じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

4-1 シリス大公

4-1 シリス大公

目の前が真っ暗だ。何も見えない……仲間たちは、いったいどこへ行ったんだろう?

「……いつまで目をつぶってるの」

あれ?フランの声がすぐそばで聞こえる。今まで真っ暗だと思っていたのは、思わず目を閉じてしまっていたかららしい。目を開ければ、呆れた顔のフランと、仲間たちの姿も見えた。

「な、なにが起こったんだ?」

「たぶん、魔法を使われたんだ。気付いたら、ここにいた」

ここ……?きょろきょろとあたりを見回す。俺たちがさっきまでいたのは、石畳の街角だったはず……だが今いるのは、どう見ても室内だ。白い大理石の柱が立ち並ぶ様は、どこかの宮殿を彷彿とさせる。足もとには濃紺色のつるりとした石のタイルがしかれていた。ピカピカに磨き上げられていて、鏡のように、覗き込む俺の姿を反射している。

「……どこだ、ここ?」

「ここは、わしの家じゃよ」

わっ。声のした方に振り向くと、さっきの老人が大きな扉の前に立っていた。扉は豪華絢爛で、金色の地に、赤や青の輝く石が無数に埋め込まれている。あれ、全部宝石か?そしてここは、じいさんの家らしい……だとしたらこのじいさん、滅茶苦茶金持ちじゃないか。

「乱暴な招き方をしてすまなかった。しかし、どうしても君たちと話をしてみたかったんじゃ。よければ、こちらへきてくれんかの」

老人はそう言うと、扉を開いて中へと入って行ってしまった。

「……どうする?」

俺は仲間たちに振り返った。

「……あやしさ満点過ぎて、信用できるところが見つからないんだけど」

フランがぶすっとした顔で言う。しかし、ライラは首を横に振った。

「でも、攻撃する気は無かったと思うよ。あっちがその気だったら、あのスクロールでふっ飛ばされてたはずだもん」

うーん、それもそうか。やり方は相っ当強引だったけど、客を招きたかっただけともとれる……

「でも、俺が勇者だって知ってたんだよな」

どこからその情報を仕入れたんだろう。ウィルが首を捻る。

「勇者の大ファンで、どうしても話がしたかった、とかですかね?」

「えぇ?金持ちの道楽にしては、やり方が強引過ぎないか?」

「けど、一応危害は加えられてないですよ」

それは、そうなんだけど。今だって、俺たちは自由に動けている。その気になればここから逃げ出すこともできるが、老人はあえて俺たちに決定権をゆだねた……

「本当に、勇者が好きなだけなのかな」

富はあるが孤独な老人が、人恋しさに俺たちを屋敷に招いた……そう考えれば、憎めない気もしてくる。

「……話を、聞くだけ聞いてみるか」

いずれにせよ、悪意は無さそうなんだ。少しくらい相手してやってもいいだろう。俺たちは紺色の床の上をカツカツと歩き、ど派手な扉に手をかけた。扉は宝石まみれとは思えないほど、軽くスーッと開いた。

「よく来てくださった」

広々した部屋の中心に、さっきの老人が立っていた。俺たちが入ってきたのを確認すると、老人はローブの袖から金色のベルを取り出した。あのローブ、なんでも入っているんだな……ベルがチリンと鳴らされると、幾ばくも経たずに扉が開かれる。俺たちの後ろから、執事風の格好をした、初老の男性が入ってきた。

「お呼びでございますか」

「ああ。ご客人じゃ」

執事のおじいさんは老人を見て、目をくいっと釣り上げた。

「また、なんという格好をしているのですか……」

「ほっほっほ。たまにはこういうのもいいじゃろう。それとすまんが、お茶を用意してくれるかの。六人分じゃ」

「はぁ……かしこまりました。準備してまいりますので、失礼いたします。陛下・・

執事のおじいさんはぺこりと頭を下げて、部屋から出て行った。いや待て、それよりなんて言った?陛下……?

「え?じゃあ、あんたは……?」

「正体がばれてしまったか。それでは、もうこの変装も意味がないな」

老人は突然口調を変え、そしてなんと声まで変えると、ローブの裾をつかんでバッと脱ぎ捨てた。パサリとローブが床に落ちた後には、みすぼらしい老人の姿などどこにもなくなっていた。そこにいたのは、清潔な服を着た、長身・長髪の男が一人だけだ。

「初めまして、でいいだろうか。私は、シリス・アウサル・アアルマート。人にはアアルマート大公と名乗ることが多いが、好きに呼んでくれ」

た、大公?それって、あれだよな。偉い人のこと……それも、王様くらいに……

「あ、あの、じゃあ……この国の、王様?」

「国家の代表という意味では、その通りだ」

「……」

う、わー……驚きすぎて声も出ない。ウィルはぱくぱくと口を開け閉めしている。
さっきまで爺さんだと思っていた人が、実は王様でした?しかも王様自らが、俺たちを招いたってことだろ?あ、じゃあここってもしかして、王宮?

