じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

9-3

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「竜の呪いで操られている人は、あれで全員でしょうか?」

道すがら、ウィルが後ろを振り返りながら言った。

「どうだろうな。けど、さっきの墓場には相当の人数がいたぜ。村の人口を考えても、あれ以上はいないと思うけどな」

「でしたら、もうあの村長さんを守るものはいないということですね」

「ああ。だから、もう派手な戦闘にはならないはず……ってことだから、お前はついてこなくてもいいんだぜ、ライラ?」

俺はなぜか一緒についてきた、赤髪の少女を見やって言った。

「いいの。ライラだって気になる。あの人、ずっとライラたちに意地悪ばっかりしてきた」

ライラが大きな瞳を憎しみにゆがめながら話す。こいつ、大丈夫か?村長のことをぶっ飛ばそうとしてるんじゃ……

「まあ、ついてくるのはいいけどな。くれぐれも魔法をむやみにかましたりは……」

「……!止まってくだされ!」

エラゼムが突然、片腕を広げた。俺はつんのめりながらブレーキをかける。どうしたん……あ!俺たちの前方、村の入り口のあたりで、ヴォール村長が息も絶え絶えにへたり込んでいる。そして村長と俺たちの間に立ちはだかるようにして、なんとミシェルが腕を広げていた。

「やっぱり追いかけてきたね。ま、アンタたちならそうなるか……」

「ミシェル!なんだってあんたが……」

「桜下殿、お気を付けください。彼女もやはり村側の人間だったのやもしれません」

ぐ、やっぱりそういうことなのか?村長を守るために、俺たちを退けようと……?

「ミシェル!あんたは、ヴォール村長がやったことを知ってるのか?その人がどんな手段で俺たちを襲ったのか……」

「ああ。知ってるも何も、村長にあんたたちが向かった方向を教えたのは、このあたしさ」

「なっ……あんた、やっぱり俺たちの敵なのか!」

「ま、いまさら味方づらする気はないよ。あたしにとって大事なのは、この村だからね」

「だとしたら、考えを改めたほうがいいかもしれないぜ。そこの村長さんは、下手したら村人全員を危険にさらすかもしれないんだ。そいつをほっとくわけにはいかない、おとなしくそこをどいてくれ!」

ミシェルは静かに目をつぶって、首を横に振った。ミシェルの後ろでヴォール村長がひぃひぃとか細い息をしている。しきりに口を動かしているが、どうやらミシェルに自分を助けるよう懇願しているようだ。

「……ダメだ、どけないよ。と言っても、あれだけの人数を倒したアンタたちを、あたしごときで防げやしないだろうがね。あたしにできることといえば、せいぜい見逃してくれるようあんたたちにお願いするくらいさ」

「ミシェル!なんでだよ!」

「この男はね、こんなんでも、この村になくてはならない人間だからさ。あんた、不思議に思わなかったかい?この村には、ボロ屋でゴミをあさるように暮らしているやつらが山ほどいるのに、かたや昼間から酒をあおって乱痴気騒ぎをしている連中がいるんだ。どうして同じ村人の間にそんな差ができる?」

「それは……それは俺たちも、不思議に思ってたけど」

「だろう?ま、簡単に言っちまえば、一族の差なんだけどね」

「一族?」

「そうさ。搾取する側と、される側……まだ、炭鉱が枯れるまではここまで差はひどくなかったんだよ。あたしが小さかったころだけどね……石炭は山ほどとれたし、村は潤っていた」

そういえば……あのスラムになっている旧市街には、ずいぶん立派な建物の残骸もあったっけ。当時は炭鉱街としてにぎわっていたんだろうな。

「けど、村の主産業だった石炭が取れなくなってくると、今まで通りとはいかなくなった。商品は少なくなっていく一方で、それでも今まで通りの暮らしをしようとすると、あとはどれだけ高く売り込むかが要になった。まっとうな“経営”の理念ができたのはその時さ。村人たちは山で穴を掘る労働者と、それらを管理する側とに分かれた」

