スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

『本物』

──過去に夜六が対峙した
『本物』のオーラを纏った人間は2人。
1人はドイツでの暗殺任務の時だった。
当時の政治家達の中で
トップクラスの影響力があり、
近いうちに国を背負って立つだろうと
言われていた女がいたのだが、
その女を暗殺しろと命じられた。
夜六は単独で遂行するつもりだったが、
最低でも2人は連れて行けと言われ、
さそり』と『蜂』を引き連れて
3人で向かったのだが、
その女や周囲の人間を調べている間に
ボスから言われた言葉の意味を理解した。
元スパイで、通称『鬼神』。
数々の国でスパイを葬り、
鬼や神でさえ恐れるという
圧倒的な強さからそう呼ばれた男。
その男がボディガードをしていたのだ。
当時まだ13歳だった夜六は、
正面から戦って勝てる相手ではないと
判断するしかなかった。
相手を惑わせる高い演技力を持った
『蜂』が『鬼神』を誘き寄せ、
戦闘面に優れた夜六と『蠍』が
罠と共に襲いかかる。
そう計画を立て、
誘き寄せるまでは成功したのだが、
……結果的に見事な返り討ちを喰らった。
『鬼神』が現役のスパイを引退して
少なくとも15年は過ぎていたはずだが、
彼の持つ軒並み人外れた
圧倒的な能力の前に、
夜六達はしっぽを撒いて逃げた。
70歳を目前に控えた、
パッと見はただの老紳士。
ただ、その背広の後ろから
数多の戦場を乗り越えてきたからこその
重く暗いオーラを放っていた。

「少しはできるようですが、
その若さで私に挑むのは無謀です。
また鍛えて出直して下さい」

普通、負けたスパイは
捕えられて拷問を受ける。
情報という名の情報を
聞き出せるだけ聞き出して、
次来るであろうスパイを
簡単に欺く為である。
そして、用の無くなったスパイは
命乞いの暇もなく殺される。
これがスパイの世界なのだ。
しかし、『鬼神』は夜六達を殺さず、
追っ手を使うこともなく
夜六達を逃がした。
あの時初めて感じた『鬼神』のオーラを
夜六は今でも思い出す。
いつか『鬼神』を超える為に
夜六は鍛錬に身を注いでいた。
──が、夜六達が任務失敗の報告をした
僅か1週間後のこと。
『鬼神』を殺したとの報告が入った。

「あれが現役を引退して時間が経った
人間の強さかよ…」

スパイネーム『虎』。
夜六が所属するスパイ組織の一員で、
夜六達の先輩スパイだ。
見る度に背格好が違い、
顔はいつも虎のお面で隠している。
誰も彼の本当の姿を見た事がなく、
彼の方から名乗らない限り
彼が『虎』だと分からない──。
というのが普通なのだが、
彼が名乗らなくとも
彼が『虎』だとすぐに分かる。
それが、『虎』の持つオーラだ。
幾千もの任務を駆け抜け、
時には暗殺、時には情報操作。
任務達成率99%という
驚異の記録を持っており、
彼と並ぶ者はいない。

「お前らが【POISON】か?」

『鬼神』によって
政治家の女の暗殺任務が
失敗に終わった事の
反省会をその時していたのだが、
近くを通りかかった『虎』が
興味無さそうに話しかけてきた。
お面越しでも分かるように
ジロジロと一人一人を見て、
やがてフッと笑う。

「確かに潜在能力はあるが、
今のお前達じゃ『鬼神』は無理だな。
まぁ、もうあいつ死んだけど」

夜六は、というか
【POISON】誰一人として
何も言い返す事が出来なかった。
ここにいる全員で挑んでないにしろ、
戦闘においてはチームの中で
トップの実力を持っている
夜六と『蠍』が2人で戦って負けたのだ。
他のメンバーがいても、
大した戦力にはならなかったろうし、
仲間の失敗はチームの失敗だ。
黙ってその場をやり過ごして、
『虎』が去っていくのを見送る。

「精々、足掻いてみろ」

ポケットに手を突っ込んで、
『虎』は影の如く静かに消えた。
残された夜六達は息を吐き、
顔を見合わせる。

「だから言っただろう?
『虎』のオーラは『本物』だと」

開口一番、『蠍』は言った。
深い闇のような青の髪と
13歳とは思えない程の
キリッとした顔立ちが印象的な少年。
【POISON】の中で夜六に継ぐ
戦闘面での優れた能力があり、
銃を持たせれば右に出る者はない。
特に遠距離からの狙撃を得意としており、
環境さえ整っていれば
狙撃範囲は5kmにも到達する。

「やはり、『本物』は『本物』です」

『蠍』に続いたのは『蜂』だ。
薄桃色の髪をショートヘアにして、
丁寧な口調で話す大人びた少女。
夜六や夏八の一つ下の12歳だが、
その雰囲気故にあまり歳下という
印象を感じさせない。
変装を武器としている彼女は
表情こそ落ち着かせているが、
僅かに震えていて、
見るからに強がっている。

「ええ、本当に恐ろしかったわ」

その『蜂』の肩にそっと手を置き、
『蜘蛛』──もとい夏八──は
優しく包み込む。
しかし、怖くて震えていたのは
夏八も同じだった。
同じ恐怖を感じ、震えている。
それを何とか誤魔化そうとしたのだ。
そんなことくらい、
夜六には分かってしまう。
あれが恐ろしかったのは、
夜六も同じだったのだから。
いくら『鬼神』と『虎』で
人が違うといっても、
僅かな差異があれだけで
『本物』が纏うオーラであることに
大きな違いなどないのだ。

「何はともあれ、
俺達の失敗は『鬼神』のせいだ。
あれがいなかったら、
あの政治家女を殺すくらい
何の造作もないことだった」

場の雰囲気を持ち直すように、
『蠍』は話題を元に戻す。
こうして【POISON】が集まったのは、
最初から任務の失敗について
話すつもりだったのだ。
あまり余計なことを話していると
時間を浪費してしまう。
スパイたるもの、
一秒も一刹那も無駄にしていられない。

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