じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
5-3
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「……不思議な人でしたね」
ウィルが感慨深げにつぶやく。確かにそうだ。しかし今は、それよりも気になることがある。
「それより、エラゼム。最後の会話、あれどういう意味だったんだよ?」
「ああ、すみません。どうしても尋ねておきたかったのです。というのも、彼女はかなり腕の立つ剣士……おそらく、その辺の賊程度には引けを取らないほどの実力を持っていたからです」
「え。わかるもんなのか?」
「ええ。立ち振る舞いや足の運び方、座るときの体幹のブレ、剣の柄のすり減り具合などで……」
はー、よく見てるもんだな。するとライラが、冷ややかな視線をエラゼムに向ける。
「お前、やっぱりスケベでしょ。女の人のカラダをじろじろ見て」
「え?い、いえ、これは剣士の性と言うか、おのずと目についてしまうもので……」
とたんにしどろもどろになってしまった。エラゼムは咳払いをして話を戻す。
「ごほん。それでですな、それほどの腕がありながら、わざわざ人攫いどもから逃げていた理由は何であろうと思いまして、問いかけてみたのです」
「なるほど……でも、ペトラは未熟だからって言ってたよな?」
「ええ。しかし、彼女はこう言っていたのを覚えていますでしょうか。“追い払う程度の傷を負わせるのが難しい”と」
「ああ、言ってたな……」
一見なんてことない、自分が弱いってことを表す文に聞こえるが……エラゼムがわざわざそこを抜粋したってことは、額面通り受け取るだけじゃダメなんだろう。つまり、ペトラは弱さを表現したかったんじゃないってことか?だったら、その逆で……
「……あっ!そういうことか!?」
「お気づきになりましたでしょうか」
まさか、まじかよペトラ。俺があんぐり口を開けていると、ウィルがせっつくように、俺の腕をくいくいと引っ張った。
「桜下さん、それにエラゼムさんまで!自分たちだけでわかってないで、ちゃんと説明してくださいよ!」
フランとライラも、興味深そうに俺たちのほうを見つめている。気にしないふりをしているが、アルルカも耳がぴくぴく動いていた。
「その、つまりだな……つまりペトラは、弱いわけじゃないんだ」
ウィルが首をかしげる。
「え?でも、自分じゃ人攫いを追い払えないって……」
「ああ。ペトラは、追い払うことができないんだ。なぜなら、戦ったら殺しちまうからな」
「え……」
ウィルが唖然とした。だよな、俺だって驚きだ。でも、そう考えたらつじつまがある。
「“追い払う程度の傷を与えるのが難しい”。つまり、自分の剣が致命傷か、悪けりゃその場で敵を切り殺しちまうってことを知ってたから、ペトラはわざわざ逃げて、俺たちに助けを求めてきたんだ。ペトラも言ってたろ?余計な私怨を買いたくないって。殺しちまったら、恨みを買って復讐者が後を追ってくるかもしれないからな」
「あ……じゃあペトラさんは、人を殺さないために……?」
「そう考えるのが、妥当じゃないかな」
とんでもない話だ。あまりに強すぎるがゆえに、加減が効かないなんて。人間がアリ相手に手加減ができないのと同じようなもんだぜ。
「ペトラ、ただの旅人じゃないとは思ってたけど……そんなにすごいやつだったなんて」
俺が改めて口にすると、シャツの中にしまっていたアニがチリンと揺れた。
『主様、それだけではありません』
「ん?アニ?」
俺はシャツの下からアニを取り出した。
『あの黒い女、とんでもないアイテムをいくつも持っていますよ』
「え?あ、あの火のつく石のことか?」
『あれもそうです。イフリートの胆石?そんなもの、初めて見ましたよ。仮に本物だったとしたら、伝説級の超レアアイテムです』
「えっ、そうなの?」
『イフリートは炎の魔人。ドラゴンに匹敵するほどの危険なモンスターです。そんなモンスター由来のアイテムを持っているなんて……しかも、それだけじゃありません。ハナカツミの花弁の茶葉も、渇きの黒馬アパオシャも。どれもめったにお目にかかれない、超が付くほど珍しい生物たちですよ』
「ええぇ……」
『さらに、七つの魔境とやらに関する情報も初耳です。竜が魔王の大陸から逃げ出したなど、今まで一度も聞いた事がありません。一体彼女は、どこからそんな情報を仕入れたのか……』
うぅ〜ん?いったい何者なんだ、ペトラ……俺が首をひねっていると、エラゼムが、フランの方をちらりと見てから言った。
