スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

ロザリオの祈り

人一人が入れそうな大きさの窓から
朝の日差しが侵入してきて、
部屋の中をやんわりと温める。
春特有のポカポカ陽気が心地よく、
学校も仕事も無ければ
いつまでも寝ていたい。
しかし、そうもできないのが日本人だ。
世界の1日の平均睡眠時間は約7時間で、
日本だけの話になると約6時間と
かなり少なくなってくる。
日本人が働き過ぎと言われる原因は
こういう所にもあるのだが、
誰もそのことを気にしない。
日本という名の監獄で、
完全に洗脳されているのだ。
色々な国で任務をこなし、
様々な文化に触れてきた夜六にとって、
日本人は相当なバカである。
自分達だけの世界で完結し、
その他を分かろうとしない。
そうして自分達が世界から
置き去りにされていることも知らずに、
自分達が正しいと思い込んでいる。
これをバカと呼ばずして、
何と言えばいいのか。
アホか愚者か狂者か。
いづれにしても、
まともな言葉は出てこない。

「…おはよう、夜六。早いな」

朝練の為に6時に起きた近藤は、
眠そうな目を擦りながら
すでに起きている夜六に挨拶をする。
朝練にしても、
朝から練習して得られる経験値など
ホンの少ししかないだろう。
朝から体を動かして練習するより、
静かに瞑想する方が余程身になる。

「あぁ、おはよう」

近藤はふらつきながら
ベッドから這い出て、
いびきをかいて寝ている
難波のベッドに登る。

「海斗、起きろ。朝練いくぞ」

肩を揺さぶって声をかけるが、
難波は一向に起きる気配がない。

「おい、海斗」

むにゃむにゃと口を動かして、
難波は反応するだけだ。
その難波に、
慣れた様子で近藤はビンタする。

「起きろ!」

「んっう!?」

声にならない謎の音を発して、
難波は目を覚ます。
難波は急いで時間を確認すると、
もう一度ベッドに寝そべる。

「あと5分だけ……て、おい!」

「お前のあと5分は
遅刻ギリギリなんだよ。
今は大事な時期なんだから
遅刻したらヤバいぞ」

難波を起こす間に
しっかり覚醒した近藤は、
再び夢の中へ行こうとしている
難波を強引に連れ戻す。
布団を引っペがして、
ダメ押しのビンタ。
それで難波は諦めたのか、
ベッドの上で伸びをして
2段ベッドから飛び降りる。

「ん?夜六も起きてたのか」

「ああ。目が覚めてな」

起きている夜六の姿を捉え、
少しだけ難波は嬉しそうになる。

「夜六、お前も朝練来るか?」

と、訳の分からない事を言い出す。
ただでさえ、夜六は朝が嫌いなのだ。
任務の事となると
朝も夜も関係ないのだが、
特に理由もないのに
朝に活発なことをしたくない。
それに、夜六の朝には
大切で嫌いなルーティンがある。

「いや、遠慮しておく。
俺は低血圧だから、
朝は頭がボーっとするからな」

夜六が答え終わる前に、
既に近藤と難波は
着替えて準備を整えていた。
慣れた様子の二人を見て、
よくやるよと、夜六は口の中で言う。

「じゃあ、俺らは先行くわ。
夜六も授業に遅れないように
さっさと食堂で飯食って行けよ」

「また教室でな」

夜六が返事をする前に、
二人は部屋を出ていった。
慌ただしい二人の姿は、
青春を謳歌する高校生そのものだ。
しかし、二人を見て感化されて
部活に入ってしまうほど、
夜六の信念は細くない。

「はぁ…」

部屋の窓際。夜六の机の上。
そこに置かれた一つの箱。
夜六はピッキングツールで
3つの南京錠をパパッと開けると、
中からロザリオを取り出した。
綺麗な花の模様がつけられている
青銀色に光るロザリオだ。
夜六はロザリオを両手で胸に抱き、
静かに目を閉じる。
夜六の大切で嫌いなルーティン。
夜六はあの日以来、
毎朝このルーティンを欠かさない。
どれだけ任務が忙しかろうと、
どれだけ命の危険があろうと、
このルーティンだけは
欠かしたことがない。
暴走して仲間に止められて、
人間らしさを失いそうになった時、
このロザリオのおかげで
夜六は冷静になれたのだ。
当然、仲間達にも感謝しているが、
その感謝とこの感謝は違う。

「……神々の加護あれ」

まだ夜六がスパイになる前、
ロシアで5歳の誕生日を迎えた夜六は
家族からこのロザリオを貰った。
先祖代々貴族の家系で、
その証としてロザリオを持つ。
いつか大切な人ができたら、
そのロザリオを材料にして
2つのロザリオを作り、
お互いを思い合う。
そんな風習があったのだ。
そして、ロザリオは祈りにも使う。
毎朝家族で集まって、
神々への祈りを捧げる。
しかし、夜六はこの祈りが嫌いだった。
目に見えない存在に、
一体何を祈るというのか。
小さいながらも、
夜六はそんなことを思っていた。

「──逃げなさい!」

燃える家。泣き叫ぶ妹。
大切な物に背中を向ける夜六。
途方に暮れ、倒れる。
その夜六を拾ったのが、
今の夜六達のボスだった。
その後、夜六はスパイの養成校に入り、
一流のスパイとして
【POISON】のメンバーとなる。
だが、嫌いだったはずの
毎朝の祈りだけは
どうしても辞めることができず、
今では夜六と大切な家族を繋ぐ
大切な夜六のルーティンになっていた。

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