じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-4
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俺は仲間たちを促して、酒場の外へと出た。適当な木かげをみつけて、そこに身を寄せる。
「桜下さん、なんだったんですか?さっきの」
ウィルが怪訝そうな顔でたずねる。
「うん。俺も正直、まだよくわかってないんだけど……警告、された。この町を早く出てけって」
「警告、ですか?嫌味じゃなくて?」
「ああ。最初は俺もそう思ったんだけど、どうにも本気で言ってるみたいだった。明日の夜、儀式が始まる前には、この町を離れとけって……」
明日の夜には、リンの言っていた満月祭が行われる。そうなると、リン以外は外に出ることが禁止されると言っていたから、マスターがしきりにそれまでに町を出ろと言っていたのもうなずける。問題は、どうしてそんなことを言うのか、だ。
「実は、明日の儀式について、さっき詳しいことを聞けたんだ。それによると、明日はシスターだけが外で儀式をして、それ以外の人たちは家の中にいなくちゃいけないらしいんだけど……でもだったら、俺たちが町を離れる必要もなくないか?」
「そう、ですね……私たちは家の中にいるだけなんですから。儀式には参加しないも同然なのに……それとも、何か、この町にいるだけで危険なことがあるんでしょうか?」
「それなら、町の人たちも同じ条件のはずだろ?なんで俺たちだけが警告されるんだ?」
「それは……わかんないですけど」
俺たちは、そろってうーんと頭を捻ってしまった。明日の夜……いったい何が起きるのだろう?
「……あ、それはそうと。桜下さんたちは、どうしてここに来たんですか?」
「おお、そうだった。実は、ウィルに頼みたいことがあったんだ」
「頼みたいこと?」
すっかり忘れていた。俺はウィルに、お願いの内容を話して聞かせた。
「実は、昨日話したシスターたちのお勤めが、このあと宿であるらしいんだ。でも、その内容は詳しく話せないって言われちゃってさ」
「はあ……あ、それで私に?」
「そーいうこと。誰にも秘密のお勤めって、なんだか気にならないか?」
「確かにそうですね。わかりました、ちょっと覗いてみましょう」
ウィルがうなずく。決まりだな。俺たちはさっそく、マーステンの宿へと向かった。
宿から少し離れた木立の陰からのぞくと、宿の前には馬車がとまっていた。どうやら神父様とやらたちは到着しているらしい。
「それじゃあ、頼むぜ。ウィル」
「わかりました」
ウィルはふわふわ浮かぶと、壁をすり抜けて宿の中へと入っていった。あの部屋のどこかに、リンたちがいるはずだ。お勤めとやらは、どんな内容なのだろうか?お祈りとかなら納得だが、ひょっとすると教団運営に関わる業務だったりするかもしれない。ありそうな話だろ?集まったお布施の山分け作業とか、今後の方針の相談とか……俺はまだ、インチキ宗教説を捨ててはいないんだ。
待つこと数分。ウィルが、宿の屋根をすり抜けて姿を現した。
「お。出てきたぞ」
「……?しかし、様子がおかしいですな」
あ、あれ?ウィルはなぜか、屋根を突っ切って、そのままどんどん空へと上っていく。どこまで行く気なんだ?
「ウィル?どうしたんだ、おーい」
リンたちのいる宿のそばで大声を出すわけにもいかず、代わりに俺は手をバタバタと振った。ウィルのやつ、見えてないのかな……いや、気づいたようだ。ウィルはようやく上昇するのをやめ、こっちに向かって降りてきた。
「ウィルのやつ、どうしたんだろ」
疑問に思いながらも、俺は戻ってきたウィルを出迎えた。
「おかえり、ウィル。で、どうだった?」
「……」
ウィルはうつむいたまま、何も答えない。あれ、聞こえなかったのか?
