じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-3
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「さて、しかし……どうしたもんかな」
部屋に唯一置かれた椅子に腰掛け、俺はテーブルに頬杖をついた。昼間の作業のせいで、ざらざらと粉っぽい。
「これは、思慮もヘチマもない、単なる俺の個人意見だけどな。俺は、そんなしんどいとこに居続けなくてもいいと思う」
「それは……ここを出て行く、という事ですか」
曇った顔のウィル。どうしたものかと、判断に困っているようだ。ウィルの視線は、俺から、ウィルと手を繋いでいるライラへと移る。
「でも……そうですね。私も、桜下さんと同じかもしれません。ここにいる皆さんの力なら、どこでだって活躍できると思います」
「そうだな。何も、ここにこだわる必要はない」
けど正直、未練が無いわけではない。ここは条件だけ見れば、結構おいしい仕事ではあるんだけれど……
「でも、いいの?」
意を唱えたのはフランだ。
「わたしたち全員が、疑われることなく働ける場所は、多分そんなに多くないよ。ここはクズばっかりだけど、背に腹はかえられない、とも言うでしょ」
フランの指摘は、さっきの俺の懸念そのものだ。背に腹は、か……でも。
「そうだな。きっと、それは正しい……けどなフラン。俺は、金よりも、心を優先したいんだ。きっと大人なら、こういう事も割り切れるんだろうけど……ごめん、無理だ。俺はさ、まだまだガキなんだよ」
フランは目をぱちくりさせると、くすりと笑った。
「ふふっ。頭に、夢見る、も付けたら?」
「はは、違いないな……」
「でも、わかった。そういうのは嫌いじゃないから。わたしはいいよ」
自分より年下の子に駄々をこねるとは、我ながら情けない……とはいえ、自分に嘘は付きたくない。やりたいようにやるのが、こっちに来てからの俺のモットーだからな。
「でも、今大事なのは、わたしでもあなたでもなくて。その子の意見なんじゃないの?」
フランの視線の先には、目を赤く腫らしてうつむく、ライラがいる。うん、そのとおりだな。俺は立ち上がると、膝を折って、ライラに視線を合わせた。
「ライラ。お前は、どう思う?お前の気持ちを、俺は優先したい」
ライラは目元をごしごし擦ると、上目遣いに俺を見た。隣で手を繋ぐウィルが、はらはらと俺たち二人を見守っている。
「桜下……ライラが、決めていいの?」
「もちろん。聞かせてくれないか」
「ライラは……」
ライラが再びうつむく。俺は彼女の答えを、じっと待った。急かさず、焦らせないように。
「……ライラは、もうやだ」
ぽつりとこぼれる。
「今までだって、いっぱいいじわるされたけど。そのたびに、ライラもやり返してたんだ。けど、今は違う。仕返ししたら、桜下に迷惑が掛かっちゃうんでしょ?そんなの、やだ」
「ライラ……」
「ライラ、褒められたい。よくやったなって、桜下に言われたい。おねーちゃんに、撫でてもらいたい。だから、だからね……」
ライラがゆっくりと顔を上げる。その藤色の瞳を見た時、俺ははっとした。彼女の目に、はっきりとした決意の光がまたたいている。
「いやだけど、まだやりたいって思う」
「ライラ……けど、いいのか?」
「うん。ライラは、ダメな奴なんかじゃない。それをみんなに、分からせてやるんだ」
……俺は一つ、勘違いをしていた。ライラは、傷ついて、逃げたがっているんだと思っていた。それは間違っていないのかもしれないけど、それだけじゃなかったんだ。それ以上に、ライラは傷つけられたプライドを、自分の誇りを取り戻そうとしているんだ。
彼女は、逃げた背中をさすられたいんじゃない。立ち向かう背中を、押してほしいのだ。
なら、俺がやるべきことは一つだ。
「わかった。ライラ、応援するぜ」
「桜下……でも、ほんとにいいの?もしかしたら、また……」
「大丈夫さ。ライラの腕は、俺だってよく知ってる。見せつけてやろうぜ、王都の連中に。俺たちの、実力ってやつをさ」
ライラは瞳を見開くと、覚悟を決めた表情になった。
