じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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それから俺たちは、南へと進路を変え、街道を南下していった。ライラが待ちきれないと駄々をこねるので、移動はずっとストームスティードに乗ることになった。

「けど、いいのか?あれだって魔法だから、ライラも疲れるだろ?」

「いいのいいの。それより、のんびり歩いてなんていられないよ!ビューンとひとっとびして行こう!」

ライラの猛烈なアピールによって、涙目のウィルの反対意見はまたしても棄却された。ストームスティードは確かに早くて便利なんだけど、あまりにも早すぎて騎乗者の精神が摩耗するという欠点がある……今のところ、それを最も顕著に受けているのがウィルだった。

「いいですよもう……私は置いて行ってください……後から合流しますから……」

ウィルの哀れな嘆願は、おねーちゃんがいないと嫌というライラによって、再三の却下をされた。

爆走を続けて数日、俺たちはあたり一面に広がる、黄金の小麦畑の中を走っていた。街道の右も左も、見渡す限り麦の海だ。俺たちが走り抜けると、巻き起こされた風によって小麦が波のようにうねるのが面白い。空気には乾いた草の匂いが混じっている。
今俺たちがいるのは、南部街道の中ほど当たり、確かワンパンという、ちょっと変わった名前の町の近くだったはずだ。

「そろそろ日が傾いてきました!本日はこの先の、ワンパン市で宿を取ることといたしましょう!」

エラゼムが、風切り音に負けないように大声で叫んだ。賛成だ、昨日は野宿だったからな。ベッドが恋しいぜ。

ワンパンは、広大な小麦畑と同じ色の、小麦色のレンガで作られた町だった。何から何まで麦づくめの町だな。水が豊かなんだろう、町のあちこちに水路が張り巡らされ、だれでも水が汲めるようになっている。ところどころにある大きな風車が、水を地下からくみ上げているのだろうか。夕飯時についたからか、町にはパンを焼く香ばしいにおいが立ち込めていた。あぁ、腹が減るなぁ。
ところで、疾風の馬に乗る俺たちは、どうやったって人目を惹く。なので町の入り口についたところで、風の馬は送り返してしまった。すると今度は、全身鎧のエラゼムが歩くたびに、ガシャガシャと目を引き付けるのだ。王国兵がいる王都ならともかく、こんな田舎町には鎧はあまりに不釣り合いだったらしい。

「ママー!てつのカタマリが歩いてるー!」

「こら!指さしちゃダメでしょ!見とがめられたらどうするの!」

「…………ぬぐぅ」

エラゼムが名状しがたいうなりを上げる。俺たちは早々に観光をあきらめ、一番最初に見つけた宿屋へ飛び込んだのだった。

「……申し訳ありません。吾輩のせいで……」

すっかり気を落とすエラゼムの肩をぽんぽんたたく。
俺たちが飛び込んだ宿は『フォートメイヤーズ』といい、広々とした二階建ての宿だった。一階は酒場兼食堂として開放されているようで、いくつもの丸いテーブルを囲んで大勢の客が酒を楽しんでいた。天井からは小さなランタンがいくつもぶら下げられ、ほのかな明かりを投げかけている。客の様子をうかがってみると、剣を下げていたり、荷袋を担いでいたりと、旅人風の格好がちらほらいる。ここなら、エラゼムも悪目立ちしなくて済みそうだ。

「あ、お、お客様……こちらへどうぞ……」

そばかすを付けたボーイが、俺たちを見つけてぼそぼそと案内する。ボーイに連れられて空いている席に着くと、再びボーイが小さな声でたずねてきた。

「お客様は、酒場をご利用ですか……?それとも、旅の宿をお探しでしょうか……?」

「後者だな。でも、晩飯はいただきたいんだけど」

「かしこまりました……お部屋をお取りします……」

俺が食事も部屋も一人分でと言うと、ボーイはとくに気にすることなくうなずいた。無気力というか、無感情な印象だけど、物腰は至極丁寧だ。

「それでは、後ほどお料理をお持ちします……失礼いたします……」

ボーイは最後までこの調子で、俺たちのもとを去っていった。

「大丈夫かな、この宿……?」

俺が不安げな声をこぼすと、エラゼムがこくりとうなずいた。

「店の空気というのは、そこに集う客人たちに如実に反映されると聞きます。客は店の鏡というわけですな。その点で見れば、この宿はそんなに悪いところではないように思えます」

