じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-2
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俺が息を止めながら料理に食らいついている間に、酒場はもとの楽し気な雰囲気に戻っていった。どこからか下手くそなヴァイオリンの音が聞こえ、歌が始まる。客たちはほとんどがいい年の男たちだ。陽気そうだが、真っ昼間からこんなところにいていいのかな?
食事中、ヴォール村長は俺たちのことをいろいろ聞きたがった。旅の目的、次の行き先、俺たちの身分などなど……正直に答えられそうな質問は何一つなかったので、俺は四苦八苦して受け答えた。その間、まったく口を開かないフランとエラゼムに、村長は不思議そうな顔をしていたが、かってに「寡黙な方たちですね」と納得していた。
「ところで、お仲間さんたちは食べないので?」
「あー、彼らは決まったメニューしか食べないんだ……菜食主義者ってやつで」
ヴォール村長は目を丸くし、フランはウンザリだという顔をした。
苦心しながら料理を完食すると、俺は早々にこの場を後にすることにした。ここの空気は、消化に悪い。
「うっぷ……あの、ごちそうさまでした、村長さん」
「何、この程度。お気に召していただけて何よりです」
「いったいどこを見て判断してるんでしょうね?」とウィルがつぶやく。
「あの、それじゃ村長さん。宿の場所を教えてくれないか?悪いけど、少し休みたくて」
とにかく、この酒場から早く抜け出したかった。やっぱり周りの連中の様子が気になるし、村長に根掘り葉掘り聞かれるのも疲れる。
「もう行かれますかな?いやはや残念ですが、引き留めてもいけませんな。わが村唯一の宿は、この店を出て左手にずっと行った突き当りにあります。看板が出ていますので、それを目印にしてくだされ。店の名前は、『ウィング・グロウ・スネイク』です」
「左手だな。ありがとう、村長さん。それじゃ、俺たちはこのへんで」
俺はヴォール村長に軽く頭を下げると、席を立ち、そそくさと店の出口を目指した。俺たちが近づくと、ほかの客たちはそっと場所をあける。俺たちにまるで興味ないみたいなふりだけど、そいつらの前を通り過ぎると、首筋に視線がちくちく刺さる気がした。
店を出て、すぐさま後ろ手にばたんと戸を閉める。湿っぽい外の空気を深く吸うと、生き返った気分だった。こんなところ、とっとと離れよう。
「ったく、ずいぶんな店だ。今更だけど、すごいとこに来ちまったぜ」
「私は、あの村長さんが苦手です。なんだか、一枚も二枚も皮をかぶってそう……」
ウィルが顔をしかめる。俺も同意見だった。
「吾輩は、あの酒場の人間たちが気にかかりました」
エラゼムが後ろを振り返りながら言った。
「彼らに仕事はないのでしょうか?ここは炭鉱だとハク嬢は言っていましたが。雨天だと採掘ができないのですかな?」
「うーん……すこし、用心したほうがいいかもな。ハクのやつ、嘘は言ってないと思うけど、意図的に隠してることならありそうだぞ」
こんなすごい村だってことは、あいつから聞いてなかったからな。それに、ここは南部の村だ。前にラクーンの女商人・クレアから聞いた話を思い出す。
(……安全安心な正規品を装って、妙なまがい物を売りつける悪徳業者も増えてる……ここみたいに大きな町はともかく、南部の小さな村の闇市なんかは気を付けて……)
闇市。この村にこれほどぴったりな言葉はない気がするぜ。俺はとりあえず、この村に滞在中は財布を入れたカバンを肌身離さず持っていようと決めた。
「……あ、見えたな。あそこだろ、村長が言ってたの」
目の前にオンボロの宿屋が見えてきた。入口の上には、はげかけた文字で『ウィング・グロウ・スネイク』の看板が出ている。さっきの酒場でのことがあるからな、俺は宿の扉を少しだけ開けて、先に中の様子をうかがった。
中は宿と言うより、集会所のような作りになっていた。広い受付と、大きな掲示板のようなものが見える。人の姿はまばらだ。
「変わった宿だな?」
俺は隣のフランに肩をすくめて見せてから、扉を開けた。中は薄暗く、ランプの火が焚かれていた。さっきのにぎやかすぎる酒場と比べたら物静かだけど、俺はこっちのほうが落ち着くな。受付のカウンターでは白髪交じりのおばちゃんが一人、客の男と話し込んでいた。
「ミシェル、いくらなんでもこりゃ少なすぎるだろ……」
「あんなボタばっかりじゃ、いくらにもならないに決まってるだろう。文句があるなら返しとくれ」
「ああ、よせよ。わかったよ」
話が終わったのか、男はとぼとぼとカウンターを離れ、俺たちの脇をすり抜けて出て行った。受付のおばちゃんが、新たに店に入ってきた俺たちにするどい目を向けた。
