じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-2
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「はぁっ、はぁっ……」
ロアは人気のない廊下をひた走っていた。胸の内に渦巻く、怒涛のような感情に突き動かさるままに。それは怒り、嘆き、絶望といった感情が複雑に絡み合った衝動だった。
いつもなら城内の使用人たちが行きかっているが、この非常事態下においては一人の姿も見かけない。普段は目ざとくロアを見つける教育係も、この日に限っては一度も出くわさなかった。これから死地におもむこうというロアにとって、それはありがたいことなのか、それとも不幸なことなのか、わからなかった。
「……しかし、城門を通ることはできないな。兵士たちでごった返している……」
ロアは、城門の外に待つ敵の軍勢の真っただ中に、たった一人で出向かなくてはならない。誰かの目に留まれば……それこそ、それが王国兵たちであれば、面倒なことになるのは目に見えている。
「なら……あの通路を使うか」
ロアは行き先を変え、中庭へと向かった。そこには、王族など限られた者しか知らない、秘密の地下通路があるのだ。通路は城を抜け、城下町にある地下水道へと繋がっている。さらにそこから、城外まで通路は伸びているが、今は城門を越えられれば十分だ。ロアは中庭にしかれたレンガの内、一つだけ色の異なるレンガをめくり上げた。その下には取っ手が隠されている。ロアがその取っ手を引っ張ると、その周りのレンガがごそっと抜け、地下通路への入口が現れた。
「……よしっ。いくぞ」
ロアは一思いに通路へと飛び込む。真っ暗な通路の中に滑り込んでから、ロアはしまったと思った。カッとなっていたから、照明を持ってくるのを忘れてしまった。
「……まあいい。ここから先は一本道だ。壁伝いに進めば、おのずと出られるだろう」
ロアは壁に左手をつくと、闇の中を一歩ずつ歩き始めた。地下通路には、ロアの足音だけがむなしく響く。カツーン、カツーン……まるで冥界へ続く道を潜っていくようだと、ロアは思った。
(しかし、あながち間違っていないかもな……)
通路は果てしない闇が続くかとも思われたが、やがて水の音が聞こえるようになった。地下水道へつながったのだ。さらに進むと、前方にぼんやりとした明かりが見えてきた。そこには半開きになった門戸があり、その先から地上の火事の光が漏れだしてきているようだ。
「誰かここを通ったのか……?」
ロアは疑問に思ったが、思い当たるふしがあった。恐らく、エドガーだ。王都へ入る門が敵に占領されていることを知って、この地下通路から城下町に忍び込んだのだろう。
「エドガー……」
ロアにとって、エドガーは父か、年の離れた兄のような存在であった。実際に父というものに会った事のないロアからすれば、唯一心を許せる、ともすれば家族のような人間だ。
「……待っていろ。かならず、私が助けて見せる……!」
ロアは気合を入れなおし、半開きの門に手をかけた。その時だ。まるで門に電流でも走っていたかのように、ロアの手がビリリと痺れ、固まって動かなくなった。
「なっ、なんだ!?」
ロアは慌てた。まさか、敵の罠?しかし……やがてロアは、手を動かさないのは自分自身だということに気付いた。
「……」
ロアは、固まっていた。どうして、腕が動かないのか。なぜ、足が動かないのか。その理由を考えてしまえば、もう目を反らせなくなる。向き合ってしまったら、認めざるを得なくなる。しかし到底、それを無視することなどできはしなかった。
ロアは、怖いのだ。
「……はぁっ、はぁっ……」
息が震える。指先が冷たくなっていく。目の前がくらみ、どちらが上でどちらが下か分からなくなる。さっきまで自分を突き動かしていた衝動は、空気の抜けた風船のようにしぼんでいった。代わりに恐怖という感情が、瞬く間にロアの体を、心を支配していった。
「……こわい……」
ロアは弱弱しくそうこぼした。これから自分は、死ぬのだ。それも、自分を激しく憎み、貶めてやろうとする人間たちの手によって、殺される。やつらは、自分を一思いに殺してくれるだろうか?より苦痛が長引くように、この世のものとは思えない残虐な方法で、なぶり殺しにするのだろうか?いやそもそも、死ぬこととはどんな感覚なんだ?辛くはないのか?痛いのか、苦しいのか?
