じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-2
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「……おぬしらの言うことも、もっともだ」
ため息交じりにそうこぼしたのは、エドガーだ。
「作業員の中に、態度の悪い連中がいるのは私も知っていた。あれで、腕は悪くないのだが……まあとにかく、奴らにはこちらからも厳重注意をしておいた。もっとも、あれだけコテンパンにやられれば、二度と喧嘩を売ろうとは思わんだろうが」
「そっか……なら、あんたはどうして、どんなにヘロヘロなんだ?」
エドガーは、こちらに理解を示してくれているようだ。現場でトラブルを起こしたのは良くないが、俺たちが一方的に悪いわけじゃないし。けど、それならどうして最初に、エドガーは俺の肩を揺さぶったりしたんだ?
「……それはだなぁ!お前のしもべたちは、抑えるのが大変なんだよ!」
「……あぁー」
「城の警備兵が総出でかかっても、ちっとも止まらんのだ!おかげで現場はめちゃくちゃだわ、作業は進まないわ!私はまだ病み上がりなのだぞ!」
「そ、それはごめん!」
それはどう考えても、俺たちが悪い。エラゼムが暴れたとして、それを止められる人間がどこにいるだろうか?たぶん俺か、怪力を持つフランくらいか……
「フランは、喧嘩を止めなかったのか?」
「なんて止めればいいの?わたしのお尻を触った触らないで、喧嘩はしないでって?」
……まあ、確かに。あんまり積極的に介入したくはないな。
「なるほどな……とりあえず、エラゼムたちの事情は分かった。それで、ライラたちは、いったい何があったんだ?」
俺とウィルの間で、ライラはなおもぐずぐずと鼻を鳴らしている。プライドの高いライラが、こうも涙を見せるとは……この様子では、話を聞くどころではないだろう。となると、ライラとペアを組んでいた相方に様子を聞くしかない。俺はススだらけになったアルルカに目を向けた。
「アルルカ。ライラと一緒にいたんだろ?」
「……まあね。ずっと子守りしてたわけじゃないけど」
「そうか……念のため聞くけど。こうなったのって、お前のせいじゃないんだよな?」
「はぁ?むしろ、そいつのせいであたしはこうなってるんですけど?」
「え」
そりゃまた、どういうことだ。アルルカが焦げてるのって、ライラの魔法のせいか?
「あたしもよく知らないけど……なんかいきなり、そいつがキレだしたのよ。魔法でこの町丸ごとぶっ飛ばしそうな勢いだったから、とりあえずあたしが応戦したわけ」
「うん……?アルルカと、ライラが戦ったのか?」
「まぁ、そういうことになるわね」
本当か……?俺が確かめるように、エドガーに目を向けると、エドガーは重々しくうなずいた。
「すごい光景だったぞ。氷山が出現したかと思ったら、次の瞬間には特大の火球でそれが溶けている。あたり一面高温の蒸気だらけで、うかつに近づけもせんかった」
氷と炎……間違いなく、アルルカとライラの魔法だろう。
「つまり……アルルカは、町を守ろうとしてたってこと?」
「別に、こんな町どうでもよかったわよ」
アルルカのさらりとした物言いに、エドガーは顔を歪めた。
「あんたとの忌々しい約束さえなければ、スルーしてもよかったんだけどね。そのガキのせいで、あたしまで無能扱いされちゃたまんないわ。だからよ」
むむ……口は悪いが、好意的に要約すると、アルルカはライラの尻拭いをしてくれたらしい。荒っぽいやり方だが、いちおう俺が頼んだ、ライラの面倒を見る役目を果たしてくれたわけだ。
「ふーむ……アルルカのことは分かった。ライラのこと、サンキューな」
俺が礼を言っても、アルルカはさして嬉しくもなさそうに鼻を鳴らした。
「さて、それじゃあ残るは、どうしてそんなことになったのかだな……ライラ?そろそろ落ち着いてきたか?」
俺は目線を落として、ライラの頭にそっと手を乗せた。もそりと、手の下で頭が動く。
「ぐず、ぐしゅ。う、うん。もう、だいじょぶ」
そうは見えないなぁ。俺はかがんで、シャツの裾でライラの顔を拭いてやった。まだ目は赤いけれど、それでもいくらかは落ち着いたのか、ライラはたどたどしく喋りだした。
「……その、ね。アルルカの言ってることは、ほんとう……ごめんなさい」
「いいさ、過ぎたことだ。けど、理由はきちんと教えてくれ」
「うん……」
ライラはずびーっと鼻をすすると、ずっと手に握りしめていた、淡い色のショールを広げた。
「……っ!これ、どうしたんだ!?」
ライラがお母さんからもらった、大事なショール。青から紫へと美しくグラデーションしていくそれの真ん中には、大きな、黒い焦げ目のようなものがついてしまっていた。
「さ……最初は、ライラ、言うこと聞いて、ちゃんとまほー使ってたんだよ?けど途中で、誰かにマントを踏んづけられて。転んだ時に、近くにいた人が、たばこの中身をひっくり返して……」
「なっ……」
信じられない……!じゃあこの焦げ目は、それでついたのか。この世界のたばこって言ったら、たぶんパイプ式のやつだろう。あれの中身って言ったら、何百度にもなる高温のはずだ。そんなものを、子どもに落とすなんて……!
