スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

食堂で3人と

寝間着のジャージから
学校の制服に着替えて、
夜六は食堂へと向かった。
昨日は時間が早かった為、
あまり混雑していなかったが、
今朝はかなりの人混みができている。

「トーストとベーコンエッグ」

注文口でメニューを注文して、
受け取り口で受け取る。
朝は軽めに食べる派の夜六は、
トーストとベーコンエッグ、
サラダ、コーンスープをお盆に乗せて
空いている席を探す。
二人用の席がよかったが、
4人用の席しか空いていなかったので
仕方なく夜六は4人用の席に座る。
手を合わせていざ食べようとした所で、
夜六の隣りと正面、斜めの席が埋まる。

「ここ、いいか?」

夜六の隣りにきた生徒が
話しかけてくる。
雰囲気がどことなく
難波に似ている角刈りの彼は、
清々しい笑顔を浮かべている。

「あぁ、構わない」

夜六の正面と斜め向かいに座る彼らも、
朝から活気に満ちており、
大盛りの牛丼をお盆に乗せている。

「えっと、夜六…だっけか?」

正面に座る彼が、
何の前触れもなく夜六の名前を呼ぶ。
一瞬警戒した夜六だが、
彼の次の言葉で
その警戒を少しだけ緩めた。

「俺達、お前のルームメイトの
海斗と陸と同じバスケ部なんだ」

なるほど。
どうりで難波と雰囲気が似る訳だ。
難波の底抜けの前向きさと明るさは
同じバスケ部の人間に
影響しているようだ。

「で、俺の名前は木下」

「俺は橋本」

「小林だよんっ」

3人が続けて自己紹介をした為、
夜六も礼儀として名乗る。

「俺は霧峰だ。
難波達は俺のことを夜六と呼ぶから
そう呼んでくれていい」

彼らは夜六のことを
知っていたようなので
名乗る必要はなかったが、
きちんとした自己紹介は
第一印象が良く映る。
学園生活とスパイ任務を
滞りなく進めるには
自己紹介は必須だ。
どういう理由で
彼らが夜六に近づいたのか、
それを探ることも必要だが。

「それじゃ、俺達も夜六って呼ぶよ」

「でな、夜六。
俺らは、夜六を頼んだって
海斗の奴からメッセージが来たから
お前に会いに来たんだが、
……俺らは見ちまったのさ」

片方の腕をテーブルに乗せ、
身を乗り出す姿勢で
正面に座る木下は言う。
木下が一体何を見たのか、
その先の言葉次第では
彼の存在を闇に葬ることを
夜六は考えていた。

「…お前の刺青」

周りに聞こえないように声を潜めて、
木下はじっと夜六を見る。
いや、もしかすると
夜六の体に纏わりつく
蛇の刺青を思い出しているのかもしれない。

「…夜六ってさ、何者なんだ…?」

木下達が難波と近藤から
どれだけの情報を聞いているのか、
それは分からないが
その疑問は難波達も抱いているはずだ。
元軍人の父親が所属していた
軍に引き取られ、
護身術を身につけたといっても
同時に襲ってきたクラスメイトを
一瞬で倒すなど怪しいに決まっているし、
刺青がある理由にもならない。
部屋で放った殺気も、
常人には到底不可能な業だ。
それに、夜六だけでなく
夏八と一緒ともなれば
二人の関係性も気になるだろう。
だが、こんな時にこそ
事前に創っておいた
プロフィールが役に立つ。

「…これは極秘事項だから
誰にも話すなよ?」

口元を手で覆い、
僅かな殺気を夜六は放つ。
ゴクリと3人は唾を飲み、
少しだけ首を縦に振る。

「俺の肩書きは、
劉院学園の生徒である前に
一級調査班の軍人だ。
俺はこの学園が教育機関として
どれだけ優秀か調査するという
仕事でここにきている。
だが、このことは学園側に
絶対に知られてはいけないし、
生徒にも秘密にしなげればならない。
俺はお前らを信用して話しているが、
もし、俺の正体が学園に知られたら、
お前らの誰かがリークしたと捉えて
言い訳の余地なくお前らを殺す」

俺がお前らに話したのは、
よりたくさんの情報を得る為だ、
と最後に夜六は付け足す。
話を聞いた木下達はというと、
額に汗を滲ませて
肩を震わせていた。
別に学園側にバレなければ
殺すなんてしないし、
夜六が軍人というのは嘘だから
安心してほしいのだが、
殺気に当てられたことのない
平和な日本人からすれば
恐怖もするだろう。

「安心しろ。
誰かが意図的にリークしたり
しない限りは殺すことはないし、
仮にそうなったとしても
最後の言葉くらいは聞いてやる」

話は終わりだと言わんばかりに
夜六は冷めてしまった
トーストに齧りつく。
3人も急いで牛丼を口に運び、
何も考えないように
一心不乱に箸を動かす。
先に食べ終わった夜六は、
立ち上がって去り際に言い残す。

「どうすれば苦しまずに死ねるか、
俺は知っている」

ビクッと3人の肩が跳ね上がるのを見て、
夜六は満足そうに歩いていく。
これで布石は完了だ。
あとは夏八と合流して、
お互いの情報を共有してから
その時を待つだけだ。

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