「実は、先程フラン嬢とも少し話したのですが。彼女は、竜の没する魔境を巡っていると言っていました。ということは、竜の素材を手にする機会もあったやもしれません」
「竜の素材……竜骨か!」
竜の骨となると、俺たちと因縁深い、一人の人物の名前が浮かび上がってくる。
「ペトラが、マスカレードの仲間かもしれないってことか?」
「断定するには尚早でしょうが、少なくとも目指す場所は同じように思えます」
ペトラがマスカレードの仲間……ふむ。確かに、符合している点はある。だが、俺にはどうにもそうは思えなかった。
「たぶん、違うんじゃないかなぁ。いや、特に根拠とかないんだけど。でも、ペトラは俺たちに危害を加えるそぶりは、一度も見せなかっただろ?」
「ええ、そうでした。あれほどの剣の腕を持ちながら、一度たりとも殺気らしい殺気を放ちませんでしたから。吾輩たちが出した結論も、一概には敵と言えない、というものです」
「うん、俺も賛成だ。悪いやつじゃないと思う。うまく言えないんだけど、マスカレードに感じたような、強烈な嫌な感じは、ペトラにはなかったからさ。まあでも、心から信用できるとも言えないけどな」
アニが言うには、ペトラは普通じゃないとこだらけみたいだし。ただの旅人じゃないことは確かだろうな。しかし、普通じゃないから悪だ!と決めつけることが、どれだけ愚かなことかは、俺が一番よく知っている。
「またいつか、会えるだろうって言ってましたね……」
ウィルがもやもやした表情で言う。次会う時は敵か味方か、なんてことを考えているのだろう。俺はなるべく明るい声を出した。
「そん時は、また一緒に茶でも飲もうぜ。きっとペトラも賛成してくれるさ」
「……そうですね。そうなると嬉しいです」
俺とウィルはペトラが消えていった方向をみる。その先にはウィルやフランの故郷が、さらにその先には、あの瘴気に包まれた森がある。フランと俺が出会った、始まりの場所だ……
「……行かないの?」
遠くを見つめたまま動かない俺を見て、フランが声をかけてくる。
「……いや。行こう」
俺たちには、俺たちの目指す場所がある。今はとにかく、先に進もう。疾風の馬に乗って、俺たちは再び進み始めた。結論を出すのは、俺たちが再び出会う、その時でいい。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……不思議な人でしたね」
ウィルが感慨深げにつぶやく。確かにそうだ。しかし今は、それよりも気になることがある。
「それより、エラゼム。最後の会話、あれどういう意味だったんだよ?」
「ああ、すみません。どうしても尋ねておきたかったのです。というのも、彼女はかなり腕の立つ剣士……おそらく、その辺の賊程度には引けを取らないほどの実力を持っていたからです」
「え。わかるもんなのか?」
「ええ。立ち振る舞いや足の運び方、座るときの体幹のブレ、剣の柄のすり減り具合などで……」
はー、よく見てるもんだな。するとライラが、冷ややかな視線をエラゼムに向ける。
「お前、やっぱりスケベでしょ。女の人のカラダをじろじろ見て」
「え?い、いえ、これは剣士の性と言うか、おのずと目についてしまうもので……」
とたんにしどろもどろになってしまった。エラゼムは咳払いをして話を戻す。
「ごほん。それでですな、それほどの腕がありながら、わざわざ人攫いどもから逃げていた理由は何であろうと思いまして、問いかけてみたのです」
「なるほど……でも、ペトラは未熟だからって言ってたよな?」
「ええ。しかし、彼女はこう言っていたのを覚えていますでしょうか。“追い払う程度の傷を負わせるのが難しい”と」
「ああ、言ってたな……」
一見なんてことない、自分が弱いってことを表す文に聞こえるが……エラゼムがわざわざそこを抜粋したってことは、額面通り受け取るだけじゃダメなんだろう。つまり、ペトラは弱さを表現したかったんじゃないってことか?だったら、その逆で……
「……あっ!そういうことか!?」
「お気づきになりましたでしょうか」
まさか、まじかよペトラ。俺があんぐり口を開けていると、ウィルがせっつくように、俺の腕をくいくいと引っ張った。
「桜下さん、それにエラゼムさんまで!自分たちだけでわかってないで、ちゃんと説明してくださいよ!」
フランとライラも、興味深そうに俺たちのほうを見つめている。気にしないふりをしているが、アルルカも耳がぴくぴく動いていた。
「その、つまりだな……つまりペトラは、弱いわけじゃないんだ」
ウィルが首をかしげる。
