じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
4-2
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「いきますよ!桜下さん!腰、押さえててください!」
「え、ウィル!?何して……うおおぉぉ!」
うわ!ウィルは後方を睨んでから、ロッドをしっかり握ると、いきなり俺の肩から手を放して、空中に身を投げた!俺は必死に片手を後ろに伸ばし、なんとかウィルの腰をがっしりつかんだ。
「あーびっくりした!あーびっくりした!」
「ごめんなさい!あと、絶対太いとか言わないでください!」
あいにくと、そんな余裕はない。俺は腕に力を籠めると、ウィルの体をぐっと抱き込んだ。幽霊であるウィルの重みはほとんど感じないから、俺の片手でもなんとか支えられる。
「いきます!」
ウィルはしっかりとロッドを握って、呪文の詠唱を開始した。そうか、後ろを向いたままでも両手を使えるように、俺に支えさせたのか。猛スピードで疾走する馬上でも、ウィルの詠唱は途切れない。風がばさばさと彼女の金髪をかき乱すが、それでもウィルはよどみなく呪文を唱え切った。
「フレーミング・バルサム!」
バチバチバチ!激しくはじける火花が、俺たちの後方に散らばった。火花は帯のように広がり、後から追ってくる人攫いたちはそこに突っ込む形となった。
「ぎゃあー!」「うぎゃあ!な、なんだ!?」
人攫いの一行は総崩れになった。馬が火花に怯え、悲鳴を上げる。イヒヒーン!
「やりました!」
「いいぞ、ウィル!」
しかし、敵もしぶとい。何人かは火花を突っ切り、剣を抜いてこちらに迫ってきた。
「ちっ、しつこいな!」
「むむむ、だったら……」
ウィルはロッドを握りしめ、再び呪文を唱える。
「メイフライヘイズ!」
ぶわっ。え。な、なんだ?ウィルのロッドの先から、もくもくと煙のようなものが噴き出しはじめた。それはみるみる形を変え、何かの生き物のような姿になった……太い腕、分厚い翼、しなる尾……ま、まさか。
「が、ガーゴイル!」
間違いない。アルルカの城で戦った、あのガーゴイルだ!嘘だろ、ウィル。ガーゴイルを召喚したってのか!?
「グオオォォォォォ!」
ガーゴイルは咆哮すると、人攫いたちへと襲い掛かる。これにはさすがに、連中も度肝を抜かれたようだ。くるりと馬の鼻さきを反転させると、全速力で逃げ出した。
「ガオオオオオ!」
逃げ去る人攫いたちの背中に、ガーゴイルは餞別とばかりに紅蓮の炎を噴き出した。連中は散り散りになって、必死に炎から逃げて行く……あ、ひとり馬から落っこちた。
「す、すげえ……」
圧倒的だった。ガーゴイルは仕事をこなすと、ぐるんと体の向きを変え、こちらに向かって飛んできた。
「うわ、わ。ウィル、こっちに来るぞ!大丈夫なんだろうな?」
「あはは、平気ですよ。もう消えちゃいますもん」
「え?消える?」
ウィルの言ったとおりだった。ガーゴイルは俺たちのすぐそばまでやってくると、すぅーっと薄れて、やがて消えてしまった……
「な、なんだったんだ。蜃気楼みたいに消えたぞ……?」
「あ、さすがですね桜下さん。ビンゴです」
「え?」
「今のは幻、蜃気楼ですよ。ライラさんに教わった、新しい魔法です。ほんとは実体のないこけおどしなんですけど、うまく騙されてくれましたね」
い、今のが幻?信じられない……奴の咆哮は鼓膜を震わせるようだったし、炎のブレスは草が焦げる匂いまでしてきそうだったぞ……やっぱり魔法ってのは、とんでもない技術だ。
「でもすごいぞ!効果テキメンだな。くくく、あれだけ脅せば、奴らももう追っては来れないだろ」
