じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
8-1 二の国の元勇者
8-1 二の国の元勇者
ザンッ!
着地した衝撃で、両足がジーンと痺れている。後さき考えずに飛び降りるんじゃなかったぜ。けど、居ても立っても居られなかったんだ。
「こんばんは、王女さま。少しぶりだな」
俺は痺れる足を延ばしながら、ボロボロの姿の王女にあいさつした。
「え?だれ……どこから……?」
しかし王女の方は、俺のことにピンと来てないらしい。仮面をつけているとはいえ、落ち着いて恰好を見ればわかりそうなもんだけど。それだけ余裕がないということなのかもしれないな。
「俺たちは、上から来たんだよ。ほら」
俺は指を空に向ける。俺に続いて、仲間たちが次々と飛び降りてきた。フランはかろやかに、エラゼムは重々しく、ウィルは音もなく、そしてライラは魔法でふわふわと着地した。俺は王女のひどい有様を見て、カバンからマントを取り出した。
「遅くなって、悪かったな。準備に手間取っちまって。こんなんしかないけど、よかったら使ってくれ」
「ど、どうやって……?」
「うん?ああ、飛んできたんだよ、魔法を使ってさ。気付かれないように近づくのは大変だったぜ」
王女は俺の言っていることを呑み込んでいるのか、いないのか、ぽかんと口を開けている。すると王女の目が、俺の首から下がるガラスの鈴に止まった。
「それ……まさかお前……勇、者?」
「元、だな。悪いけど、俺はその肩書きは捨てさせてもらうよ。けどまあ……今はとりあえず、あんたの味方をするつもりだ」
正直、王女さまを助けるつもりはなかったけど……あんな啖呵を見せられちゃ、な。俺は王女を背中に隠すと、周りをぐるりと取り囲む兵士たちに目を向けた。兵士たちは突然の乱入者に、目を白黒させていた。だが一人、キツネのようなずるがしこい顔をした男だけは、俺たちの会話を聞き逃さなかった。
「……貴様。勇者、と言ったか?」
「頭に元、を付けてくれ。それならイエスだ」
「元?……と、言うことは、今は勇者ではないということだな?うぅむ、うむうむ。納得できようとも」
ずる賢そうな男は、大げさなそぶりでうなずいた。
「聞くところによれば、そなたは罪人として、王家に執拗に狙われていたとか。であれば、勇者と言う役目を捨て、王家に愛想が尽きるのも大いにうなずける!」
「……」
俺はあえて、黙っていた。こいつの言ってることは、おおむね的を射ている。実際、俺もつい最近までそう思ってたしな。沈黙を肯定と受け取ったのか、男はさらに勢いづいた。
「ならば、勇者殿……いや、ここは元、勇者殿と呼ばせてもらおう。そなたと私たちは、共通の敵を憎んでいることになる!私たちが憎むのは、高慢にも権力を振りかざし、民の力を己が力と誤認している愚かな王!そなたの後ろにいる、ロア王女に他ならない!」
ロア?俺の後ろの王女は、ロアって言う名前なのか。考えてみれば、名前すら知らなかったんだな。
「元勇者殿には、先ほどの光景は、確かに誤解を与えてしまったかもしれません。だが、それらもすべて、腐った王家を打ち倒さんがするため!私たちはいわば、味方同士なのです!」
男は手を大きく広げると、片手を差し出して握手するようなポーズをとった。
「手を取り合いましょう!その女を殺せば、勝利は私たちのものだ!さあ、どうぞこちらに。汚いところは我々にお任せいただければ、元勇者殿のお手は煩わせません。さ、さ、さ……」
俺は男が差し出した手をじっと見つめた。そして、ゆっくりと首を振った。
「いいや。あんたたちとは組めない」
「なぜですか!お分かりいただけたでしょう、敵はその王女なのです!」
「あんたの言ってることは理解できたよ。けど、そうじゃないんだ。だって、あんたたちに任せてたら、もっと人が死んじゃうだろ?」
