じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
1-2
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ぶるぶるっ!
背中に、得も言われぬ寒気が走った。
「どうしたの?」
水面にぷかぷかと浮かぶフランが、不思議そうに俺を見上げる。
「いや……ちょっと、体が冷えたかな。そろそろ日が暮れるし」
これだけ水に浸かっていれば、寒気がしてもおかしくはないだろう。
俺たちがいるのは、ボーテングの町にほど近い、大きな湖だ。血に染まったフランの髪を洗っているうちに、空は赤紫色に染まってきていた。水面にも赤い光が映り込み、湖全体が血に染まっているみたいでクラクラする。
「さて、髪はだいぶキレイにできたけど……服は、諦めるしかないな」
フランの服には、まだ血の染みがだいぶ残っている。水に浸かっただけじゃ、完璧に落ちはしないよな、やっぱり。俺のコートも似たような具合だ。きちんと洗濯すればもう少しマシだろうけど、あいにく今日はもうそんな時間はなさそうだ。
「ぼつぼつ、戻るか」
「うん」
みんなの所に戻ると、ウィルとライラはだいぶまともな様子になっていた。さっきまで魔力切れで、半分液体になっていたからな。多少は休めたようだ。
「戻ったぞ。どうだ、具合は?」
「あ、お二人とも」
ウィルが、金髪をさらりと揺らして振り返る。
「はい、もうだいぶ良くなりました。お二人のほうは……まあ、やっぱり落ちませんよね」
びしょびしょ、まだら模様な俺たちの服を見て、ウィルは眉尻を下げた。
「血の汚れは落ちづらいので、早めに染み抜きしたいところなんですが……もう、日が暮れてしまいますね」
「ま、そこは諦めるしかないな。早いとこ乾かさないと、風邪ひきそうだし……」
俺が濡れた袖をぶんぶん振っていると、その様子を見ていたライラが、思いついたようにポンと手を打った。
「あ、そうだ!それじゃあ、一つ試してみよーよ」
「試す?何をだ?」
「最近、ライラも新しい呪文を勉強しててね。まぁ、ライラは大まほーつかいだから、ほとんどの術は使えたんだけど……ちょうどいい機会だから、実践させて」
ライラに手を引かれて、俺は湖の波打ち際に立たされた。
「ライラ、試すのはいいけど、俺を実験台にする気じゃあ……?」
「だいじょーぶだって。失敗しても、死にはしないよ」
うわぁ、とっても安心!
……ライラはそんな俺にお構いなしに、ぶつぶつと詠唱を始める。
「いくよ……プロキュオン・ロートル!」
ポコポコポコ。俺の全身から、あぶくがはじけるような音が鳴り始めた。な、なんだ?
「わ。桜下さん、服が……」
服?うわ、本当だ。
俺の服から、細かな白い泡が無数に湧いている。泡は波のように俺の服の上を滑り、そのたびにヒヤッとした感覚が肌をなでた。まるで、渦巻く水流の中にいるみたいだ。
あぶくの波は全身を駆け巡ると、最終的に靴のつま先から飛び出し、ぱしゃんと湖面に消えた。
「な、なんだったんだ……?」
「……あ!すごいです桜下さん、服がきれいになってますよ!」
え?あ、ほんとだ。さっきまであった血の赤黒い染みが、きれいさっぱりなくなっている。まるで、洗いたての新品みたいだ。
「おー、すごいな!ライラ、さっきの魔法は、洗濯魔法かなにかか?」
「うん。服のなかの水分を操って、汚れを落とすことができるの。ついでに服も乾いたでしょ?」
「あ、確かに。へぇ~、すっごい便利な魔法だな」
「にひひ、ほんとだね。最初はこんなまほー、何の役に立つんだと思って、無視してたけど」
えぇ?……あぁー、そうか。ライラは、かなり貧しい暮らしをしていたんだった。その当時は、衣服や身なりのことなんか、気にしている余裕はなかったんだろう。
「よーし、次はフランにもやってあげるね。ほら、そこに立って!」
褒められて調子づいたのか、ライラは意気揚々と、フランも波打ち際に立たせた。そして両手を合わせると、さっきよりもやや張った声で詠唱を開始する。
「……よしっ!いっけー、プロキュオン・ロートル!」
ザザァ!激しい白波が、フランの服の上を滑る。ポコポコと無数の泡が、フランの全身から湧き出し……あれ?ポコポコというよりは、ボコボコいってないか?さっきとは違い、まるで沸騰したお湯のように、フランの服が激しく波打っている。
「ちょ、ちょっと……」
「あ、あれ?うわっ!」
バチィ!電気がショートしたような音がしたかと思うと、ライラがずてっと尻もちをついた。そのとたん、フランの全身のあぶくが急激に膨張し、パーンとはじけた。
ビリビリィ!
