じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-1 いさかい
7-1 いさかい
窓から入ってくる日差しが茜色になったころ、侍女が再び俺たちの部屋にやってきた。
「どうですか?そろそろ日没ですので、作業は終わりに、します……が……」
侍女は部屋に入ってくるなり、口をぽかんと開けて固まってしまった。
「こ、これだけの量……一日で、作り上げたのですか?」
侍女は、部屋の隅に立てかけられた袋からパンパンにあふれ出すポプリの山を、震える指先でさした。
「うん。入れ物がなかったからこの袋に入れちゃったけど、よかったかな?」
「え、ええ……まさか、初日にこれだけの量を作れるとは思っていなかったので。明日は、ちゃんとした容器を持ってきます……あの、まさか適当に作ってはいませんよね?」
侍女が疑わしげな視線をポプリの山に向ける。まあ、実際は俺とウィルの二人でやっているから、作業効率がおかしいのも当然だ。疑うのも無理はない。ていうか、ウィルがうますぎる。
「いちおう、丁寧に作ったつもりだけど。なんだったら、そっちでチェックしてみてください。初めて作ったから、荒いところがあるといけないし」
「わかりました。念のため確認させていただきます。とりあえず、本日は以上です。お疲れ様でした。これはこちらで運んでおきます」
「あ、手伝いますよ」
完成したポプリの山を、侍女と手分けして運ぶ。万が一床に落としでもしたら、文字通り泡となって弾けるからな。
慎重に袋を倉庫に運び終えると、ちょうどそのタイミングで、営舎の玄関がギイィと開いた。兵士たちが帰ってきたのかな?とそちらに目を向けると、戸口に立っていたのは、いやにくたびれた様子のエドガーだった。単に労働終わりだからか?いや、目はうつろで、口元はうめくように半開きになっている。
エドガーは震える足で近くのテーブルににじり寄ると、椅子にどっかりと腰かけた。さすがに、様子が変だよな。ちょっと行ってみるか。
「エドガー隊長。どうしちまったんだ?」
「……?ああ、おぬしか……」
生気のない目だけを動かして、エドガーが俺を見上げる。なにか、よっぽどくたびれることがあったみたいだが。
「今日の作業って、そんなにしんどい所だったのか?」
「は、は、は……しんどい、か……」
エドガーは、しゃっくりでもするかのように肩で笑うと、がっくりとうなだれた。なんだなんだ?
「……しんどいにきまっとるわ!!!」
「うおっ」
ガシ!いきなりエドガーが立ち上がると、俺の肩をつかんで、ガクガク揺さぶり始めた。
「な、んな、んだ、いきなり!」
「どれっだけ大変だったか!主であるお前に、とくと聞かせてやりたいわ!」
え?主である、俺に?騒ぎを聞きつけたのか、数人の侍女と一緒に、ウィルも下におりてきた。
「わ、桜下さん?何があったんですか?」
「そ、れが、俺にも……えぇい、とりあえず放せ!」
俺はエドガーの手を振り払うと、素早く距離を取った。う、まだ視界が揺れているようだ……
エドガーは俺に逃げられると、再び火が消えたように、どすんと椅子に沈んだ。さっきこいつは、俺を、主であると呼んだ。ってことはつまり、俺の仲間たちのせいでこうなったってこと……?
