じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
2-3
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あぁ!マスカレードの仮面に、アルルカが放った弾丸が命中した!はずみで銀の仮面が吹き飛び、素顔があらわになる……だがマスカレードは、素早く手で顔を覆ってしまった。夜の暗さも相まって、奴の素顔はよく見えない。見えているのは、瞳だけ。爛々と赤く輝く、フランとそっくりの、赤い瞳だった。
「おのれ……よくも!」
マスカレードは、指の隙間からアルルカを睨みつけた。
ぞわわっ。
その瞬間、俺の背筋に凄まじい悪寒が走った。この感じ、まただ!コイツと初めて出会った時にも感じた、得体の知れない嫌な予感。状況だけ見れば、マスカレードは追い詰められてピンチに見える。どう考えてもアルルカが有利に思えるのに、なんだ、この背筋が凍りそうな寒気は……だが調子に乗ったアルルカは、まるでそれに気づいていない。
「あっはははは!さーあ、その醜い顔をさらしてごらんなさいな!」
「……ッ!」
グンッ!マスカレードが、片腕をアルルカの方へ突き出した。
やばい!なにかは分からないが、絶対にやばいぞ!
「っ!アルルカッ!おすわりっ!」
「え?なにゃあ!?」
がくん。俺がとっさに叫ぶと、足を折りたたんだアルルカが、バランスを崩して高度を下げた。次の瞬間、さっきまでアルルカがいた空間を、何か“嫌な感じ”が横切って行った。その正体は全く目に見えない……ともすれば、ただの錯覚とも思えるくらいだ。けど、絶対に錯覚なんかじゃない。マスカレードが、なにかをけしかけたんだ。
「ちょっとー!なにすんのよ!」
そうとも知らず、アルルカはぷりぷりと怒っている。仲間たちも、なぜ俺がおすわりさせたのか分かっていなそうだった。あれを感じたのは、俺だけか……?
「……驚いたな。まさか、見切られるとはね」
はっ。慌てて視線をマスカレードに戻す。やつは顔を押さえたまま、剣を持つ腕をだらりと垂らしていた。
「なるほどね、腐っても勇者ってわけか。君たちは、なかなかどうして、一筋縄ではいかない連中みたいだ」
「……そうやすやすと、やられるわけにもいかないからな。そろそろ諦めて帰ったらどうだ?」
「そうだねぇ。これ以上やったら、こちらも手痛い被害をこうむりそうだ」
するとマスカレードは意外にもあっさりと、剣を鞘にしまった。おとなしく引く気か?
「……けど、手ぶらで帰ったんじゃ、僕のメンツも丸潰れだ。せめて一太刀くらいは……浴びせていかないとねぇ!」
「っ!」
まただ、この感じ!あいつの体から、邪悪な気のようなものが湧き出してくる。アレは、絶対によくないものだ。だが、どうやって防げばいい?アレを感知できているのは、この中では俺だけなのに!
「くらえぇ!」
マスカレードが、腕をぶんと振り上げた!やつの方から、見えない力が迫ってくる。それはまるで、邪悪と言う名の濁った水が、波となって押し寄せてくるかのようだった。
「くそ!みんな、ふせろっ!」
俺の体は、考えるよりも早く、みんなの前に躍り出ていた。両腕を広げて、盾となるように立ちふさがる。攻撃の正体は分からないが、物理攻撃とかじゃないのなら、俺でも壁にはなれるはずだ……
「……っ!ごふっ」
次の瞬間、俺は窒息したかのように、目の前が真っ暗になった。どちらが地面で、どちらが空なのか見当もつかない。全ての感触は消え、全ての音は無くなってしまった。ただ一つ感じるのは、胸の中から突き上げる、激しい感情だけ。
(これは……?)