「えへへ、だといいんですけど」
とはいえ、距離を離すにこしたことはない。ストームスティードが女の駆る馬と並んだところで、俺は大声で女に話しかけた。
「おーい!とりあえず、もう少し走ろう!あいつらを完全に撒くために!」
俺が叫ぶと、女はかすかにうなずいた。俺たちは並んで馬を走らせる。真っ暗な夜の平原は見通し最悪だが、行けども行けども平たんな地形だ。街道からは外れてしまったが、馬の脚に任せっきりでも進んで行けそうだった。
それから数十分ほど、馬を走らせただろうか。ラクーンの明かりは遥か彼方へ遠ざかり、人攫いたちともおそらく十分に距離を離したところで、俺たちはようやく馬を止めた。
「……」
女は馬を止めはしたが、そこから降りようとはせず、じっと俺たちを見つめていた。女は長い黒髪で、同じく黒革のぴっちりした服を着ている。腰に剣を下げているから、剣士なのだろうか。そして女がまたがっているのも、これまた真っ黒な馬だった。痩せていて、皮膚の下の骨がうっすらと浮き出てしまっている。病気なのか?だがさっきの走りは、とても病気の馬には思えなかったけどな。
「……」
俺がジロジロ見ていることに気付いているのか、女は一言も口を利かない。あちゃ、初対面で失礼だったかな。とりあえず、挨拶しよう。
「その、こんばんは。危ないところだった、みたいだな?」
「……」
う……沈黙が痛い。ウィルが俺に耳打ちをする。
「桜下さん、怪しまれてるんじゃないですか?」
怪しむ?あ、そっか。俺たちが乗っているのは、馬は馬でも魔法の馬。見た目には透明で、姿は見えない。その隣を馬と同じ速さで疾走する少女もいるし、おまけに俺はアニを出しっぱなしだ。いけね、ごまかさないと。
「あ、あはは。別に、俺たちは怪しいもんじゃないんだ」
俺が怪しい奴の常套句みたいなことを口走っていると、バサーっと翼を広げて、空からアルルカが降りてきた……ベストタイミングだな、ちくしょう。
「は、は、は。その、ほんとに敵意はなくってですね……」
こんなの信じてくれるのは、百人中一人いるかいないかだろう。さっきまで男たちに追い立てられていた女の人が、こんな連中を信用するはずがない……と、思っていたのに。この人は、その百人中の一人に該当するようだった。
「……なるほど。嘘は言っていないようだ」
「え?」
ぽかんと口を開ける俺をしり目に、女はすとっと馬から飛び降りた。
「助けてくれて礼を言う。良ければ、礼がしたい。茶でも飲んでいかないか?」
「え、え?信用、してくれるん、です?」
「うん?ああ。お前たちの行動は、この目で見たとおりだからな」
女は当然だろうという顔をしていた。なんだが、逆にこっちのほうが驚いちゃうな……しかし、せっかくの申し出だ。断る理由もない。
「じゃあ、せっかくだから。ありがとう、ごちそうになるよ」
俺たちが馬を降りると、女はてきとうに草のまばらな場所を探すと、ポケットから石のようなものを取り出して放り投げた。するとたちまち、そこからボッと火が上がった。
「えっ。魔法……?」
「これか?イフリートの胆石だ。すぐに火がつき、携帯も楽だよ。たまにポケットを焦がすのが難点だが」
「は、はあ……」
イフリートがなんだかはわからないけど、便利なものを持っているんだな。実は結構な冒険家とかだったりするのか?
たき火がつくと、女は荷物の中から、青銅色のやかんを取り出した。
「む……しまった、カップが足りないな」
「あ、そんなら俺たちは自分のを使うよ」
「そうか?すまないな」
この中で茶を飲めるのは俺くらいだし、こっちで用意してしまおう……あ、前にライラはすすっていたっけかな。それと、アルルカはどうだろう?
