じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
6-2
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「さて。それじゃ、俺たちも行こうか」
「はい」
俺とウィルは、営舎の、自分たちの部屋に戻った。俺たち以外に姿の見えないウィルは、特に何かなければ俺の手伝いをすると、昨日話し合って決めていた。
部屋に戻ってしばらくすると、コンコンと控えめに扉が叩かれた。俺がどうぞと言うと、城の侍女だろうか?大きな荷袋を担いだ二人の女性が、部屋に入ってくる。
「あなたが、隊長さんの言っていた人ですね。私たちは、城で備蓄関連の管理を任されているものです」
「あ、どうも。ところで、その袋は?」
「こちらが、今回やっていただく作業の道具になります」
侍女たちは荷袋をゆっくり、慎重に机に乗っけた。そして荷をほどくと、中からさらに、一回りほど小さな袋が出てきた。荷袋とは違い、シルクのようなつるっとした布で作られている。織目もずっと細かい。
「あの、これは?」
俺がたずねると、侍女はポケットから、小さなポプリを取り出した。
「こちらを作っていただく際の材料です」
「はぁ……あれ?これって」
この小さなポプリ、前も見たことある……
「あ。これ、魔除けのポプリ?」
そうだ。以前ラクーンでクレアからもらった、魔物除けのアイテムだ。中に粉が入っていて、それが魔物の嫌いな匂いを発するとかなんとか。ライラを撃退したことで印象的だな。侍女がうなずく。
「その通りです。こちらは、王城兵の方々が遠征に出向く際に携帯するものとなっています。備蓄量が減ってまいりましたので、再生産をお手伝いしていただこうかと」
ほー、内職みたいな感じだな。うん、それなら力や魔術の知識がなくてもできそうだ。
「うん、わかりました」
「では、この見本どおりにお願いします。こちらの袋にイヤイヤ粉が、これが巾着、これが砲撃カズラの種です」
侍女が小さな袋、巾着の束、そして麻布の中に詰め込まれた赤い種を指さす。
「巾着にイヤイヤ粉と、砲撃カズラの種を入れ、縛る。これで一セットです」
ふむふむ。割と簡単だな。
「これ、いくつ作ればいいとかあります?」
「できる限り多く、ですね。なにせ何万人と兵士様はいますから、いくらあっても困りません。歩合制ですので、数に応じてお給金をお支払いします。材料が足りなくなったら、下まで取りに来てもらえますか。下でも同じことをしていますので」
「なるほど……わかりました」
営舎中でこれをせっせと作っているんだな。下に作業場でもあるのだろう……にしても、歩合制か。これはラッキーだ。
「それでは、頑張ってください」
侍女は形式ばったお辞儀すると、さっさと部屋を出て行った。
「魔除けのポプリづくり、ですか。これなら、私もお手伝いできそうですね」
ウィルが机の上の材料を見ながら言う。
「ああ。ほんとに都合がよかったよ。歩合制なら二人でやっても損にならないし、個室でなら人の目も気にしなくて済む。まさに俺たちにぴったりだ」
ひょっとするとエドガーは、そこまで気を利かせてくれたのだろうか……?いや、まさかな。たまたまだろう。降って湧いた幸運に感謝だ。
「よっしゃ、それじゃさっそく取り掛かろうぜ」
「おー!」
俺は椅子に座ると、材料を机に広げた。目の細かい袋の中には、白い粉がぎっしり詰まっている。これがイヤイヤ粉だな。そして麻布の袋のほうには、真っ赤なビー玉みたいな種子がゴロゴロしていた。砲撃カズラって言っていたけど、なんでそんな名前なんだろう?
「ともかく、まずは一つ作ってみるか」
俺は巾着を手に取ると、粉を木べらですくって中に入れ、そこに赤い種をぽとりと落とした。最後に巾着の口を縛って完成だ。
「なーんだ、やっぱり全然簡単だな。これなら何百個だって作れるぜ」
楽勝、楽勝。調子に乗った俺は、ぽーんと手のひらの上でポプリを投げ上げた。が、キャッチできずに床に落っことした……とほほ。
「あ。桜下さん、まずいですよ……!」
「え?」
俺がポプリを拾おうと身をかがめたところで、ウィルが嫌な声を出した。まずい?すると、みるまにポプリがぐんぐん膨らんできた。う、うわ。まず……
パーン!
