じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-3
7-3
「桜下殿!ウィル嬢!」
俺たちのそばにオークが一匹倒れているのを見つけて、エラゼムたちが大慌てで引き返してくる。
「エラゼム。大丈夫だって、何とかなったよ。さっき剣の動かし方を習ったおかげだな」
「おお、それは何よりでございます」
エラゼムは何度もうなずくと、オークの武器を拾い上げて燃え盛る建物の中に投げ入れてしまった。
「これで、オークは片が付きました。しかしこの炎の中にい続けたのでは、蒸し焼きになるのを待つばかりでしょう」
「ああ……」
アニの防護膜がなくなった今、俺の肌は火事の熱でじりじりと焼かれていた。確かに、今すぐどうにかなる熱量じゃない。けどこんな蒸し風呂みたいなとこに長居したらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかってやつだ。
「アニ、この空き地全体を保護することはできないか?」
『……難しいです。あの木の周辺程度なら何とかなりますが、ですがたとえ熱を防げても、空気が燃えて酸欠になるのは防げません』
「ああ、そうか。くそ……」
こうなったら、生き残った人たちを全員保護膜で包んで、慎重にスラムを抜け出すしかない。ただこの方法だと、もし途中でオークの残党に襲われでもしたらアウトだ……
「……ん?」
いま一瞬、俺の鼻の頭に冷たいしずくが当たった気がした。でも、ありえないよな。この炎の中で、冷たいなんて……
「桜下殿、どうかしましたか?」
エラゼムもフランもウィルも、何も気づいていないらしい。やっぱり俺の気のせい……
「あ、ほらまた!これ、気のせいなんかじゃないぞ!」
続けて二、三滴、俺の頬に水のしずくが零れ落ちた。冷たさを感じないエラゼムたちにはまだ理解できていないらしいが、これは……
「雨だ!」
信じられない幸運だ!燃え盛る火事場の上空から、大粒の雨がボタボタ、ザザァーと降り出したのだ。ウィルがぽかんと空を見上げる。
「信じられません……こんなに熱いのに、雨が降り出すなんて……」
「今はなんだっていいぜ。これで火が消えてくれれば……」
雨は俺の願いを聞き入れたかのように、ますます強くなった。滝のような雨つぶに火はみるみる弱まっていき、ものの数分で、燃え上がっていた炎はぶすぶすとくすぶる燃えさしが残るのみとなった。そしてこれまた都合よく、あらかた火が消えると、雨も役目を終えたかのようにすぅっと上がったのだ。
「すげぇ……こんな奇跡が起こるんだな」
感嘆する俺に対して、アニは疑うように声を潜める。
『あまりにも出来すぎなような……それこそ、魔法か何かで……?』
アニはそこでハッと息をのんだ。魔法?そうか、たしかに都合が良すぎるもんな。この雨、もしかして大掛かりな魔法によって降らされたのか……?
「っ!あそこ!」
目のいいフランがスラムの奥のほうを指さした。火が消えて、すっかり夜の暗さを取り戻したスラム街のただなかに、小柄な人影が立っている。その人影は俺たちが見ていることに気付いたのか、くるりと踵を返して闇の中へ駆けて行ってしまった……去り際に、暗闇の中でも目立つ真っ赤な髪をふわりとなびかせて。
「あれ、今の……もしかしてライラか?あいつが魔法を使って、雨を降らせてくれたのかな」
『そんな、ばかな……火と風に加えて、水属性魔法まで操るなど。ありえないです……』
「アニ?なんでだよ、魂の属性が一致すればその属性の魔法が使えるって、お前が言ってたんじゃないか」
『ええ、それは間違っていません。ですが、複数属性を持つ人間はまずめったにはいないのです。多くても二つが限度で、それが三つともなれば、その術者はまず間違いなく魔術の教科書に載るでしょう』
「え、そうなの?だってあいつ、火の玉と突風を起こしたし、今は雨を降らせたし……あ!そういや、あいつモグラみたいに地中を潜航もして見せたぞ!」
『え……では、地属性も……?は、はは。そんなまさか……』
俺はびっくり仰天した。アニは時々妙に人間くさいことを言ったりするけど、こんな風にうろたえるところは見たことなかったからだ。ライラの魔法って、そんなにすごいのか?彼女は今まで四つの属性の魔法を使っていた。三つで教科書レベルなんだったら、四つだとどうなるんだ……?
