じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
4-1 王都へ
4-1 王都へ
翌朝、俺はずいぶん早い時間に目が覚めた。なんだか無性にお腹が苦しかったのだ。視線を下に向けると、ライラが俺の腹を枕にして眠っていた。これが原因か……
「よいしょ、っと。起こさないように……」
俺はそうっとライラの頭をどけて、体を起こした。
「ふっ、わあぁ~……はぁ。変な夢を見ちまったな」
俺は首をぐるりと回すと、辺りを見回した。みんなはどこにいるんだろう?
「桜下殿、お早いお目覚めですな」
「お、エラゼム。おはよう」
エラゼムは、俺たちが寝ていた木の根のベッドから少し離れた、大きくねじれた木の枝に上っていた。
「……なんでそんなとこにいるんだ?」
「吾輩が動くとやかましいので、お二人から離れておりました。ずっと泥に浸かっていますと、鎧が錆びましてな……」
なるほど。ライラを起こしちゃ悪いので、俺もエラゼムのそばまで歩いて行った。
「まだ薄暗いな。結構早起きしちゃったかな?」
「そうですね、まだ日の出から間もないです」
「そっか。あれ、フランとウィルは?」
「ウィル嬢は朝の祈祷に行かれました。ここしばらく、サボっていたからとのことで……フラン嬢はなにか食材を探してくるとのことです」
「へー……なあ、ちょっと気になってたんだけど。エラゼム達って、夜の間はなにしてるんだ?アンデッドは、夜も眠らないんだろ?」
「夜、ですか?そうですな、その日によってまちまちではございますが……吾輩は昨晩、鎧の隙間に詰まった泥を取っておりました。ウィル嬢とフラン嬢は、それぞれお一人で何かされていたようです」
「そうなんだ。案外、みんなで何かしているわけじゃないんだな」
「そういう日もありますが、吾輩たちは夜間の不寝番の役割も担っていますから。あまり桜下殿のそばを離れるわけにもまいりませぬし、そうなると大声で話をするわけにもいきませんので」
「あ、そっか。なんか悪いな」
「あっ、申し訳ありません。そういうつもりでは……ええと、話ができないというより、わざわざする必要もないと言いたかったのです。夜の時間はそうとう長いので、話のネタなどすぐ尽きてしまうのです。もうお二人とは、とっくにいろいろなことを話し明かしてしまいましたから……」
「へー。うん、仲が悪いわけじゃなくて、安心したよ」
「ええ、お二人とも良き人たちですよ。これまでたくさんのことを話しました。死ぬ前の話、死んでからの話……しかし吾輩が思うに、我々にとっては、己の内を見つめる時間も大事なのではないかと思うのです」
「己の、うち?」
「ええ。吾輩たちがこうしていまだに現世をさまよっているのは、結局のところ、未練を残しているからです。そしてウィル嬢とフラン嬢は、その未練の正体をいまだつかめずにいらっしゃる。その正体を、自分の心に問いかける時間のことです」
「ああ、そっか……確かにそうだな」
「ただ、一人で思考のるつぼにはまり込むと、だんだん良くない方向に考えが凝り固まっていくものです。桜下殿が吾輩におっしゃられた通り、その手の悩みは、人に打ち明けねば快方に向かわぬものですな。そして不思議と、そういう懊悩が一杯になる時期はみな一緒なのです。なので、そういう夜は皆で集まって、悩みを吐露したりするのですよ」
「あはは、そうなのか」
「ええ」
俺たちの会話はそこでいったん途切れた。俺はマングローブ似の木々が茂る森の光景を、ぼんやりと眺めた。少しずつ陽が出てきて、くねくね曲がる根っこの影が、地面に不思議な模様を描く。するとどこからか、淡い緑色をしたカゲロウがひらひらと飛んできた。一匹二匹じゃない、結構な数がいる。透明な羽根が朝日をきらきら反射して、あたりに緑色の花びらが舞い散っているようだった。美しい光景だ。
「……桜下殿。吾輩の勘違いでしたら申し訳ないのですが、なにか悩んでおられるのですか?」
エラゼムが、だしぬけに言った。
「うん?」
「いえ、普段よりも思いつめた表情のように見えたもので。余計な世話でしたら申し訳ございません」
「そんなことはないよ。そんなことはないけど……」
俺はひらひら舞うカゲロウたちを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「昨日さ、夢を見たんだ」
「夢、ですか」
「うん。その夢には、あの金髪のクラークが出てきて、俺を馬鹿にするんだよ。くそ、人の頭の中にまで出てきやがって」
「それはそれは……災難でしたな」
