の奪い合いをしていたが、馬鹿らしくなりお互いに黙りこんだ。

 ようやく冷静になった一が二郎に一つの提案をした。

「山田、この際、どっちのせいとかどうでも良い。凜先輩をこれからどう守るか。そして、凜先輩をあんな目に遭わせた奴らをどう潰すかが重要だ。それを考えよう」

「なことはわかっている。が、これがなかなか難しいんだ。とにかく穏便に、騒ぎを大きくしないように問題を解決しなきゃあいつらの思うつぼだ。かといって、現行犯でとっ捕まえるには俺一人じゃ難しいし、誰か先生でも現場にいてもらえれば話は早いけど、俺が頼んだとこでそれを信用して付き合ってくれる先生なんて俺には思いつかないし、どうしようもなかったんだよ。だから、あいつらに分からないように、粛々と邪魔をしてあいつらの行いそのものを無かったことにするのが俺に出来る最良の対抗策だったんだよ」

 二郎は忸怩たる思いを噛みしめながら、これまで行ってきた自分の行動について一に説明した。
 
「なるほどな、確かにそうだったかもしれないな。だが、今は俺がいるぜ。これでも生徒会副会長で、しかも来年は生徒会長確実と言われている俺がいるんだ。もうあいつらの好きにはさせないぜ。それに信頼できる教員に心当たりがある。話せば絶対に協力してもらえるはずだ」

 一は自分が持つ全てのコネクションを利用してでもこの問題を解決する意思を二郎に見せた。

「そうだな、やっぱり一ノ瀬に話して正解だったみたいだな。正直、俺単独ではどうにもならないって思っていたから、安心したぜ。そうと決まれば明日から行動に移すぞ」

「了解だ。凜先輩にはつらい思いをさせてしまったけど、先輩が泣くのは絶対に今日を最後にするぞ」

「もちろん、そのつもりだ」

 二人は互いに片手でグータッチをして、凜を守るための共同戦線を張ることになった。

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