「ウィル?」
「……ってい……」
「え?」
「さいっていです!信じられませんっ!」
うわっ。ウィルがいきなり大声を出した。
「うぃ、ウィル……?」
「ありえない!馬鹿にしてるわっ!」
ウィルは髪を振り乱しながら、激しくじだんだを踏んでいる……浮いているから、宙を踏みしめる形になっているが。普段とのあまりの豹変っぷりに、俺たちは無意識に一歩後ずさっていた。
「ど、どうしたんだよ……?」
「そこで!あの宿で、いったい何が行われていたと思いますか!?」
「何って……なんだよ?」
ウィルはぎりっと唇をかむと、吐き捨てるように叫んだ。
「売春ですっ!あの宿は、売春宿だったんですよっ!」
ぽかーん……な、なんだって?ウィルの叫んだ言葉が、頭に入らず、宙ぶらりんに浮かんでいるようだ。
「そ、それはどういう……?」
「どうもなにも、この目で見たんです!男の股の間に顔をうずめる、シスターたちの姿を!いいえ、シスターなんて呼べもしない。あんなの、あんなのただの売女ですっ!」
「み、まちがいってことは……?」
「じゃあほかに、どんな理由があって、股に顔を突っ込むんですか!ベッドの傍らには金貨が置かれてました!誰がどう見ても売春行為に他ならないでしょう!」
反論の余地もなかった。なにより、これだけ激昂しているウィルを見ると、本当だと思わざるを得なかった……
「信じられない!神に仕える身でありながら、そんなことを!聖職者の風上にも置けないわ!」
「お、おねぇちゃん……」
ライラがおびえた様子で、俺の腰にぎゅっと抱き着く。怖がるのも無理はないだろう……普段ウィルは、怒ったり泣いたりすれど、これだけ激怒した姿を見せることはなかった。こんなに取り乱した姿を見るのは、ウィルが幽霊になってすぐ以来だ。
「はあっ……はあっ……」
ウィルはひとしきり叫ぶと、地面にどしんと腰を下ろした。少しは落ち着いたのだろうか。
「……ウィル?そろそろ話せるか?」
「はぁ……ふぅー……ええ。すみません、取り乱しました」
ウィルは膝を抱えて、腕の間に顔をうずめた。俺はその隣に腰を下ろす。
「まあ、その、なんだ。いい気分じゃないだろうけど……」
「ええ……普段、耳年増なこと言ってるくせにですよ。いざ同世代の子がそういう事をやってるのを見ると、思ったよりショックでした……」
そりゃそうだろう。俺だって、たぶんそうだ。
「別に、そういう行為を全部否定したいわけじゃないんです。ただ、まがりなりにも、あの子たちは私と同じシスターじゃないですか。私だって、優秀なシスターってわけじゃありません。むしろ不出来な部類になるでしょうけど、それでも、踏み越えちゃいけない一線っていうのを持っているつもりだったんです」
「……わかるよ」
俺だって、勇者としては失格だ。だけど、俺の中にだって理想の勇者像くらいはあるし、それを守っていきたいとも思っている。要は、これだけはしちゃならないっていう、最低最後のラインのことだろう。
「だから、そんなことを平然としているあの二人を見て、なんだか自分まで馬鹿にされたような気がしてしまって……ごめんなさい。皆さんに当たったって、どうにもならないのに」
「まあ、いいよ。ちょっと驚いたけどな」
なるほどな。ウィルは確かに真面目なシスターじゃないけど、それでも譲れないプライドは持っているんだ。
「でも、これではっきりしました。やっぱり彼女たちは、シスターなんかじゃありません。お金であんなことをするなんて、真っ当な組織とも言い難いですよ、その教団は」
「それは……」
リンは確かに言っていた。お勤めの相手は、神父様だと。シュタイアー教の神父は、リンたちにそんな事をさせているのか?