「まあ、お互い立ち話もなんだろう。そこに席が設けてあるから、まずは腰を落ち着けようじゃないか」

ぽかんとする俺を見かねてか、シリス大公は部屋の隅にあるソファを指さした。俺は促されるままに、ほとんど機械的にソファのもとへと向かった。ロアの時とは違って、今回はほとんど不意打ちみたいな状況だからな……心構えが全然できていない。

「さて……私の話を始める前に、君たちの聞きたいことからのほうがいいだろうね」

「……じゃあ、聞かせてもらいますけど。なんでお爺さんの恰好をしてたんです?」

「ああ、あれか。なに、このままの姿では目立つからだ。大公が町中をうろうろしていては、何かと不都合があるだろう?」

「はぁ……じゃあ、俺たちをここに連れてくるときのあれは、一体?」

「あれはスクロールだ。テレポートワープの魔法で君たちをここへ連れてきた。移動するのが面倒だったんでね」

さいですか。王様のしたことだから文句も言えないな、くそ。

「そんじゃ、そうまでして俺たちにしたかった話ってのは、なんなんです?」

「うん。と言っても、特段なにか話したい話題があるわけではないんだ」

はぁ?喉元まで出かかった二文字を無理やり押さえつけたら、むせてしまった。だったらこの人は、何がしたいんだよ。

「ただ、君と話したかった。なんたって君は、勇者なんだから」

……!ドキリと胸がはねた。やっぱり、分かってるんだ。俺のシャツの下には、勇者の証たるエゴバイブルがある。けど、アニはこの国に来てから、ずっと隠していたぞ……?

「……その、勇者って言うのは……?」

俺は悪あがきでしらを切ったが、シリス大公はきっぱりとした態度で首を横に振った。

「しらを切らなくてもいい。服の下に隠した程度で、その強い魔力をごまかすことなどできはしない。もちろん、そのへんの低級魔術師には見抜けもしないだろうが。私は別だ」

なるほど、な。さすがは、魔術大国の王様ってことか……

「その、桜下さん……」

するとウィルが、いやに押し殺した声で、俺の耳元に口を寄せる。俺は目だけをウィルへ向けた。

「私の勘違いかと思っていたんですけど……この人、さっき執事の方に、お茶を六人分・・・用意するように言っていたんです。でも、この場にいるのは五人のはずですよね……?」

なんだって?この場にいるのは、シリス大公と、俺、フラン、エラゼム、ライラ……そして姿が見えないはずのウィルだ。当然、普通の人にはこの場の人数は、五人に見えているはずなのに……

(これはいよいよ、隠し事ができる雰囲気じゃないな)

ウィルのことすら感知しているなんて……モンスター以外では、シリス大公が初めてだ。

「むぅ……」

「どうかな?私の言っていることは見当違いだろうか」

「……いえ、その通り、でした」

「ん?でした?どうして過去形なんだ?」

「今の俺は、勇者じゃありませんから」

俺の言葉に、シリス大公はわずかに首を傾げた。

「意味が分からないが。勇者というものは、やめようと思ってやめられるものではない」

「その肩書を名乗っていないんですよ。今んとこ、俺たちは自由に旅をしているだけです」

「……ふむ。二の国も、大概ややこしいことになっているようだな」

シリス大公は何かを察したのか、すっと目を細めると、ソファのひじ掛けに頬杖をついた。

「では、元勇者殿が我が国においでになったのは、特に外交的な理由はない、と?」

「え?そんなものありませんよ。単純にこの国を見てみたかっただけです」

外交上の理由なんて、あるわけもない……くそ、面倒なことになってきたな。下手なことを言えば、政治問題になりかねない……のかもしれない。俺、政治のこととかよくわかんないぞ!

「……」

シリス大公は、何を考えているのかわからない目で、俺の顔を見つめている。俺が何を言おうか頭をぐるぐるさせていると、不意に部屋の奥、俺たちが入ってきたのとは別の扉が、控えめにコンコンと叩かれた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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