「ほんとだよ。まあ、それはいいんだけど……その後に、王都が夢に出てきたんだ」
「王都……反乱が起こったとか、あの勇者が言っておりましたな」
「ああ……その夢ではさ、火がすごい上がっていて、みんな逃げ回ってて、悲鳴があちこちから聞こえて……最後には戦いが終わるんだけど、そんときには誰もいないんだ。みんな死んでて、新しい国は死者の国になっちまうんだよ。はは……おかしな夢だろ?」
エラゼムは笑わなかった。
「なぁ、エラゼム。王都で反乱が起こったら、どうなるんだろう。人は、どれくらい死ぬのかな……」
「……戦いで犠牲になるのは、常に弱き者たちです。女、子ども、老人、病人……王都には巨大な城下町がありますから、そこが戦場となれば、死傷者は数多く出ることでしょう」
「……でも、戦うのは王国兵なんだろ?俺、王城から逃げ出してきたから少しは知ってるんだけど、あそこはすっげーでかい城だったぜ。あんだけでかい城があるんだし、簡単に反乱軍を抑えられるんじゃないか?」
「もちろん、その可能性もございます。しかし、実際に戦うのは城ではありません。いかに堅牢な城を持とうとも、兵たちが力を発揮できなければ、あっけなく落ちてしまうものです……吾輩たちの城のように」
「……」
「吾輩の生きていたころ、王族に反旗を翻そうとするものはありませんでした。王国の力は強く、また魔王という強大な敵がいる以上、国内でもめ事を起こしている場合ではなかったのです。しかし時代が経ち、その状況も変わりつつあるように感じます。世間は前ほど魔王の影におびえることは無くなりました。勇者という存在が、国民の呪縛を解き放ったのでしょう。しかしそれと同時に、王族への目の向け方も変わってしまったのではないでしょうか」
エラゼムはいったん言葉を区切ると、こちらを気遣うように顔を向けた。
「……元とはいえ、勇者であった桜下殿には、不快な思いをさせてしまうかもしれませぬ。しかし誤解を恐れず申せば、今の王家の役割は、勇者を支配下に置くことなのではないでしょうか。以前は、王国ひいては王家が、魔王の抑圧に対する傘の役割を持っておりました。しかし勇者が現れたことで、その役目は勇者に引き継がれることとなった。となれば、王家の役割はその勇者をきちんと管理し、仕事をさせることに変わる」
「……そうかもな。だからこそ、王国兵は俺のことを目の敵にして追っかけてきたのかも……」
「そうですな。勇者に対して下手に出れば、王家である自分たちの立場が危うくなりますから。そしてそれよりも重要なことが、勇者を自分たちの手中に収めているのか、ということです。それが王家の役割である以上、勇者を管理できていない王家に対して、民の信頼は寄せられないでしょう」
「なあ、じゃあこのタイミングで反乱が起こったのって……やっぱり、俺が逃げ出したからなのか?」
「……全く関係ないとは、言えぬかもしれません。しかし、それで桜下殿が責められるゆえんはどこにもありはしません。桜下殿を不当に扱った挙句、民の反感を抑えられずに反乱がおきてしまったのなら、それはすべて王家の責任です。桜下殿が引け目を感じる必要など、万に一つもありませぬ」
「うん……でもさ、その戦いで割を食うのは、何の責任もない、王都で暮らす人たちなんだよな?」
「……かならずしも、そうとは限りません。今回の反乱の場合、目的は略奪ではなく国家転覆でしょうから。非戦闘員は戦いに巻き込まれずにすむやも……」
「でも、戦いが起きて、人が死なないなんてことはないよな」
「……はい。かならずや、死人は出るでしょう。戦いとは、そういうものですから」
人が、死ぬ。それは当たり前のことであり、同時にもっとも非日常感を感じることでもあった。
「……俺は、世界の反対側で起こってる戦いにまで、首を突っ込もうとは思わない」
「はい」
「でも……知っちまったからには、無視するのも嫌なんだ」
「……桜下殿の、心が望まれる方に進みなされ。吾輩たちは、地の果てまでお供いたしましょう」
「そっか……ありがとな。よぅし!」
エラゼムの声に背中を押されて、俺はひざを叩いて立ち上がったのだった。
つづく
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【年末年始は小説を!投稿量をいつもの2倍に!】
年の瀬に差し掛かり、物語も佳境です!
もっとお楽しみいただけるよう、しばらくの間、小説の更新を毎日二回、
【夜0時】と【お昼12時】にさせていただきます。
寒い冬の夜のお供に、どうぞよろしくお願いします!