「て、わけなんだけど……みんなも、それでいいか?」
これは、訊くまでもなかったな。反対するやつは、誰もいなかった。
「ライラさん……」
ウィルが腰をかがめて、ライラと目線を合わせる。
「私も、応援します。けれど、無理はしないでくださいね」
「うん……」
ライラはさみしそうに、片手に握ったショールを見下ろす。ショールの黒い染みは、ライラの心にも黒い影を落としているようだ。これから頑張ろうっていうのに、そんなのがあったんじゃ、気勢をそがれるよな……
「……ライラ。ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか」
「え?」
「“ファズ”の呪文を試してみないか?ひょっとしたら、もとに戻せるかもしれないぜ」
思い付きだが、試す価値はあるだろう。俺のファズは、アンデッドの時を戻す。このアンデッドの定義に、着ている服が含まれることは、先日のフランが身をもって体現してくれている。
「エラゼムの剣はダメだったから、確証はないんだけど……試すだけならタダだ」
「うん!そっか、それがあったね!」
ライラは目を輝かせると、ショールをぎゅっと握って、ウィルから離れた。
俺は右手を、ライラの胸の真ん中に重ねた。薄い胸からは、確かな心臓の鼓動が伝わってくる。ライラが目を閉じた。
「……行くぞ!ディストーションハンド・ファズ!」
ヴン!俺の右手が実体を失い、わずかにライラのなかへと沈む。俺の右手を通じて、膨大な魔力が、ライラの魂へと流れ込んでいく。俺はありったけの魔力を流し込む勢いで、右手に意識を集中した。彼女の心から、影を拭い去るためにも……!
「……ぶはぁ!ど、どうだ?」
激しい動悸を感じて、俺は右手をライラから離した。かなりの魔力を消費したからか、体が少しだるい。ライラは目を開けると、握っていたショールを、恐る恐る広げた。
広がったショールからは、黒い焦げ目はきれいさっぱりなくなっていた。
「……っ!なくなってる!」
「はは、やったな!よかった、うまくいって……ぐわ!」
ドン!いきなりライラが首元に飛びこんできて、俺のあごはライラの頭に強打された。う、脳が揺れる……
「ありがとう!桜下!きゃはははは!」
「よ、よかったな……」
ライラはおおはしゃぎで、ショールを広げてくるくると回っている。よかった、ファズの効力は、お母さんの形見にも通じたみたいだ。
「すごいよ桜下!こんなまほー、世界のどの魔術師だって使えないよ!」
「まあ、ネクロマンサーの術だからな」
「ライラ、桜下といっしょなら何でもできる気がしてきた!ねぇ桜下、明日は桜下が、ライラのこと見ててよ!」
「え?」
そうか、考えもしなかったけど。俺が現場に行って、みんなに付き添うのもありか。もし万が一、またトラブルが起こったとして。ネクロマンサーの俺がいれば、速やかに対処することができる。多少はメンタルケアもできるだろう。俺自身は何もできないが、そこで頑張る仲間たちを応援することは、できるかもしれない。
「でも、それだと俺の作業が……」
「でしたら、そっちは私が引き受けますよ」
ウィルが、自分の胸に手を当てて名乗り出る。
「私が代わりにやりますから、桜下さんは皆さんのもとについてあげて下さい」
「いいのか?」
「ええ。細かい作業は得意なほうですし、桜下さんの代わりは誰にもできません。適材適所、ってやつです」
「そっか……」
ライラが、俺の手にすがって言う。
「ねぇ、桜下。いいでしょ?」
「……うん、そうだな。俺で力になれるなら、喜んでいくぜ」
「やった!」
俺の腕に、ぴょんとライラが飛びつく。お、重いってば。
「じゃ、明日からはそういう感じで行こう。エドガーにも、あとで話してくるな」
仲間たちがうなずいたところで、俺たちの部屋の扉が、コンコンとノックされた。
「食堂に下りてきてください。夕食です」
扉越しに、侍女のくぐもった声がする。兵士たちが全員揃って、これから飯にするのだろう。
「桜下殿、行ってきてくだされ。お待ちしております故」
エラゼムに促されて、俺はこくりとうなずいた。
