スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

風呂

スンスンと鼻を鳴らし、
匂いを確認すると、
近藤はスプレーをリュックに戻す。

「部活帰りってのは
皆あんな風になるもんだが、
どうして男の汗は
こんなに臭いんだよ」

まぁ、俺も人のこと言えないけど。
と近藤は付け足して
ふっと笑ってみせた。
聞けば難波と近藤は
同じバスケ部に所属していて、
今の3年生が引退すれば、
2人ともレギュラーに入れるほどの
実力を持っているらしい。
今日はたまたま近藤が休みだったが、
いつもはよく二人で
1on1をしているようだ。

「夜六もどうだ?バスケ部楽しいぜ?」

「…俺はいい」

自然な流れで勧誘を受けた夜六だが、
ここはキッパリと断る。
夜六には、部活をするなんて
時間的な余裕はない。
一日でも早くに
この劉院学園の隠された秘密を暴き、
必要ならそれ相応の対処を
しなければならないのだから。

「──この学園には、
人体実験をしているという噂がある」

ボスから言われた言葉が、
夜六の脳裏から離れない。
今までの任務の中で、
違法な実験をしている施設や
研究所に足を運び、
時に研究者を暗殺して、
時に施設そのものを爆破するなど、
様々な実験施設を見て
様々な酷い実験を見てきた。
そして、その過程で夜六は
何よりも許せないことに遭う。
その時任務を共にしていた仲間に、
『蜘蛛』や『蜂』、『さそり』達に
止められていなければ、
夜六は取り返しのつかない
暴れ方をしていただろう。
その時の事は、
今はまだ語ることはできないが。

「そろそろ行くか」

近藤から部活の楽しさを
聞かさせている内に、
あっという間に時間が過ぎて
風呂のタイミングがやってくる。
タオルは風呂場にあるらしいので、
着替えだけ持って
二人は部屋を出ていく。
夜六の今抱いている
過去の記憶から湧いてきた負の感情を、
どうか洗い流してくれと願いながら、
近藤の後ろを歩く。
結果、シャワーを浴びても、
風呂で合流した難波に
イタズラでお湯をかけられても、
サウナで我慢勝負をしても、
夜六の心が癒えることはなく、
どこか憂鬱な気分だった。
周囲にいたほとんどの生徒が、
遠巻きに夜六を見て
ヒソヒソと話す。
夜六と目が合うと、
恐怖に満ちた顔で逃げていった。
それも、仕方のないことだ。
──夜六の背中には、刺青がある。
夜六に絡み付くように、
白い蛇の刺青がしてあるのだ。

「おいおい…冗談だろ……?」

もちろんだが、
近藤も難波も驚いていた。
当然だろう。
ただ見た目が日本人離れしていて、
ただ護身術があるだけと思っていた
ただのクラスメイトの体に、
只者ではない刺青があったなら、
誰でも驚き、恐怖する。
だがしかし、
難波と近藤、二人の仲間達だけは、
そんな夜六を見ても
離れていこうとはしない。
寧ろ、それも個性だと
受け入れてくれた。
本当は、単に周囲の反応を観察して
怪しそうな人物を
炙り出すつもりだった夜六だが、
不覚にも思ってしまった。
──こんなにも優しい世界に生きている
お前達を死なせはしない、と。



「くそっ!また負けた!」

風呂から出て、
部屋に戻ってきた夜六は、
近藤、難波とトランプで遊んでいた。
スペード、クローバー、ハート、ダイヤ、
それぞれのカードから
1枚を裏側に置いて、
それがどれなのか当てるという
簡単なルールの遊びだ。
これまで10回程やっているが、
一向に近藤だけ勝てないでいた。

「何で二人とも俺のカードが
分かっちまうんだよ。
あれか?裏側をよく見たら
絵柄が違うやつか?」

近藤はカードの裏を見ながら
夜六と難波を警戒しているが、
もちろんそんな訳はない。
夜六が持参しているトランプは、
フランスで行った任務の際に
観光客に紛れて買った物で、
日本の物とは違うが
きちんとしたトランプだ。

「嘘を上手に使わねぇと、
勝てる勝負じゃないぜ。な、夜六?」

「そうだな。近藤は正直過ぎる」

「んなこと言ったってよ…」

また3人はカードを1枚ずつ伏せて、
お互いの様子を伺う。
数秒の沈黙があって、
最初に口を開いたのは近藤だ。

「俺のカードは『スペード』だ!」

堂々と近藤は言うが、
その額にはじんわりと汗が浮かぶ。

「俺も『スペード』だぜ」

「俺もだ」

難波と夜六も、
それぞれ『スペード』だと申告する。
しかし、本当に『スペード』を
伏せているのは、たった一人だけだ。
ここでカマをかけたり、
他の誰かのカードが違うものだと
指摘しなければ、本当に『スペード』を
伏せている者だけが勝利だ。

「じゃあ、いいか?」

夜六が確認して、
難波と近藤は頷く。
そして、夜六と難波の視線は
近藤の方へ向く。

「「『クローバー』」」

「っ!?」

目を見開いて、
肩をビクッと震わせながら、
近藤が自分のカードをめくる。
そのカードは、『クローバー』のQだった。

「また負けた……」

近藤はガックリと肩を落とし、
しかしすぐに顔を上げる。

「二人のカード、絶対当てる…!」

目をギラギラと光らせ、
近藤は夜六と難波のカードを
穴ができるくらいに凝視する。
そして、高らかに言い放つ。

「夜六が『スペード』、
海斗が『ダイヤ』だ!」

「夜六、『クローバー』だろ?」

「難波こそ『クローバー』だな?」

近藤の予想は、
夜六が『スペード』で難波が『ダイヤ』。
難波と夜六はお互いに
『クローバー』だと予想。
二人は同時にカードに触れ、
スっと裏返した。

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