じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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「ひゃー。ずいぶん高いとこまで登ってきたなぁ」

時は夕暮れ。目の前から真っ赤に燃える西日が差し込み、俺たちもろとも大地を茜色に染めている。まぶしさに目をつむりたくなるけど、足元はしっかり見ておかなくてはいけない。俺が今歩いているのは、切り立った崖のすぐそばなのだから。

「この尾根こそ、ここが“切れ込み峠”と呼ばれる所以でございます、桜下殿」

俺の後ろから、荷袋を背負ったエラゼムが、ガシャガシャ鎧を鳴らしながら言った。
俺たちはサイレン村を出て、すぐそばを流れる川岸でカッパのハクと別れてから、街道をひたすら西に進み続けた。この街道は湖畔街道というらしく、このまままっすぐ進めばやがて国境を越えて“一の国”に入り、そこにあるおっきな湖にでるらしい。出発する前に、アニが教えてくれた。

『湖のほとりには一の国の帝都がありますが、主様はあまり近づかないほうがいいでしょうね。下手をすると、その国の勇者に鉢合わせるかもしれません』

「他の勇者かぁ。ちょっと会ってみたい気もするけど、こちとら勇者を勝手にやめた身だしな……なあ、アニ。この国の王都は、たしかこことは正反対の位置だったよな?」

『ええ。なので、いっそう王都から離れることができますよ。うまく一の国に潜り込めれば、さすがに二の国の兵も、我が物顔で追っては来れないはずでしょうし』

「そっか……」

『主様?なにか気にかかることでも?』

「いやさ……ハクが言ってただろ。王都で、なにか事件が起こったって聞いたって。それって、なんだろうな……」

『さて、王が病で倒れたとかじゃないですか?今の女王はずいぶん若いので、ケガとかのほうがあり得ますかね』

「それだけで、あれだけしつこかった追っ手が誰もいなくなるかな?」

『……主様?ひょっとして、王都の様子が気になっているのですか?まさか、見に行きたいだなんて言いませんよね?』

「いや、そりゃあ……あはは」

『……本来、字引は自分の意見を主張しないのですが。あえて言わせてもらいます。ぜっっっったいにダメですからね!』

「ま、まだ行きたいとは言ってないだろ。ただ、ちょっと気になるだけっていうか」

『なんにせよ、首は突っ込まないほうが身のためですよ。向こうは、こちらを殺す気で追いかけてきているのですから。向こうが内ゲバを起こしてくれているのなら、むしろ好都合と喜ぶべきです』

「まあ、そうなんだけど……あ、そうだアニ。お前の、あの遠視魔法とかいうやつで、王都の様子が見れないかな?」

『無理ですよ、何万キュビット離れていると思うんですか。あれだけ距離のあるところを覗き見るには、高名な魔術師を何十人と集めないと。それよりも、ほら!早く出発しましょう、気の変わらないうちに!』

「わ、わかったってば」

そういうわけで、俺たちはひたすら街道を進み続けた。太陽が真上を通り過ぎるころに、道は急な山道へと変わった。岩石質な足場に急な登りと、なかなかにヘヴィな道のりだったが、どうにかこうにか日没までには尾根まで登りきれたみたいだ。

「うわぁ……すごい。川が糸みたいだ」

俺は向かって右側にぱっくりと口を開ける崖を、その下を流れる細い川を覗き込んだ。

「桜下さん、落っこちないでくださいよ……」

俺のすぐ隣をふわふわ飛ぶ幽霊のウィルが、気づかわしげにこちらを見る。尾根っていうのは連なった山のてっぺんで、つまり三角屋根の一番とんがっているところになるんだけど、今俺たちが歩いているところだけは片側がえぐれて、かなり急な崖になっていた。たぶんその下を流れる川が、すこしずつ削り取ったんだろう。
ウィルが心配するので、俺は視線を戻した。道幅は狭いけど、街道なだけあってさんざん踏破されてきたのか、わりと平坦だ。よっぽどぼさっとしてなきゃ大丈夫だと思うんだけどなぁ。目を上げたら上げたで、今度はオレンジ色に染まる果てしない山々と、同じくらいの緋色をした空が飛び込んでくる。吸い込まれてしまいそうな夕焼けだ。雄大な景色って言うのは、こういうことを言うんだろうな。

「ちょっと、桜下さん!今度は足元がお留守じゃないですか、ちゃんと前を見て歩いてください!」

「見てるってば。心配しすぎだよ、ウィルは」

ウィルに小言を言われる俺を見て、きゃはは、と甲高い笑いが響いた。

「桜下もまだまだ子どもだね」

斜め前にいるグールのライラが、俺を指さして笑う。ライラの顔は夕日で赤く照らされ、真っ赤な髪も相まって空に溶け込んだようだった。

「う。お、お前に言われたくねーよ」

「んなっ……」

ライラはむっと口をへの字に曲げた。ライラがアンデッドになったのは十歳で、その時点での年齢は俺たちの中で最年少だ。それに加えて、実は今、ライラはフランの背中におんぶされているのだ。険しい山道でライラはすっかり参ってしまい、途中からずっとフランの背中に乗っかっていた。なんでフランかって?エラゼムは怖いからやだし、俺は一緒につぶれそうだから、とのことだ。おっしゃる通りで。