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翌朝、俺はずいぶん早い時間に目が覚めた。なんだか無性にお腹が苦しかったのだ。視線を下に向けると、ライラが俺の腹を枕にして眠っていた。これが原因か……
「よいしょ、っと。起こさないように……」
俺はそうっとライラの頭をどけて、体を起こした。
「ふっ、わあぁ~……はぁ。変な夢を見ちまったな」
俺は首をぐるりと回すと、辺りを見回した。みんなはどこにいるんだろう?
「桜下殿、お早いお目覚めですな」
「お、エラゼム。おはよう」
エラゼムは、俺たちが寝ていた木の根のベッドから少し離れた、大きくねじれた木の枝に上っていた。
「……なんでそんなとこにいるんだ?」
「吾輩が動くとやかましいので、お二人から離れておりました。ずっと泥に浸かっていますと、鎧が錆びましてな……」
なるほど。ライラを起こしちゃ悪いので、俺もエラゼムのそばまで歩いて行った。
「まだ薄暗いな。結構早起きしちゃったかな?」
「そうですね、まだ日の出から間もないです」
「そっか。あれ、フランとウィルは?」
「ウィル嬢は朝の祈祷に行かれました。ここしばらく、サボっていたからとのことで……フラン嬢はなにか食材を探してくるとのことです」
「へー……なあ、ちょっと気になってたんだけど。エラゼム達って、夜の間はなにしてるんだ?アンデッドは、夜も眠らないんだろ?」
「夜、ですか?そうですな、その日によってまちまちではございますが……吾輩は昨晩、鎧の隙間に詰まった泥を取っておりました。ウィル嬢とフラン嬢は、それぞれお一人で何かされていたようです」
「そうなんだ。案外、みんなで何かしているわけじゃないんだな」
「そういう日もありますが、吾輩たちは夜間の不寝番の役割も担っていますから。あまり桜下殿のそばを離れるわけにもまいりませぬし、そうなると大声で話をするわけにもいきませんので」
「あ、そっか。なんか悪いな」
「あっ、申し訳ありません。そういうつもりでは……ええと、話ができないというより、わざわざする必要もないと言いたかったのです。夜の時間はそうとう長いので、話のネタなどすぐ尽きてしまうのです。もうお二人とは、とっくにいろいろなことを話し明かしてしまいましたから……」
「へー。うん、仲が悪いわけじゃなくて、安心したよ」
「ええ、お二人とも良き人たちですよ。これまでたくさんのことを話しました。死ぬ前の話、死んでからの話……しかし吾輩が思うに、我々にとっては、己の内を見つめる時間も大事なのではないかと思うのです」
「己の、うち?」
「ええ。吾輩たちがこうしていまだに現世をさまよっているのは、結局のところ、未練を残しているからです。そしてウィル嬢とフラン嬢は、その未練の正体をいまだつかめずにいらっしゃる。その正体を、自分の心に問いかける時間のことです」
「ああ、そっか……確かにそうだな」
「ただ、一人で思考のるつぼにはまり込むと、だんだん良くない方向に考えが凝り固まっていくものです。桜下殿が吾輩におっしゃられた通り、その手の悩みは、人に打ち明けねば快方に向かわぬものですな。そして不思議と、そういう懊悩が一杯になる時期はみな一緒なのです。なので、そういう夜は皆で集まって、悩みを吐露したりするのですよ」
「あはは、そうなのか」
「ええ」
俺たちの会話はそこでいったん途切れた。俺はマングローブ似の木々が茂る森の光景を、ぼんやりと眺めた。少しずつ陽が出てきて、くねくね曲がる根っこの影が、地面に不思議な模様を描く。するとどこからか、淡い緑色をしたカゲロウがひらひらと飛んできた。一匹二匹じゃない、結構な数がいる。透明な羽根が朝日をきらきら反射して、あたりに緑色の花びらが舞い散っているようだった。美しい光景だ。
「……桜下殿。吾輩の勘違いでしたら申し訳ないのですが、なにか悩んでおられるのですか?」
エラゼムが、だしぬけに言った。
「うん?」
「いえ、普段よりも思いつめた表情のように見えたもので。余計な世話でしたら申し訳ございません」
「そんなことはないよ。そんなことはないけど……」
俺はひらひら舞うカゲロウたちを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「昨日さ、夢を見たんだ」
「夢、ですか」
「うん。その夢には、あの金髪のクラークが出てきて、俺を馬鹿にするんだよ。くそ、人の頭の中にまで出てきやがって」
「それはそれは……災難でしたな」
「ほんとだよ。まあ、それはいいんだけど……その後に、王都が夢に出てきたんだ」