「ライラも最初は、我慢しようと思ったんだよ?けど、おかーさんからもらった、大事なものなのにって思ったら、どうしても……うっ、うっ」
「ライラさん……!」
拳を握り締めて、悔しそうに涙を流すライラを、ウィルがひしと抱きしめる。俺だって、同じ気持ちだ。
「……なあ、エドガー。確かに騒ぎを起こしたのは、俺たちが悪いよ。けど、これじゃあんまりだ!」
ライラが、何をしたって言うんだ!それに、フランだって!俺は胸の内の怒りを抑えられずに、エドガーへぶつけた。
だが俺が怒鳴っても、エドガーは硬い表情を崩さない。
「……それが本当なら、確かにそうだが」
「なに?ウソついてるって言いたいのかよ!」
「そうではない。だが、その場を私が見たわけではない。その子に起こったことも、故意ではなく事故だったかもしれんだろう」
「う……」
事故……フランの方は百パーセント故意だが、ライラの場合は、確かにその可能性はある。たまたまライラのマントを誰かが踏んづけ、その拍子にタバコをひっくり返してしまった、とか……
「私は、これでも騎士団長だからな。誰か一人の意見ではなく、全体の立場でものを見なければならない。無論、さっきも言ったように、中には素行の良くない者がいることも承知している。しかし確かな証拠がない以上、私からは何も言えんな」
エドガーは、あくまで論理的だった。論理的で、正論だ……
「……くそっ!」
思い切り、何かを蹴っ飛ばしてやりたい気分だった。
「……しかし」
エドガーが、疲れた声色で続ける。
「私とて、お前たちに強制する権利はない。お前たちがウンザリだというのなら、それを止めることはできまいよ」
「……いつでも辞めていいってか?」
「いいや。おぬしらは私の紹介でここにいる。おぬしらの仕事の結果は、私の責任でもあるんだ」
ぬう……今のところ俺たちは、目立った活躍をしていない。違う意味で目立ってはいるが……それなのに一日かそこらでとんずらしたら、悪評は免れないだろう。そしてそれは、エドガーにも降りかかる。
「おぬしら次第だ。私としては、きちんと仕事をこなしていってもらいたいが。決めるのは、おぬしらに任せよう」
エドガーはそこで結ぶと、それきり口を開かなかった。あくまで、決めるのは俺たちというわけか。
どうしよう……金が必要なのは事実だ。だが、仲間を泣かせてまで稼ぐなんて、俺は死んでも嫌だ。そんなことをするくらいなら、別の仕事を探すほうが百倍ましだ。
「俺は……」
口を開きかけたその時、外からどやどやと騒がしい声が聞こえてきた。エドガーが顔を上げ、玄関の方を見る。
「む。兵たちが帰ってきたな。そろそろ夕飯時だ」
「ああ、もうそんな時間なのか……」
「ここもじき騒がしくなる。お前たちも一度部屋に戻って、ゆっくり考えてみるといい。飯を食べ、ゆっくり休み、結論はそのあとでも構うまい」
……確かにな。一度、みんなと話し合って決めたほうがいいだろう。俺はわずかにだけうなずくと、ウィルに抱かれたライラの肩に手を置いた。
「一度、部屋に戻ろう」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ため息交じりにそうこぼしたのは、エドガーだ。
「作業員の中に、態度の悪い連中がいるのは私も知っていた。あれで、腕は悪くないのだが……まあとにかく、奴らにはこちらからも厳重注意をしておいた。もっとも、あれだけコテンパンにやられれば、二度と喧嘩を売ろうとは思わんだろうが」
「そっか……なら、あんたはどうして、どんなにヘロヘロなんだ?」
エドガーは、こちらに理解を示してくれているようだ。現場でトラブルを起こしたのは良くないが、俺たちが一方的に悪いわけじゃないし。けど、それならどうして最初に、エドガーは俺の肩を揺さぶったりしたんだ?
