スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

その結果、難波が『クローバー』で、
夜六が『ハート』を伏せていた。
この勝負は夜六の一人勝ちだ。

「くぅっ!やられた!」

それからも数回繰り返して、
ゲームの最終結果は、
夜六の17勝、難波の11勝、近藤の1勝だ。
ちなみにこのゲームの勝敗は
相手をカードをどれだけ当てられるか、
どれだけ自分のカードを当てられないかの
比率で決められるため、
ほとんどカードを当てられている
近藤を除いた夜六と難波の
一騎討ちのようになっていた。

「俺の優勝だな」

「夜六、お前強過ぎるぜ…」

当然といえば当然の結果だ。
一流のスパイとなれば、
腹の探り合いなど
日常のように行っている。
その成果が発揮されているなら
優勝は当たり前だが、
夜六はスッキリしない。
一流のスパイチーム【POISON】の
メンバーである夜六が、
素人相手に競っているのだ。
本当は圧勝するつもりだったのに。

「もうこんな時間か。
難波、お前が片付けないと
俺のスペースが無いんだが?」

部屋にある時計を見ると、
時刻は21時を回った頃だった。
夜六も途中から意地を張っていた為、
荷物そっちのけで
ゲームに夢中になっていた。
自分らしくない。
夜六は心の中でそう思う。

「あっと、それはすまねぇ。
すぐどうにかするわ」

難波は立ち上がり、
夜六の机の上に乱雑に積まれている
体操着や部活のユニフォームを掴み、
自分の机に放り投げる。
開いたままで放置されている
何の書き込みのない問題集や
教科書、ノートも雑に掻き集めて、
イスの下に隠すように置く。
たった数秒で夜六の机から
難波の私物はなくなり、
やっと夜六の荷物を置く場所ができた。
と言っても、教科書類はほとんど
教室に置いてきているので
今日は私物を片付けるだけだが。

「そう言えば夜六さ。
それの中身、聞いてもいいか?」

大きなリュックから
数冊の小説を取り出していると、
近藤が声をかけてくる。
近藤が指で示すそれは、
夜六がスパイ道具を入れて
3つの南京錠をしている箱だ。
大きさは小さめで、
30×25×15くらいの黒色の箱。
【POISON】のメンバーの一人、『百足』が
1週間かけて自作したその箱は、
様々な金属を混ぜて
より頑丈な箱へと進化させた。
大砲を撃ち込んでも、
断崖絶壁から放り投げても
壊せることはなく、

「まさに鉄壁の箱でありんす」

と太鼓判を押してきた。
そのいかにも怪しげな箱を見て、
難波も卑しい目を向ける。

「何だ何だ?
もしかして、とんでもなく
ヤバい物が入ってんのか?」

だが、夜六は動じることなく、
箱を机の真ん中にドンっと置いて、
ポケットから出した
メモ帳のページを破って
『触るな』と書く。
その紙を箱の上に置き、
重りとして鉄製のサイコロで固定する。

「何があってもこれに触るな。
もし、こいつに触ったら…」

「触ったら……?」

近藤と難波は唾を飲み込み、
夜六の言葉を待つ。

「──命はないと思え」

言葉を発する瞬間、
夜六は強烈な殺気を放つ。
幾度も戦場を駆け抜け、
100を優に超える暗殺をした、
鍛えに鍛えられたスパイの
本物の殺気は、
難波と近藤の脳を揺さぶる。
冗談などではなく、
もし誰かがこの箱に触ろうものなら
秘密を守るためにそいつを屠る。

「わ、分かった。
それには触れないでおこう」

「あぁ、今のはマジで怖かった…」

難波と近藤は完全に萎縮してしまい、
二人はスマホを持って
自分のベッドに寝転ぶ。
その二人を夜六は気にすることなく
クローゼットに制服と私服を入れ、
ワイヤー入りの腕時計や
ライト付きのボールペン、
消しゴム型のミニスタンガンなど
スパイ道具だと分かりにくい物を
机の引き出しに突っ込む。
同居人の二人が
見ていないことをいい事に、
やがて全ての荷物を
夜六は片付けた。
やるべき事が終わり、
どうしようかと迷った夜六だが、
それなりの時間になっているので
寝ることにした。

「時差ボケあるから
俺はもう寝るわ」

「早くね?
……って思ったけど
時差ボケは仕方ねぇか」

「なら俺らも寝るか」

それからすぐに寝る準備に入り、
3人は部屋を出てトイレに向かう。
トイレを済ませ、
トイレの横にある洗面所で歯を磨き、
部屋に戻って電灯を消す。

「んじゃ、おやすみ」

「おやすみ~」

「…おやすみ」

灯りも消え、静寂が訪れる。
これが普通なら
ぐっすりと寝られるのだろうが、
夜六は違う。
こっそり隠し持っている
鉄製の定規を構えて、
浅い睡眠に落ちる。
少しでも怪しい音がすれば
目を覚ますように訓練された夜六は、
二人の寝息を聞きながら
きっちり翌朝の6時に意識を覚醒させた。

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