俺は、この気持ちを知っていると、他人事のようにそう思った。なんだろう?怒り、悲しみ、苦しみ、痛み……どれでもあるし、どれでもないような気もする。真っ暗な水底で、その感情だけが、てらてらと目まぐるしく光を放っているようだった。
(この気持ちは……)
俺は、この気持ちを知っている。それはそうだろう。誰だって、生きていて一度は感じたことがあるはずだ。だけど、そういうことじゃない。この突き上げるような情動は、そんな上っ面の知識なんかじゃない。
(ああ、そうか……)
この怒りは。この悲しみは。この苦しみは。この痛みは。
この、気持ちは。
(俺の、過去の記憶だ……)
「……うか……を……して……」
……ん?誰かの、声が聞こえる。女の子の声だ……それに、体が激しく揺さぶられている。
「……おうか……めを……まして……」
だ、誰だか知らないが、もう少し加減してくれないかな。今にも肩が引っこ抜けそうなんだけど……ははは、まるでフランみたいな馬鹿力だな。フラン……
「……フラン?」
「っ!おうかっ!」
目を開けると、真っ赤なルビーが視界いっぱいに見えた。あ、ちがう。見開かれた、フランの瞳だ。
「桜下、大丈夫なの!?」
「へ?ああ、うん。たぶん、平気だと思う……」
「………………~~~~っ!」
フランは、今にも泣きそうな子どものような顔をすると、ぎゅぅと俺の首元に抱き着いてきた。おっと、心配させてしまったみたいだな。記憶があいまいだけど、気絶でもしていたのだろうか?
「ばか……心配させないで……」
「ああ。ごめんな、フラいでででででで!」
ぎちぎちギチギチ!抱き着いたフランの腕が、俺の体に容赦なくめり込んでくる。
「……どうしてあなたは、いっつもああ向こう見ずなの……!」
「う、うぐぐぐ……フラン、死ぬ、死んじゃう……」
ほ、骨が……パシパシとタップすると、俺はようやくフランの腕から解放された。三途の川が見えたぞ……
「ほんとにもう!あなたがやられたら、わたしたちみんな終わりだってこと、忘れたの!?」
「けほ、けほ。いや、分かっちゃいたんだけど、つい……」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか、フランさん。気持ちはわかりますけど……桜下さんも無事だったことですし」
俺たちのそばにやってきたウィルが、助け舟を出してくれた。見れば、ライラとエラゼムも、こちらを心配そうにのぞき込んでいた。
「桜下さん、ほんとに大丈夫なんですよね?」
「ああ。べつに、どこも痛みはしないよ」
俺は自分の手を見、足を見た。うん、五体満足だ。
「……っと。そうだ、マスカレードは?」
「あいつなら、桜下さんの様子がおかしくなった後、すぐにどこかに消えちゃいました。すごい閃光が見えたので、多分テレポートしたんだと思います」
「そっか……逃げたってことだな」
「そうですね。それに正直、マスカレードどころじゃありませんでしたし。桜下さんのことで、私たちもいっぱいいっぱいでしたから。もう、大変だったんですよ?まだ胸がドキドキいってます……」
「お、おお……?なあ、俺、いったいどうなってたんだ?」
「え、覚えていないんですか?桜下さん、急に倒れたと思ったら、いきなりものすごく苦しみだしたんですよ?」
「え」
苦しんだ?そんな覚えはないが……
「私たちが名前を呼んでも、暴れるばっかりで近寄れもしませんでした。フランさんが無理やり押さえつけて、それでようやく大人しくなったんです」
「ああ、だからフランがすぐそばにいたのか。悪い、心配かけたな」
「いえ、無事ならなによりですが……それより、私も聞きたいんですけど。桜下さんは、いったい何をされたんですか?私たちには、何も見えませんでしたけど……?」
「ああ、そうだよな。うーん、俺もはっきりと分かったわけじゃないんだ。ただ、なんとなく嫌な予感がしたというか……みんな、ほんとになにも感じなかったのか?」
俺が仲間たちの顔を見ると、みんなはさっと顔色を暗くした。
「……見えたものは、何もなかったんです。ただ……」
ウィルが言いよどむと、その続きをフランが継いだ。
「ただ、なにかすごく、嫌な気持ちにはなった。胸の奥が、じくじくするような……まるで、古傷を抉られるみたい」
「嫌な、気持ち……か」
それは、俺も感じたことだ。つらい、苦しい感情。それを無理やり呼び起こされるような……
「ライラは、昔のことを思い出したよ。昔の、嫌な思い出……」
ライラは、胸のあたりをぎゅっと掴んで言った。うん、それもわかる。あの感情は、きっと過去の記憶に起因するものだ。
『……主様。奴の使った技について、推測できることがあります』
首の下で、アニがチリンと揺れた。
「アニ。心当たりがあるのか?」
『はい。にわかには信じられませんが……奴は、“闇の魔力”を持っている可能性があります』
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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あぁ!マスカレードの仮面に、アルルカが放った弾丸が命中した!はずみで銀の仮面が吹き飛び、素顔があらわになる……だがマスカレードは、素早く手で顔を覆ってしまった。夜の暗さも相まって、奴の素顔はよく見えない。見えているのは、瞳だけ。爛々と赤く輝く、フランとそっくりの、赤い瞳だった。
「おのれ……よくも!」
マスカレードは、指の隙間からアルルカを睨みつけた。
ぞわわっ。
その瞬間、俺の背筋に凄まじい悪寒が走った。この感じ、まただ!コイツと初めて出会った時にも感じた、得体の知れない嫌な予感。状況だけ見れば、マスカレードは追い詰められてピンチに見える。どう考えてもアルルカが有利に思えるのに、なんだ、この背筋が凍りそうな寒気は……だが調子に乗ったアルルカは、まるでそれに気づいていない。
「あっはははは!さーあ、その醜い顔をさらしてごらんなさいな!」
「……ッ!」
グンッ!マスカレードが、片腕をアルルカの方へ突き出した。
やばい!なにかは分からないが、絶対にやばいぞ!