「……それはだなぁ!お前のしもべたちは、抑えるのが大変なんだよ!」
「……あぁー」
「城の警備兵が総出でかかっても、ちっとも止まらんのだ!おかげで現場はめちゃくちゃだわ、作業は進まないわ!私はまだ病み上がりなのだぞ!」
「そ、それはごめん!」
それはどう考えても、俺たちが悪い。エラゼムが暴れたとして、それを止められる人間がどこにいるだろうか?たぶん俺か、怪力を持つフランくらいか……
「フランは、喧嘩を止めなかったのか?」
「なんて止めればいいの?わたしのお尻を触った触らないで、喧嘩はしないでって?」
……まあ、確かに。あんまり積極的に介入したくはないな。
「なるほどな……とりあえず、エラゼムたちの事情は分かった。それで、ライラたちは、いったい何があったんだ?」
俺とウィルの間で、ライラはなおもぐずぐずと鼻を鳴らしている。プライドの高いライラが、こうも涙を見せるとは……この様子では、話を聞くどころではないだろう。となると、ライラとペアを組んでいた相方に様子を聞くしかない。俺はススだらけになったアルルカに目を向けた。
「アルルカ。ライラと一緒にいたんだろ?」
「……まあね。ずっと子守りしてたわけじゃないけど」
「そうか……念のため聞くけど。こうなったのって、お前のせいじゃないんだよな?」
「はぁ?むしろ、そいつのせいであたしはこうなってるんですけど?」
「え」
そりゃまた、どういうことだ。アルルカが焦げてるのって、ライラの魔法のせいか?
「あたしもよく知らないけど……なんかいきなり、そいつがキレだしたのよ。魔法でこの町丸ごとぶっ飛ばしそうな勢いだったから、とりあえずあたしが応戦したわけ」
「うん……?アルルカと、ライラが戦ったのか?」
「まぁ、そういうことになるわね」
本当か……?俺が確かめるように、エドガーに目を向けると、エドガーは重々しくうなずいた。
「すごい光景だったぞ。氷山が出現したかと思ったら、次の瞬間には特大の火球でそれが溶けている。あたり一面高温の蒸気だらけで、うかつに近づけもせんかった」
氷と炎……間違いなく、アルルカとライラの魔法だろう。
「つまり……アルルカは、町を守ろうとしてたってこと?」
「別に、こんな町どうでもよかったわよ」
アルルカのさらりとした物言いに、エドガーは顔を歪めた。
「あんたとの忌々しい約束さえなければ、スルーしてもよかったんだけどね。そのガキのせいで、あたしまで無能扱いされちゃたまんないわ。だからよ」
むむ……口は悪いが、好意的に要約すると、アルルカはライラの尻拭いをしてくれたらしい。荒っぽいやり方だが、いちおう俺が頼んだ、ライラの面倒を見る役目を果たしてくれたわけだ。
「ふーむ……アルルカのことは分かった。ライラのこと、サンキューな」
俺が礼を言っても、アルルカはさして嬉しくもなさそうに鼻を鳴らした。
「さて、それじゃあ残るは、どうしてそんなことになったのかだな……ライラ?そろそろ落ち着いてきたか?」
俺は目線を落として、ライラの頭にそっと手を乗せた。もそりと、手の下で頭が動く。
「ぐず、ぐしゅ。う、うん。もう、だいじょぶ」
そうは見えないなぁ。俺はかがんで、シャツの裾でライラの顔を拭いてやった。まだ目は赤いけれど、それでもいくらかは落ち着いたのか、ライラはたどたどしく喋りだした。
「……その、ね。アルルカの言ってることは、ほんとう……ごめんなさい」
「いいさ、過ぎたことだ。けど、理由はきちんと教えてくれ」
「うん……」
ライラはずびーっと鼻をすすると、ずっと手に握りしめていた、淡い色のショールを広げた。
「……っ!これ、どうしたんだ!?」
ライラがお母さんからもらった、大事なショール。青から紫へと美しくグラデーションしていくそれの真ん中には、大きな、黒い焦げ目のようなものがついてしまっていた。
「さ……最初は、ライラ、言うこと聞いて、ちゃんとまほー使ってたんだよ?けど途中で、誰かにマントを踏んづけられて。転んだ時に、近くにいた人が、たばこの中身をひっくり返して……」
「なっ……」
信じられない……!じゃあこの焦げ目は、それでついたのか。この世界のたばこって言ったら、たぶんパイプ式のやつだろう。あれの中身って言ったら、何百度にもなる高温のはずだ。そんなものを、子どもに落とすなんて……!
