スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

バスケ

あれだけ朝から騒いでいても、
授業が始まると
きちんと先生の話を聞く。
この切り替えの速さは
このクラスの強みと言っていいだろう。
気圧されていた夏八も
どうにか自分を取り戻し、
今は退屈そうにノートを書いている。
朝は疲れた様子だったので心配したが、
これなら次の体育の授業にも
問題なく参加できるだろう。
一つ懸念があるとすれば、
夏八はスポーツの類いを
ほとんどやったことがないので
ルールが分からない可能性があることだ。
いきなり野球のバットを
振り回したりしないといいが……。

「今日も明日の球技大会の為に
バスケットボールをやります」

よかった。野球じゃなくて。
バスケなら使うのはボールだけで
危険な要素は特にない。
なので夜六の心配は杞憂に
なるかと思っていたのだが、

「私、ルールを知らないのだけど」

夏八はバスケのルールを知らなかった。
体育館に集合して、
授業の始まりに準備体操。
よく焼けた肌と怖い顔をしている
野球部の顧問で体育教師の岡本は、
あとはお前らの好きにしろと言って
何の話も無しに体育館の隅へ。
しかし、これがいつも通りらしく、
クラスメイトは倉庫から
バスケットボールの入ったカゴを
引っ張り出してきたり、
壁につけられたゴールを
特殊な道具で突っ張らせる。
慣れた手つきで
あっという間に準備を整え、
クラスメイトのチーム分けをしている。
数人の代表で話し合っている間に、
夜六は夏八にバスケの説明をする。

「簡単に言えば、
ボールをあのゴールに入れるだけだ。
アメリカのストリートバスケとか
一緒に見たことあるだろう?」

アメリカの街には
至る所にバスケのコートがあり、
いつも誰かしらが練習していたり
遊んでいたりしている。
小さな大会を行っていることもあり、
夜六と夏八はターゲットに近づく際の
口実として、バスケをしている
ターゲットの試合を見に行ったのだ。

「あぁ、あれね。
知能の低いサル同士で
エサを取り合っているみたいだったわ」

「お前、全世界のバスケ選手に謝れ」

全く、酷い言い様である。
恐らくドリブルしている所に
ボールを取りに行った時のことを
言っているのだろうが、
もう少し言い方を気をつけて欲しい。
どこで誰が聞いているか
分かったものではないのだから。

「まぁ、細かいルールもあるが、
そんなに気にしなくてもいいだろう。
とりあえず、ボールを持ったら
相手のゴールに入れるか、
味方にパスすればいい。
あとは他の試合を見たり、
自分のチームの奴に聞いとけ」

「ゴールに入れるか、味方にパス…。
それだけ分かれば十分だわ」

本当に十分なのか
不安になってくるが、
深く気にすることでもないか。
そうこうしている間に
チーム分けも終わったようだし、
程々に頑張っていくか。
チームは全部で6チーム。
1チーム7人で1試合にはそのうちの
5人ずつが参加するようになる。
夜六と夏八はそれぞれ別のチームで、
夜六のチームには難波が、
夏八のチームには近藤がいる。
そして、少々の練習を挟んでから
波乱の第1試合がスタートした。
夏八と近藤がいる青チームと
野球部の2人が牽引する黄チーム。
近藤がジャンプボールを制し、
ボールは青チームの女の子へ。
女の子は囲まれる前に
別の女の子にボールをパスして、
すぐさまボールを近藤にパス。
コートの真ん中にいた近藤は
ドリブルでズンズンと前に進み、
足止めに来た2人の頭の上に
綺麗なフォームでボールを放り投げた。
右の手のひらにボールを乗せ、
左手は支えるだけ。
膝を少し曲げて、ジャンプ。
ボールは放物線を描き、
パサっとした音と共に
ゴールの輪っかを潜った。
これで青チームが3点を先制した。

「怯むな!すぐに反撃だ!」

ボールをコートに戻し、
黄チームの攻撃が始まる。
すでに走っていた野球部の男子に
ロングパスを飛ばし、
器用にドリブルをする。
止めにきた女の子を躱して、
ゴール下まで接近。
シュートを決めようと
ドリブルを辞めたその時、
近藤の鋭い手が伸びてきて
ボールを掠め取る。

「うおっ!?」

近藤はボールを近くにいた
青チームの男子にパス。
男子はドリブルでゴールを目指すが、
黄チームの女の子に
2人がかりで止められる。

「レベル高いだろ?」

一進一退の攻防を
夜六はコートの外から見ていたが、
正直、あまりのレベルの高さに驚いていた。
夜六の隣りにきた難波が
わざわざ言わなくても、
今行われているバスケが
とても高度なことは夜六にも分かる。

「皆、気合いが入っているな」

「そりゃそうさ」

ドリブルで抜けようとすれば止め、
シュートはブロックして、
パスコースを読んでカットする。
一人一人の能力も高いが、
それ以上に連携が取れている。
アメリカではほとんど見ることのなかった、
非常にバランスのよいバスケだ。

「明日の球技大会で優勝したクラスは、
学園側に何でも要求できるっていう
究極のご褒美があるからな。
学園を支配させろとか
ハーレムを作らせろとか、
余程のことでなければ、
日本三大学園の一つの力で
何でもできるのさ」

「それはすごいな」

なるほど。力のある劉院学園の特権で
生徒達のやる気を引き出しているのか。
それにしても、『何でも』とは
大きなことをするものだ。
クラスメイト達が必死になるのも
そういう事情なら仕方ない。
あまり目立ちたくはないが、
これもスパイ任務の一部として
チームの為に尽くすとするか。
しかし、『何でも』か……。
この学園が隠している物を見せろ、
とか言ったらどうなるのだろう。

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