「っ!アルルカッ!おすわりっ!」
「え?なにゃあ!?」
がくん。俺がとっさに叫ぶと、足を折りたたんだアルルカが、バランスを崩して高度を下げた。次の瞬間、さっきまでアルルカがいた空間を、何か“嫌な感じ”が横切って行った。その正体は全く目に見えない……ともすれば、ただの錯覚とも思えるくらいだ。けど、絶対に錯覚なんかじゃない。マスカレードが、なにかをけしかけたんだ。
「ちょっとー!なにすんのよ!」
そうとも知らず、アルルカはぷりぷりと怒っている。仲間たちも、なぜ俺がおすわりさせたのか分かっていなそうだった。あれを感じたのは、俺だけか……?
「……驚いたな。まさか、見切られるとはね」
はっ。慌てて視線をマスカレードに戻す。やつは顔を押さえたまま、剣を持つ腕をだらりと垂らしていた。
「なるほどね、腐っても勇者ってわけか。君たちは、なかなかどうして、一筋縄ではいかない連中みたいだ」
「……そうやすやすと、やられるわけにもいかないからな。そろそろ諦めて帰ったらどうだ?」
「そうだねぇ。これ以上やったら、こちらも手痛い被害をこうむりそうだ」
するとマスカレードは意外にもあっさりと、剣を鞘にしまった。おとなしく引く気か?
「……けど、手ぶらで帰ったんじゃ、僕のメンツも丸潰れだ。せめて一太刀くらいは……浴びせていかないとねぇ!」
「っ!」
まただ、この感じ!あいつの体から、邪悪な気のようなものが湧き出してくる。アレは、絶対によくないものだ。だが、どうやって防げばいい?アレを感知できているのは、この中では俺だけなのに!
「くらえぇ!」
マスカレードが、腕をぶんと振り上げた!やつの方から、見えない力が迫ってくる。それはまるで、邪悪と言う名の濁った水が、波となって押し寄せてくるかのようだった。
「くそ!みんな、ふせろっ!」
俺の体は、考えるよりも早く、みんなの前に躍り出ていた。両腕を広げて、盾となるように立ちふさがる。攻撃の正体は分からないが、物理攻撃とかじゃないのなら、俺でも壁にはなれるはずだ……
「……っ!ごふっ」
次の瞬間、俺は窒息したかのように、目の前が真っ暗になった。どちらが地面で、どちらが空なのか見当もつかない。全ての感触は消え、全ての音は無くなってしまった。ただ一つ感じるのは、胸の中から突き上げる、激しい感情だけ。
(これは……?)