「お、おまえたち……」
しわがれた声が聞こえて、俺は振り返った。木のそばに固まっていたスラムの生存者たちが、いまだに助かったのが信じられないという顔で、俺たちのそばにそろそろと近づいてきていた。その先頭にいるのは、昼間にであったあの老婆だ。そのすぐわきには一緒にいた男の子もいる。よかった、二人とも助かったんだな。
「や、婆さん。無事でよかった」
「お前たち……お前たちがやったのか?つまり……」
「オークをやっつけたのは俺の仲間だ。けど、この火を消したのは俺たちじゃない。あー、なんて言ったらいいのか……」
すなおにライラがやったんだと言って、この婆さんが信じるとは思えない。俺もなんと説明したらよいやらだ。ライラは実は生きていて、グールになって夜な夜な墓場を荒らしていたんです……うん、我ながら荒唐無稽だ。
「えっと……説明が難しいんだけど……」
「……ありのままを言っとくれ。この子が見たというとる。それが真実かどうか、確かめたいのじゃ」
老婆は、わきに立つ男の子をあごで示した。男の子は不安げに、だがきっぱりと言った。
「赤い髪の、女の子。その子が雨を降らしていった」
「……驚いたな。フランばりの目の良さだぜ?その通りだ、俺たちもライラがやったんだと思ってる」
俺が素直に認めると、老婆は一瞬目を見開き、そして深いため息をついた。
「……やはりそうか。それじゃあの子は、今も地上をさ迷っているんじゃな?」
老婆は微妙なニュアンスで質問した。まるで、普通に生きているわけではないと知っているみたいだ。
「ああ……生きて動いているという点では、間違っちゃいない」
「そうかい……それじゃ、あの子はそれでもなお、わしらを救ってくれたのか……おぉぉ……」
老婆は突然しわしわの顔を両手で覆うと、亡霊がすすり泣くような声を上げた。嘆いているのか、それとも感極まっているのか……判断しづらい。
「なあ、婆さん。ライラとあんたたちとの間に、いったい何があったんだ?」
「……」
「昼間もおんなじことを聞いたけど、改めて聞くよ。俺たちに、話してくれないかな」
老婆は顔を覆ったまま動かなかった。が、やがてか細い声で言った。
「……まずは、後始末をつけるのが先じゃろう。忌々しいオークどもが目を覚ますかもしれんし、生存者がまだ残っているかもしれん。そう多くはないじゃろうが……もしも身を焼かれて死の淵で苦しんでいるのなら、せめて速やかに楽にしてやりたいのじゃ」
む。そういわれると、俺も引き下がるしかなかった。確かにまだ助けられる人がいるかもしれないし、そんなときにのんびり話をしてもられないよな。
「それじゃあ、俺たちも手伝うよ。あ、オークのことは、俺たちに任せてくれるか?」
老婆は特に疑うこともなくうなずいた。そこで俺は、エラゼムにオークたちを“片付ける”ように頼んだ。きっとスラムの人たちに任せたら、オークは皆殺しにされてしまうだろう。けどエラゼムなら、俺の意図を汲んでくれるはずだ。
俺はスラム街の住人たちと手分けして、残火くすぶる廃墟の中、生存者を探して回った。けど結局、助けられたのは二人だけだった。一人はスラムの入り口にいた眼帯の男で、もう一人はひどいやけどを負ってがれきの下に倒れていたが、一命をとりとめた。アニがみんなにばれないように治癒魔法をかけてくれたので、何とかなるだろうとのことだ。残りはみな死体だった。炎に焼かれたもの、有毒のガスを吸って倒れたもの、オークに襲われたもの。俺たちはその中から、まだ人の姿を保っている遺体だけを集めて、スラムのはずれに埋葬した。埋葬と言っても、フランが大穴を掘って、そこに埋めただけの粗末なものだ。墓標すら準備することはできなかった、だって、顔がわからない人も大勢いたから……
「桜下さん、少しお時間いただいてもいいですか?この方たちに、祈りをささげたいんです」
ウィルが死者を埋め終わった場所を見つめながら言った。
「ああ……ウィル、大丈夫か?」
「ええ。正直、平気だとはとても言えませんが……今は、それよりもシスターとしての自分の役目を果たしたいんです」
俺は黙ってうなずき、ウィルが祈祷する後姿を見守った。
ウィルの祈りが済むと、エラゼムが離れた森の中から返ってくるところだった。俺はひそひそとエラゼムに耳打ちする。
「オークたちはどうした?」
「みな気絶していましたので、武装を解除したうえで、縛って放り出してきました。ある程度散り散りにしたので、すぐに仲間と合流することもないでしょう」
「オッケー。ありがとな」
俺はにんまり笑って、エラゼムの腕をこつんと叩いた。たとえ相手がオークだとしても、無駄な殺しはしたくない。けどスラムの人たちには、そういっても理解してもらえなかっただろうなぁ……無理もない。同じ村の人間を殺され、自分たちも危うく死にかけたんだし。そういう点では、俺たちの行いが正しかったのかどうかは、正直わからない。けど、それでいいと俺は思っている。俺たちが大事にしてるのは、正しいかどうかじゃなくて、自分たちが気に入るかどうかだからな。
