じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
8-3
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「……あんまりいいこと教えてくれなかったね」
ライラがつまんなそうに言う。しかし、俺は首を横に振った。
「そうでもないさ。やっぱりこの町では、毎年シスターがいなくなっているんだ。あとは、それをどうやって教団が隠しているのかなんだけど……」
もう少しで謎がすべて解けそうなのに……だが俺は、同時にわずかな引っかかりも感じていた。何かを、見落としている……?
「……そろそろ、お昼ですね」
ウィルは真上に浮かぶ太陽を見上げている。朝、リンに会ったばかりな気がしたが、ここまでの移動でずいぶん時間を使ってしまった。俺たちの撤退のリミットは、今日の夕方だ。もうあまり猶予は残されていない……
「とりあえず、お昼を食べたほうがいいんじゃないですか?すきっ腹では頭も回りませんし」
時間が惜しい気もしたが、ここはウィルの提案に乗ることにした。ひょっとすると、今夜はバタバタして飯を食えないかもしれない。こういうのは食える時に食っとくのがいいと、今までの経験から学んでいた。
飯屋を探すのも面倒だったので、俺たちは昨日リンたちと入った食堂に向かうことにした。その道中、収穫を終えた畑の横を歩いていると、頭にタオルを巻いたおばちゃんが、畑仕事の合間の休憩をしていた。ん……この人。この町に来た最初の日に、俺が教会の場所をたずねたおばちゃんだ。俺が足を止めると、おばちゃんと目が合った。おばちゃんのほうも、俺たちを覚えていたらしい。
「おや、あんたたち。またあったね」
おばちゃんは他の町民同様、にこにこと愛想よく声をかけてきた。おばちゃんの膝の上には、木製の水筒と弁当箱が乗っている。ちょうどお昼をとっていたようだ。
「あんたたち、お昼はまだなのかい?よかったら、あたしんとこで食ってく?」
「ああいや、これから食いに行くところなんだ。せっかくだけど遠慮しとくよ」
「そうかい。あそうだ、あんたたち、今夜の祭りのことは知ってるかい?ぜひあんたたちも参加しとくれよ」
「満月祭のことだろ。シスターに聞いたよ」
「あら、そうだったの。それじゃ話が早いね。もちろん見ていくんだろ?」
「ああ……」
ぶっちゃけ、まだ現段階ではわからないけど。謎が解けなきゃ、夕方には町を離れるつもりだし……しかし、そんなこと馬鹿正直に言う必要もない。俺は適当におばちゃんをごまかそうとした。
(……)
そのとき。ほんとうに、なんてことない思い付きだったんだけど。俺はさっき聞いた、マスターの一言を唐突に思い出したのだ。
(おかしいのは俺たちじゃない。この町だ……)
皮肉のつもりで、深い意味はないんだろう。けど俺は、ふっと頭に浮かんだひらめきを、冗談半分で試してみたくなったんだ。俺はそれくらいの軽い気持ちで、こう言った。
「いやぁ、正直迷ってるんだ。なんだったら、すぐにでも出発しようかと」
ガタタ!え?水筒が倒れ、弁当箱の中身があたりに散らばる。さっきまでにこにこと笑っていたおばちゃんは、別人のような顔つきで、突然立ち上がった。
「あんた、なんていった?」
「え、え?」
「この町を、出ていくつもりなのかいっ!!!!」
うわ!おばちゃんが猛然と掴み掛ってきた!とっさに後ろに下がると、フランとエラゼムが即座に俺の前に立った。それでもおばちゃんは、二人の肩越しに俺を凝視してくる。
「だめだ!絶対にダメだよ!今町を出ていくなんて、許されるものか!ダメだ、だめだだめだだめだだめだ!」
な、んなんだ、これ……俺は目の前の光景に唖然としていた。あんなに親切そうだったおばちゃんは、今は目を飛び出させんばかりに見開き、口の端に泡をつけながら、ダメだと叫び続けている。その異様な有様に、おびえたライラがきゅっと俺の腰にしがみついた。
「だめだだめだ、でていっちゃだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだめだめだめだめだめ」
「ちょっと!さがってよ、下がれ!」
フランが叫ぶが、おばちゃんの耳には届いていない。壁にぶつかっても前進し続けるロボットのように、おばちゃんはじたじたと俺のほうへ近づこうとしていた。