「……やっぱり怪しいな、シュタイアー教は。でも……俺は、リンたちはそれには噛んでないと思うんだ」
「彼女たちは、何も知らないってことですか?」
「それか、そもそもリンたちも騙されているって事かな。町の人とリンたちを騙して、クライブ神父は何かをしようとしているんだ」
「何か……それってもしかして、明日の儀式の……?」
「関係あると見て間違いなさそうだよな。その目的まではまだわからないけど……」
だが、このまま指を咥えて待っているわけにもいかない。明日の夜まで、時間は迫っているのだ。
「一度、行ってみるか。クライブ神父のところに」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺は仲間たちを促して、酒場の外へと出た。適当な木かげをみつけて、そこに身を寄せる。
「桜下さん、なんだったんですか?さっきの」
ウィルが怪訝そうな顔でたずねる。
「うん。俺も正直、まだよくわかってないんだけど……警告、された。この町を早く出てけって」
「警告、ですか?嫌味じゃなくて?」
「ああ。最初は俺もそう思ったんだけど、どうにも本気で言ってるみたいだった。明日の夜、儀式が始まる前には、この町を離れとけって……」
明日の夜には、リンの言っていた満月祭が行われる。そうなると、リン以外は外に出ることが禁止されると言っていたから、マスターがしきりにそれまでに町を出ろと言っていたのもうなずける。問題は、どうしてそんなことを言うのか、だ。
「実は、明日の儀式について、さっき詳しいことを聞けたんだ。それによると、明日はシスターだけが外で儀式をして、それ以外の人たちは家の中にいなくちゃいけないらしいんだけど……でもだったら、俺たちが町を離れる必要もなくないか?」
「そう、ですね……私たちは家の中にいるだけなんですから。儀式には参加しないも同然なのに……それとも、何か、この町にいるだけで危険なことがあるんでしょうか?」
「それなら、町の人たちも同じ条件のはずだろ?なんで俺たちだけが警告されるんだ?」
「それは……わかんないですけど」
俺たちは、そろってうーんと頭を捻ってしまった。明日の夜……いったい何が起きるのだろう?
「……あ、それはそうと。桜下さんたちは、どうしてここに来たんですか?」
「おお、そうだった。実は、ウィルに頼みたいことがあったんだ」
「頼みたいこと?」
すっかり忘れていた。俺はウィルに、お願いの内容を話して聞かせた。
「実は、昨日話したシスターたちのお勤めが、このあと宿であるらしいんだ。でも、その内容は詳しく話せないって言われちゃってさ」
「はあ……あ、それで私に?」
「そーいうこと。誰にも秘密のお勤めって、なんだか気にならないか?」
「確かにそうですね。わかりました、ちょっと覗いてみましょう」
ウィルがうなずく。決まりだな。俺たちはさっそく、マーステンの宿へと向かった。
宿から少し離れた木立の陰からのぞくと、宿の前には馬車がとまっていた。どうやら神父様とやらたちは到着しているらしい。
「それじゃあ、頼むぜ。ウィル」
「わかりました」
ウィルはふわふわ浮かぶと、壁をすり抜けて宿の中へと入っていった。あの部屋のどこかに、リンたちがいるはずだ。お勤めとやらは、どんな内容なのだろうか?お祈りとかなら納得だが、ひょっとすると教団運営に関わる業務だったりするかもしれない。ありそうな話だろ?集まったお布施の山分け作業とか、今後の方針の相談とか……俺はまだ、インチキ宗教説を捨ててはいないんだ。
待つこと数分。ウィルが、宿の屋根をすり抜けて姿を現した。
「お。出てきたぞ」
「……?しかし、様子がおかしいですな」
あ、あれ?ウィルはなぜか、屋根を突っ切って、そのままどんどん空へと上っていく。どこまで行く気なんだ?
「ウィル?どうしたんだ、おーい」
リンたちのいる宿のそばで大声を出すわけにもいかず、代わりに俺は手をバタバタと振った。ウィルのやつ、見えてないのかな……いや、気づいたようだ。ウィルはようやく上昇するのをやめ、こっちに向かって降りてきた。
「ウィルのやつ、どうしたんだろ」
疑問に思いながらも、俺は戻ってきたウィルを出迎えた。
「おかえり、ウィル。で、どうだった?」
「……」
ウィルはうつむいたまま、何も答えない。あれ、聞こえなかったのか?