「おや、見慣れない顔だね。新入りかい?」
「へ?いや、俺たちここの宿に泊まりに来たんだけど」
「は?旅人ってこと?こりゃまた、珍しいのが来たもんだ」
旅人が珍しいって……ここ、宿屋であってるよな?おばちゃんがこっちにこいと手招きするので、俺はカウンターの前に行った。
「ごつい鎧の大人一人に、子ども二人?変わったメンツだこと。夜逃げか何かかい?」
「ははは……まあ、いろいろとあって」
「ま、このへんじゃ珍しくもないことだよ。生まれた郷を追われたやつ、誰かしらに命を狙われてるやつ。あんたら、一晩でいいね?食事はでないから向こうの酒場にでも行っとくれ。一部屋で銀貨五枚だよ」
さらっと物騒なことを言ったことがひっかかりつつも、俺はコインをおばちゃんの手に渡した。
「あ、それとおばちゃん」
「ミシェルだよ。何か用かい?」
「あ、えっと、ミシェルさん。俺たち、ちょっと探し物をしたいんだけど。ミシェルさんは詳しいかな?」
「探し物?」
ミシェルは猛禽のような鋭い目をぱちくりさせた。
「ものにもよるだろうが……何を探してるんだい?」
「人だよ。赤い髪で、俺と近い歳の女の子」
「女の子ねぇ。あんたのコレかい?」
ミシェルが小指を立てる。
「いや、そういうわけじゃ……知り合いなんだ」
「さてね……悪いこた言わないけど、この村じゃ物より人の失せもののほうが出てこないよ。諦めた方がいい」
「え……けど」
「別に探すなとは言わないがね。無駄だと思うだけさ。いずれにしても、あたしは知らない。他を当たっとくれ」
「そっか……」
俺が露骨に肩を落とすと、ミシェルもさすがに少しばつが悪そうな顔をした。
「……まぁ、行くあてがないなら、村はずれの“旧市街”に行きな。酒場の連中は酔っぱらって話なんか聞きゃしないだろうが、そっちの奴らなら少しは話がわかるから」
「……ん、わかった。ありがとな」
ミシェルはふんと鼻を鳴すだけだ。話を切り上げようとした時、俺の目にふと、入り口で見たでっかい掲示板が映りこんだ。
「なぁミシェルさん。そこのボードはなんなんだ?」
掲示板には、何枚かの用紙が画鋲で止められている。目的と、報酬、という文字がチラッと見えた。
「うん?ああ、そりゃクエストボードだよ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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俺が息を止めながら料理に食らいついている間に、酒場はもとの楽し気な雰囲気に戻っていった。どこからか下手くそなヴァイオリンの音が聞こえ、歌が始まる。客たちはほとんどがいい年の男たちだ。陽気そうだが、真っ昼間からこんなところにいていいのかな?
食事中、ヴォール村長は俺たちのことをいろいろ聞きたがった。旅の目的、次の行き先、俺たちの身分などなど……正直に答えられそうな質問は何一つなかったので、俺は四苦八苦して受け答えた。その間、まったく口を開かないフランとエラゼムに、村長は不思議そうな顔をしていたが、かってに「寡黙な方たちですね」と納得していた。
「ところで、お仲間さんたちは食べないので?」
「あー、彼らは決まったメニューしか食べないんだ……菜食主義者ってやつで」
ヴォール村長は目を丸くし、フランはウンザリだという顔をした。
苦心しながら料理を完食すると、俺は早々にこの場を後にすることにした。ここの空気は、消化に悪い。
「うっぷ……あの、ごちそうさまでした、村長さん」
「何、この程度。お気に召していただけて何よりです」
「いったいどこを見て判断してるんでしょうね?」とウィルがつぶやく。
「あの、それじゃ村長さん。宿の場所を教えてくれないか?悪いけど、少し休みたくて」
とにかく、この酒場から早く抜け出したかった。やっぱり周りの連中の様子が気になるし、村長に根掘り葉掘り聞かれるのも疲れる。
「もう行かれますかな?いやはや残念ですが、引き留めてもいけませんな。わが村唯一の宿は、この店を出て左手にずっと行った突き当りにあります。看板が出ていますので、それを目印にしてくだされ。店の名前は、『ウィング・グロウ・スネイク』です」
「左手だな。ありがとう、村長さん。それじゃ、俺たちはこのへんで」
俺はヴォール村長に軽く頭を下げると、席を立ち、そそくさと店の出口を目指した。俺たちが近づくと、ほかの客たちはそっと場所をあける。俺たちにまるで興味ないみたいなふりだけど、そいつらの前を通り過ぎると、首筋に視線がちくちく刺さる気がした。
店を出て、すぐさま後ろ手にばたんと戸を閉める。湿っぽい外の空気を深く吸うと、生き返った気分だった。こんなところ、とっとと離れよう。
