青春クロスロード
夏休み その2 三佳の陸上全国大会④
4人は会場を離れて近くのファミレスで食事と休憩を取り、13時半過ぎに再び会場へ向かった。
スタンドに着いた4人は三佳の決勝戦の14時半までそれぞれが気になる競技を見学していた。
すみれは考えていた。今まで一が三佳を好きだと言うことを全く気にしたことがなかったが、二郎の話しを聞いてからこれまでの事を思い出していた。
(この前のデートに参加し、協力してくれたのも剛君と三佳が付き合うのを阻止するためだったのかな。今日も生徒会の仕事だと理由を付けて応援に来たのかな。でも、どれも一君が自ら選んで参加したことではないみたいだし、やっぱりただ友人の為、生徒会の為に行動しているだけなのかな。わからないわ)
すみれがあれこれと考えているウチに女子100m決勝の選手が入場してきた。8人はスタート位置に並ぶと、スターターブロックの感触を確かめたり、肩を回したり、飛び跳ねるなどして体をほぐしながら、1回ずつスタート練習をした。全員が体と心の緊張をほぐすための簡単なアップを2分程で済まし、上着を脱ぎ終えた後で選手紹介の会場アナウンスが行われた。
そこには予選以上に精悍な表情の三佳がいた。
レベッカと二郎はゴールの瞬間を納めるためゴール間近の位置に移動していた。逆に一とすみれはスタートの近くで三佳を見守るようにスタンド左端の最前線に陣取っていた。
すみれは三佳を見つめる一を見ていた。
選手紹介が終わると会場は一瞬で静まり、会場の緊張が一気に高まった。
「オン ユア マーク」
「セット」
【バーンッ!】
予選と全く同じ流れでスターターが響き渡ると同時に8人が一斉にスタートを切った。
一は大声で声援を送りたい気持ちを抑えながら、心の中で高一の時に目に焼き付きついて離れない三佳の姿を思い出しながらスタートの瞬間を待っていた。
高校一年、春から夏へと季節が移ろい始め、ようやく高校生活に慣れ始めた頃。
一はバスケ部の遠征で都内の某高校で練習試合に来ていた。まだ入部したての一は試合の補助として飲み物を用意したり、試合前の練習の手伝いなどをこなしていた。
練習試合も午後3時を過ぎてあと1試合を残すところで、用意した飲み物がなくなりかけていた。そのため一はジャグを持って体育館の外の水道場に出て麦茶を作っていた時に、校庭で見慣れた赤いジャージを着た生徒の姿がいくつかあることに気がついた。
(あれはウチの陸上部か、あいつらもここで練習試合でもしてるのかな)
一が思った通り陸上部は顧問同士が懇意にしている関係で共同での練習と簡単な試合を行っていた。一がそんなことを考えていると、ちょうど4人ほどで100m走が行われるところだった。2人が琴吹高校の生徒でもう二人が会場を貸している高校の生徒だった。スタートを切ると一人の生徒が一気に突き抜けて2位と10m程の差を付けてゴールラインを切っていた。女子にしては背も高く170センチほどの長身ですらっと引き締まった体に綺麗なトレードマークのようなポニーテールをした少女はゴールした後、離れた場所にいる一にも分かるような輝く笑顔を見せながら無邪気に喜びを表していた。
二郎は知らぬ間に彼女の走る姿に見蕩れている自分に気がついた。
(なんて綺麗な走りなんだろう。そしてなんて素直でかわいい笑顔なんだろう)
ほんの数十秒の出来事だったが、一にこれまで感じた事のない感情を芽生えさせるには十分な時間だった。
その後、試合が終わりジャグの片付けで再び水道場に来た一は、そこで顔を洗う一人の陸上部員が居ることに気がついた。その子は濡れた顔をタオルで拭い勢いよく前髪を払うかのように顔を上げた。それは先程ぶっちぎりの走りを見せた陸上部1年の期待の新人馬場三佳だった。
「あれ、ウチのジャージ。ここで試合か何かあったんですか?」
三佳はフランクに一に声を掛けた。
「そうです、バスケ部の練習試合をやっていました。あなたはもしかしてさっき100m走を走っていた人ですか」
「そうだけど、見ていたんですか。先輩?」
「いや俺はまだ一年です。ほらこれ、雑用で先輩の補助だよ」
一は手に持った麦茶の入ったジャグを見せた。
「そうなんだ、私も1年だよ。1年3組の馬場三佳です」
「俺は1年1組の一ノ瀬一です」
「そっか、同じ一年生同士、部活頑張ろうね。それじゃ私行くね」
「おう、頑張ろう」
一は三佳が走り去る後ろ姿を見ながら、人生初めての恋をした。この時一自身がこれが恋だとは気づかなかったが、それはまさしく恋だった。それ以来、一は陸上部姿の三佳を見るとこの時の記憶を思い出し、胸の高鳴りを押さえることができず、平常心を保てないほど緊張してしまうようになっていた。
一が1秒にも満たない一瞬の回想から意識を取り戻した時、三佳はスタートして1,2歩掛けだしていた時だった。一はしばらくは黙って三佳の姿を眺めていたが、もうゴールまで10mを切ろうかというところで我慢しきれず叫んだ。