「え?でも、自分じゃ人攫いを追い払えないって……」
「ああ。ペトラは、追い払うことができないんだ。なぜなら、戦ったら殺しちまうからな」
「え……」
ウィルが唖然とした。だよな、俺だって驚きだ。でも、そう考えたらつじつまがある。
「“追い払う程度の傷を与えるのが難しい”。つまり、自分の剣が致命傷か、悪けりゃその場で敵を切り殺しちまうってことを知ってたから、ペトラはわざわざ逃げて、俺たちに助けを求めてきたんだ。ペトラも言ってたろ?余計な私怨を買いたくないって。殺しちまったら、恨みを買って復讐者が後を追ってくるかもしれないからな」
「あ……じゃあペトラさんは、人を殺さないために……?」
「そう考えるのが、妥当じゃないかな」
とんでもない話だ。あまりに強すぎるがゆえに、加減が効かないなんて。人間がアリ相手に手加減ができないのと同じようなもんだぜ。
「ペトラ、ただの旅人じゃないとは思ってたけど……そんなにすごいやつだったなんて」
俺が改めて口にすると、シャツの中にしまっていたアニがチリンと揺れた。
『主様、それだけではありません』
「ん?アニ?」
俺はシャツの下からアニを取り出した。
『あの黒い女、とんでもないアイテムをいくつも持っていますよ』
「え?あ、あの火のつく石のことか?」
『あれもそうです。イフリートの胆石?そんなもの、初めて見ましたよ。仮に本物だったとしたら、伝説級の超レアアイテムです』
「えっ、そうなの?」
『イフリートは炎の魔人。ドラゴンに匹敵するほどの危険なモンスターです。そんなモンスター由来のアイテムを持っているなんて……しかも、それだけじゃありません。ハナカツミの花弁の茶葉も、渇きの黒馬アパオシャも。どれもめったにお目にかかれない、超が付くほど珍しい生物たちですよ』
「ええぇ……」
『さらに、七つの魔境とやらに関する情報も初耳です。竜が魔王の大陸から逃げ出したなど、今まで一度も聞いた事がありません。一体彼女は、どこからそんな情報を仕入れたのか……』
うぅ〜ん?いったい何者なんだ、ペトラ……俺が首をひねっていると、エラゼムが、フランの方をちらりと見てから言った。
「実は、先程フラン嬢とも少し話したのですが。彼女は、竜の没する魔境を巡っていると言っていました。ということは、竜の素材を手にする機会もあったやもしれません」
「竜の素材……竜骨か!」
竜の骨となると、俺たちと因縁深い、一人の人物の名前が浮かび上がってくる。
「ペトラが、マスカレードの仲間かもしれないってことか?」
「断定するには尚早でしょうが、少なくとも目指す場所は同じように思えます」
ペトラがマスカレードの仲間……ふむ。確かに、符合している点はある。だが、俺にはどうにもそうは思えなかった。
「たぶん、違うんじゃないかなぁ。いや、特に根拠とかないんだけど。でも、ペトラは俺たちに危害を加えるそぶりは、一度も見せなかっただろ?」
「ええ、そうでした。あれほどの剣の腕を持ちながら、一度たりとも殺気らしい殺気を放ちませんでしたから。吾輩たちが出した結論も、一概には敵と言えない、というものです」
「うん、俺も賛成だ。悪いやつじゃないと思う。うまく言えないんだけど、マスカレードに感じたような、強烈な嫌な感じは、ペトラにはなかったからさ。まあでも、心から信用できるとも言えないけどな」
アニが言うには、ペトラは普通じゃないとこだらけみたいだし。ただの旅人じゃないことは確かだろうな。しかし、普通じゃないから悪だ!と決めつけることが、どれだけ愚かなことかは、俺が一番よく知っている。
「またいつか、会えるだろうって言ってましたね……」
ウィルがもやもやした表情で言う。次会う時は敵か味方か、なんてことを考えているのだろう。俺はなるべく明るい声を出した。
「そん時は、また一緒に茶でも飲もうぜ。きっとペトラも賛成してくれるさ」
「……そうですね。そうなると嬉しいです」
俺とウィルはペトラが消えていった方向をみる。その先にはウィルやフランの故郷が、さらにその先には、あの瘴気に包まれた森がある。フランと俺が出会った、始まりの場所だ……
「……行かないの?」
遠くを見つめたまま動かない俺を見て、フランが声をかけてくる。
「……いや。行こう」
俺たちには、俺たちの目指す場所がある。今はとにかく、先に進もう。疾風の馬に乗って、俺たちは再び進み始めた。結論を出すのは、俺たちが再び出会う、その時でいい。
つづく
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