「ライラも最初は、我慢しようと思ったんだよ?けど、おかーさんからもらった、大事なものなのにって思ったら、どうしても……うっ、うっ」
「ライラさん……!」
拳を握り締めて、悔しそうに涙を流すライラを、ウィルがひしと抱きしめる。俺だって、同じ気持ちだ。
「……なあ、エドガー。確かに騒ぎを起こしたのは、俺たちが悪いよ。けど、これじゃあんまりだ!」
ライラが、何をしたって言うんだ!それに、フランだって!俺は胸の内の怒りを抑えられずに、エドガーへぶつけた。
だが俺が怒鳴っても、エドガーは硬い表情を崩さない。
「……それが本当なら、確かにそうだが」
「なに?ウソついてるって言いたいのかよ!」
「そうではない。だが、その場を私が見たわけではない。その子に起こったことも、故意ではなく事故だったかもしれんだろう」
「う……」
事故……フランの方は百パーセント故意だが、ライラの場合は、確かにその可能性はある。たまたまライラのマントを誰かが踏んづけ、その拍子にタバコをひっくり返してしまった、とか……
「私は、これでも騎士団長だからな。誰か一人の意見ではなく、全体の立場でものを見なければならない。無論、さっきも言ったように、中には素行の良くない者がいることも承知している。しかし確かな証拠がない以上、私からは何も言えんな」
エドガーは、あくまで論理的だった。論理的で、正論だ……
「……くそっ!」
思い切り、何かを蹴っ飛ばしてやりたい気分だった。
「……しかし」
エドガーが、疲れた声色で続ける。
「私とて、お前たちに強制する権利はない。お前たちがウンザリだというのなら、それを止めることはできまいよ」
「……いつでも辞めていいってか?」
「いいや。おぬしらは私の紹介でここにいる。おぬしらの仕事の結果は、私の責任でもあるんだ」
ぬう……今のところ俺たちは、目立った活躍をしていない。違う意味で目立ってはいるが……それなのに一日かそこらでとんずらしたら、悪評は免れないだろう。そしてそれは、エドガーにも降りかかる。
「おぬしら次第だ。私としては、きちんと仕事をこなしていってもらいたいが。決めるのは、おぬしらに任せよう」
エドガーはそこで結ぶと、それきり口を開かなかった。あくまで、決めるのは俺たちというわけか。
どうしよう……金が必要なのは事実だ。だが、仲間を泣かせてまで稼ぐなんて、俺は死んでも嫌だ。そんなことをするくらいなら、別の仕事を探すほうが百倍ましだ。
「俺は……」
口を開きかけたその時、外からどやどやと騒がしい声が聞こえてきた。エドガーが顔を上げ、玄関の方を見る。
「む。兵たちが帰ってきたな。そろそろ夕飯時だ」
「ああ、もうそんな時間なのか……」
「ここもじき騒がしくなる。お前たちも一度部屋に戻って、ゆっくり考えてみるといい。飯を食べ、ゆっくり休み、結論はそのあとでも構うまい」
……確かにな。一度、みんなと話し合って決めたほうがいいだろう。俺はわずかにだけうなずくと、ウィルに抱かれたライラの肩に手を置いた。
「一度、部屋に戻ろう」
つづく
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