スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

2年2組

職員室や理事長室がある棟から
2階の渡り廊下を渡って、
三人は教室棟に入る。
ただそれだけで、
夜六と夏八はこの学園の
校舎の構造を理解する。
この学園は上から見ると、
カタカナの
漢字で書けばくちの形をしていて、
教室棟は3階まで、
もう一つの特別棟は4階まである。
階段は校舎の端と真ん中の3箇所。
棟と棟の間には中庭があり、
チラホラと急いでいる生徒がいる。

キーンコーンカーンコーン…。

チャイムが鳴り響き、
慌てて教室に入る生徒が
次々に三人を追い越していく。

「おはよう先生!」

「はい、おはよう」

急いではいるが、
どの生徒も挨拶は欠かさない。
顔を見ながらの挨拶なら
完璧であったのだが、
生憎彼らにそんな余裕はない。
吉原もうるさく言わずに
笑顔で挨拶を返すだけだ。
廊下も窓ガラスも、
渡り廊下でさえも綺麗に
掃除が行き届いているし、
この学園の先生と生徒のレベルは
かなり高いかもしれない。
さすが、日本三大学園の一つ。
その名前に恥ない、
立派な教育機関だ。

「少し待って、
私が呼んだら入ってきて下さい」

吉原が立ち止まったのは、
2年2組の教室の前。
夜六と夏八にそう言い残し、
吉原は教室に入ってドアを閉める。
チャイムはすでに鳴り終わっているから、
この後入ってきた生徒は
遅刻になるのだろう。
ドア越しにも聞こえる吉原の声、
朝の寝惚けから
スッキリするような覇気のある声だ。
体格もそうだし、
なにかスポーツをやっているのかもしれない。

「いい学校ね」

「そうだな」

廊下の窓ガラスから見える
青色の空を見上げて、夏八は呟いた。
それに釣られて夜六も空を見て、
感傷に浸っていた。
自分の妹も、今頃はこんな空を
見上げているのだろうか、と。

「二人とも、入ってきてー」

夏八と夜六は顔を見合わせ、
フゥと息を整える。
スパイにとって、
第一印象はその後の任務に
大きな影響を与える程重要なものだ。
生徒の誰かから情報を聞こうにも、
第一印象が悪ければ
警戒されてしまうことになる。
だから、二人は気を引き締める。
教室のドアを夏八が開けて、
二人は教室の中に入った。

「うおっ!可愛い!」

「可愛い女の子キターーーー!」

「お、おい!待て皆!
この子ネクロマンサーだ!」

「本当だ!?死体が歩いてる!?」

二人が入ると、
教室の中は一気に騒がしくなる。
やれ可愛いだの、やれ女の子だの、
やれ死体が歩いてるだの…。
可愛いと言われているのは、
もちろん夏八である。
真紅の髪はサラサラと靡き、
優雅に歩くその姿。
目は鋭くつり上がっているが、
決して目つきが悪い訳ではなく、
寧ろそれが夏八の美貌を加速させている。
その一方で、死体だと揶揄させているのは
他の誰でもなく、夜六だ。
理由はただ一つ、目が濁っているからだ。
白色の髪と相まって、
死人と言われても仕方がない程の
見た目をしているのだ。
第一印象を大切にしようと、
そう思っていたのだが、
夏八はともかくとして
夜六は盛大に失敗してしまった。
予想だにしない出来事に、
思わず涙が溢れそうになる夜六。
ある程度予測はしていたつもりだったが、
よもやここまでとは……。
しかし、受け入れるしかない。

水都みなと 夏八かやです。
これからよろしくお願いします」

今日三度目となる自己紹介も
もうすでに慣れたもので、
今日から初めて名乗る名前でも
すっかり板についている。
黒板にしっかりと名前を書き、
夏八は丁寧に頭を下げる。
そもそも、名前をコロコロと変える
一流のスパイにとって、
初めての名前を名乗るなど
造作もないことなのだが。

「あー、霧峰きりみね 夜六よむです。
死んでる訳じゃないんで、
普通に接してくれると嬉しいです。
よろしくお願いします」

夜六も夏八の隣りに名前を書き、
小さく頭を下げる。
一応生きてる宣言をしているが、
もう夜六の中では
今後の学園生活をどのようなキャラで
過ごしていくか決まっていた。

「二人とも、2年2組にようこそ。
さっきも言ったし、
見ても分かるだろうが、
うちはバカでアホでうるさい奴が
これでもかって集まってる。
でも悪い奴はいないから、
安心してくれていい。
お前ら、あまり新人達に
迷惑かけるなよ、いいな?」

吉原は夜六達を明るく迎えた。
生徒達も同じように、
元気よくよろしくと言ってくる。
吉原の言った通り、
悪そうな奴は見当たらない。
ひとまずは、安心してよさそうだ。
その後、夜は窓側の一番後ろに、
その隣りの席に夏八は座る。
教科書が山のように机上に積まれ、
机の横には体操着と
体育館用のシューズが
それら用の袋に入れてある。

「夜六ってかっこいい名前だな。
お前のこと、夜六って呼んでいいか?」

夜六が諸々の確認をしようとすると、
前に座っている男子生徒が
夜六に声をかけてきた。
黒い前髪を目にかからせて、
クールで静かな印象を受ける。

「あぁ、構わない。えっと…」

「あっ、すまん。
先に自分から普通は名乗るよな。
俺は近藤こんどう りく
気軽に陸って呼んでくれ」

近藤は笑顔で右手を差し出す。
その握手に夜六は応じた。

「よろしく頼む」

夜六がチラっと横を見ると、
同じように夏八も
前の席の元木もとき あいという女子生徒と
挨拶を交わしていた。
このクラスは7×6の42人で、
男女の列が交互になっている為、
同性が隣りにいることはないが
前後には同性がいる。
二人は一番後ろの席だから
前にしか人はいないのだが。

「――朝の連絡事項は以上。
お前ら、転校生を頼んだぞ」

ほとんど聞かぬ間に
連絡事項が終わり、
それと同時にチャイムが鳴る。
そしてそれが、
世の転校生達を恐怖に陥れる
あの時間の合図になる。

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