「わ、わかった!嘘だ、ごめん!冗談だよ!」
俺はたまらず、大声で叫んだ。
「俺は出ていかない!今夜もずっとこの町にいるよ!」
俺が必死に叫ぶと、ようやくおばちゃんの動きが止まった。
「……本当かい?」
「ああ、本当だ。信じてくれ……」
すると、おばちゃんは、にかっと笑った。
「そうかい。それならいいんだ。それならいいんだ」
おばちゃんは鼻歌でも歌うように、それならいい、それならいい、と繰り返している。呆気にとられる俺たちをしり目に、おばちゃんはふらふらとした足取りで、歌いながら家のほうへと去って行ってしまった。後には呆然とする俺たちと、無惨に打ち捨てられた弁当箱だけが残された。
「……」
俺たちの間には、手ごわいモンスターと戦った時のような、緊張と疲労感があふれていた。いや、それよりずっとたちが悪いかもしれない。覚悟を決めて飛び込む戦場と違って、ここはなんてことない、町の往来だ……
「びっ……くり、したぁ」
ライラが、へなへなと腰を抜かした。同感だ……
「なん、だったんですか、さっきの人……」
ウィルは真っ青な顔で、おばちゃんが消えたほうをちらちらうかがっている。
「ご、ごめんな。俺がいらないこと言ったばっかりに」
俺が謝ると、エラゼムが首を横に振った。
「いいえ。おかげで、この町の住人の、本性を暴き出すことができました」
「ああ……」
俺の中で引っかかっていた、小さな違和感。それは、マスターの言った、“町自体がおかしい”という一言だったんだ。シュタイアー教だけじゃなくて、町の人たちみんなが……
「……っ!」
そのとき、俺の頭の中に閃光が走った。その稲妻はふわふわと宙に浮いていた手がかりに結びつき、一本の線を描いていく。
「そういう、ことだったのか……?」
あまりに電撃的な思い付きに、まだ自分自身半信半疑だ。だが、これならすべての事柄に筋が通る。しかし、もしこの予想が当たっているとしたら……この町の闇は、俺の想像以上に……
「桜下さん……?」
様子のおかしい俺に、ウィルが不安そうに声をかける。俺は、ゆっくりと仲間たちのほうへ振り向いた。
「みんな……この町の謎、解けたかもしれないぜ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……あんまりいいこと教えてくれなかったね」
ライラがつまんなそうに言う。しかし、俺は首を横に振った。
「そうでもないさ。やっぱりこの町では、毎年シスターがいなくなっているんだ。あとは、それをどうやって教団が隠しているのかなんだけど……」
もう少しで謎がすべて解けそうなのに……だが俺は、同時にわずかな引っかかりも感じていた。何かを、見落としている……?
「……そろそろ、お昼ですね」
ウィルは真上に浮かぶ太陽を見上げている。朝、リンに会ったばかりな気がしたが、ここまでの移動でずいぶん時間を使ってしまった。俺たちの撤退のリミットは、今日の夕方だ。もうあまり猶予は残されていない……
「とりあえず、お昼を食べたほうがいいんじゃないですか?すきっ腹では頭も回りませんし」
時間が惜しい気もしたが、ここはウィルの提案に乗ることにした。ひょっとすると、今夜はバタバタして飯を食えないかもしれない。こういうのは食える時に食っとくのがいいと、今までの経験から学んでいた。
飯屋を探すのも面倒だったので、俺たちは昨日リンたちと入った食堂に向かうことにした。その道中、収穫を終えた畑の横を歩いていると、頭にタオルを巻いたおばちゃんが、畑仕事の合間の休憩をしていた。ん……この人。この町に来た最初の日に、俺が教会の場所をたずねたおばちゃんだ。俺が足を止めると、おばちゃんと目が合った。おばちゃんのほうも、俺たちを覚えていたらしい。
「おや、あんたたち。またあったね」
おばちゃんは他の町民同様、にこにこと愛想よく声をかけてきた。おばちゃんの膝の上には、木製の水筒と弁当箱が乗っている。ちょうどお昼をとっていたようだ。
「あんたたち、お昼はまだなのかい?よかったら、あたしんとこで食ってく?」
「ああいや、これから食いに行くところなんだ。せっかくだけど遠慮しとくよ」
「そうかい。あそうだ、あんたたち、今夜の祭りのことは知ってるかい?ぜひあんたたちも参加しとくれよ」
「満月祭のことだろ。シスターに聞いたよ」