「ぶわ!ぶへっ、ごほっ!」
うぎゃあ!ポプリがはじけ、中の粉が思いっきり降りかかった。目の前が粉煙で真っ白になって、息もできない。
「だっ、大丈夫ですか!桜下、さん…………ぷふっ」
むせる俺を見て、無情にもウィルは、堪え切れずにふき出しやがった。
「ぷっ……あははははは!な、なにやってるんですか」
「ぶほっ、ぶほ。び、びっくりした……何が起こったんだ?」
「ほ、砲撃カズラの種は、衝撃を加えると膨らんで破裂するんですよ。くくく……」
「はー、そういうことか……」
「ひひひ、お、桜下さん……その顔でしゃべんないで……ぷほっ!」
「てめぇ……」
俺は頭をぶんぶん振ると、粉を振り落とした。
「あー、あはは。まだぜんぜん取れてませんよ。ほら、動かないでください」
ウィルがすっと指を伸ばして、俺の顔に触れる。目をつむると、ウィルの細い指が、俺のまぶたのふちをなぞっているのを感じた。ウィルの手はひやりと冷たく、俺は滑らかな雪に顔を撫でられている気分になった。
「はい、とりあえずざっとですが、キレイにはなりましたよ」
「おう。まったく、えらい目にあったぜ……」
俺は赤い種をにらみつけた。文字通り、こいつは砲弾だな。扱いには十分注意しなくちゃいけないらしい。
「なるほどな。こりゃ思ったより、一筋縄じゃいかなそうだ」
実際、作業はなかなか大変だった。砲撃カズラの種はつるりと滑りやすく、細心の注意を払わなければならない。もちろん、詰め終わった完成品もだ。それに、イヤイヤ粉もなかなか曲者だった。ふわふわ細かい粒子の粉は、ちょっとした拍子にすぐ舞い上がってしまう。しかも軽いから空気中に漂い続け、結果として俺はくしゃみが止まらなくなった。
「はくしょん!ハーックション!」
「ぎゃー!桜下さん、粉がどんどん飛んできますよ!」
俺は窓を全開にして、さらに顔にタオルを巻きつけて、鼻と口を覆った。こうでもしないと、粉を吸い込むわ、息で粉が飛ぶわで作業にならない。
「はー、こりゃあ大変だ」
俺たちの部屋は、あっというまに粉で真っ白になってしまった。俺も全身粉まみれだ。俺たちが個室での作業をあてがわれたのは、今考えればこれが理由かもしれない。
そんな中、非凡な才能を発揮したのはウィルだった。ウィルは幽霊なので、吐息で粉を舞い上げることがない。同じ理由で、くしゃみに苦しめられることもなかった。さらに、単純に作業が早い。
「へー。ウィル、けっこう器用なんだな」
「神殿にいたころは、お裁縫とかもしてましたからね。料理で粉物も扱いますし」
納得だ。ウィルがこの現場に来たのは、実に適材適所だったな。
(……けど、神殿にいたころ、か)
俺はちらりと、ウィルの顔色をうかがった。ウィルはもくもくと作業に没頭していて、表情は読めない。彼女はここ最近、神殿や故郷の村の話題が出るたびに、どことなく寂しそうにしていた。村を出てからそこそこたった今、彼女の中で、故郷を懐かしむ気持ちが強くなってきたのかもしれない。
「……」
「……桜下さん?私の顔に、何かついてますか?」
気が付いたら、ウィルが怪訝そうな顔で、俺をじっと見つめていた。
「へっ?ああ、いや、なんでもないんだ。ごめん」
「……?そうですか」
あちゃ、ぼーっとしていたらしい。とっさにごまかしてしまったので、俺はそれ以上ウィルに何か聞くことはできなかった。それに、なんと言ったらいいのかもわからないし……
「……なんて、嘘ですよ。気づいてますって」
「へ」
「桜下さん、何か言いたいこと、あるんでしょう?」
どきり。み、見透かされている。
「あー、その。なんで?」
「あはは。なんだかんだ、桜下さんとの付き合いも長くなってきましたからね。あー、なにか考えてるんだろうなーってことくらい、分かりますよ」
「そ、そういうもんか」
「ええ。それに桜下さん、すぐ顔に出るから。わかりやすいんですよ」
「ソウデスカ……」
似たようなことを、前も言われたな。しょうがない、ここまでバレてるなら、話したほうがいいだろう。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「さて。それじゃ、俺たちも行こうか」