「ウィル?」
「……ってい……」
「え?」
「さいっていです!信じられませんっ!」
うわっ。ウィルがいきなり大声を出した。
「うぃ、ウィル……?」
「ありえない!馬鹿にしてるわっ!」
ウィルは髪を振り乱しながら、激しくじだんだを踏んでいる……浮いているから、宙を踏みしめる形になっているが。普段とのあまりの豹変っぷりに、俺たちは無意識に一歩後ずさっていた。
「ど、どうしたんだよ……?」
「そこで!あの宿で、いったい何が行われていたと思いますか!?」
「何って……なんだよ?」
ウィルはぎりっと唇をかむと、吐き捨てるように叫んだ。
「売春ですっ!あの宿は、売春宿だったんですよっ!」
ぽかーん……な、なんだって?ウィルの叫んだ言葉が、頭に入らず、宙ぶらりんに浮かんでいるようだ。
「そ、それはどういう……?」
「どうもなにも、この目で見たんです!男の股の間に顔をうずめる、シスターたちの姿を!いいえ、シスターなんて呼べもしない。あんなの、あんなのただの売女ですっ!」
「み、まちがいってことは……?」
「じゃあほかに、どんな理由があって、股に顔を突っ込むんですか!ベッドの傍らには金貨が置かれてました!誰がどう見ても売春行為に他ならないでしょう!」
反論の余地もなかった。なにより、これだけ激昂しているウィルを見ると、本当だと思わざるを得なかった……
「信じられない!神に仕える身でありながら、そんなことを!聖職者の風上にも置けないわ!」
「お、おねぇちゃん……」
ライラがおびえた様子で、俺の腰にぎゅっと抱き着く。怖がるのも無理はないだろう……普段ウィルは、怒ったり泣いたりすれど、これだけ激怒した姿を見せることはなかった。こんなに取り乱した姿を見るのは、ウィルが幽霊になってすぐ以来だ。
「はあっ……はあっ……」
ウィルはひとしきり叫ぶと、地面にどしんと腰を下ろした。少しは落ち着いたのだろうか。
「……ウィル?そろそろ話せるか?」
「はぁ……ふぅー……ええ。すみません、取り乱しました」
ウィルは膝を抱えて、腕の間に顔をうずめた。俺はその隣に腰を下ろす。
「まあ、その、なんだ。いい気分じゃないだろうけど……」
「ええ……普段、耳年増なこと言ってるくせにですよ。いざ同世代の子がそういう事をやってるのを見ると、思ったよりショックでした……」
そりゃそうだろう。俺だって、たぶんそうだ。
「別に、そういう行為を全部否定したいわけじゃないんです。ただ、まがりなりにも、あの子たちは私と同じシスターじゃないですか。私だって、優秀なシスターってわけじゃありません。むしろ不出来な部類になるでしょうけど、それでも、踏み越えちゃいけない一線っていうのを持っているつもりだったんです」
「……わかるよ」
俺だって、勇者としては失格だ。だけど、俺の中にだって理想の勇者像くらいはあるし、それを守っていきたいとも思っている。要は、これだけはしちゃならないっていう、最低最後のラインのことだろう。
「だから、そんなことを平然としているあの二人を見て、なんだか自分まで馬鹿にされたような気がしてしまって……ごめんなさい。皆さんに当たったって、どうにもならないのに」
「まあ、いいよ。ちょっと驚いたけどな」
なるほどな。ウィルは確かに真面目なシスターじゃないけど、それでも譲れないプライドは持っているんだ。
「でも、これではっきりしました。やっぱり彼女たちは、シスターなんかじゃありません。お金であんなことをするなんて、真っ当な組織とも言い難いですよ、その教団は」
「それは……」
リンは確かに言っていた。お勤めの相手は、神父様だと。シュタイアー教の神父は、リンたちにそんな事をさせているのか?
「……やっぱり怪しいな、シュタイアー教は。でも……俺は、リンたちはそれには噛んでないと思うんだ」
「彼女たちは、何も知らないってことですか?」
「それか、そもそもリンたちも騙されているって事かな。町の人とリンたちを騙して、クライブ神父は何かをしようとしているんだ」
「何か……それってもしかして、明日の儀式の……?」
「関係あると見て間違いなさそうだよな。その目的まではまだわからないけど……」
だが、このまま指を咥えて待っているわけにもいかない。明日の夜まで、時間は迫っているのだ。
「一度、行ってみるか。クライブ神父のところに」
つづく
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