スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

エースの目覚め

藤本の豪快なダンク。
難波の3Pシュート。
自慢の瞬発力を活かした
林のリバウンドキャッチ。
相手の動きをコピーする夏八。
木村の華麗なパス回し。
近藤の駆け抜けるようなドリブル。
パスをすると見せて
自分でシュートする小寺。
ディフェンスも達者な岡崎。
全力ではないものの、
荒井がボールを手にすれば
ほとんど点が入る。
そして、その荒井に
ボールを渡さまいと
マークに付いている夜六。
試合が始まって5分で
24対19と荒井チームがリードしている。

「ナイス夜六!」

「みんな、頑張ってー!」

コートの周りで、
お互いのクラスメイト達が
応援をしてくれている。
大きな歓声に包まれ、
体育館の天井がビキビキと
悲鳴を上げているように聞こえる。

「荒井ー!勝ってくれー!」

「いつものお前はどうしたー!」

一見、普通の応援に見えるが、
気付く者は気付くらしい。

「荒井ー!それがお前の本気かー!」

チームのリーダーであり、
絶対的なエースの荒井は
普段の練習を見られることも
当然の事のようにあるだろう。
だから、いつもの荒井と
今の荒井のプレーを見て
違和感を覚える者がいても
別段おかしいことなどない。
それに、実際その通りで、
今の荒井は本来の
自分のプレーを出来ずにいた。

「ハァっハッハッ…」

荒い呼吸を繰り返し、
何とかボールに手を伸ばす。
しかし、その手がボールに触れる前に
そのボールを夜六が貰っていく。

「──くっ!」

なに、簡単なことである。
荒井が本来の実力を発揮出来ないように
夜六がコントロールしているのだ。
さすがに完全に止められはしないが、
荒井がボールに触れる機会を
極力減らしてやるだけで、
ある程度の精神的なダメージになる。
もし、荒井が本来の実力で
この試合をしていたなら、
とっくに点差が開いているだろう。
だが、夜六が荒井を抑えていても、
依然としてリードを取られており、
その僅かな差を埋める事が出来ない。

「難波!」

なら、無理矢理にでも埋めてやろう。
そう思った夜六は難波にパスを求める。
とっておきその2を、
見せる時がきたのだ。
難波は瞬時に夜六にパスをし、
しっかりと夜六はキャッチする。
その夜六の前に荒井が立ち塞がり、
獣のような威圧感を放つ。
だが、初見でこの技を破るのは
誰であろうと不可能だと、
夜六はそう自負している。

「──あばよ」

「──っ!?」

夜六がドリブルを始めた瞬間、
荒井の視界から夜六が消えた。
荒井がもう一度夜六の姿を
目で捉えた時には、
すでに夜六の手からボールが放たれ、
ゴールへと吸い込まれていた。

「…もう…許さん……」

体育館の空気が変わる。
荒井を中心に空間が歪み、
誰しもの足が重くなる。

「皆!気を付けろ!」

いち早く反応したのは近藤だ。
同じバスケ部である故に、
あの姿になった荒井を
過去にも見たことがあるのか。
夜六の中でも、本能が叫ぶ。
あれは危険だと。

「──!」

ボールを鷲掴みにして、
遠くに構えている小寺を
ゴール下から荒井は見据える。
そして、思い切りボールを投げた。
レーザービームのような速度で、
一直線に進むボール。
夜六の顔の頬を風が掠り、
バチンっと小寺の手に収まる。
ゴール下からゴール下へ、
一瞬でボールを進められ、
難なく小寺はゴールを決めた。
物凄く、手を痛そうにしながら。

「強肩過ぎるだろ…」

「あれが荒井先輩の真骨頂だからな。
あの技が荒井先輩を有名にしたって
言ってもいいくらいだ。
まぁ、取れる人がほぼいないから
乱発はしないだろうけど」

さすがに今のを何度も出来ないか。
体力の消耗も激しそうだし、
そこまで警戒しなくてもいい。
ただ、あの空気の変わり様は
普通の人間ではない。
おそらく、人間の集中の最深、
ゾーンとかいう領域に入っている。
いかにも少年漫画ぽいが、
他の言い方が果たしてあるだろうか。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
とりあえず、試合のことを考えよう。

「俺がどうにか形を作る。
お前達は荒井に近づかないように
チャンスがきたらゴールを狙え」

パッと夜六は指示を出し、
転がっているボールを拾う。
その間にコートに散らばり、
再び試合は動き出す。

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