あらかたのことにひと段落がついたところで、俺は老婆に再度声をかけた。
「さて……これで全部片付いたな、婆さん?」
老婆はじっと、たったいま死者が埋葬されたところを見つめつづけている。
「こんな時に言うのも何なんだけどさ。さっきの続き、聞かせてくれないか」
「……」
老婆は疲れた様子でうつむいた。気の毒に思うけど、あまり時間を掛けるわけにもいかない。忘れがちだけど、俺たちは今、ミシェルから受けたクエストの最中でもあるのだ。ただどうしても、この老婆の知るライラの話を聞いてみたかった。
「……あの子がやってきたのは、もう五年も前のことになるじゃろうか」
俺が辛抱強く待っていると、ついに老婆が口を開いた。
「お前たちはあの子について、どれくらいのことを知っているんじゃ?」
「それほどのことは……昼間も言ったかな?俺たちは、ある人に頼まれてあの子を探してるんだ。知ってることは、赤い髪の女の子、歳は十五歳くらい、家族は母と兄。そんくらいだよ」
「それで、どう思った?この村の連中にも聞いて回ったのじゃろうて?」
「ああ。あくまで仮説だけど……ライラがああなったのは、あんたたち村の人間のせいなんじゃないかと思ってる。だから、俺たちに頑なに話そうとしないんだろ?」
「ふ、ふふ……そうじゃな、お前たちの推測は正しい。あの子を死なせたのは、わしらも同然じゃ……」
「死なせた?ライラは、そりゃ人間とはもう呼べないかもだけど、それでもまだ生きてるぞ」
「そこは、わしにも分からん。しかし、わしにとっては、あの子はもう死んだ存在なのじゃよ」
ライラはすでに、死んでいる……?一体どういうことだ?老婆は静かに語りだした。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「桜下殿!ウィル嬢!」
俺たちのそばにオークが一匹倒れているのを見つけて、エラゼムたちが大慌てで引き返してくる。
「エラゼム。大丈夫だって、何とかなったよ。さっき剣の動かし方を習ったおかげだな」
「おお、それは何よりでございます」
エラゼムは何度もうなずくと、オークの武器を拾い上げて燃え盛る建物の中に投げ入れてしまった。
「これで、オークは片が付きました。しかしこの炎の中にい続けたのでは、蒸し焼きになるのを待つばかりでしょう」
「ああ……」
アニの防護膜がなくなった今、俺の肌は火事の熱でじりじりと焼かれていた。確かに、今すぐどうにかなる熱量じゃない。けどこんな蒸し風呂みたいなとこに長居したらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかってやつだ。
「アニ、この空き地全体を保護することはできないか?」
『……難しいです。あの木の周辺程度なら何とかなりますが、ですがたとえ熱を防げても、空気が燃えて酸欠になるのは防げません』
「ああ、そうか。くそ……」
こうなったら、生き残った人たちを全員保護膜で包んで、慎重にスラムを抜け出すしかない。ただこの方法だと、もし途中でオークの残党に襲われでもしたらアウトだ……
「……ん?」
いま一瞬、俺の鼻の頭に冷たいしずくが当たった気がした。でも、ありえないよな。この炎の中で、冷たいなんて……
「桜下殿、どうかしましたか?」
エラゼムもフランもウィルも、何も気づいていないらしい。やっぱり俺の気のせい……
「あ、ほらまた!これ、気のせいなんかじゃないぞ!」
続けて二、三滴、俺の頬に水のしずくが零れ落ちた。冷たさを感じないエラゼムたちにはまだ理解できていないらしいが、これは……
「雨だ!」
信じられない幸運だ!燃え盛る火事場の上空から、大粒の雨がボタボタ、ザザァーと降り出したのだ。ウィルがぽかんと空を見上げる。
「信じられません……こんなに熱いのに、雨が降り出すなんて……」
「今はなんだっていいぜ。これで火が消えてくれれば……」
雨は俺の願いを聞き入れたかのように、ますます強くなった。滝のような雨つぶに火はみるみる弱まっていき、ものの数分で、燃え上がっていた炎はぶすぶすとくすぶる燃えさしが残るのみとなった。そしてこれまた都合よく、あらかた火が消えると、雨も役目を終えたかのようにすぅっと上がったのだ。
「すげぇ……こんな奇跡が起こるんだな」
感嘆する俺に対して、アニは疑うように声を潜める。
『あまりにも出来すぎなような……それこそ、魔法か何かで……?』
アニはそこでハッと息をのんだ。魔法?そうか、たしかに都合が良すぎるもんな。この雨、もしかして大掛かりな魔法によって降らされたのか……?