「こわいよ……かあさま……」
ロアの目から涙がこぼれる。亡き母の名を呼んでも、神が救いの天使を遣わせてくれることはなかった……
「……っ!」
ふと、ロアの目に、闇の中へと続く通路の端が目に移った。そこは、ロアがやってきた方向とは逆に伸びている。つまり、王都の外へと続いているのだ。
「……ここを、行けば」
その瞬間、ロアの中に耐えがたい衝動が沸き上がってきた。
いきたい!この通路をひたすらに走って、王都の外へ!人知れず荒野を駆け抜けて、自分のことを誰も知らない土地へ!そうすれば、自分は自由になれる。しがらみも何もかも忘れて、自由に生きることができる!
「……でも、エドガーが……」
その一言で、ロアの思考は現実に引き戻された。逃げることなど、できはしない。王女である自分を、知らない土地があるものか。どこへ逃げたって、いずれ捕まる。だったら今、自分が成すべきことをすべきではないのか。
「……行かなければ、いけないのね」
いっそここで死んでしまえば、苦しみからは解放される。しかし、捕らわれたエドガーたちはどうだろうか。敵は、ロアに自分たちの眼前にやってこいと要求していた。人知れずロアが死ねば、最悪そのことに気付かれない恐れがある。もっと言えば、自殺などでは認めない可能性も高い。きっと敵は、ロアのことを自らの手で殺したいはずだから。
「ぐずっ……」
ロアは鼻をすすると、手の甲で荒々しく涙をぬぐった。せめて、堂々としていよう。みっともなく命乞いなど、するもんか。
「待ってなさい、エドガー、みんな。今、行くから……!」
つづく
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「はぁっ、はぁっ……」
ロアは人気のない廊下をひた走っていた。胸の内に渦巻く、怒涛のような感情に突き動かさるままに。それは怒り、嘆き、絶望といった感情が複雑に絡み合った衝動だった。
いつもなら城内の使用人たちが行きかっているが、この非常事態下においては一人の姿も見かけない。普段は目ざとくロアを見つける教育係も、この日に限っては一度も出くわさなかった。これから死地におもむこうというロアにとって、それはありがたいことなのか、それとも不幸なことなのか、わからなかった。
「……しかし、城門を通ることはできないな。兵士たちでごった返している……」
ロアは、城門の外に待つ敵の軍勢の真っただ中に、たった一人で出向かなくてはならない。誰かの目に留まれば……それこそ、それが王国兵たちであれば、面倒なことになるのは目に見えている。
「なら……あの通路を使うか」
ロアは行き先を変え、中庭へと向かった。そこには、王族など限られた者しか知らない、秘密の地下通路があるのだ。通路は城を抜け、城下町にある地下水道へと繋がっている。さらにそこから、城外まで通路は伸びているが、今は城門を越えられれば十分だ。ロアは中庭にしかれたレンガの内、一つだけ色の異なるレンガをめくり上げた。その下には取っ手が隠されている。ロアがその取っ手を引っ張ると、その周りのレンガがごそっと抜け、地下通路への入口が現れた。
「……よしっ。いくぞ」
ロアは一思いに通路へと飛び込む。真っ暗な通路の中に滑り込んでから、ロアはしまったと思った。カッとなっていたから、照明を持ってくるのを忘れてしまった。
「……まあいい。ここから先は一本道だ。壁伝いに進めば、おのずと出られるだろう」
ロアは壁に左手をつくと、闇の中を一歩ずつ歩き始めた。地下通路には、ロアの足音だけがむなしく響く。カツーン、カツーン……まるで冥界へ続く道を潜っていくようだと、ロアは思った。
(しかし、あながち間違っていないかもな……)