「は?」
男は細い目を見開いて、俺を見つめた。
「俺たちは、殺しはしない、でやってるんだ。この先、俺が一人も死人を出さないでくれって頼んだとして、あんたはそれでもうなずいてくれるか?」
「……それは、できかねます。しかし!誤解しないでいただきたい。むやみな犠牲を出さないという点については、我々も十分慮っています。当然、町の民や武器を持たぬものに刃を向けるような、蛮行を働く気は毛頭ございません」
「うん。でも、この女は?」
「そやつは、我らを、そして元勇者殿を殺そうとした張本人ですぞ!情けをかける必要がどこにありますか!そやつは、悪!悪が正義によってうち滅ぼされるのは、当然の摂理でありましょうが!!」
「うん、だよな。だから、あんたとは組めないんだ」
俺がきっぱりとそういうと、男はさっと顔つきを変えた。さっきまでがしっぽを振ったキツネだったとしたら、今の顔は牙をむくオオカミに見える。
「……では、あなたはどうあっても、私たちの敵、ということですかな?」
「あんたたちの敵になる気はないよ。けど、俺たちは俺たちのやり方を貫かせてもらう。たぶん、あんたたちの邪魔をすることになるだろうけど……ま、弁解も釈明もしないでおくよ」
男は、もうそれ以上何も言わなかった。代わりに手をばっと振ると、俺たちを取り囲む兵士たちが一斉に剣を構えた。ジャキジャキジャキーン!
「ならば、ここで討ち倒すまでだ!勇者だか何だか知らんが、うぬぼれが過ぎたようだな。この精鋭たちの真っただ中に、たった数人でやってくるとは!飛んで火に入る虫ですら、もう少しは賢いものだというのに」
男はニタリと笑った。するとその後ろから、巻き髭のおっさんが焦った顔で駆け寄ってきた。
「待て、ジェイ!相手は、あの勇者なのだぞ!?大丈夫なのか!?」
「ハルペリン卿、王都制圧はもう目の前です!今更何を怖気づいているのですか!小童と取り巻きごとき捻りつぶせなくては、王にはなれませぬぞ!!」
あのキツネ顔の男、ジェイっていうのか。ジェイの剣幕に、食って掛かったはずの、ハルペリン卿とかいう髭のおっさんはたじたじになっている。
「う……そ、そうだな。私も、そうおも……」
「全員、構え!」
ハルペリン卿が言い終わらないうちに、ジェイは兵士たちに大声で檄を飛ばした。
「いくら勇者とはいえ、たった数人で万の大軍を相手取ることなどできない!そのまま叩きつぶしてやるのだっ!」
号令のかかった兵士たちは、剣をこちらに突き付け、じりじりと迫ってくる。一気になだれ込まないのは、それでも勇者という名前に怯えているからか。勇者であることで嫌な目にばっかりあってきたけど、こういう時は役に立つな。なんといっても、俺の“秘策”を披露するには、少しだけ時間がかかるから。
「なあ、あんた。俺たちのこと、たった数人って言ったよな?」
「なにぃ?」
ジェイは、目玉を剥いて俺をにらみ返した。
「それがなんだ!いくら虚勢を張ろうが、お前たちは、数の前には勝てはし……」
「だったら、数人じゃなくなったら、どうだ?」
俺は仮面の下でニヤッと笑うと、右手の袖をまくり上げた。さあ、いくぞ!
「我が右腕に宿りしは、魂の業火……」
ヴン。俺の右手が輪郭を失い、ブレ始める。それを見たジェイは血相を変え、兵士たちに怒鳴り散らす。
「やつめ、術を使う気だ!何をぼさっとしている、早くつぶせ!」
「い、いやだ」「ゆ、勇者の能力だ!いやだ、死にたくない!」
兵士たちはすっかり及び腰になり、身構えたフランやエラゼムの出る幕すらなかった。俺はだれにも邪魔されずに詠唱を続ける。
「無念を抱きし亡霊たちよ。我が魂を糧として、今一度我が元へ集え!」
ヴーン!右手が激しく鳴動する。俺は右腕を自分の真下、地面へと突き出した。
「ディストーションハンド!……オーバー、ドライブ!!」
ズドドドドドド!
