じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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「費用……ですと?」

エラゼムは、目が点になったような声を出した(実際には顔がないから)。

「そうなんですよ」

とウィル。
時刻は夕刻。今日の移動もひと段落して、木がまばらに生えた小さな森の淵で、俺たちは馬を止めた。そこで野営の準備をする傍ら、俺は仲間たちに、先ほど気づいた資金面での問題を告げたのだ。

「アニいわく、見積もりではかなりの金額が必要になるんじゃないかって。だから、この先の王都で金稼ぎをしたほうがいいと思うんだ」

「ええ……いや……しかし……」

珍しく、エラゼムは激しくうろたえている。

「……アニ殿。一つ、おたずねしたい」

『なんですか』

「吾輩の生きた百年前と比べて、アダマンタイトの流出量はどのように遷移しておりますか?」

『記録によれば……市場に出回る量は、減少しています』

「産出が減った、ということですか」

『いえ、三の国への輸出量が増えたためです。以前よりかの国が積極的にマナメタルを輸入するようになったが故ですね。おかげで二の国国内の流通量が減り、魔術師ギルドからの不満の声が年々高まっています』

「……すると、価格は」

『上がっていますね。数倍どころではないくらいには』

「……」

エラゼムは無言で空を見上げると、ぐっとこぶしを握り締めた。

「なんと……吾輩としたことが、費用のことを完全に失念しておりました……」

エラゼムは、自分の間抜けさが信じられない、という声色で言った。

「エラゼム……ひょっとして、百年前はぜんぜん金がかからなかったのか?」

「いえ……当時からアダマンタイトは、希少な金属だったはずです。まさかそこまで値が跳ね上がっているとは思いませんでしたが……想定して然る事態でした。なんとお詫びしたらよいやら……」

そのあまりの落ち込みようには、さすがに面食らってしまった。こんなになった彼を見たのは、初めてかもしれない。

「ま、まぁまぁ。百年も経ったら、物の値段もわかんなくなるさ」

「いえ……それ以前に、吾輩の金銭感覚が欠如しておりました。生前にも、この剣を修理する機会は何度かあったのです」

「え、そうだったんだ」

「当時は、城のお抱えと言いましょうか……城主様のお知り合いの、名工がいたのです。その方に任せっきりで、吾輩自身が動くことなど滅多になく……自分の世間知らずさに、今更呆れるばかりです」

まあでも、エラゼムは城の警備兵であり、その彼の剣は私物というよりか、仕事道具だ。それが経費で落ちるのは、そこまでおかしな話ではないと思うけど。

「けど、そんなに落ち込むなよ、エラゼム。まだ修理できないって決まったわけじゃないんだ。これから頑張って稼ごうぜ、手は貸すからさ」

しかしエラゼムは、きっぱりと首を横に振った。

「みなさんのお手を煩わせるわけにはいきません。そもそも、剣に傷を負ったのも吾輩の落ち度。それをすすぐための資金は、吾輩の手で調達いたします」

「でも、エラゼム一人だと大変だろ?手分けしたほうが早いし」

「いいえ。どうか、みなさんは王都の観光でもなさってください。その間に、どうにか工面する方法を探します」

エラゼムはこの調子で、一歩も譲らない。金のことを失念していたのが、相当ショックだったようだ。頑固なエラゼムに、ウィルが眉をハの字にする。

「でも、エラゼムさんが働いているのに、私たちだけ遊ぶなんてできませんよ。そんなんじゃ、心の底から楽しむなんて無理です」

「う……し、しかし」

そこにフランも追い打ちをかける。

「だいたい、あなたがお金を貯めるまで、わたしたちも動けないし。あなたが一か月かかってお金を集めるとして、その間わたしたちはずーっと暇してるの?」

「うぐ……」

ああ……エラゼムの鎧が小さくしぼんで見える。そろそろ助け舟を出してやらないと。

「まあ、みんなもそう言ってることだしさ。大体、エラゼムがマスカレードから守ってくれなかったら、俺たちは今ここにいないんだ。それの恩返しだとでも思ってくれよ」

「桜下殿……しかし……」

「みんなができる仕事を探してみようぜ。全員でやりゃ、あっという間だって」

俺が“全員”と言ったところで、今の今まで我関せずの顔をしていたアルルカの耳が、ぴくっと動いた。

「……全員?まさかそれ、あたしは含まれてないわよね?」

「へ。ああ、そりゃもちろんさ」

「そうよね。あはは、勘違いしちゃったわ」

「含まれてるよ」

「って、なぁんでよっっ!!」

キーン。ぐわ、バカでかい声だしやがって……

「冗談じゃないわ!このあたしに労働をしろっていうの!?あんた、労働の意味わかってる?くっさい人間どもに混じって、きったない格好して、汗水たらして金を稼ぐってことなのよ!?それを、あたしにやらせると?この、高貴なるあたしに!!」

「なんだ、やる気十分じゃないか」

「んなわけないでしょぉぉぉぉぉ!!」

これは予測していたので、事前に耳をふさぐことは十分可能だった。

「い!や!よ!死んでもお断り!」

「お前はアンデッドじゃないか。死なないだろ」

「あっ、う。し、死んでも死ななくてもオコトワリっ!!」

むぅ。しかし、ある意味予想通りだ。この偏屈我儘ヴァンパイアが、素直に俺たちに協力するとは、いくら楽観主義の俺でも思っちゃいない。ので、いちおう切り札を用意してはあるのだが。

(しょうがないな。あまりこういう手は使いたくなかったけど……)

俺は指をまっすぐ伸ばすと、アルルカのマスクのはまった口元に、ビシッと突き付けた。びくりと、アルルカが身をすくませる。俺はたった一言だけ、彼女に向かって言い放った。

「血」

ピタッ。今までさんざん罵詈雑言を垂れていたアルルカが、その一言で固まった。

「……そ、それは、どういう意味……?」

「さてな。どうだと思う?」

「……ひ、卑怯よ。約束と違うじゃない」

アルルカの声はびっくりするほど震えていた……はたして、効果は絶大だった。そんなに血が欲しいのか?前回の取り乱しっぷりを思えば、無理もないのかもしれないが。

「別に、俺は何も言ってないだろ。けど、そっか。アルルカは、そーいう想像をしたんだな。ふむふむ」

「こっ……このっ……!人間風情が!」

「そうだ。俺はお前の言う、臭くて汚い人間だ。さて、人間ってのは、移り気な生き物だからな。気分次第で、約束を反故にしたり、逆にきちんと守ったりする」

「……」

「来月の満月、俺がいい気分かどうかは、アルルカ。お前次第だと思わないか?」

「……殺す。いつか絶対、殺してやるぅ……!」

アルルカは心底悔しそうに、ぷるぷると肩を震るわせていた。
はぁ。こういう脅迫めいたやり方は、あまり良くないよな。本当なら、アルルカにも仲間として、俺たちに協力して貰いたいもんだけど……アルルカの視線からは、本気の殺意を感じる。俺たちの和解は、まだまだ先のようだった。

「ま、町に着くまで考えといてくれ。着いてみないと、仕事があるかもわからないからな」

俺にとっては、三度目の王都だ。行くたびに抱いている印象が変わっている気がするな。今回は、大いに期待をしているが……果たしてあの町は、それを叶えてくれるのだろうか?



つづく
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