「ライラは、お茶飲むか?」
「ん?ん~。それじゃ、飲もうかな」
「わかった。それと、アルルカは?今だけマスクを外してもいいぞ」
「はぁ?このあたしに出涸らしのお茶を飲めっていうの?」
「あ、バカ!また失礼なことを……」
俺は慌ててアルルカの口元を押さえたが、さいわい女は特に気にしていないようだった。
「ふふ。私も茶は一番煎じのもの以外飲まない。期待には添えると思うぞ」
「あはは……その、気にしないで。こいつはこーいうやつなんで……」
「気にしていない。お前たちが個性的な面々なのは、一目見れば誰でもわかることだ」
そりゃそうだ。ずいぶん達観的なんだな、この人は。懐が広いとも言えるのだろうか。女はやかんを火にかけると、そのそばに腰を下ろした。俺たちも火を囲うように座ると、先に女のほうから口を開いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「え、ウィル!?何して……うおおぉぉ!」
うわ!ウィルは後方を睨んでから、ロッドをしっかり握ると、いきなり俺の肩から手を放して、空中に身を投げた!俺は必死に片手を後ろに伸ばし、なんとかウィルの腰をがっしりつかんだ。
「あーびっくりした!あーびっくりした!」
「ごめんなさい!あと、絶対太いとか言わないでください!」
あいにくと、そんな余裕はない。俺は腕に力を籠めると、ウィルの体をぐっと抱き込んだ。幽霊であるウィルの重みはほとんど感じないから、俺の片手でもなんとか支えられる。
「いきます!」
ウィルはしっかりとロッドを握って、呪文の詠唱を開始した。そうか、後ろを向いたままでも両手を使えるように、俺に支えさせたのか。猛スピードで疾走する馬上でも、ウィルの詠唱は途切れない。風がばさばさと彼女の金髪をかき乱すが、それでもウィルはよどみなく呪文を唱え切った。
「フレーミング・バルサム!」
バチバチバチ!激しくはじける火花が、俺たちの後方に散らばった。火花は帯のように広がり、後から追ってくる人攫いたちはそこに突っ込む形となった。
「ぎゃあー!」「うぎゃあ!な、なんだ!?」
人攫いの一行は総崩れになった。馬が火花に怯え、悲鳴を上げる。イヒヒーン!
「やりました!」
「いいぞ、ウィル!」
しかし、敵もしぶとい。何人かは火花を突っ切り、剣を抜いてこちらに迫ってきた。
「ちっ、しつこいな!」
「むむむ、だったら……」
ウィルはロッドを握りしめ、再び呪文を唱える。
「メイフライヘイズ!」
ぶわっ。え。な、なんだ?ウィルのロッドの先から、もくもくと煙のようなものが噴き出しはじめた。それはみるみる形を変え、何かの生き物のような姿になった……太い腕、分厚い翼、しなる尾……ま、まさか。
「が、ガーゴイル!」
間違いない。アルルカの城で戦った、あのガーゴイルだ!嘘だろ、ウィル。ガーゴイルを召喚したってのか!?
「グオオォォォォォ!」
ガーゴイルは咆哮すると、人攫いたちへと襲い掛かる。これにはさすがに、連中も度肝を抜かれたようだ。くるりと馬の鼻さきを反転させると、全速力で逃げ出した。
「ガオオオオオ!」
逃げ去る人攫いたちの背中に、ガーゴイルは餞別とばかりに紅蓮の炎を噴き出した。連中は散り散りになって、必死に炎から逃げて行く……あ、ひとり馬から落っこちた。
「す、すげえ……」
圧倒的だった。ガーゴイルは仕事をこなすと、ぐるんと体の向きを変え、こちらに向かって飛んできた。
「うわ、わ。ウィル、こっちに来るぞ!大丈夫なんだろうな?」
「あはは、平気ですよ。もう消えちゃいますもん」
「え?消える?」
ウィルの言ったとおりだった。ガーゴイルは俺たちのすぐそばまでやってくると、すぅーっと薄れて、やがて消えてしまった……
「な、なんだったんだ。蜃気楼みたいに消えたぞ……?」
「あ、さすがですね桜下さん。ビンゴです」
「え?」
「今のは幻、蜃気楼ですよ。ライラさんに教わった、新しい魔法です。ほんとは実体のないこけおどしなんですけど、うまく騙されてくれましたね」
い、今のが幻?信じられない……奴の咆哮は鼓膜を震わせるようだったし、炎のブレスは草が焦げる匂いまでしてきそうだったぞ……やっぱり魔法ってのは、とんでもない技術だ。
「でもすごいぞ!効果テキメンだな。くくく、あれだけ脅せば、奴らももう追っては来れないだろ」
「えへへ、だといいんですけど」
とはいえ、距離を離すにこしたことはない。ストームスティードが女の駆る馬と並んだところで、俺は大声で女に話しかけた。