「あら、そうだったの。それじゃ話が早いね。もちろん見ていくんだろ?」
「ああ……」
ぶっちゃけ、まだ現段階ではわからないけど。謎が解けなきゃ、夕方には町を離れるつもりだし……しかし、そんなこと馬鹿正直に言う必要もない。俺は適当におばちゃんをごまかそうとした。
(……)
そのとき。ほんとうに、なんてことない思い付きだったんだけど。俺はさっき聞いた、マスターの一言を唐突に思い出したのだ。
(おかしいのは俺たちじゃない。この町だ……)
皮肉のつもりで、深い意味はないんだろう。けど俺は、ふっと頭に浮かんだひらめきを、冗談半分で試してみたくなったんだ。俺はそれくらいの軽い気持ちで、こう言った。
「いやぁ、正直迷ってるんだ。なんだったら、すぐにでも出発しようかと」
ガタタ!え?水筒が倒れ、弁当箱の中身があたりに散らばる。さっきまでにこにこと笑っていたおばちゃんは、別人のような顔つきで、突然立ち上がった。
「あんた、なんていった?」
「え、え?」
「この町を、出ていくつもりなのかいっ!!!!」
うわ!おばちゃんが猛然と掴み掛ってきた!とっさに後ろに下がると、フランとエラゼムが即座に俺の前に立った。それでもおばちゃんは、二人の肩越しに俺を凝視してくる。
「だめだ!絶対にダメだよ!今町を出ていくなんて、許されるものか!ダメだ、だめだだめだだめだだめだ!」
な、んなんだ、これ……俺は目の前の光景に唖然としていた。あんなに親切そうだったおばちゃんは、今は目を飛び出させんばかりに見開き、口の端に泡をつけながら、ダメだと叫び続けている。その異様な有様に、おびえたライラがきゅっと俺の腰にしがみついた。
「だめだだめだ、でていっちゃだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだめだめだめだめだめ」
「ちょっと!さがってよ、下がれ!」
フランが叫ぶが、おばちゃんの耳には届いていない。壁にぶつかっても前進し続けるロボットのように、おばちゃんはじたじたと俺のほうへ近づこうとしていた。
「わ、わかった!嘘だ、ごめん!冗談だよ!」
俺はたまらず、大声で叫んだ。
「俺は出ていかない!今夜もずっとこの町にいるよ!」
俺が必死に叫ぶと、ようやくおばちゃんの動きが止まった。
「……本当かい?」
「ああ、本当だ。信じてくれ……」
すると、おばちゃんは、にかっと笑った。
「そうかい。それならいいんだ。それならいいんだ」
おばちゃんは鼻歌でも歌うように、それならいい、それならいい、と繰り返している。呆気にとられる俺たちをしり目に、おばちゃんはふらふらとした足取りで、歌いながら家のほうへと去って行ってしまった。後には呆然とする俺たちと、無惨に打ち捨てられた弁当箱だけが残された。
「……」
俺たちの間には、手ごわいモンスターと戦った時のような、緊張と疲労感があふれていた。いや、それよりずっとたちが悪いかもしれない。覚悟を決めて飛び込む戦場と違って、ここはなんてことない、町の往来だ……
「びっ……くり、したぁ」
ライラが、へなへなと腰を抜かした。同感だ……
「なん、だったんですか、さっきの人……」
ウィルは真っ青な顔で、おばちゃんが消えたほうをちらちらうかがっている。
「ご、ごめんな。俺がいらないこと言ったばっかりに」
俺が謝ると、エラゼムが首を横に振った。
「いいえ。おかげで、この町の住人の、本性を暴き出すことができました」
「ああ……」
俺の中で引っかかっていた、小さな違和感。それは、マスターの言った、“町自体がおかしい”という一言だったんだ。シュタイアー教だけじゃなくて、町の人たちみんなが……
「……っ!」
そのとき、俺の頭の中に閃光が走った。その稲妻はふわふわと宙に浮いていた手がかりに結びつき、一本の線を描いていく。
「そういう、ことだったのか……?」
あまりに電撃的な思い付きに、まだ自分自身半信半疑だ。だが、これならすべての事柄に筋が通る。しかし、もしこの予想が当たっているとしたら……この町の闇は、俺の想像以上に……
「桜下さん……?」
様子のおかしい俺に、ウィルが不安そうに声をかける。俺は、ゆっくりと仲間たちのほうへ振り向いた。
「みんな……この町の謎、解けたかもしれないぜ」
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