労働者と、経営者か……今ならスラムの人たちが労働者で、村長たちが経営側だな。

「ま、ある意味必然だったね。算術や経営論なんて、村のほとんどが理解できなかった。それらができたのは、村長の家をはじめ、一部の名家だけだった。そいつらだけが、子どもを王都にある学校に通わせられたんだ。そしてその時に“身分”が分かれてから、この村はずーっとおんなじ線引きでやってきたってわけさ」

「けど、おかしいじゃないか。みんながまた豊かになるために、役割を分けたはずだったんだろ?どうしてそれがこうなるんだよ」

「そんなの、うまくいかなかったからに決まってるじゃないか。しょせん井の中の蛙だわね、結局炭鉱はあのありさまさ。村は食い扶持を失い、空き家だらけになった旧市街には浮浪者が住み着くようになった。前村長はなぁーんも手が打てずに死んじまったよ。けど……このヴォール村長だけは、違った」

いきなり自分の名前が出て、ヴォール村長は小さく飛び跳ねた。ミシェルは、はぁとため息をついてから続けた。

「この男はどうしようもない性根の持ち主だけど、抜け目のなさと金稼ぎの才能だけは一流だったんだ。今もこの村が残っているのは、間違いなくこいつのおかげだよ。だからこそ、今ここで失うわけにはいかないんだ」

く……つまりは、村人たち全員を人質に取るってことだな?ヴォール村長に何かあれば、村はおしまいだ。村人のことを考えるのなら、おとなしく手を引けってことだ。しかーし!

「ミシェル、あんた勘違いしてないか?別に俺たちは、村長をどうこうしようってわけじゃないぜ」

「え?どういうことだい?」

「確かに突然襲われたことは腹立つけど、俺たちは殺しはしないって決めてるんだ。だから、村長に仕返しするためにここまで追っかけてきたわけじゃない。ただ、村長が持ってる竜核を壊しに来ただけだ」

「は?りゅう、かく、だって?」

「知らないのか?村長はそれを使って村の人たちを操って、俺たちを襲わせたんだぞ!」

「なんだって……」

ミシェルは目を見開いて、真後ろのヴォール村長を振り返った。

「村長、今あの子が言ったことは本当かい?」

「ば……ばかなことを!あんなの、デタラメに決まっているでしょう!私たちをだまそうとする卑劣な罠です!耳を貸す必要はありません!」

「おい、俺はうそを言ってなんかないぞ!村の人たちは竜の骨のエキスを飲まされて、それでラリっちまったんだ。村長はいざとなれば、そいつらを私兵にすることができる。本人の意思にかかわらずだ!それが竜核の呪いの効果なんだよ!そんな危険なもの、ほっとけるわけないだろ!」

「聞いてはなりません!私を信じなさい!村を救ったのは誰です?誰のおかげで毎日パンにありつけてると思ってるんですか!」

ミシェルは双方向から大声を浴びせられて、すっかり混乱した様子だ。

「あたしには、なにがなんだかわからないよ……村長、あの子が言ってることを、嘘だって証明できる証拠はあるかい?」

「し、証拠ですと?」

「ああ。あんたにゃ悪いけどね、それがないとあたしもあんたの言うことを鵜呑みにはできないよ。必要があれば、あんたのことを調査させてもらう」

「なっ、わ、私を裏切るつもりですか!誰のおかげであの宿を経営できていると思ってるのです!そんなことをすれば、あなたの首を別の誰かにとって代えることもできるのですぞ!」