通路は果てしない闇が続くかとも思われたが、やがて水の音が聞こえるようになった。地下水道へつながったのだ。さらに進むと、前方にぼんやりとした明かりが見えてきた。そこには半開きになった門戸があり、その先から地上の火事の光が漏れだしてきているようだ。
「誰かここを通ったのか……?」
ロアは疑問に思ったが、思い当たるふしがあった。恐らく、エドガーだ。王都へ入る門が敵に占領されていることを知って、この地下通路から城下町に忍び込んだのだろう。
「エドガー……」
ロアにとって、エドガーは父か、年の離れた兄のような存在であった。実際に父というものに会った事のないロアからすれば、唯一心を許せる、ともすれば家族のような人間だ。
「……待っていろ。かならず、私が助けて見せる……!」
ロアは気合を入れなおし、半開きの門に手をかけた。その時だ。まるで門に電流でも走っていたかのように、ロアの手がビリリと痺れ、固まって動かなくなった。
「なっ、なんだ!?」
ロアは慌てた。まさか、敵の罠?しかし……やがてロアは、手を動かさないのは自分自身だということに気付いた。
「……」
ロアは、固まっていた。どうして、腕が動かないのか。なぜ、足が動かないのか。その理由を考えてしまえば、もう目を反らせなくなる。向き合ってしまったら、認めざるを得なくなる。しかし到底、それを無視することなどできはしなかった。
ロアは、怖いのだ。
「……はぁっ、はぁっ……」
息が震える。指先が冷たくなっていく。目の前がくらみ、どちらが上でどちらが下か分からなくなる。さっきまで自分を突き動かしていた衝動は、空気の抜けた風船のようにしぼんでいった。代わりに恐怖という感情が、瞬く間にロアの体を、心を支配していった。
「……こわい……」
ロアは弱弱しくそうこぼした。これから自分は、死ぬのだ。それも、自分を激しく憎み、貶めてやろうとする人間たちの手によって、殺される。やつらは、自分を一思いに殺してくれるだろうか?より苦痛が長引くように、この世のものとは思えない残虐な方法で、なぶり殺しにするのだろうか?いやそもそも、死ぬこととはどんな感覚なんだ?辛くはないのか?痛いのか、苦しいのか?
「こわいよ……かあさま……」
ロアの目から涙がこぼれる。亡き母の名を呼んでも、神が救いの天使を遣わせてくれることはなかった……
「……っ!」
ふと、ロアの目に、闇の中へと続く通路の端が目に移った。そこは、ロアがやってきた方向とは逆に伸びている。つまり、王都の外へと続いているのだ。
「……ここを、行けば」
その瞬間、ロアの中に耐えがたい衝動が沸き上がってきた。
いきたい!この通路をひたすらに走って、王都の外へ!人知れず荒野を駆け抜けて、自分のことを誰も知らない土地へ!そうすれば、自分は自由になれる。しがらみも何もかも忘れて、自由に生きることができる!
「……でも、エドガーが……」
その一言で、ロアの思考は現実に引き戻された。逃げることなど、できはしない。王女である自分を、知らない土地があるものか。どこへ逃げたって、いずれ捕まる。だったら今、自分が成すべきことをすべきではないのか。
「……行かなければ、いけないのね」
いっそここで死んでしまえば、苦しみからは解放される。しかし、捕らわれたエドガーたちはどうだろうか。敵は、ロアに自分たちの眼前にやってこいと要求していた。人知れずロアが死ねば、最悪そのことに気付かれない恐れがある。もっと言えば、自殺などでは認めない可能性も高い。きっと敵は、ロアのことを自らの手で殺したいはずだから。
「ぐずっ……」
ロアは鼻をすすると、手の甲で荒々しく涙をぬぐった。せめて、堂々としていよう。みっともなく命乞いなど、するもんか。
「待ってなさい、エドガー、みんな。今、行くから……!」
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