「それじゃあ、行ってくるな」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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部屋に唯一置かれた椅子に腰掛け、俺はテーブルに頬杖をついた。昼間の作業のせいで、ざらざらと粉っぽい。
「これは、思慮もヘチマもない、単なる俺の個人意見だけどな。俺は、そんなしんどいとこに居続けなくてもいいと思う」
「それは……ここを出て行く、という事ですか」
曇った顔のウィル。どうしたものかと、判断に困っているようだ。ウィルの視線は、俺から、ウィルと手を繋いでいるライラへと移る。
「でも……そうですね。私も、桜下さんと同じかもしれません。ここにいる皆さんの力なら、どこでだって活躍できると思います」
「そうだな。何も、ここにこだわる必要はない」
けど正直、未練が無いわけではない。ここは条件だけ見れば、結構おいしい仕事ではあるんだけれど……
「でも、いいの?」
意を唱えたのはフランだ。
「わたしたち全員が、疑われることなく働ける場所は、多分そんなに多くないよ。ここはクズばっかりだけど、背に腹はかえられない、とも言うでしょ」
フランの指摘は、さっきの俺の懸念そのものだ。背に腹は、か……でも。
「そうだな。きっと、それは正しい……けどなフラン。俺は、金よりも、心を優先したいんだ。きっと大人なら、こういう事も割り切れるんだろうけど……ごめん、無理だ。俺はさ、まだまだガキなんだよ」
フランは目をぱちくりさせると、くすりと笑った。
「ふふっ。頭に、夢見る、も付けたら?」
「はは、違いないな……」
「でも、わかった。そういうのは嫌いじゃないから。わたしはいいよ」
自分より年下の子に駄々をこねるとは、我ながら情けない……とはいえ、自分に嘘は付きたくない。やりたいようにやるのが、こっちに来てからの俺のモットーだからな。
「でも、今大事なのは、わたしでもあなたでもなくて。その子の意見なんじゃないの?」
フランの視線の先には、目を赤く腫らしてうつむく、ライラがいる。うん、そのとおりだな。俺は立ち上がると、膝を折って、ライラに視線を合わせた。
「ライラ。お前は、どう思う?お前の気持ちを、俺は優先したい」
ライラは目元をごしごし擦ると、上目遣いに俺を見た。隣で手を繋ぐウィルが、はらはらと俺たち二人を見守っている。
「桜下……ライラが、決めていいの?」
「もちろん。聞かせてくれないか」
「ライラは……」
ライラが再びうつむく。俺は彼女の答えを、じっと待った。急かさず、焦らせないように。
「……ライラは、もうやだ」
ぽつりとこぼれる。
「今までだって、いっぱいいじわるされたけど。そのたびに、ライラもやり返してたんだ。けど、今は違う。仕返ししたら、桜下に迷惑が掛かっちゃうんでしょ?そんなの、やだ」
「ライラ……」
「ライラ、褒められたい。よくやったなって、桜下に言われたい。おねーちゃんに、撫でてもらいたい。だから、だからね……」
ライラがゆっくりと顔を上げる。その藤色の瞳を見た時、俺ははっとした。彼女の目に、はっきりとした決意の光がまたたいている。
「いやだけど、まだやりたいって思う」
「ライラ……けど、いいのか?」
「うん。ライラは、ダメな奴なんかじゃない。それをみんなに、分からせてやるんだ」
……俺は一つ、勘違いをしていた。ライラは、傷ついて、逃げたがっているんだと思っていた。それは間違っていないのかもしれないけど、それだけじゃなかったんだ。それ以上に、ライラは傷つけられたプライドを、自分の誇りを取り戻そうとしているんだ。
彼女は、逃げた背中をさすられたいんじゃない。立ち向かう背中を、押してほしいのだ。
なら、俺がやるべきことは一つだ。
「わかった。ライラ、応援するぜ」
「桜下……でも、ほんとにいいの?もしかしたら、また……」
「大丈夫さ。ライラの腕は、俺だってよく知ってる。見せつけてやろうぜ、王都の連中に。俺たちの、実力ってやつをさ」
ライラは瞳を見開くと、覚悟を決めた表情になった。
「て、わけなんだけど……みんなも、それでいいか?」