俺は、この気持ちを知っていると、他人事のようにそう思った。なんだろう?怒り、悲しみ、苦しみ、痛み……どれでもあるし、どれでもないような気もする。真っ暗な水底で、その感情だけが、てらてらと目まぐるしく光を放っているようだった。
(この気持ちは……)
俺は、この気持ちを知っている。それはそうだろう。誰だって、生きていて一度は感じたことがあるはずだ。だけど、そういうことじゃない。この突き上げるような情動は、そんな上っ面の知識なんかじゃない。
(ああ、そうか……)
この怒りは。この悲しみは。この苦しみは。この痛みは。
この、気持ちは。
(俺の、過去の記憶だ……)
「……うか……を……して……」
……ん?誰かの、声が聞こえる。女の子の声だ……それに、体が激しく揺さぶられている。
「……おうか……めを……まして……」
だ、誰だか知らないが、もう少し加減してくれないかな。今にも肩が引っこ抜けそうなんだけど……ははは、まるでフランみたいな馬鹿力だな。フラン……
「……フラン?」
「っ!おうかっ!」
目を開けると、真っ赤なルビーが視界いっぱいに見えた。あ、ちがう。見開かれた、フランの瞳だ。
「桜下、大丈夫なの!?」
「へ?ああ、うん。たぶん、平気だと思う……」
「………………~~~~っ!」
フランは、今にも泣きそうな子どものような顔をすると、ぎゅぅと俺の首元に抱き着いてきた。おっと、心配させてしまったみたいだな。記憶があいまいだけど、気絶でもしていたのだろうか?
「ばか……心配させないで……」
「ああ。ごめんな、フラいでででででで!」
ぎちぎちギチギチ!抱き着いたフランの腕が、俺の体に容赦なくめり込んでくる。
「……どうしてあなたは、いっつもああ向こう見ずなの……!」
「う、うぐぐぐ……フラン、死ぬ、死んじゃう……」
ほ、骨が……パシパシとタップすると、俺はようやくフランの腕から解放された。三途の川が見えたぞ……
「ほんとにもう!あなたがやられたら、わたしたちみんな終わりだってこと、忘れたの!?」
「けほ、けほ。いや、分かっちゃいたんだけど、つい……」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか、フランさん。気持ちはわかりますけど……桜下さんも無事だったことですし」
俺たちのそばにやってきたウィルが、助け舟を出してくれた。見れば、ライラとエラゼムも、こちらを心配そうにのぞき込んでいた。
「桜下さん、ほんとに大丈夫なんですよね?」
「ああ。べつに、どこも痛みはしないよ」
俺は自分の手を見、足を見た。うん、五体満足だ。
「……っと。そうだ、マスカレードは?」
「あいつなら、桜下さんの様子がおかしくなった後、すぐにどこかに消えちゃいました。すごい閃光が見えたので、多分テレポートしたんだと思います」
「そっか……逃げたってことだな」
「そうですね。それに正直、マスカレードどころじゃありませんでしたし。桜下さんのことで、私たちもいっぱいいっぱいでしたから。もう、大変だったんですよ?まだ胸がドキドキいってます……」
「お、おお……?なあ、俺、いったいどうなってたんだ?」
「え、覚えていないんですか?桜下さん、急に倒れたと思ったら、いきなりものすごく苦しみだしたんですよ?」
「え」
苦しんだ?そんな覚えはないが……
「私たちが名前を呼んでも、暴れるばっかりで近寄れもしませんでした。フランさんが無理やり押さえつけて、それでようやく大人しくなったんです」
「ああ、だからフランがすぐそばにいたのか。悪い、心配かけたな」
「いえ、無事ならなによりですが……それより、私も聞きたいんですけど。桜下さんは、いったい何をされたんですか?私たちには、何も見えませんでしたけど……?」
「ああ、そうだよな。うーん、俺もはっきりと分かったわけじゃないんだ。ただ、なんとなく嫌な予感がしたというか……みんな、ほんとになにも感じなかったのか?」
俺が仲間たちの顔を見ると、みんなはさっと顔色を暗くした。
「……見えたものは、何もなかったんです。ただ……」
ウィルが言いよどむと、その続きをフランが継いだ。
「ただ、なにかすごく、嫌な気持ちにはなった。胸の奥が、じくじくするような……まるで、古傷を抉られるみたい」
「嫌な、気持ち……か」
それは、俺も感じたことだ。つらい、苦しい感情。それを無理やり呼び起こされるような……
「ライラは、昔のことを思い出したよ。昔の、嫌な思い出……」
ライラは、胸のあたりをぎゅっと掴んで言った。うん、それもわかる。あの感情は、きっと過去の記憶に起因するものだ。
『……主様。奴の使った技について、推測できることがあります』
首の下で、アニがチリンと揺れた。
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