「ちょっと。子ども相手に張り合わないでよ」

ライラを背負うゾンビの少女、フランが、顔を半分だけ振り向かせて、冷ややかな視線を送ってくる。子ども、という単語に、ライラが敏感に反応した。

「子どもって、なに!ライラは偉大な大まほーつかいだって言ってるでしょ!」

「そうだぞ。俺だって、そんなガキみたいなこと……」

「うるさい!二人とも子どもでしょ!」

ぴしゃり。
俺とライラはすっかりしょげて、そのあとはお互い無言のまま夜を迎えた。
日が沈むと、山のてっぺんはびっくりするほど寒くなった。さすがに足元も悪いので、俺たちはそうそうに休むことにした。

「ひ、火、火を焚こうぜ……あっ。ここ、薪が全然ないじゃないか。今気づいた……」

そうだった、ここは小高い山の稜線。背の低い草は生えていても、薪になりそうな枝を付けた木なんか見る影もない。

「まいったな……しょうがない、今夜は耐え忍ぶか」

「えー!ライラ、寒いの嫌いなのにぃ……」

ライラはマントだけじゃなく、自分の髪の毛まで体に巻き付けている。彼女はアンデッドなんだけど、特殊な生い立ちのせいで、フランたちとはすこし異なる体をしている。アンデッドなら感じないはずの寒さに震えているのも、そのせいだ。

「つっても、火をつけるものがないからなぁ……」

「う~……あ、そうだっ!」

ライラは何を思いついたのか、マントのすそから両手を突き出して、なにやらぶつぶつやり始めた。まさか、魔法を使う気か?けど魔法の炎だって、燃やすものがなければ……

「ジラソーレ!」

シュゴウッ!燃え盛る真っ赤な炎の球が、ライラの目の前に浮かび上がった。おお、これは確かにあったかい、熱いくらいだ。だけど、ずっとこの火球を宙に浮かべておく気か?

「そりゃ!」

ライラが腕をぶんと振ると、火球は夜の闇を裂いてまっすぐ飛んで行った。その軌道上には、一つを除いて特にめぼしいものはなかった。山肌に突き出した大きな岩以外は……ま、まさか。

ズガガーン!

「うわぁ!」

火球は岩に直撃し、大爆発した。一瞬夜空が、夕方に戻ったように真っ赤に染まる。大岩はいくつもの破片に砕かれ、赤白く焼けた岩石がゴロゴロと斜面を転がり落ちていった。

「こ、こらライラ!危ないだろ、土砂崩れにでもなったら……」

「えー。この下に人なんかいないでしょ。だいじょーぶだよ」

こいつ、全く悪びれてない……ライラに教えないといけないことは、いろいろありそうだぞ。主に常識面で……

「それより、ほら!あったかくなったでしょ?」

「へ?あれ、そういえば」

さっきよりも、空気がじんわりと暖かい。熱を発していたのは、ライラが砕いた岩の破片だった。真っ赤に焼けただれたかけらは、じんじんと熱を放っている。

「火じゃないけど、これであったまれるよ」

「うーん、確かに……けど、やっぱりさっきのは危ないよ。次やるときは、ちゃんと言えよな」

ライラは少しむくれたが、おとなしくうなずいた。根は素直な子なんだ。
白熱する岩のかけらを見て、ウィルが満足げにうなずく。

「これだけ熱量があるなら、簡単な料理ならできるかもしれません。エラゼムさん、荷袋、いいですか?」

エラゼムがうなずき、荷袋を下す。ウィルが夕飯の準備を進める中で、俺はふと思いついて、ライラにたずねた。

「ライラ、お前はメシを食べれるのか?」

「んー?うーん」

ライラは、調理を進めるウィルの手元をのぞき込んで、鼻をひくひくさせた。

「……うーん、いいかも。あんまり食べる気にならないや」

「がーん……」

口に出す人、初めて見たな……ライラが慌てて付け加える。

「おねーちゃんの料理がいやってわけじゃないよ?ただ、なんか食べ物じゃない気がするっていうか……」

「普通の食材が、ってことか?」

「うん。お肉とかはまだましだけど……ライラは、もっと新鮮じゃないほうがいいな」

「それって……腐ってるってこと、か?」

「うん。でもライラ、最近はお肉より骨のほうが好き。とくに、時間が経って、中がサクサクしてる骨が、とってもおいしいの……」

ライラはうっとりした表情で言った。アンデッドらしくないところが目立つライラだけど、こういうところを見ると、彼女がグールなんだって実感するよな……



つづく
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