まさにその時、再び玄関の扉が開き、フランたちがそれぞれの持ち場から返ってきた。ベストタイミングだ、俺は事情を訊こうと、みんなに駆け寄った……んだけど……
「……なにが、あったんだ?」
ぽかんと口を開けて、俺はなんとかそれだけ捻りだした。
エラゼムの鎧は、一戦かましてきたかのように、土埃とすり傷にまみれている。
ライラはなぜか半べそをかいていて、その手には、いつも腰に巻かれているショールが握られている。
アルルカは……火事にでも遭ったのか?体中にススをくっつけていて、髪がちりちりになっている。
フランだけが、唯一いつも通りの恰好だった。
「まぁ、皆さん……」
ウィルもこの惨状を見て、口に手を当てている。
「まぁ、色々あったんだよ」
フランが手短に告げた。そうだろうな、色々なきゃ、こうはなるまい……
「ぅ……うえぇぇぇぇん。おうかぁ、おねーちゃぁん」
ああ、半べそだったライラの堤防が、ついに決壊した。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、ライラは俺とウィルの間に飛び込んできた。俺たち二人が目を白黒させながら受け止めると、ライラは双方の腰に手を回して、わんわんと泣き出してしまった。
「ら、ライラさん……泣かないでください」
ウィルが困惑しながらも、もさもさの赤毛を優しくなでる。
「どうしちゃったんですか?なにか、辛い事でも……?」
「うわーーん」
ライラは泣くばかりだ。俺は困り顔で、残った仲間たちを見る。
「……何があったんだ?なにか、トラブルでも?」
「……トラブルどころじゃない。まるで暴動だ」
疲れた顔のエドガーが、苦々しげに言う。
「大変だったんだぞ。そこの鎧の騎士は大ゲンカするし、魔術師に至っては大戦争レベルだ」
まさか。俺とウィルはあんぐり口を開けて、そろってエラゼムを見た。当のエラゼムは、穴があったら入りたいとばかりに、肩を限界まで縮めている。
「申し訳ございません。もはや、なんの申し開きもできませぬ。隊長殿の言う通りでして……」
「違うでしょ」
と遮ったのは、フランだった。
「暴れたのは事実だけど、吹っ掛けてきたのはあっちが先だ」
「し、しかし。フラン嬢……」
「言いづらいなら、わたしから説明する」
フランはもぞもぞするエラゼムを無視して、俺たちに振り向いた。
「まず、結論から話すけど。この人は、現場のやつらを三十人くらいぶっ飛ばす大ゲンカをした」
「それは、また……」
到底信じられないが……エラゼムが深くうなだれたまま、何も言わないのが、肯定を表しているのだろう。
「それで、理由は?なんか事情があるみたいだけど」
「うん。まぁ、すっごいくだらない理由なんだけど……現場にいた、土方の一人がね」
ごくり。エラゼムがキレ散らかす理由とは、いったい何なのか……
「わたしのお尻を、触ったの」
なるほど!……はぁ?
「ど……どういうこと?」
「そのまんまだよ。すれ違いざまに、私のお尻を叩いて行った。それが原因」
な、なんじゃそら。フランが終始真顔なもんだから、一瞬冗談かと思ってしまったが……エラゼムは今や、床に膝をついて、正座に近い姿勢になっている。ってことは、本当なんだな。
「それは、災難だったな。怒るのもわかるけど……けど、喧嘩したのは、エラゼムなんだよな?フランじゃなくて」
「うん。わたしは、犬に嚙まれたようなもんだと思ってたから」
「お、おお……ずいぶん達観してるな」
「そうでもない。わたし、あの男たちは全員サルだと思ってるし」
人間ですらないのか……
しかし、なるほど納得だ。真面目なエラゼムなら、セクハラを見逃すはずもない。
「でも……フランには悪いけど。その理由だけで、うん十人と喧嘩したのか?って、思っちゃうんだけど」
フランは特に気を悪くした様子もなく、「うん」とだけうなずいた。すると、だんまりだったエラゼムが、しおれた声で口を開く。
「……今更、言い訳のしようもないのですが。その輩は、フラン嬢に不埒な行為を働いただけに飽き足らず、さらに暴言まで吐いていきおったのです……」
「暴言……?」
エラゼムは、それについては黙って首を横に振るばかりだ。とても口にできないらしい。見かねたフランが、ため息を一つついて、説明を代わった。