「三佳!がんばれ!」
その声は隣に居るすみれはもちろん、ゴール間際にいる二郎やレベッカが一瞬振り向いてしまう程大きな声であり、それは三佳の耳にも届きそうな熱い想いの乗った声援だった。
結果は三佳の4位で終わった。スタートの時点で予選上位の二人が一気に抜け出し、それを残りの6人が追う展開だった。三佳はスタート時点で横並びの5番手でそれは残り10m付近で同じような差だった。しかし最後の最後で一人を抜き、ゴールを切った時は3位の選手と横並びの僅差の4着だった。
優勝選手のタイムは11秒67で、2位が11秒69だった。上位二人と離れて3位が11秒87で三佳は11秒88の4位だった。これは学校にとっても応援していた一達にとってもあと一歩のところで全国大会の表彰台に届かない非常に惜しい結果だった。
試合後一達は一瞬だけ三佳に声を掛けることが出来た。皆が三佳の健闘を労う中で三佳は一言だけ残し去って行った。
「今日は応援に来てくれてありがとう、あと一歩だったけど、自己最高のタイムで走れたから個人的には満足してるよ。正直最後はキツくて5位かなって思ったけど、誰かの声が聞こえた気がして、あと一歩の力が湧いたよ。あの声が私の背中を押してくれて、自己ベストが出せたと思うから、本当にありがとう。私はこの後も残らなきゃ行けないから。皆は気をつけて帰ってね」
三佳の表情はいつもの明るい顔に戻っていた。そこには全力を出し切り満足した一人の少女の姿があった。
三佳と別れた4人は会場前のバス停でバスを待っていた。
二郎は一の背中にパーンと手の平をあて一言だけ言った。
「今日はお疲れさん」
一は軽く頷き、一瞬だけ満足の笑みを浮かべた。それは誰かに自分の想いが届き安心するようなそんな笑みだった。
そんな二人のやり取りを見てすみれは確信した。一の好きな子は三佳だと。決勝レースの間、すみれは三佳を見つめる一を見ていた。それは普段の学校生活やペンギンランドで見せた明るくフレンドリーでどんな時でも周りを見守る余裕がある一ではなく、ただ一人だけを想い真剣に見つめる一人の青年の姿があった。そしてゴール直前の声援はまるで勇気を振り絞り告白をするような雰囲気を持っていたようにすみれには感じられた。
少し前であれば三佳を羨み妬んでいたかもしれないが、一に対する本当の恋に気がついたすみれは、一の純粋な三佳への恋心を理解できる分、以前よりも一層苦しくそして切ない想いを深める事となった。
スタンドに着いた4人は三佳の決勝戦の14時半までそれぞれが気になる競技を見学していた。
すみれは考えていた。今まで一が三佳を好きだと言うことを全く気にしたことがなかったが、二郎の話しを聞いてからこれまでの事を思い出していた。
(この前のデートに参加し、協力してくれたのも剛君と三佳が付き合うのを阻止するためだったのかな。今日も生徒会の仕事だと理由を付けて応援に来たのかな。でも、どれも一君が自ら選んで参加したことではないみたいだし、やっぱりただ友人の為、生徒会の為に行動しているだけなのかな。わからないわ)
すみれがあれこれと考えているウチに女子100m決勝の選手が入場してきた。8人はスタート位置に並ぶと、スターターブロックの感触を確かめたり、肩を回したり、飛び跳ねるなどして体をほぐしながら、1回ずつスタート練習をした。全員が体と心の緊張をほぐすための簡単なアップを2分程で済まし、上着を脱ぎ終えた後で選手紹介の会場アナウンスが行われた。
そこには予選以上に精悍な表情の三佳がいた。
レベッカと二郎はゴールの瞬間を納めるためゴール間近の位置に移動していた。逆に一とすみれはスタートの近くで三佳を見守るようにスタンド左端の最前線に陣取っていた。
すみれは三佳を見つめる一を見ていた。
選手紹介が終わると会場は一瞬で静まり、会場の緊張が一気に高まった。
「オン ユア マーク」
「セット」
【バーンッ!】
予選と全く同じ流れでスターターが響き渡ると同時に8人が一斉にスタートを切った。
一は大声で声援を送りたい気持ちを抑えながら、心の中で高一の時に目に焼き付きついて離れない三佳の姿を思い出しながらスタートの瞬間を待っていた。
高校一年、春から夏へと季節が移ろい始め、ようやく高校生活に慣れ始めた頃。
一はバスケ部の遠征で都内の某高校で練習試合に来ていた。まだ入部したての一は試合の補助として飲み物を用意したり、試合前の練習の手伝いなどをこなしていた。
練習試合も午後3時を過ぎてあと1試合を残すところで、用意した飲み物がなくなりかけていた。そのため一はジャグを持って体育館の外の水道場に出て麦茶を作っていた時に、校庭で見慣れた赤いジャージを着た生徒の姿がいくつかあることに気がついた。
(あれはウチの陸上部か、あいつらもここで練習試合でもしてるのかな)