今や俺の魂は、猛烈に渦巻く波動の嵐の中にいた。その揺れは右手を通じて大地に伝わり、地面そのものまでもが俺の魂に共鳴している。俺は自分の魂が、大地を伝う波に乗って、隅々にまで広がっていくのを感じ取っていた。
「……な、なんだ?なにをした?」「……なにも、起こらないぞ?」
兵士たちが、右手を地面についたまま動かない俺を見て、ざわざわと騒ぎ始める。ジェイの勝ち誇ったような声が聞こえた。
「はっはぁ!見たか、しょせん勇者といえどその程度なのだ!お前たち、さっさとそいつらを八つ裂きに……」
突然、ジェイは言葉を区切った。異変に気付いた兵士たちも、口をつぐんで耳をそばだてる。
ひた……
「……なんだ?」「……あし、おと?」
ひた。ひた、ひた、ひた。
「な、なんだ!?なにかが近づいてくる!」
兵士たちは、にわかに大騒ぎを始めた。四方八方に兵士たちが目を回す。そのとき、一人の兵士が大声を上げた。
「あっ……!」
その叫びには、はっきりと“しまった”という感情がにじみだしていた。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような……そう、それこそ、“この世ならざるもの”を見てしまったような。
「ウアァァアァ……」「グギ、ガガガァ……」
ひた、ひた、ひた。
森の中、暗闇のあいだから、一人、また一人と姿を現す影。あるものは胸から血を流し、あるものは片目があるべき場所にうつろな穴が開き、あるものは足がなく、地を這っている。
それは、死人の行軍だった。濁った瞳、滴る血。およそこの世のものとは思えない、地獄絵図。あの世のふたがひっくり返って、中身が飛び出したようだった。
(そして、これが)
俺の、新たなる仲間“たち”だった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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着地した衝撃で、両足がジーンと痺れている。後さき考えずに飛び降りるんじゃなかったぜ。けど、居ても立っても居られなかったんだ。
「こんばんは、王女さま。少しぶりだな」
俺は痺れる足を延ばしながら、ボロボロの姿の王女にあいさつした。
「え?だれ……どこから……?」
しかし王女の方は、俺のことにピンと来てないらしい。仮面をつけているとはいえ、落ち着いて恰好を見ればわかりそうなもんだけど。それだけ余裕がないということなのかもしれないな。
「俺たちは、上から来たんだよ。ほら」
俺は指を空に向ける。俺に続いて、仲間たちが次々と飛び降りてきた。フランはかろやかに、エラゼムは重々しく、ウィルは音もなく、そしてライラは魔法でふわふわと着地した。俺は王女のひどい有様を見て、カバンからマントを取り出した。
「遅くなって、悪かったな。準備に手間取っちまって。こんなんしかないけど、よかったら使ってくれ」
「ど、どうやって……?」
「うん?ああ、飛んできたんだよ、魔法を使ってさ。気付かれないように近づくのは大変だったぜ」
王女は俺の言っていることを呑み込んでいるのか、いないのか、ぽかんと口を開けている。すると王女の目が、俺の首から下がるガラスの鈴に止まった。
「それ……まさかお前……勇、者?」
「元、だな。悪いけど、俺はその肩書きは捨てさせてもらうよ。けどまあ……今はとりあえず、あんたの味方をするつもりだ」
