じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
6-1 白砂の町
6-1 白砂の町
「あぢぃ~~~……」
俺は舌をでろりと垂らしながらうなった。頭上で煌々と輝く太陽は、焼けつくような光を容赦なく投げかけてくる。
「ほんと、一の国にある砂漠かと思うくらい暑いですね」
そういうウィルはずいぶん涼しげだ。ゴーストは気温の影響を受けないのだろう。
「なーんだって、こんなに暑いんだ?」
俺は目じりに溜まった汗をぬぐうと、シャツの胸元をパタパタさせながら言った。コートは脱いで、腰に縛り付けている。今俺たちがいるのは、ラクーンの町を通りすぎて、街道沿いに進んだところにある、ボーテングという町の近くだ。ラクーン周辺では草原だった街道も、今は砂地が目立ってきている。乾いた砂は、風が吹くたびにふわりと舞い上がり、俺たちを襲う。おかげでストームスティードも送り返す羽目になってしまった。文字通りの風の馬が走ると、すさまじい砂嵐が起きてしまうのだ。
「前にここ通ったときは、こんなに暑くなかったよなぁ?」
「今日はたまたま、そういう日だったってことじゃないですか?一年に数回はありますよ、こういう日も。ほらほら、しゃきっとしてください」
くっそー、ウィルのやつ、他人事だと思って涼しげにしやがって……
前に三の国に行くとき、俺たちはこの近くを通った事がある。ワンパンの町を出た後のことだ。けどその時は、これほどうだるような暑さじゃなかったのに……快調に馬を飛ばしていた俺たちは、街道から少し離れたボーテングの町に寄ることもなく、ラクーンを目指したんだ。
「しかし、今回のこの暑さは……シャレにならないぞ」
外気温の影響を受けないアンデッド組の、フラン・ウィル・エラゼムは涼しそうな顔をしているが、人間である俺と、半アンデッドのライラは暑さにへろへろやられてしまっている。ライラはいつも羽織っているマントを脱ぎ、それでも暑いからということでウィルに髪をひとくくりにしてもらっていた。そうしてもなお、体力の少ない彼女にとってはこの暑さはしんどそうだった。
何とか暑さを耐えしのぎながら歩を進めていたのだけれど、道半ばにして、とうとう脱落者が出てしまった。バターン!
「うわ、誰かが倒れたぞ……」
俺は暑さで朦朧としながらつぶやいた。
「ひょっとしてライラか……?」
「む。ライラ、ここにいるんだけど」
おっと。ライラは俺の斜め後ろで、ジトっとこちらを睨んでいた。じゃあ、一体誰が……?
「め、目の前がぐにゃぐにゃするわ……」
あ。頭からうつぶせで倒れていたのは、この暑さの中でもマントに包まっていたアルルカだった。そら、そんな格好していたらなぁ。俺は倒れたアルルカのそばまで行くが、あいにくと持ち上げられる気力が残っていない。かわりにエラゼムが持ち上げると、荷物のように肩に担いだ。俺は、完全に無抵抗のアルルカに声を掛ける。
「アルルカ……こんなに暑いのに、なんでマントを脱がないんだ?脱ぐなとは言ったけど、別に人のいない今くらいは脱いでもいいのに」
「う、うるさいわね……あたしの美肌を、こんな日差しの下にさらせるわけないでしょ……」
「あ。そういやお前、いまさらだけど、日光は平気なのか。灰になったりとかしないんだ、ヴァンパイアなのに?」
「はぁ?ヴァンパイアが陽の光ごとき弱点とするわけないじゃない……ほんのちょっと、暑いのがキライなだけよ……お肌も荒れるし……」
そうなんだ……俺の知っているヴァンパイアとは違うんだな。とはいえ、それじゃあこの暑さはこたえるだろう。エラゼムがバテバテの俺たちの顔色を窺う。
「桜下殿。このまま外に居続ければ、暑さでやられてしまいますぞ。一度、町に寄って休んでいった方がよいのではないでしょうか?」
「いやぁ、ほんとだなぁ。うん、少し休憩しよう……」