「わたしがお尻を触られたとき、この人も近くにいたの。それで、そいつに謝るように言った。『女性に対してなにをするか、うんぬんかんぬん』。そしたら、周りにいた連中が大笑いして、触った奴は、『こんな煮干しみたいな貧相なガキ、女と思わなかったぜ』って」
「なっ。なんだそれ!自分から手ぇ出しといて!」「信じられません!言い訳ならともかく、フランさんを馬鹿にするなんて!」
俺とウィルは、そろって息を巻く。
「うん。それで、この人がキレちゃって。周りも巻き込んで大乱闘」
「そうだったのか。よくやってくれたぜ、エラゼム!」
「そうですよ!……いや、そうじゃないですよ、桜下さん」
あ、そうだった。どんな理由があれ、暴力はよくない……けどなぁ。
「そんなの、誰だってキレると思うけど」
「まぁ……わたしも腹は立ったけど。でも……」
「でも?」
フランは、赤い瞳で俺のことをじっと見つめた。俺が首をかしげると、フランはふいっとそっぽを向いて、「なんでもない」とつぶやいた。何だったんだろう?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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窓から入ってくる日差しが茜色になったころ、侍女が再び俺たちの部屋にやってきた。
「どうですか?そろそろ日没ですので、作業は終わりに、します……が……」
侍女は部屋に入ってくるなり、口をぽかんと開けて固まってしまった。
「こ、これだけの量……一日で、作り上げたのですか?」
侍女は、部屋の隅に立てかけられた袋からパンパンにあふれ出すポプリの山を、震える指先でさした。
「うん。入れ物がなかったからこの袋に入れちゃったけど、よかったかな?」
「え、ええ……まさか、初日にこれだけの量を作れるとは思っていなかったので。明日は、ちゃんとした容器を持ってきます……あの、まさか適当に作ってはいませんよね?」
侍女が疑わしげな視線をポプリの山に向ける。まあ、実際は俺とウィルの二人でやっているから、作業効率がおかしいのも当然だ。疑うのも無理はない。ていうか、ウィルがうますぎる。
「いちおう、丁寧に作ったつもりだけど。なんだったら、そっちでチェックしてみてください。初めて作ったから、荒いところがあるといけないし」
「わかりました。念のため確認させていただきます。とりあえず、本日は以上です。お疲れ様でした。これはこちらで運んでおきます」
「あ、手伝いますよ」
完成したポプリの山を、侍女と手分けして運ぶ。万が一床に落としでもしたら、文字通り泡となって弾けるからな。
慎重に袋を倉庫に運び終えると、ちょうどそのタイミングで、営舎の玄関がギイィと開いた。兵士たちが帰ってきたのかな?とそちらに目を向けると、戸口に立っていたのは、いやにくたびれた様子のエドガーだった。単に労働終わりだからか?いや、目はうつろで、口元はうめくように半開きになっている。
エドガーは震える足で近くのテーブルににじり寄ると、椅子にどっかりと腰かけた。さすがに、様子が変だよな。ちょっと行ってみるか。
「エドガー隊長。どうしちまったんだ?」
「……?ああ、おぬしか……」
生気のない目だけを動かして、エドガーが俺を見上げる。なにか、よっぽどくたびれることがあったみたいだが。
「今日の作業って、そんなにしんどい所だったのか?」
「は、は、は……しんどい、か……」
エドガーは、しゃっくりでもするかのように肩で笑うと、がっくりとうなだれた。なんだなんだ?
「……しんどいにきまっとるわ!!!」
「うおっ」
ガシ!いきなりエドガーが立ち上がると、俺の肩をつかんで、ガクガク揺さぶり始めた。
「な、んな、んだ、いきなり!」
「どれっだけ大変だったか!主であるお前に、とくと聞かせてやりたいわ!」
え?主である、俺に?騒ぎを聞きつけたのか、数人の侍女と一緒に、ウィルも下におりてきた。
「わ、桜下さん?何があったんですか?」
「そ、れが、俺にも……えぇい、とりあえず放せ!」
俺はエドガーの手を振り払うと、素早く距離を取った。う、まだ視界が揺れているようだ……
エドガーは俺に逃げられると、再び火が消えたように、どすんと椅子に沈んだ。さっきこいつは、俺を、主であると呼んだ。ってことはつまり、俺の仲間たちのせいでこうなったってこと……?