正直、王女さまを助けるつもりはなかったけど……あんな啖呵を見せられちゃ、な。俺は王女を背中に隠すと、周りをぐるりと取り囲む兵士たちに目を向けた。兵士たちは突然の乱入者に、目を白黒させていた。だが一人、キツネのようなずるがしこい顔をした男だけは、俺たちの会話を聞き逃さなかった。
「……貴様。勇者、と言ったか?」
「頭に元、を付けてくれ。それならイエスだ」
「元?……と、言うことは、今は勇者ではないということだな?うぅむ、うむうむ。納得できようとも」
ずる賢そうな男は、大げさなそぶりでうなずいた。
「聞くところによれば、そなたは罪人として、王家に執拗に狙われていたとか。であれば、勇者と言う役目を捨て、王家に愛想が尽きるのも大いにうなずける!」
「……」
俺はあえて、黙っていた。こいつの言ってることは、おおむね的を射ている。実際、俺もつい最近までそう思ってたしな。沈黙を肯定と受け取ったのか、男はさらに勢いづいた。
「ならば、勇者殿……いや、ここは元、勇者殿と呼ばせてもらおう。そなたと私たちは、共通の敵を憎んでいることになる!私たちが憎むのは、高慢にも権力を振りかざし、民の力を己が力と誤認している愚かな王!そなたの後ろにいる、ロア王女に他ならない!」
ロア?俺の後ろの王女は、ロアって言う名前なのか。考えてみれば、名前すら知らなかったんだな。
「元勇者殿には、先ほどの光景は、確かに誤解を与えてしまったかもしれません。だが、それらもすべて、腐った王家を打ち倒さんがするため!私たちはいわば、味方同士なのです!」
男は手を大きく広げると、片手を差し出して握手するようなポーズをとった。
「手を取り合いましょう!その女を殺せば、勝利は私たちのものだ!さあ、どうぞこちらに。汚いところは我々にお任せいただければ、元勇者殿のお手は煩わせません。さ、さ、さ……」
俺は男が差し出した手をじっと見つめた。そして、ゆっくりと首を振った。
「いいや。あんたたちとは組めない」
「なぜですか!お分かりいただけたでしょう、敵はその王女なのです!」
「あんたの言ってることは理解できたよ。けど、そうじゃないんだ。だって、あんたたちに任せてたら、もっと人が死んじゃうだろ?」
「は?」
男は細い目を見開いて、俺を見つめた。
「俺たちは、殺しはしない、でやってるんだ。この先、俺が一人も死人を出さないでくれって頼んだとして、あんたはそれでもうなずいてくれるか?」
「……それは、できかねます。しかし!誤解しないでいただきたい。むやみな犠牲を出さないという点については、我々も十分慮っています。当然、町の民や武器を持たぬものに刃を向けるような、蛮行を働く気は毛頭ございません」
「うん。でも、この女は?」
「そやつは、我らを、そして元勇者殿を殺そうとした張本人ですぞ!情けをかける必要がどこにありますか!そやつは、悪!悪が正義によってうち滅ぼされるのは、当然の摂理でありましょうが!!」
「うん、だよな。だから、あんたとは組めないんだ」
俺がきっぱりとそういうと、男はさっと顔つきを変えた。さっきまでがしっぽを振ったキツネだったとしたら、今の顔は牙をむくオオカミに見える。
「……では、あなたはどうあっても、私たちの敵、ということですかな?」
「あんたたちの敵になる気はないよ。けど、俺たちは俺たちのやり方を貫かせてもらう。たぶん、あんたたちの邪魔をすることになるだろうけど……ま、弁解も釈明もしないでおくよ」
男は、もうそれ以上何も言わなかった。代わりに手をばっと振ると、俺たちを取り囲む兵士たちが一斉に剣を構えた。ジャキジャキジャキーン!