俺もライラも限界だ。今朝汲んだ水筒の水は早くも心もとないし、これ以上外にいたら日射病になっちまうよ。俺たちは一度街道から離れて、ボーテングの町に寄っていくことに決めた。
「ボーテングって、どんなところなんだ?」
陽炎が揺れる道を歩きながら訊ねる。街道沿いだから、大きな町なのだろうか。俺の問いかけには、アニがちりんと答えてくれた。風鈴みたいだな。
『ボーテングは、白砂の町と呼ばれています』
「白砂?」
『町中いたるところから湧水が湧きだしているのですが、その湧水に含まれる成分によって、町全体が白くなっていることからそう呼ばれています』
「へー……」
湧水かぁ。泉があったりするのかな?水浴びができたら気持ちいいだろうな。ひょっとすると、温泉もあるかも……汗びっしょりだから、とにかくすっきりしたい気分だった。
やがて町が近づくにつれて、白砂という名前の由来がわかってきた。街道沿いの時点で砂地が目立っていたが、町の近くには、それらが固まったような白い砂岩がゴロゴロしていた。そしてボーテングの町の建物も、それらを使って作られているからか、真っ白な色をしているのだ。
「うわー。これはなるほど、白砂の町だな」
ボーテングの町は、まるで南国のリゾート地のようだった。白い壁の家々、青いタイル張りの大通り。家の壁からは植木鉢が吊り下げられ、色とりどりの花が植えられている。涼しげな白い街並みに、さっきまで感じていた暑さがずいぶん和らいだ気がする。町を抜ける爽やかな風が気持ちいい。
「わぁー……素敵な町ですね」
ウィルは瞳をキラキラと輝かせている。そのまま町を見て回りたそうな顔だったが、今はエラゼムの肩に乗っかっている大きな荷物をどうにかしないと。
「観光もいいけど、まずはどっか、休めるとこを探そうぜ」
「あ、そうでしたね。でも、もうそろそろ午後ですよね?だったら、いっそ宿をとってしまったほうがいいんじゃないですか?」
「あー、それもそうだな」
日が暮れたら、どうせそれ以上は進めないんだ。それならいっそ、ここでゆっくり休んでもいいかもしれない。
「それじゃ、宿を探すか」
俺がうなずくと、ウィルはやった、と嬉しそうにしていた。それならゆっくり観光する時間ができるもんな。
「さて、しかし宿といっても……」
これだけこじゃれた街並みなだけあって、町も観光には力を入れているようだ。さすがにおしゃれな宿がひしめいている。というか、もうあれはホテルと言ったほうがいいな。部屋のひとつひとつに大きなバルコニーのついたホテルや、プール付きを売りにしたホテル。小さな家が密集しているようなホテルは、なんとそれ一つ一つが個室なんだそうだ。
「個性を出してるなぁ」
「本当ですね。どれも素敵……」
どのホテルも白を基調にしたきれいな作りで、泊まるには申し分ないところなんだろう。けど……そういうところは、えてしてお高いのだ、料金が。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……あれ、おかしいな。目が悪くなったか?ゼロが二つほど多く見えるんだけど」
『主様……見ましょう、現実を』
「桜下殿……ここは表通りですから、軒を連ねる宿も高級なものばかりなのでしょう。きっと裏通りに行けば、庸俗な宿も見つかるはずです」
「そ、そうだな。うん……」
エラゼムにうながされ、俺たちは華やかな表通りから、一本それた裏通りへと進んだ。確かに表通りよりは閑散としているが、裏も裏で十分こぎれいだ。石畳の敷かれた通りは、静かな生活感が漂っている。窓からロープで吊るされた洗濯物や、通りの隅に設けられた水飲み場なんかが、それを醸し出しているのだろう。
「確かに、ここなら安宿があってもおかしくないよな。旅人みんなが金持ちなわけないんだし……」
俺がきょろきょろしながら、歩を進めていた時だ。ちょうど俺の真横の、建物と建物の隙間から、小さな人影がにゅっと飛び出してきた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「あぢぃ~~~……」