「……」
一瞬、時が止まったかのようだった。
あたりには、シャボン玉のような無数の泡と、細切れになった布の破片が舞っている。そしてその中心に、ぽかんと口を開けた、すっぽんぽんのフランがいた。
「ぐほっ」
おかしな声がしたほうに振り向くと、エラゼムが痙攣を起こしたように体を震わせ、ほぼ直角に首を曲げて空を睨んでいた。どこまでも真面目な人だ、ほんとうに。
フランの体は見慣れているとはいえ、俺とて紳士の端くれだ。彼に倣って、手で目元を隠しながら、尻もちをついたままの姿勢で固まっているライラを見る。
「あー。ライラさん?」
「あ、あはは……失敗しちゃった」
そうだろうな。フランには悪いけど、俺の時じゃなくて本当に良かった。
「ま、まぁライラほどの天才といってもね、たまには失敗するときもあるよ、まほーはね、九十九の失敗と、一の幸運で会得するものだってね、昔のえらい人も言ってるんだよ、だから、こういうときもあるのは仕方ないし、むしろこれが次の成功につながるんだと考えて、笑って水に流そーよ、ほら、ちょうど水もいっぱいあることだし、つまんないことは忘れて」
ジャキン。ライラの立て板に水がごとき流言は、フランが抜いた鉤爪によって遮られた。ライラの顔が真っ青になる。
「……何か、言い残す言葉は?」
ライラは返事の代わりに、脱兎のごとく駆け出すことで答えた。
「このクソガキ!待てっ!」
「べーっ!いっつも桜下の前でハダカになってるんだから、今更でしょー!」
「ばっ、なっ、何言ってんの!」
バシャバシャバシャ。水しぶきを上げながら、二人はみるみるうちに小さくなって行ってしまった。途中でライラは魔法を使ったらしく、ふわふわと宙を飛んで行く。フランは悔しそうに、水をすくっては空に投げかけていた。端的に、状況解説を一言。
「ありゃあ、掛かりそうだな」
つづく
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長期休暇に、アンデッドとの冒険はいかがでしょうか。
読了ありがとうございました。
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「どうしたの?」
水面にぷかぷかと浮かぶフランが、不思議そうに俺を見上げる。
「いや……ちょっと、体が冷えたかな。そろそろ日が暮れるし」
これだけ水に浸かっていれば、寒気がしてもおかしくはないだろう。
俺たちがいるのは、ボーテングの町にほど近い、大きな湖だ。血に染まったフランの髪を洗っているうちに、空は赤紫色に染まってきていた。水面にも赤い光が映り込み、湖全体が血に染まっているみたいでクラクラする。
「さて、髪はだいぶキレイにできたけど……服は、諦めるしかないな」
フランの服には、まだ血の染みがだいぶ残っている。水に浸かっただけじゃ、完璧に落ちはしないよな、やっぱり。俺のコートも似たような具合だ。きちんと洗濯すればもう少しマシだろうけど、あいにく今日はもうそんな時間はなさそうだ。
「ぼつぼつ、戻るか」
「うん」
みんなの所に戻ると、ウィルとライラはだいぶまともな様子になっていた。さっきまで魔力切れで、半分液体になっていたからな。多少は休めたようだ。
「戻ったぞ。どうだ、具合は?」
「あ、お二人とも」
ウィルが、金髪をさらりと揺らして振り返る。
「はい、もうだいぶ良くなりました。お二人のほうは……まあ、やっぱり落ちませんよね」
びしょびしょ、まだら模様な俺たちの服を見て、ウィルは眉尻を下げた。
「血の汚れは落ちづらいので、早めに染み抜きしたいところなんですが……もう、日が暮れてしまいますね」
「ま、そこは諦めるしかないな。早いとこ乾かさないと、風邪ひきそうだし……」
俺が濡れた袖をぶんぶん振っていると、その様子を見ていたライラが、思いついたようにポンと手を打った。
「あ、そうだ!それじゃあ、一つ試してみよーよ」
「試す?何をだ?」
「最近、ライラも新しい呪文を勉強しててね。まぁ、ライラは大まほーつかいだから、ほとんどの術は使えたんだけど……ちょうどいい機会だから、実践させて」
ライラに手を引かれて、俺は湖の波打ち際に立たされた。
「ライラ、試すのはいいけど、俺を実験台にする気じゃあ……?」
「だいじょーぶだって。失敗しても、死にはしないよ」
うわぁ、とっても安心!