一が思った通り陸上部は顧問同士が懇意にしている関係で共同での練習と簡単な試合を行っていた。一がそんなことを考えていると、ちょうど4人ほどで100m走が行われるところだった。2人が琴吹高校の生徒でもう二人が会場を貸している高校の生徒だった。スタートを切ると一人の生徒が一気に突き抜けて2位と10m程の差を付けてゴールラインを切っていた。女子にしては背も高く170センチほどの長身ですらっと引き締まった体に綺麗なトレードマークのようなポニーテールをした少女はゴールした後、離れた場所にいる一にも分かるような輝く笑顔を見せながら無邪気に喜びを表していた。
二郎は知らぬ間に彼女の走る姿に見蕩れている自分に気がついた。
(なんて綺麗な走りなんだろう。そしてなんて素直でかわいい笑顔なんだろう)
ほんの数十秒の出来事だったが、一にこれまで感じた事のない感情を芽生えさせるには十分な時間だった。
その後、試合が終わりジャグの片付けで再び水道場に来た一は、そこで顔を洗う一人の陸上部員が居ることに気がついた。その子は濡れた顔をタオルで拭い勢いよく前髪を払うかのように顔を上げた。それは先程ぶっちぎりの走りを見せた陸上部1年の期待の新人馬場三佳だった。
「あれ、ウチのジャージ。ここで試合か何かあったんですか?」
三佳はフランクに一に声を掛けた。
「そうです、バスケ部の練習試合をやっていました。あなたはもしかしてさっき100m走を走っていた人ですか」
「そうだけど、見ていたんですか。先輩?」
「いや俺はまだ一年です。ほらこれ、雑用で先輩の補助だよ」
一は手に持った麦茶の入ったジャグを見せた。
「そうなんだ、私も1年だよ。1年3組の馬場三佳です」
「俺は1年1組の一ノ瀬一です」
「そっか、同じ一年生同士、部活頑張ろうね。それじゃ私行くね」
「おう、頑張ろう」
一は三佳が走り去る後ろ姿を見ながら、人生初めての恋をした。この時一自身がこれが恋だとは気づかなかったが、それはまさしく恋だった。それ以来、一は陸上部姿の三佳を見るとこの時の記憶を思い出し、胸の高鳴りを押さえることができず、平常心を保てないほど緊張してしまうようになっていた。
一が1秒にも満たない一瞬の回想から意識を取り戻した時、三佳はスタートして1,2歩掛けだしていた時だった。一はしばらくは黙って三佳の姿を眺めていたが、もうゴールまで10mを切ろうかというところで我慢しきれず叫んだ。
「三佳!がんばれ!」
その声は隣に居るすみれはもちろん、ゴール間際にいる二郎やレベッカが一瞬振り向いてしまう程大きな声であり、それは三佳の耳にも届きそうな熱い想いの乗った声援だった。
結果は三佳の4位で終わった。スタートの時点で予選上位の二人が一気に抜け出し、それを残りの6人が追う展開だった。三佳はスタート時点で横並びの5番手でそれは残り10m付近で同じような差だった。しかし最後の最後で一人を抜き、ゴールを切った時は3位の選手と横並びの僅差の4着だった。
優勝選手のタイムは11秒67で、2位が11秒69だった。上位二人と離れて3位が11秒87で三佳は11秒88の4位だった。これは学校にとっても応援していた一達にとってもあと一歩のところで全国大会の表彰台に届かない非常に惜しい結果だった。
試合後一達は一瞬だけ三佳に声を掛けることが出来た。皆が三佳の健闘を労う中で三佳は一言だけ残し去って行った。
「今日は応援に来てくれてありがとう、あと一歩だったけど、自己最高のタイムで走れたから個人的には満足してるよ。正直最後はキツくて5位かなって思ったけど、誰かの声が聞こえた気がして、あと一歩の力が湧いたよ。あの声が私の背中を押してくれて、自己ベストが出せたと思うから、本当にありがとう。私はこの後も残らなきゃ行けないから。皆は気をつけて帰ってね」
三佳の表情はいつもの明るい顔に戻っていた。そこには全力を出し切り満足した一人の少女の姿があった。
三佳と別れた4人は会場前のバス停でバスを待っていた。
二郎は一の背中にパーンと手の平をあて一言だけ言った。
「今日はお疲れさん」
一は軽く頷き、一瞬だけ満足の笑みを浮かべた。それは誰かに自分の想いが届き安心するようなそんな笑みだった。
そんな二人のやり取りを見てすみれは確信した。一の好きな子は三佳だと。決勝レースの間、すみれは三佳を見つめる一を見ていた。それは普段の学校生活やペンギンランドで見せた明るくフレンドリーでどんな時でも周りを見守る余裕がある一ではなく、ただ一人だけを想い真剣に見つめる一人の青年の姿があった。そしてゴール直前の声援はまるで勇気を振り絞り告白をするような雰囲気を持っていたようにすみれには感じられた。
少し前であれば三佳を羨み妬んでいたかもしれないが、一に対する本当の恋に気がついたすみれは、一の純粋な三佳への恋心を理解できる分、以前よりも一層苦しくそして切ない想いを深める事となった。
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