俺は舌をでろりと垂らしながらうなった。頭上で煌々と輝く太陽は、焼けつくような光を容赦なく投げかけてくる。
「ほんと、一の国にある砂漠かと思うくらい暑いですね」
そういうウィルはずいぶん涼しげだ。ゴーストは気温の影響を受けないのだろう。
「なーんだって、こんなに暑いんだ?」
俺は目じりに溜まった汗をぬぐうと、シャツの胸元をパタパタさせながら言った。コートは脱いで、腰に縛り付けている。今俺たちがいるのは、ラクーンの町を通りすぎて、街道沿いに進んだところにある、ボーテングという町の近くだ。ラクーン周辺では草原だった街道も、今は砂地が目立ってきている。乾いた砂は、風が吹くたびにふわりと舞い上がり、俺たちを襲う。おかげでストームスティードも送り返す羽目になってしまった。文字通りの風の馬が走ると、すさまじい砂嵐が起きてしまうのだ。
「前にここ通ったときは、こんなに暑くなかったよなぁ?」
「今日はたまたま、そういう日だったってことじゃないですか?一年に数回はありますよ、こういう日も。ほらほら、しゃきっとしてください」
くっそー、ウィルのやつ、他人事だと思って涼しげにしやがって……
前に三の国に行くとき、俺たちはこの近くを通った事がある。ワンパンの町を出た後のことだ。けどその時は、これほどうだるような暑さじゃなかったのに……快調に馬を飛ばしていた俺たちは、街道から少し離れたボーテングの町に寄ることもなく、ラクーンを目指したんだ。
「しかし、今回のこの暑さは……シャレにならないぞ」
外気温の影響を受けないアンデッド組の、フラン・ウィル・エラゼムは涼しそうな顔をしているが、人間である俺と、半アンデッドのライラは暑さにへろへろやられてしまっている。ライラはいつも羽織っているマントを脱ぎ、それでも暑いからということでウィルに髪をひとくくりにしてもらっていた。そうしてもなお、体力の少ない彼女にとってはこの暑さはしんどそうだった。
何とか暑さを耐えしのぎながら歩を進めていたのだけれど、道半ばにして、とうとう脱落者が出てしまった。バターン!
「うわ、誰かが倒れたぞ……」
俺は暑さで朦朧としながらつぶやいた。
「ひょっとしてライラか……?」
「む。ライラ、ここにいるんだけど」
おっと。ライラは俺の斜め後ろで、ジトっとこちらを睨んでいた。じゃあ、一体誰が……?
「め、目の前がぐにゃぐにゃするわ……」
あ。頭からうつぶせで倒れていたのは、この暑さの中でもマントに包まっていたアルルカだった。そら、そんな格好していたらなぁ。俺は倒れたアルルカのそばまで行くが、あいにくと持ち上げられる気力が残っていない。かわりにエラゼムが持ち上げると、荷物のように肩に担いだ。俺は、完全に無抵抗のアルルカに声を掛ける。
「アルルカ……こんなに暑いのに、なんでマントを脱がないんだ?脱ぐなとは言ったけど、別に人のいない今くらいは脱いでもいいのに」
「う、うるさいわね……あたしの美肌を、こんな日差しの下にさらせるわけないでしょ……」
「あ。そういやお前、いまさらだけど、日光は平気なのか。灰になったりとかしないんだ、ヴァンパイアなのに?」
「はぁ?ヴァンパイアが陽の光ごとき弱点とするわけないじゃない……ほんのちょっと、暑いのがキライなだけよ……お肌も荒れるし……」
そうなんだ……俺の知っているヴァンパイアとは違うんだな。とはいえ、それじゃあこの暑さはこたえるだろう。エラゼムがバテバテの俺たちの顔色を窺う。
「桜下殿。このまま外に居続ければ、暑さでやられてしまいますぞ。一度、町に寄って休んでいった方がよいのではないでしょうか?」
「いやぁ、ほんとだなぁ。うん、少し休憩しよう……」
俺もライラも限界だ。今朝汲んだ水筒の水は早くも心もとないし、これ以上外にいたら日射病になっちまうよ。俺たちは一度街道から離れて、ボーテングの町に寄っていくことに決めた。