「っ!あそこ!」
目のいいフランがスラムの奥のほうを指さした。火が消えて、すっかり夜の暗さを取り戻したスラム街のただなかに、小柄な人影が立っている。その人影は俺たちが見ていることに気付いたのか、くるりと踵を返して闇の中へ駆けて行ってしまった……去り際に、暗闇の中でも目立つ真っ赤な髪をふわりとなびかせて。
「あれ、今の……もしかしてライラか?あいつが魔法を使って、雨を降らせてくれたのかな」
『そんな、ばかな……火と風に加えて、水属性魔法まで操るなど。ありえないです……』
「アニ?なんでだよ、魂の属性が一致すればその属性の魔法が使えるって、お前が言ってたんじゃないか」
『ええ、それは間違っていません。ですが、複数属性を持つ人間はまずめったにはいないのです。多くても二つが限度で、それが三つともなれば、その術者はまず間違いなく魔術の教科書に載るでしょう』
「え、そうなの?だってあいつ、火の玉と突風を起こしたし、今は雨を降らせたし……あ!そういや、あいつモグラみたいに地中を潜航もして見せたぞ!」
『え……では、地属性も……?は、はは。そんなまさか……』
俺はびっくり仰天した。アニは時々妙に人間くさいことを言ったりするけど、こんな風にうろたえるところは見たことなかったからだ。ライラの魔法って、そんなにすごいのか?彼女は今まで四つの属性の魔法を使っていた。三つで教科書レベルなんだったら、四つだとどうなるんだ……?
「お、おまえたち……」
しわがれた声が聞こえて、俺は振り返った。木のそばに固まっていたスラムの生存者たちが、いまだに助かったのが信じられないという顔で、俺たちのそばにそろそろと近づいてきていた。その先頭にいるのは、昼間にであったあの老婆だ。そのすぐわきには一緒にいた男の子もいる。よかった、二人とも助かったんだな。
「や、婆さん。無事でよかった」
「お前たち……お前たちがやったのか?つまり……」
「オークをやっつけたのは俺の仲間だ。けど、この火を消したのは俺たちじゃない。あー、なんて言ったらいいのか……」
すなおにライラがやったんだと言って、この婆さんが信じるとは思えない。俺もなんと説明したらよいやらだ。ライラは実は生きていて、グールになって夜な夜な墓場を荒らしていたんです……うん、我ながら荒唐無稽だ。
「えっと……説明が難しいんだけど……」
「……ありのままを言っとくれ。この子が見たというとる。それが真実かどうか、確かめたいのじゃ」
老婆は、わきに立つ男の子をあごで示した。男の子は不安げに、だがきっぱりと言った。
「赤い髪の、女の子。その子が雨を降らしていった」
「……驚いたな。フランばりの目の良さだぜ?その通りだ、俺たちもライラがやったんだと思ってる」
俺が素直に認めると、老婆は一瞬目を見開き、そして深いため息をついた。
「……やはりそうか。それじゃあの子は、今も地上をさ迷っているんじゃな?」
老婆は微妙なニュアンスで質問した。まるで、普通に生きているわけではないと知っているみたいだ。
「ああ……生きて動いているという点では、間違っちゃいない」
「そうかい……それじゃ、あの子はそれでもなお、わしらを救ってくれたのか……おぉぉ……」
老婆は突然しわしわの顔を両手で覆うと、亡霊がすすり泣くような声を上げた。嘆いているのか、それとも感極まっているのか……判断しづらい。
「なあ、婆さん。ライラとあんたたちとの間に、いったい何があったんだ?」
「……」
「昼間もおんなじことを聞いたけど、改めて聞くよ。俺たちに、話してくれないかな」
老婆は顔を覆ったまま動かなかった。が、やがてか細い声で言った。
「……まずは、後始末をつけるのが先じゃろう。忌々しいオークどもが目を覚ますかもしれんし、生存者がまだ残っているかもしれん。そう多くはないじゃろうが……もしも身を焼かれて死の淵で苦しんでいるのなら、せめて速やかに楽にしてやりたいのじゃ」
む。そういわれると、俺も引き下がるしかなかった。確かにまだ助けられる人がいるかもしれないし、そんなときにのんびり話をしてもられないよな。
「それじゃあ、俺たちも手伝うよ。あ、オークのことは、俺たちに任せてくれるか?」