……ライラはそんな俺にお構いなしに、ぶつぶつと詠唱を始める。
「いくよ……プロキュオン・ロートル!」
ポコポコポコ。俺の全身から、あぶくがはじけるような音が鳴り始めた。な、なんだ?
「わ。桜下さん、服が……」
服?うわ、本当だ。
俺の服から、細かな白い泡が無数に湧いている。泡は波のように俺の服の上を滑り、そのたびにヒヤッとした感覚が肌をなでた。まるで、渦巻く水流の中にいるみたいだ。
あぶくの波は全身を駆け巡ると、最終的に靴のつま先から飛び出し、ぱしゃんと湖面に消えた。
「な、なんだったんだ……?」
「……あ!すごいです桜下さん、服がきれいになってますよ!」
え?あ、ほんとだ。さっきまであった血の赤黒い染みが、きれいさっぱりなくなっている。まるで、洗いたての新品みたいだ。
「おー、すごいな!ライラ、さっきの魔法は、洗濯魔法かなにかか?」
「うん。服のなかの水分を操って、汚れを落とすことができるの。ついでに服も乾いたでしょ?」
「あ、確かに。へぇ~、すっごい便利な魔法だな」
「にひひ、ほんとだね。最初はこんなまほー、何の役に立つんだと思って、無視してたけど」
えぇ?……あぁー、そうか。ライラは、かなり貧しい暮らしをしていたんだった。その当時は、衣服や身なりのことなんか、気にしている余裕はなかったんだろう。
「よーし、次はフランにもやってあげるね。ほら、そこに立って!」
褒められて調子づいたのか、ライラは意気揚々と、フランも波打ち際に立たせた。そして両手を合わせると、さっきよりもやや張った声で詠唱を開始する。
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「ぐほっ」
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フランの体は見慣れているとはいえ、俺とて紳士の端くれだ。彼に倣って、手で目元を隠しながら、尻もちをついたままの姿勢で固まっているライラを見る。
「あー。ライラさん?」
「あ、あはは……失敗しちゃった」
そうだろうな。フランには悪いけど、俺の時じゃなくて本当に良かった。
「ま、まぁライラほどの天才といってもね、たまには失敗するときもあるよ、まほーはね、九十九の失敗と、一の幸運で会得するものだってね、昔のえらい人も言ってるんだよ、だから、こういうときもあるのは仕方ないし、むしろこれが次の成功につながるんだと考えて、笑って水に流そーよ、ほら、ちょうど水もいっぱいあることだし、つまんないことは忘れて」
ジャキン。ライラの立て板に水がごとき流言は、フランが抜いた鉤爪によって遮られた。ライラの顔が真っ青になる。
「……何か、言い残す言葉は?」
ライラは返事の代わりに、脱兎のごとく駆け出すことで答えた。
「このクソガキ!待てっ!」
「べーっ!いっつも桜下の前でハダカになってるんだから、今更でしょー!」
「ばっ、なっ、何言ってんの!」
バシャバシャバシャ。水しぶきを上げながら、二人はみるみるうちに小さくなって行ってしまった。途中でライラは魔法を使ったらしく、ふわふわと宙を飛んで行く。フランは悔しそうに、水をすくっては空に投げかけていた。端的に、状況解説を一言。
「ありゃあ、掛かりそうだな」
つづく
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