「ボーテングって、どんなところなんだ?」
陽炎が揺れる道を歩きながら訊ねる。街道沿いだから、大きな町なのだろうか。俺の問いかけには、アニがちりんと答えてくれた。風鈴みたいだな。
『ボーテングは、白砂の町と呼ばれています』
「白砂?」
『町中いたるところから湧水が湧きだしているのですが、その湧水に含まれる成分によって、町全体が白くなっていることからそう呼ばれています』
「へー……」
湧水かぁ。泉があったりするのかな?水浴びができたら気持ちいいだろうな。ひょっとすると、温泉もあるかも……汗びっしょりだから、とにかくすっきりしたい気分だった。
やがて町が近づくにつれて、白砂という名前の由来がわかってきた。街道沿いの時点で砂地が目立っていたが、町の近くには、それらが固まったような白い砂岩がゴロゴロしていた。そしてボーテングの町の建物も、それらを使って作られているからか、真っ白な色をしているのだ。
「うわー。これはなるほど、白砂の町だな」
ボーテングの町は、まるで南国のリゾート地のようだった。白い壁の家々、青いタイル張りの大通り。家の壁からは植木鉢が吊り下げられ、色とりどりの花が植えられている。涼しげな白い街並みに、さっきまで感じていた暑さがずいぶん和らいだ気がする。町を抜ける爽やかな風が気持ちいい。
「わぁー……素敵な町ですね」
ウィルは瞳をキラキラと輝かせている。そのまま町を見て回りたそうな顔だったが、今はエラゼムの肩に乗っかっている大きな荷物をどうにかしないと。
「観光もいいけど、まずはどっか、休めるとこを探そうぜ」
「あ、そうでしたね。でも、もうそろそろ午後ですよね?だったら、いっそ宿をとってしまったほうがいいんじゃないですか?」
「あー、それもそうだな」
日が暮れたら、どうせそれ以上は進めないんだ。それならいっそ、ここでゆっくり休んでもいいかもしれない。
「それじゃ、宿を探すか」
俺がうなずくと、ウィルはやった、と嬉しそうにしていた。それならゆっくり観光する時間ができるもんな。
「さて、しかし宿といっても……」
これだけこじゃれた街並みなだけあって、町も観光には力を入れているようだ。さすがにおしゃれな宿がひしめいている。というか、もうあれはホテルと言ったほうがいいな。部屋のひとつひとつに大きなバルコニーのついたホテルや、プール付きを売りにしたホテル。小さな家が密集しているようなホテルは、なんとそれ一つ一つが個室なんだそうだ。
「個性を出してるなぁ」
「本当ですね。どれも素敵……」
どのホテルも白を基調にしたきれいな作りで、泊まるには申し分ないところなんだろう。けど……そういうところは、えてしてお高いのだ、料金が。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……あれ、おかしいな。目が悪くなったか?ゼロが二つほど多く見えるんだけど」
『主様……見ましょう、現実を』
「桜下殿……ここは表通りですから、軒を連ねる宿も高級なものばかりなのでしょう。きっと裏通りに行けば、庸俗な宿も見つかるはずです」
「そ、そうだな。うん……」
エラゼムにうながされ、俺たちは華やかな表通りから、一本それた裏通りへと進んだ。確かに表通りよりは閑散としているが、裏も裏で十分こぎれいだ。石畳の敷かれた通りは、静かな生活感が漂っている。窓からロープで吊るされた洗濯物や、通りの隅に設けられた水飲み場なんかが、それを醸し出しているのだろう。
「確かに、ここなら安宿があってもおかしくないよな。旅人みんなが金持ちなわけないんだし……」
俺がきょろきょろしながら、歩を進めていた時だ。ちょうど俺の真横の、建物と建物の隙間から、小さな人影がにゅっと飛び出してきた。
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