老婆は特に疑うこともなくうなずいた。そこで俺は、エラゼムにオークたちを“片付ける”ように頼んだ。きっとスラムの人たちに任せたら、オークは皆殺しにされてしまうだろう。けどエラゼムなら、俺の意図を汲んでくれるはずだ。
俺はスラム街の住人たちと手分けして、残火くすぶる廃墟の中、生存者を探して回った。けど結局、助けられたのは二人だけだった。一人はスラムの入り口にいた眼帯の男で、もう一人はひどいやけどを負ってがれきの下に倒れていたが、一命をとりとめた。アニがみんなにばれないように治癒魔法をかけてくれたので、何とかなるだろうとのことだ。残りはみな死体だった。炎に焼かれたもの、有毒のガスを吸って倒れたもの、オークに襲われたもの。俺たちはその中から、まだ人の姿を保っている遺体だけを集めて、スラムのはずれに埋葬した。埋葬と言っても、フランが大穴を掘って、そこに埋めただけの粗末なものだ。墓標すら準備することはできなかった、だって、顔がわからない人も大勢いたから……
「桜下さん、少しお時間いただいてもいいですか?この方たちに、祈りをささげたいんです」
ウィルが死者を埋め終わった場所を見つめながら言った。
「ああ……ウィル、大丈夫か?」
「ええ。正直、平気だとはとても言えませんが……今は、それよりもシスターとしての自分の役目を果たしたいんです」
俺は黙ってうなずき、ウィルが祈祷する後姿を見守った。
ウィルの祈りが済むと、エラゼムが離れた森の中から返ってくるところだった。俺はひそひそとエラゼムに耳打ちする。
「オークたちはどうした?」
「みな気絶していましたので、武装を解除したうえで、縛って放り出してきました。ある程度散り散りにしたので、すぐに仲間と合流することもないでしょう」
「オッケー。ありがとな」
俺はにんまり笑って、エラゼムの腕をこつんと叩いた。たとえ相手がオークだとしても、無駄な殺しはしたくない。けどスラムの人たちには、そういっても理解してもらえなかっただろうなぁ……無理もない。同じ村の人間を殺され、自分たちも危うく死にかけたんだし。そういう点では、俺たちの行いが正しかったのかどうかは、正直わからない。けど、それでいいと俺は思っている。俺たちが大事にしてるのは、正しいかどうかじゃなくて、自分たちが気に入るかどうかだからな。
あらかたのことにひと段落がついたところで、俺は老婆に再度声をかけた。
「さて……これで全部片付いたな、婆さん?」
老婆はじっと、たったいま死者が埋葬されたところを見つめつづけている。
「こんな時に言うのも何なんだけどさ。さっきの続き、聞かせてくれないか」
「……」
老婆は疲れた様子でうつむいた。気の毒に思うけど、あまり時間を掛けるわけにもいかない。忘れがちだけど、俺たちは今、ミシェルから受けたクエストの最中でもあるのだ。ただどうしても、この老婆の知るライラの話を聞いてみたかった。
「……あの子がやってきたのは、もう五年も前のことになるじゃろうか」
俺が辛抱強く待っていると、ついに老婆が口を開いた。
「お前たちはあの子について、どれくらいのことを知っているんじゃ?」
「それほどのことは……昼間も言ったかな?俺たちは、ある人に頼まれてあの子を探してるんだ。知ってることは、赤い髪の女の子、歳は十五歳くらい、家族は母と兄。そんくらいだよ」
「それで、どう思った?この村の連中にも聞いて回ったのじゃろうて?」
「ああ。あくまで仮説だけど……ライラがああなったのは、あんたたち村の人間のせいなんじゃないかと思ってる。だから、俺たちに頑なに話そうとしないんだろ?」
「ふ、ふふ……そうじゃな、お前たちの推測は正しい。あの子を死なせたのは、わしらも同然じゃ……」
「死なせた?ライラは、そりゃ人間とはもう呼べないかもだけど、それでもまだ生きてるぞ」
「そこは、わしにも分からん。しかし、わしにとっては、あの子はもう死んだ存在なのじゃよ」
ライラはすでに、死んでいる……?一体どういうことだ?老婆は静かに語りだした。
つづく
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