「はい」
俺とウィルは、営舎の、自分たちの部屋に戻った。俺たち以外に姿の見えないウィルは、特に何かなければ俺の手伝いをすると、昨日話し合って決めていた。
部屋に戻ってしばらくすると、コンコンと控えめに扉が叩かれた。俺がどうぞと言うと、城の侍女だろうか?大きな荷袋を担いだ二人の女性が、部屋に入ってくる。
「あなたが、隊長さんの言っていた人ですね。私たちは、城で備蓄関連の管理を任されているものです」
「あ、どうも。ところで、その袋は?」
「こちらが、今回やっていただく作業の道具になります」
侍女たちは荷袋をゆっくり、慎重に机に乗っけた。そして荷をほどくと、中からさらに、一回りほど小さな袋が出てきた。荷袋とは違い、シルクのようなつるっとした布で作られている。織目もずっと細かい。
「あの、これは?」
俺がたずねると、侍女はポケットから、小さなポプリを取り出した。
「こちらを作っていただく際の材料です」
「はぁ……あれ?これって」
この小さなポプリ、前も見たことある……
「あ。これ、魔除けのポプリ?」
そうだ。以前ラクーンでクレアからもらった、魔物除けのアイテムだ。中に粉が入っていて、それが魔物の嫌いな匂いを発するとかなんとか。ライラを撃退したことで印象的だな。侍女がうなずく。
「その通りです。こちらは、王城兵の方々が遠征に出向く際に携帯するものとなっています。備蓄量が減ってまいりましたので、再生産をお手伝いしていただこうかと」
ほー、内職みたいな感じだな。うん、それなら力や魔術の知識がなくてもできそうだ。
「うん、わかりました」
「では、この見本どおりにお願いします。こちらの袋にイヤイヤ粉が、これが巾着、これが砲撃カズラの種です」
侍女が小さな袋、巾着の束、そして麻布の中に詰め込まれた赤い種を指さす。
「巾着にイヤイヤ粉と、砲撃カズラの種を入れ、縛る。これで一セットです」
ふむふむ。割と簡単だな。
「これ、いくつ作ればいいとかあります?」
「できる限り多く、ですね。なにせ何万人と兵士様はいますから、いくらあっても困りません。歩合制ですので、数に応じてお給金をお支払いします。材料が足りなくなったら、下まで取りに来てもらえますか。下でも同じことをしていますので」
「なるほど……わかりました」
営舎中でこれをせっせと作っているんだな。下に作業場でもあるのだろう……にしても、歩合制か。これはラッキーだ。
「それでは、頑張ってください」
侍女は形式ばったお辞儀すると、さっさと部屋を出て行った。
「魔除けのポプリづくり、ですか。これなら、私もお手伝いできそうですね」
ウィルが机の上の材料を見ながら言う。
「ああ。ほんとに都合がよかったよ。歩合制なら二人でやっても損にならないし、個室でなら人の目も気にしなくて済む。まさに俺たちにぴったりだ」
ひょっとするとエドガーは、そこまで気を利かせてくれたのだろうか……?いや、まさかな。たまたまだろう。降って湧いた幸運に感謝だ。
「よっしゃ、それじゃさっそく取り掛かろうぜ」
「おー!」
俺は椅子に座ると、材料を机に広げた。目の細かい袋の中には、白い粉がぎっしり詰まっている。これがイヤイヤ粉だな。そして麻布の袋のほうには、真っ赤なビー玉みたいな種子がゴロゴロしていた。砲撃カズラって言っていたけど、なんでそんな名前なんだろう?
「ともかく、まずは一つ作ってみるか」
俺は巾着を手に取ると、粉を木べらですくって中に入れ、そこに赤い種をぽとりと落とした。最後に巾着の口を縛って完成だ。
「なーんだ、やっぱり全然簡単だな。これなら何百個だって作れるぜ」
楽勝、楽勝。調子に乗った俺は、ぽーんと手のひらの上でポプリを投げ上げた。が、キャッチできずに床に落っことした……とほほ。
「あ。桜下さん、まずいですよ……!」
「え?」
俺がポプリを拾おうと身をかがめたところで、ウィルが嫌な声を出した。まずい?すると、みるまにポプリがぐんぐん膨らんできた。う、うわ。まず……
パーン!
