じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

2-1 川岸での出会い

2-1 川岸での出会い

おっと、夢中になって忘れていたけど、急に腹ペコだったのを思い出した。焚き火の近くに戻ると、火はほとんど消え、その上にフライパンが置かれ、中にベーコンと薄切りのいもが香ばしく炒められていた。俺は手を合わせると、あつあつのいもにがっついた。

「あの、もしかしたら塩加減を間違えたかもしれません。桜下さんたちの話を横耳で聞いてたから……」

ウィルがおずおずと告げる。

「ん~?別にそんなことないと思うけど」

「ですか?やっぱり味見ができないと、塩梅が難しくって」

「そっか……あ、じゃあこれならどうだろ」

俺はふっと思いついたことを試すことにした。フォークでいもをひとかけら突き刺すと、きゅっと念を込める。そしてそれをウィルへ差し出した。

「え?ど、どういう」

「ウィルのお腹に巻いた馬具みたいに、魔力をいもに込めてみたんだ。これならウィルでも味がわかるんじゃないか?」

「あ、ああ。そういうことですか……」

ウィルは目の前に突き出されたいもを見つめて、少しの間もじもじ指をいじっていたが、やがて覚悟を決めてえいっとフォークを咥えた。

「もぐもぐ……あ!味がわかります!おいもの味!」

ウィルが口を押えて、目を丸くした。おお、うまくいったみたいだ。俺はフォークの先のいもを見てみたが、ひとかけらも欠けていなかった。幽霊だから、本当に食べることはできないらしい。

「……でも、やっぱりちょっと塩っ辛いじゃないですか」

「え~?そんなことないと思うがな」

俺はぱくっといもを口に入れた。ウィルがかじったからだろうか、いもは冷蔵庫に入れたみたいにひんやりしていた。

「あっ」

「あん?」

ウィルがフォークを咥える俺をまじまじと見つめる。

「……いえ、なんでもないです。桜下さんが気にならないなら、私も気にしませんから」

「はあ……?」

味付けのことを言っているのか?それとも、俺の顔にいものかけらでもついてたかな……
朝飯を食い終わり、俺が顔をぺたぺた触っていると、アニが再びチリンと鳴った。

『主様。一度、後方の様子を遠視魔法で見てみませんか?』

「遠視?ああ、前にルーガルーの巣穴をのぞいた時のやつな」

『ええ。夜も明けましたし、追跡者が本格的に尾行を開始しているかもしれません。今まで歩いてきた道をたどってみましょう』

おお、あの魔法はそんな使い方もできるのか。俺は二つ返事で了承すると、アニはぶつぶつと呪文をつぶやき、魔法の準備に入った。しばらくして、アニから青い光がふき出す。

『ホークボヤンス!』

次の瞬間、俺の視界ははるか後方へとぶっとんだ。目の前には、今朝俺たちが歩いてきた森が見える。目玉だけがそこに瞬間移動したみたいだ。

「おっと。ここは、今朝の森だな。いまここには追っ手の姿は見えないぞ」

『わかりました。では、そこから来た道を辿ってみましょう。といっても、そのままでは時間がかかりすぎるので、少し視点を上げましょうか……』

アニの声が聞こえたかと思うと、急に視界がぐーんと上昇し、森のこずえと同じくらいの高さになった。俺たちがそばを歩いてきた川が、うんと先まで見通せるようになった。ところで、ふと横をながめると、木々の向こう側がのっぺり黒く塗りつぶされているのが見えた。ゲームで言う、壁の向こう側みたいな……

「うわ、気持ち悪いな。なあアニ、森の向こうが真っ暗なんだけど」

『ああ、そこは主様の見たことのない範囲です。遠視魔法は使用者が一度見た場所しか見ることができないんですよ』

「ふーん。じゃあ今ここで、世界の反対側を見ることはできないんだな」

『そういう事です』

さて、確かこの魔法の中では、移動したいと思えばその通りに動けたはずだ。俺が前に進もうと思うと、視界も前にすすんだ。もっと早くと思えば、スピードも上がる。すごいぞ、飛ぶ鳥の勢いだ。俺は森の中を滑空するツバメになった気分で、すいすいと川の上空を飛んでいった。