「王都……反乱が起こったとか、あの勇者が言っておりましたな」
「ああ……その夢ではさ、火がすごい上がっていて、みんな逃げ回ってて、悲鳴があちこちから聞こえて……最後には戦いが終わるんだけど、そんときには誰もいないんだ。みんな死んでて、新しい国は死者の国になっちまうんだよ。はは……おかしな夢だろ?」
エラゼムは笑わなかった。
「なぁ、エラゼム。王都で反乱が起こったら、どうなるんだろう。人は、どれくらい死ぬのかな……」
「……戦いで犠牲になるのは、常に弱き者たちです。女、子ども、老人、病人……王都には巨大な城下町がありますから、そこが戦場となれば、死傷者は数多く出ることでしょう」
「……でも、戦うのは王国兵なんだろ?俺、王城から逃げ出してきたから少しは知ってるんだけど、あそこはすっげーでかい城だったぜ。あんだけでかい城があるんだし、簡単に反乱軍を抑えられるんじゃないか?」
「もちろん、その可能性もございます。しかし、実際に戦うのは城ではありません。いかに堅牢な城を持とうとも、兵たちが力を発揮できなければ、あっけなく落ちてしまうものです……吾輩たちの城のように」
「……」
「吾輩の生きていたころ、王族に反旗を翻そうとするものはありませんでした。王国の力は強く、また魔王という強大な敵がいる以上、国内でもめ事を起こしている場合ではなかったのです。しかし時代が経ち、その状況も変わりつつあるように感じます。世間は前ほど魔王の影におびえることは無くなりました。勇者という存在が、国民の呪縛を解き放ったのでしょう。しかしそれと同時に、王族への目の向け方も変わってしまったのではないでしょうか」
エラゼムはいったん言葉を区切ると、こちらを気遣うように顔を向けた。
「……元とはいえ、勇者であった桜下殿には、不快な思いをさせてしまうかもしれませぬ。しかし誤解を恐れず申せば、今の王家の役割は、勇者を支配下に置くことなのではないでしょうか。以前は、王国ひいては王家が、魔王の抑圧に対する傘の役割を持っておりました。しかし勇者が現れたことで、その役目は勇者に引き継がれることとなった。となれば、王家の役割はその勇者をきちんと管理し、仕事をさせることに変わる」
「……そうかもな。だからこそ、王国兵は俺のことを目の敵にして追っかけてきたのかも……」
「そうですな。勇者に対して下手に出れば、王家である自分たちの立場が危うくなりますから。そしてそれよりも重要なことが、勇者を自分たちの手中に収めているのか、ということです。それが王家の役割である以上、勇者を管理できていない王家に対して、民の信頼は寄せられないでしょう」
「なあ、じゃあこのタイミングで反乱が起こったのって……やっぱり、俺が逃げ出したからなのか?」
「……全く関係ないとは、言えぬかもしれません。しかし、それで桜下殿が責められるゆえんはどこにもありはしません。桜下殿を不当に扱った挙句、民の反感を抑えられずに反乱がおきてしまったのなら、それはすべて王家の責任です。桜下殿が引け目を感じる必要など、万に一つもありませぬ」
「うん……でもさ、その戦いで割を食うのは、何の責任もない、王都で暮らす人たちなんだよな?」
「……かならずしも、そうとは限りません。今回の反乱の場合、目的は略奪ではなく国家転覆でしょうから。非戦闘員は戦いに巻き込まれずにすむやも……」
「でも、戦いが起きて、人が死なないなんてことはないよな」
「……はい。かならずや、死人は出るでしょう。戦いとは、そういうものですから」
人が、死ぬ。それは当たり前のことであり、同時にもっとも非日常感を感じることでもあった。
「……俺は、世界の反対側で起こってる戦いにまで、首を突っ込もうとは思わない」
「はい」
「でも……知っちまったからには、無視するのも嫌なんだ」
「……桜下殿の、心が望まれる方に進みなされ。吾輩たちは、地の果てまでお供いたしましょう」
「そっか……ありがとな。よぅし!」
エラゼムの声に背中を押されて、俺はひざを叩いて立ち上がったのだった。
つづく
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【年末年始は小説を!投稿量をいつもの2倍に!】
年の瀬に差し掛かり、物語も佳境です!
もっとお楽しみいただけるよう、しばらくの間、小説の更新を毎日二回、
【夜0時】と【お昼12時】にさせていただきます。
寒い冬の夜のお供に、どうぞよろしくお願いします!
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