それは、確かに。客も多いし、みんな楽しそうに酒をあおっているから。悪い店だったら、こんなに人は集まらないよな。

「さっきの暗―いボーイを吹き飛ばすほど、サービスがいいってことなのかなぁ」

「もしくは、店主がたいそう明るく、人格者であるとか……」

俺たちがあれやこれやと予想しあっていると、正解のほうからこちらへ飛び込んできた。

「おまたせーー!!!フォートメイヤーズ自慢の焼き立てパン、お持ちしましたーーーー!!!」

キィー……ン。あまりの大声に、俺は思わず耳をふさいでしまった。仲間たちも目を点にしている。だが周りの客は慣れてしまっているのか、特に驚いた様子はなかった。
テーブルにどんとバスケットをのっけたのは、小麦色の肌をした活発そうな女の子だった。女の子といっても、たぶん俺よりは年上のお姉さんだろう。

「どーしたの?あそっか、ごめーん!あたしの声、よく大きいって言われるからだよね!?」

その声がすでにデッカイ……

「あ、ああ……はは、さっきのボーイとはえらい違いだな……」

「ああ、ジュリオのこと?ごめんね、あの子はいっつもああなの。あいつ、あたしの弟なんだ」

へー……姉弟なのに、こうも違うものなのか。俺たちの顔が引きつっているのもお構いなしに、女の子はにこにこ笑っている。

「ん?んん~……あなたたち、ずいぶん変わった旅人なんだね」

小麦色娘は急に身を乗り出すと、俺たち一人一人の顔をじっくり眺めながら言った。そりゃそうだろう、少年、少女、鎧、幼女、それに見えないだろうけど幽霊からなる一行だからな。

「……決めた!ねえ!あなたたちの話、聞かせてよ!」

は?話?小麦娘は俺の返事も聞かずに、近くのテーブルから空いている椅子を引きずってきた(テーブルにはすでに客がいたのに、だ。そこで飲んでいた二人組のおじさんは、またかと呆れた顔をしていた)。

「あたし、サラ!ここの宿の長女で、ワンパン市いちの看板娘よ!」

サラはにかっと白い歯を見せて笑った。はは、自ら一番だ、ときたか。フランは大丈夫かコイツ、という目でサラを睨んでいるが、サラは全く気にしていなそうだった。

「あたし、この宿に泊まる冒険家のお話を聞くのが大好きなんだ!あたしのカンでは、あなたたちからスリルとロマンのにおいがしたんだけど……?」

サラは俺たちの中で唯一大人のエラゼムに、意味深な視線を向けた。エラゼムはぎくりと肩をすくめ、代わりに俺のほうを見た。サラの視線も俺へと向く。そんな目で見られても……

「あー……おあいにくだけど、俺たちは冒険家ではないんだ。ただの旅人だよ」

「えっ、そうなの?おっかしいなぁ、こんなにスペクタクルがぷんぷん匂ってるのに?」

……まさか、そんなな?俺は自分の服にふんふんと鼻を寄せ、ウィルにやめてくださいよ、とたしなめられてしまった。

「まあ、それでもいいわ。時にはしがない行商人のほうが、一流の冒険者よりよっぽどアドベンチャーしてることもあるもの!ねえ、あなたたちはどんなところを旅してきたの?」

「えぇ?ん~、そうだなぁ……」

俺はパンを指でつまみながら、サラに今までの旅路をかいつまんで話して聞かせた。もちろんすべては言えないから、とある森でゾンビに出会っただとか、とある村で狼退治をしたとか、そんな具合にだ。仲間たちは自分の話になると、こそばゆそうにもぞもぞしていた。

「……それで、でっかい緑の竜巻が、スパルトイたちを空のかなたにぶっ飛ばしちまったんだ」

「へえぇぇぇ!王都でそんなことがあったなんて、全然知らなかった。ねえねえ、それからどうなったの!?」

サラは声と同じく、リアクションもオーバーだった。俺の話に一喜一憂しながら聞いてくれるので、話しているこちらとしても悪い気分ではなかったけど。こういうところが、濃いキャラのサラが客たちに受け入れられている理由なんだろう。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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