「ん?」

すいーっと気持ちよく飛んでいると、苔むした大地の上に、場違いな金属質の光を放つ人影を見つけた。近づいて見ると、そいつは立派な鎧を着こんだ、中年の兵士だった。

「あ!こいつ、あのエドガーとかいう、リーダー兵士だ!このやろう、まだ追っかけてきてたのかよ」

『やはり追跡者がいましたか。主様、視界を戻しますよ』

アニが言い終わると同時に、目の前の光景はぱっと消え、俺の視界は自分の体のもとへと戻ってきた。

「桜下さん、その兵士はどこまで迫ってきてるんですか?」

ウィルがおびえた表情で俺に詰め寄る。

「まだけっこう後ろだよ。俺が朝に目ぇ覚ましたところ、あれよりもう少し戻ったとこだ」

「じゃあ、今すぐどうこうということは無いんですね……」

ウィルがほっと胸をなでおろす。アニがチリンと鳴った。

『その追跡者は、一名のみですか?』

「ああ。あ!もしかしたら後ろにもっと仲間がいたかも……」

『いえ、もし後方に控えがいるとしたら、わざわざその兵士だけ突出する必要はないでしょう。少なくとも、すぐに合流できる位置に仲間がいるとは思えません。おそらくその兵士のみが道しるべを残し、あとから本隊が合流する手はずなのでしょう』

「でも、じゃあどうしよう。そいつに後をつけられたら、結局またやりあうことになっちまうぜ?」

急いで逃げてもいいが、ずっとケツを狙われるのはいい気分じゃないな。相手は一人だし……フランがおもむろに手を挙げる。

「わたしが走って行って、そいつの足を潰してこようか。それならもう後は追えない」

つ、つぶすって……比喩表現だよな、あくまで?俺が顔を引きつらせていると、俺の胸でアニが左右に揺れた。

『いいえ、それはよしたほうがいいでしょう。相手は恐らく、我々のなにがしかの痕跡を追ってきているはず。足跡か何かでしょうかね』

あ。俺は足元を見下ろす。砂地には足跡がくっきり残っていた。もしかしたら、少し前に歩いていたふかふかの苔にも、跡が残っているかもしれない。あ、さらにその前の芦原には、フランが踏み倒したわだちがあるじゃないか。

「……わたしが、跡を残したから。わたしじゃヘマするだろうって言いたいの?」

フランがぶすっとした顔で言う。

『そうではありません。まあ少しうかつではありましたが、致し方ないでしょう。それよりも、相手が探知魔法を用いて、我々の場所を探り当てているのかもしれません』

探知魔法……サーチをする魔法ってことか?

「けど、アニ。相手はあのリーダー格の兵士だぜ?あいつは魔法使いじゃないだろ」

呪文書スクロールを使ったとしたら、簡単な魔法の行使は可能なのです。考えてもみてください。私たちが川沿いを進みだしてからなら、後を追うことはできたでしょう。しかし、そもそも街道を外れ、川伝いに逃げたということを、敵は知らないはずなんですよ』

「あ……俺とフランは、街道を外れるところを見られちゃいないはずだもんな」

『とすると、何らかの方法で場所を割り出したとしか思えないのです。私自身、強力な魔導の痕跡を残してしまいますから……おそらく、それを追われたものかと』

「……なぁ、それってじゃあ、どこまで逃げても逃げ切れないってことか?魔法でサーチされちゃうから?」

『いえ、スクロールで行う探知魔法の有効範囲はたかが知れています。魔術師が百人単位で集まるならともかく、これだけ距離を離せば、正確な位置はわからないはず。ですがこちらから敵のもとへ出向いてしまえば、せっかくの距離を縮めることになってしまいます』

アニのたしなめるような説明を聞いて、フランはイライラと首を振った。

「だから、わたしだけ叩きに行くって言ってるでしょ。魔法に引っかかるのはアンタなんだから、アンタが離れてれば問題ないじゃん」

『そうとも言い切れません。あなたが兵士を襲う途中、兵士の血を一滴でも浴びれば、兵士はあなたの後を魔法で追えるようになります。“自分の血”という強力なオブジェクトを指定することで』

フランはぐっと言葉に詰まった。それは難しそうだなぁ。相手が鼻血でも吹いたら、即アウトなんだろ。

「じゃあ、どうするの!カルガモみたいに私たちの後を大群がついてくるのを、黙ってみてるわけ?」

『そうは言っていません。こちらから出向くのはやめにしますが、少し連中の足を止めてやりましょう』

「は……?」

『罠を張るのです』


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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