これは、訊くまでもなかったな。反対するやつは、誰もいなかった。
「ライラさん……」
ウィルが腰をかがめて、ライラと目線を合わせる。
「私も、応援します。けれど、無理はしないでくださいね」
「うん……」
ライラはさみしそうに、片手に握ったショールを見下ろす。ショールの黒い染みは、ライラの心にも黒い影を落としているようだ。これから頑張ろうっていうのに、そんなのがあったんじゃ、気勢をそがれるよな……
「……ライラ。ちょっとだけ、俺に付き合ってくれないか」
「え?」
「“ファズ”の呪文を試してみないか?ひょっとしたら、もとに戻せるかもしれないぜ」
思い付きだが、試す価値はあるだろう。俺のファズは、アンデッドの時を戻す。このアンデッドの定義に、着ている服が含まれることは、先日のフランが身をもって体現してくれている。
「エラゼムの剣はダメだったから、確証はないんだけど……試すだけならタダだ」
「うん!そっか、それがあったね!」
ライラは目を輝かせると、ショールをぎゅっと握って、ウィルから離れた。
俺は右手を、ライラの胸の真ん中に重ねた。薄い胸からは、確かな心臓の鼓動が伝わってくる。ライラが目を閉じた。
「……行くぞ!ディストーションハンド・ファズ!」
ヴン!俺の右手が実体を失い、わずかにライラのなかへと沈む。俺の右手を通じて、膨大な魔力が、ライラの魂へと流れ込んでいく。俺はありったけの魔力を流し込む勢いで、右手に意識を集中した。彼女の心から、影を拭い去るためにも……!
「……ぶはぁ!ど、どうだ?」
激しい動悸を感じて、俺は右手をライラから離した。かなりの魔力を消費したからか、体が少しだるい。ライラは目を開けると、握っていたショールを、恐る恐る広げた。
広がったショールからは、黒い焦げ目はきれいさっぱりなくなっていた。
「……っ!なくなってる!」
「はは、やったな!よかった、うまくいって……ぐわ!」
ドン!いきなりライラが首元に飛びこんできて、俺のあごはライラの頭に強打された。う、脳が揺れる……
「ありがとう!桜下!きゃはははは!」
「よ、よかったな……」
ライラはおおはしゃぎで、ショールを広げてくるくると回っている。よかった、ファズの効力は、お母さんの形見にも通じたみたいだ。
「すごいよ桜下!こんなまほー、世界のどの魔術師だって使えないよ!」
「まあ、ネクロマンサーの術だからな」
「ライラ、桜下といっしょなら何でもできる気がしてきた!ねぇ桜下、明日は桜下が、ライラのこと見ててよ!」
「え?」
そうか、考えもしなかったけど。俺が現場に行って、みんなに付き添うのもありか。もし万が一、またトラブルが起こったとして。ネクロマンサーの俺がいれば、速やかに対処することができる。多少はメンタルケアもできるだろう。俺自身は何もできないが、そこで頑張る仲間たちを応援することは、できるかもしれない。
「でも、それだと俺の作業が……」
「でしたら、そっちは私が引き受けますよ」
ウィルが、自分の胸に手を当てて名乗り出る。
「私が代わりにやりますから、桜下さんは皆さんのもとについてあげて下さい」
「いいのか?」
「ええ。細かい作業は得意なほうですし、桜下さんの代わりは誰にもできません。適材適所、ってやつです」
「そっか……」
ライラが、俺の手にすがって言う。
「ねぇ、桜下。いいでしょ?」
「……うん、そうだな。俺で力になれるなら、喜んでいくぜ」
「やった!」
俺の腕に、ぴょんとライラが飛びつく。お、重いってば。
「じゃ、明日からはそういう感じで行こう。エドガーにも、あとで話してくるな」
仲間たちがうなずいたところで、俺たちの部屋の扉が、コンコンとノックされた。
「食堂に下りてきてください。夕食です」
扉越しに、侍女のくぐもった声がする。兵士たちが全員揃って、これから飯にするのだろう。
「桜下殿、行ってきてくだされ。お待ちしております故」
エラゼムに促されて、俺はこくりとうなずいた。
「それじゃあ、行ってくるな」
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