「おーい!とりあえず、もう少し走ろう!あいつらを完全に撒くために!」
俺が叫ぶと、女はかすかにうなずいた。俺たちは並んで馬を走らせる。真っ暗な夜の平原は見通し最悪だが、行けども行けども平たんな地形だ。街道からは外れてしまったが、馬の脚に任せっきりでも進んで行けそうだった。
それから数十分ほど、馬を走らせただろうか。ラクーンの明かりは遥か彼方へ遠ざかり、人攫いたちともおそらく十分に距離を離したところで、俺たちはようやく馬を止めた。
「……」
女は馬を止めはしたが、そこから降りようとはせず、じっと俺たちを見つめていた。女は長い黒髪で、同じく黒革のぴっちりした服を着ている。腰に剣を下げているから、剣士なのだろうか。そして女がまたがっているのも、これまた真っ黒な馬だった。痩せていて、皮膚の下の骨がうっすらと浮き出てしまっている。病気なのか?だがさっきの走りは、とても病気の馬には思えなかったけどな。
「……」
俺がジロジロ見ていることに気付いているのか、女は一言も口を利かない。あちゃ、初対面で失礼だったかな。とりあえず、挨拶しよう。
「その、こんばんは。危ないところだった、みたいだな?」
「……」
う……沈黙が痛い。ウィルが俺に耳打ちをする。
「桜下さん、怪しまれてるんじゃないですか?」
怪しむ?あ、そっか。俺たちが乗っているのは、馬は馬でも魔法の馬。見た目には透明で、姿は見えない。その隣を馬と同じ速さで疾走する少女もいるし、おまけに俺はアニを出しっぱなしだ。いけね、ごまかさないと。
「あ、あはは。別に、俺たちは怪しいもんじゃないんだ」
俺が怪しい奴の常套句みたいなことを口走っていると、バサーっと翼を広げて、空からアルルカが降りてきた……ベストタイミングだな、ちくしょう。
「は、は、は。その、ほんとに敵意はなくってですね……」
こんなの信じてくれるのは、百人中一人いるかいないかだろう。さっきまで男たちに追い立てられていた女の人が、こんな連中を信用するはずがない……と、思っていたのに。この人は、その百人中の一人に該当するようだった。
「……なるほど。嘘は言っていないようだ」
「え?」
ぽかんと口を開ける俺をしり目に、女はすとっと馬から飛び降りた。
「助けてくれて礼を言う。良ければ、礼がしたい。茶でも飲んでいかないか?」
「え、え?信用、してくれるん、です?」
「うん?ああ。お前たちの行動は、この目で見たとおりだからな」
女は当然だろうという顔をしていた。なんだが、逆にこっちのほうが驚いちゃうな……しかし、せっかくの申し出だ。断る理由もない。
「じゃあ、せっかくだから。ありがとう、ごちそうになるよ」
俺たちが馬を降りると、女はてきとうに草のまばらな場所を探すと、ポケットから石のようなものを取り出して放り投げた。するとたちまち、そこからボッと火が上がった。
「えっ。魔法……?」
「これか?イフリートの胆石だ。すぐに火がつき、携帯も楽だよ。たまにポケットを焦がすのが難点だが」
「は、はあ……」
イフリートがなんだかはわからないけど、便利なものを持っているんだな。実は結構な冒険家とかだったりするのか?
たき火がつくと、女は荷物の中から、青銅色のやかんを取り出した。
「む……しまった、カップが足りないな」
「あ、そんなら俺たちは自分のを使うよ」
「そうか?すまないな」
この中で茶を飲めるのは俺くらいだし、こっちで用意してしまおう……あ、前にライラはすすっていたっけかな。それと、アルルカはどうだろう?
「ライラは、お茶飲むか?」
「ん?ん~。それじゃ、飲もうかな」
「わかった。それと、アルルカは?今だけマスクを外してもいいぞ」
「はぁ?このあたしに出涸らしのお茶を飲めっていうの?」
「あ、バカ!また失礼なことを……」
俺は慌ててアルルカの口元を押さえたが、さいわい女は特に気にしていないようだった。
「ふふ。私も茶は一番煎じのもの以外飲まない。期待には添えると思うぞ」
「あはは……その、気にしないで。こいつはこーいうやつなんで……」
「気にしていない。お前たちが個性的な面々なのは、一目見れば誰でもわかることだ」
そりゃそうだ。ずいぶん達観的なんだな、この人は。懐が広いとも言えるのだろうか。女はやかんを火にかけると、そのそばに腰を下ろした。俺たちも火を囲うように座ると、先に女のほうから口を開いた。
つづく
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