「ぶわ!ぶへっ、ごほっ!」
うぎゃあ!ポプリがはじけ、中の粉が思いっきり降りかかった。目の前が粉煙で真っ白になって、息もできない。
「だっ、大丈夫ですか!桜下、さん…………ぷふっ」
むせる俺を見て、無情にもウィルは、堪え切れずにふき出しやがった。
「ぷっ……あははははは!な、なにやってるんですか」
「ぶほっ、ぶほ。び、びっくりした……何が起こったんだ?」
「ほ、砲撃カズラの種は、衝撃を加えると膨らんで破裂するんですよ。くくく……」
「はー、そういうことか……」
「ひひひ、お、桜下さん……その顔でしゃべんないで……ぷほっ!」
「てめぇ……」
俺は頭をぶんぶん振ると、粉を振り落とした。
「あー、あはは。まだぜんぜん取れてませんよ。ほら、動かないでください」
ウィルがすっと指を伸ばして、俺の顔に触れる。目をつむると、ウィルの細い指が、俺のまぶたのふちをなぞっているのを感じた。ウィルの手はひやりと冷たく、俺は滑らかな雪に顔を撫でられている気分になった。
「はい、とりあえずざっとですが、キレイにはなりましたよ」
「おう。まったく、えらい目にあったぜ……」
俺は赤い種をにらみつけた。文字通り、こいつは砲弾だな。扱いには十分注意しなくちゃいけないらしい。
「なるほどな。こりゃ思ったより、一筋縄じゃいかなそうだ」
実際、作業はなかなか大変だった。砲撃カズラの種はつるりと滑りやすく、細心の注意を払わなければならない。もちろん、詰め終わった完成品もだ。それに、イヤイヤ粉もなかなか曲者だった。ふわふわ細かい粒子の粉は、ちょっとした拍子にすぐ舞い上がってしまう。しかも軽いから空気中に漂い続け、結果として俺はくしゃみが止まらなくなった。
「はくしょん!ハーックション!」
「ぎゃー!桜下さん、粉がどんどん飛んできますよ!」
俺は窓を全開にして、さらに顔にタオルを巻きつけて、鼻と口を覆った。こうでもしないと、粉を吸い込むわ、息で粉が飛ぶわで作業にならない。
「はー、こりゃあ大変だ」
俺たちの部屋は、あっというまに粉で真っ白になってしまった。俺も全身粉まみれだ。俺たちが個室での作業をあてがわれたのは、今考えればこれが理由かもしれない。
そんな中、非凡な才能を発揮したのはウィルだった。ウィルは幽霊なので、吐息で粉を舞い上げることがない。同じ理由で、くしゃみに苦しめられることもなかった。さらに、単純に作業が早い。
「へー。ウィル、けっこう器用なんだな」
「神殿にいたころは、お裁縫とかもしてましたからね。料理で粉物も扱いますし」
納得だ。ウィルがこの現場に来たのは、実に適材適所だったな。
(……けど、神殿にいたころ、か)
俺はちらりと、ウィルの顔色をうかがった。ウィルはもくもくと作業に没頭していて、表情は読めない。彼女はここ最近、神殿や故郷の村の話題が出るたびに、どことなく寂しそうにしていた。村を出てからそこそこたった今、彼女の中で、故郷を懐かしむ気持ちが強くなってきたのかもしれない。
「……」
「……桜下さん?私の顔に、何かついてますか?」
気が付いたら、ウィルが怪訝そうな顔で、俺をじっと見つめていた。
「へっ?ああ、いや、なんでもないんだ。ごめん」
「……?そうですか」
あちゃ、ぼーっとしていたらしい。とっさにごまかしてしまったので、俺はそれ以上ウィルに何か聞くことはできなかった。それに、なんと言ったらいいのかもわからないし……
「……なんて、嘘ですよ。気づいてますって」
「へ」
「桜下さん、何か言いたいこと、あるんでしょう?」
どきり。み、見透かされている。
「あー、その。なんで?」
「あはは。なんだかんだ、桜下さんとの付き合いも長くなってきましたからね。あー、なにか考えてるんだろうなーってことくらい、分かりますよ」
「そ、そういうもんか」
「ええ。それに桜下さん、すぐ顔に出るから。わかりやすいんですよ」
「ソウデスカ……」
似たようなことを、前も言われたな。しょうがない、ここまでバレてるなら、話したほうがいいだろう。
つづく
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