まさにその時、再び玄関の扉が開き、フランたちがそれぞれの持ち場から返ってきた。ベストタイミングだ、俺は事情を訊こうと、みんなに駆け寄った……んだけど……
「……なにが、あったんだ?」
ぽかんと口を開けて、俺はなんとかそれだけ捻りだした。
エラゼムの鎧は、一戦かましてきたかのように、土埃とすり傷にまみれている。
ライラはなぜか半べそをかいていて、その手には、いつも腰に巻かれているショールが握られている。
アルルカは……火事にでも遭ったのか?体中にススをくっつけていて、髪がちりちりになっている。
フランだけが、唯一いつも通りの恰好だった。
「まぁ、皆さん……」
ウィルもこの惨状を見て、口に手を当てている。
「まぁ、色々あったんだよ」
フランが手短に告げた。そうだろうな、色々なきゃ、こうはなるまい……
「ぅ……うえぇぇぇぇん。おうかぁ、おねーちゃぁん」
ああ、半べそだったライラの堤防が、ついに決壊した。ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、ライラは俺とウィルの間に飛び込んできた。俺たち二人が目を白黒させながら受け止めると、ライラは双方の腰に手を回して、わんわんと泣き出してしまった。
「ら、ライラさん……泣かないでください」
ウィルが困惑しながらも、もさもさの赤毛を優しくなでる。
「どうしちゃったんですか?なにか、辛い事でも……?」
「うわーーん」
ライラは泣くばかりだ。俺は困り顔で、残った仲間たちを見る。
「……何があったんだ?なにか、トラブルでも?」
「……トラブルどころじゃない。まるで暴動だ」
疲れた顔のエドガーが、苦々しげに言う。
「大変だったんだぞ。そこの鎧の騎士は大ゲンカするし、魔術師に至っては大戦争レベルだ」
まさか。俺とウィルはあんぐり口を開けて、そろってエラゼムを見た。当のエラゼムは、穴があったら入りたいとばかりに、肩を限界まで縮めている。
「申し訳ございません。もはや、なんの申し開きもできませぬ。隊長殿の言う通りでして……」
「違うでしょ」
と遮ったのは、フランだった。
「暴れたのは事実だけど、吹っ掛けてきたのはあっちが先だ」
「し、しかし。フラン嬢……」
「言いづらいなら、わたしから説明する」
フランはもぞもぞするエラゼムを無視して、俺たちに振り向いた。
「まず、結論から話すけど。この人は、現場のやつらを三十人くらいぶっ飛ばす大ゲンカをした」
「それは、また……」
到底信じられないが……エラゼムが深くうなだれたまま、何も言わないのが、肯定を表しているのだろう。
「それで、理由は?なんか事情があるみたいだけど」
「うん。まぁ、すっごいくだらない理由なんだけど……現場にいた、土方の一人がね」
ごくり。エラゼムがキレ散らかす理由とは、いったい何なのか……
「わたしのお尻を、触ったの」
なるほど!……はぁ?
「ど……どういうこと?」
「そのまんまだよ。すれ違いざまに、私のお尻を叩いて行った。それが原因」
な、なんじゃそら。フランが終始真顔なもんだから、一瞬冗談かと思ってしまったが……エラゼムは今や、床に膝をついて、正座に近い姿勢になっている。ってことは、本当なんだな。
「それは、災難だったな。怒るのもわかるけど……けど、喧嘩したのは、エラゼムなんだよな?フランじゃなくて」
「うん。わたしは、犬に嚙まれたようなもんだと思ってたから」
「お、おお……ずいぶん達観してるな」
「そうでもない。わたし、あの男たちは全員サルだと思ってるし」
人間ですらないのか……
しかし、なるほど納得だ。真面目なエラゼムなら、セクハラを見逃すはずもない。
「でも……フランには悪いけど。その理由だけで、うん十人と喧嘩したのか?って、思っちゃうんだけど」
フランは特に気を悪くした様子もなく、「うん」とだけうなずいた。すると、だんまりだったエラゼムが、しおれた声で口を開く。
「……今更、言い訳のしようもないのですが。その輩は、フラン嬢に不埒な行為を働いただけに飽き足らず、さらに暴言まで吐いていきおったのです……」
「暴言……?」
エラゼムは、それについては黙って首を横に振るばかりだ。とても口にできないらしい。見かねたフランが、ため息を一つついて、説明を代わった。
「わたしがお尻を触られたとき、この人も近くにいたの。それで、そいつに謝るように言った。『女性に対してなにをするか、うんぬんかんぬん』。そしたら、周りにいた連中が大笑いして、触った奴は、『こんな煮干しみたいな貧相なガキ、女と思わなかったぜ』って」
「なっ。なんだそれ!自分から手ぇ出しといて!」「信じられません!言い訳ならともかく、フランさんを馬鹿にするなんて!」
俺とウィルは、そろって息を巻く。
「うん。それで、この人がキレちゃって。周りも巻き込んで大乱闘」
「そうだったのか。よくやってくれたぜ、エラゼム!」
「そうですよ!……いや、そうじゃないですよ、桜下さん」
あ、そうだった。どんな理由があれ、暴力はよくない……けどなぁ。
「そんなの、誰だってキレると思うけど」
「まぁ……わたしも腹は立ったけど。でも……」
「でも?」
フランは、赤い瞳で俺のことをじっと見つめた。俺が首をかしげると、フランはふいっとそっぽを向いて、「なんでもない」とつぶやいた。何だったんだろう?
つづく
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