「ならば、ここで討ち倒すまでだ!勇者だか何だか知らんが、うぬぼれが過ぎたようだな。この精鋭たちの真っただ中に、たった数人でやってくるとは!飛んで火に入る虫ですら、もう少しは賢いものだというのに」
男はニタリと笑った。するとその後ろから、巻き髭のおっさんが焦った顔で駆け寄ってきた。
「待て、ジェイ!相手は、あの勇者なのだぞ!?大丈夫なのか!?」
「ハルペリン卿、王都制圧はもう目の前です!今更何を怖気づいているのですか!小童と取り巻きごとき捻りつぶせなくては、王にはなれませぬぞ!!」
あのキツネ顔の男、ジェイっていうのか。ジェイの剣幕に、食って掛かったはずの、ハルペリン卿とかいう髭のおっさんはたじたじになっている。
「う……そ、そうだな。私も、そうおも……」
「全員、構え!」
ハルペリン卿が言い終わらないうちに、ジェイは兵士たちに大声で檄を飛ばした。
「いくら勇者とはいえ、たった数人で万の大軍を相手取ることなどできない!そのまま叩きつぶしてやるのだっ!」
号令のかかった兵士たちは、剣をこちらに突き付け、じりじりと迫ってくる。一気になだれ込まないのは、それでも勇者という名前に怯えているからか。勇者であることで嫌な目にばっかりあってきたけど、こういう時は役に立つな。なんといっても、俺の“秘策”を披露するには、少しだけ時間がかかるから。
「なあ、あんた。俺たちのこと、たった数人って言ったよな?」
「なにぃ?」
ジェイは、目玉を剥いて俺をにらみ返した。
「それがなんだ!いくら虚勢を張ろうが、お前たちは、数の前には勝てはし……」
「だったら、数人じゃなくなったら、どうだ?」
俺は仮面の下でニヤッと笑うと、右手の袖をまくり上げた。さあ、いくぞ!
「我が右腕に宿りしは、魂の業火……」
ヴン。俺の右手が輪郭を失い、ブレ始める。それを見たジェイは血相を変え、兵士たちに怒鳴り散らす。
「やつめ、術を使う気だ!何をぼさっとしている、早くつぶせ!」
「い、いやだ」「ゆ、勇者の能力だ!いやだ、死にたくない!」
兵士たちはすっかり及び腰になり、身構えたフランやエラゼムの出る幕すらなかった。俺はだれにも邪魔されずに詠唱を続ける。
「無念を抱きし亡霊たちよ。我が魂を糧として、今一度我が元へ集え!」
ヴーン!右手が激しく鳴動する。俺は右腕を自分の真下、地面へと突き出した。
「ディストーションハンド!……オーバー、ドライブ!!」
ズドドドドドド!
今や俺の魂は、猛烈に渦巻く波動の嵐の中にいた。その揺れは右手を通じて大地に伝わり、地面そのものまでもが俺の魂に共鳴している。俺は自分の魂が、大地を伝う波に乗って、隅々にまで広がっていくのを感じ取っていた。
「……な、なんだ?なにをした?」「……なにも、起こらないぞ?」
兵士たちが、右手を地面についたまま動かない俺を見て、ざわざわと騒ぎ始める。ジェイの勝ち誇ったような声が聞こえた。
「はっはぁ!見たか、しょせん勇者といえどその程度なのだ!お前たち、さっさとそいつらを八つ裂きに……」
突然、ジェイは言葉を区切った。異変に気付いた兵士たちも、口をつぐんで耳をそばだてる。
ひた……
「……なんだ?」「……あし、おと?」
ひた。ひた、ひた、ひた。
「な、なんだ!?なにかが近づいてくる!」
兵士たちは、にわかに大騒ぎを始めた。四方八方に兵士たちが目を回す。そのとき、一人の兵士が大声を上げた。
「あっ……!」
その叫びには、はっきりと“しまった”という感情がにじみだしていた。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのような……そう、それこそ、“この世ならざるもの”を見てしまったような。
「ウアァァアァ……」「グギ、ガガガァ……」
ひた、ひた、ひた。
森の中、暗闇のあいだから、一人、また一人と姿を現す影。あるものは胸から血を流し、あるものは片目があるべき場所にうつろな穴が開き、あるものは足がなく、地を這っている。
それは、死人の行軍だった。濁った瞳、滴る血。およそこの世のものとは思えない、地獄絵図。あの世のふたがひっくり返って、中身が飛び出したようだった。
(そして、これが)
俺の、新たなる仲間“たち”だった。
つづく
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