「もとより、そのつもりだよ。これだけあけすけなことを言ってる時点で、あたしの首は飛ぶだろう?それでも村全体がダメになるよかましさ……」

ミシェルの顔に、はじめて後悔のようなものがよぎった。けどそれはすぐに消え、もとの厳しい顔つきに戻った。

「さぁ、そのためにも村長。あんたの持っている怪しい品を出すんだ。危険じゃないとわかったら、そのあとは自由にしてやるよ。あんたたちも、それでいいだろう?」

ミシェルに話を振られて、俺はしぶしぶうなずいた。ほんとは少し、村長を懲らしめてやりたい気持ちもあったけど……今はそんなことを言ってるときじゃないや。

「ほら、あいつらもそう言ってる。駄々をこねずに、いい加減負けを認めな」

「な……私が、この私が、あんな小童こわっぱどもに負け劣ると……」

「実際そうみたいじゃないか、情けないねぇ。最後くらい男を見せなよ」

村長は呆然とした表情でミシェルを見上げている。が、その手は懐に伸び、そこからあの紫に輝く竜核を取り出した。

「おや、それが竜核ってやつかい?やっと堪忍したんだね。それじゃあそれをこっちに……」

「あなた、何と言いましたか?」

「は?」

なんだ、急にどうしたんだ?村長のやつ、様子が変だ。もうあきらめたんじゃ……?

「寝ぼけちまったのかい?おとなしく言うことを聞きなって言ったんだよ!」

「ははは……ふははは!」

うわ。村長は気でも触れたかのように、突然大声で笑いだした。

「ふっはははは!おかしいですねえ、それだとまるで、私があなたたちより下手にいるようではありませんか?」

「なっ……あんた、まだ!」

「はっはははは!私はまだ、負けてなどいない!」

くそ、言わせておけば!それならこっちだって言わせてもらうぜ!

「おい、ヴォール村長!あんた、この期に及んで何言ってんだ!忘れてるようだから言っとくけど、もうあんたを守る人は誰もいないんだからな!」

「はて、本当にそうでしょうか?これを見ても、同じことがいえるといいですがねぇ」

なんだと?村長の手にはいつの間にか、竜核のほかに巻物のようなものも握られていた。あれ、確かラクーンの町で見た呪文書スクロールとかいうやつだ。まさかアイツ、魔法を……!

「ッ!」

フランは何かを察したのか、目を見開いたかと思うと、そのまま猛然とヴォール村長へ駆け出した。村長は一瞬おびえたようすだったが、すぐにスクロールをビリリと破り、それを地面に投げ捨てた。
パァー!

「うわっ、なんだ?」

「うわあぁぁ!」

ミシェルの恐怖に満ちた悲鳴。突然あたりに光が満ち、俺はまぶしさに顔を覆った。

「これ……まほーじんだ!しかもすっごい難しいやつ!」

ライラが俺の隣で叫んだ。魔法陣だって?
俺が目を細めて前方をにらむと、ヴォール村長の目の前の地面で、何かがまばゆい光を放っていた。あれは……竜核?そしてそれを中心にして、土の上に複雑な紋様が、紫の光の線で描き出されつつあった。フランは魔法陣を踏む一歩手前だったが、ギリギリで踏みとどまった。

「ふははははは!無知なあなたたちに教えてあげましょう!」

ヴォール村長は勝ち誇ったように叫んだ。

「この辺りには鉱山でとれたくず石が山ほど廃棄され、地中に埋められているのです!そこに含まれる鉱物を材料に、そして竜核をコアとすることで、いったい何が生み出されるでしょうか!」

ズゴゴゴゴ!うわ、地面が揺れている。目の前の地面がぱっくりと裂け、中からキラキラした砂のようなものが一斉に湧き出してきた。それらは、星のごとく輝く竜核を包み込み、だんだんと何かの形をかたどっていく。頑強そうな足が、柱のような腕が、壁のような胸板ができ、ついに俺たちの前に、金属の光沢を放つ武骨な巨人が姿を現した。

「こ、これは……」

「はははははは!見たまえ!アイアンゴーレムの完成だ!」

村長が叫んだ途端、アイアンゴーレムもそれに呼応するかのように、巨大なドラが叩かれたような咆哮を上げた。

「ゴゴオオオオォォォォォ!」

ビリビリビリ!うぉ、全身が震えるぜ、ちくしょう!



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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