「ったく、ずいぶんな店だ。今更だけど、すごいとこに来ちまったぜ」
「私は、あの村長さんが苦手です。なんだか、一枚も二枚も皮をかぶってそう……」
ウィルが顔をしかめる。俺も同意見だった。
「吾輩は、あの酒場の人間たちが気にかかりました」
エラゼムが後ろを振り返りながら言った。
「彼らに仕事はないのでしょうか?ここは炭鉱だとハク嬢は言っていましたが。雨天だと採掘ができないのですかな?」
「うーん……すこし、用心したほうがいいかもな。ハクのやつ、嘘は言ってないと思うけど、意図的に隠してることならありそうだぞ」
こんなすごい村だってことは、あいつから聞いてなかったからな。それに、ここは南部の村だ。前にラクーンの女商人・クレアから聞いた話を思い出す。
(……安全安心な正規品を装って、妙なまがい物を売りつける悪徳業者も増えてる……ここみたいに大きな町はともかく、南部の小さな村の闇市なんかは気を付けて……)
闇市。この村にこれほどぴったりな言葉はない気がするぜ。俺はとりあえず、この村に滞在中は財布を入れたカバンを肌身離さず持っていようと決めた。
「……あ、見えたな。あそこだろ、村長が言ってたの」
目の前にオンボロの宿屋が見えてきた。入口の上には、はげかけた文字で『ウィング・グロウ・スネイク』の看板が出ている。さっきの酒場でのことがあるからな、俺は宿の扉を少しだけ開けて、先に中の様子をうかがった。
中は宿と言うより、集会所のような作りになっていた。広い受付と、大きな掲示板のようなものが見える。人の姿はまばらだ。
「変わった宿だな?」
俺は隣のフランに肩をすくめて見せてから、扉を開けた。中は薄暗く、ランプの火が焚かれていた。さっきのにぎやかすぎる酒場と比べたら物静かだけど、俺はこっちのほうが落ち着くな。受付のカウンターでは白髪交じりのおばちゃんが一人、客の男と話し込んでいた。
「ミシェル、いくらなんでもこりゃ少なすぎるだろ……」
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「ああ、よせよ。わかったよ」
話が終わったのか、男はとぼとぼとカウンターを離れ、俺たちの脇をすり抜けて出て行った。受付のおばちゃんが、新たに店に入ってきた俺たちにするどい目を向けた。
「おや、見慣れない顔だね。新入りかい?」
「へ?いや、俺たちここの宿に泊まりに来たんだけど」
「は?旅人ってこと?こりゃまた、珍しいのが来たもんだ」
旅人が珍しいって……ここ、宿屋であってるよな?おばちゃんがこっちにこいと手招きするので、俺はカウンターの前に行った。
「ごつい鎧の大人一人に、子ども二人?変わったメンツだこと。夜逃げか何かかい?」
「ははは……まあ、いろいろとあって」
「ま、このへんじゃ珍しくもないことだよ。生まれた郷を追われたやつ、誰かしらに命を狙われてるやつ。あんたら、一晩でいいね?食事はでないから向こうの酒場にでも行っとくれ。一部屋で銀貨五枚だよ」
さらっと物騒なことを言ったことがひっかかりつつも、俺はコインをおばちゃんの手に渡した。
「あ、それとおばちゃん」
「ミシェルだよ。何か用かい?」
「あ、えっと、ミシェルさん。俺たち、ちょっと探し物をしたいんだけど。ミシェルさんは詳しいかな?」
「探し物?」
ミシェルは猛禽のような鋭い目をぱちくりさせた。
「ものにもよるだろうが……何を探してるんだい?」
「人だよ。赤い髪で、俺と近い歳の女の子」
「女の子ねぇ。あんたのコレかい?」
ミシェルが小指を立てる。
「いや、そういうわけじゃ……知り合いなんだ」
「さてね……悪いこた言わないけど、この村じゃ物より人の失せもののほうが出てこないよ。諦めた方がいい」
「え……けど」
「別に探すなとは言わないがね。無駄だと思うだけさ。いずれにしても、あたしは知らない。他を当たっとくれ」
「そっか……」
俺が露骨に肩を落とすと、ミシェルもさすがに少しばつが悪そうな顔をした。
「……まぁ、行くあてがないなら、村はずれの“旧市街”に行きな。酒場の連中は酔っぱらって話なんか聞きゃしないだろうが、そっちの奴らなら少しは話がわかるから」
「……ん、わかった。ありがとな」
ミシェルはふんと鼻を鳴すだけだ。話を切り上げようとした時、俺の目にふと、入り口で見たでっかい掲示板が映りこんだ。
「なぁミシェルさん。そこのボードはなんなんだ?」
掲示板には、何枚かの用紙が画鋲で止められている。目的と、報酬、という文字がチラッと見えた。
「うん?ああ、そりゃクエストボードだよ」
つづく
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