じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
10-1 それぞれの夜
10-1 それぞれの夜
「……なあ、フラン」
「なに」
フランはそっけなく答える。俺はフランの肩に鼻を押し付けると、もごもごと続きを口にした。
「フランは、楽しいか?」
「は?」
おっと、遠回しすぎる言い方をしてしまった。ちょっと臆病になってしまったな。
「今この状況が、ってこと?これが楽しい人はいないと思うけど」
「あいや、違くて。その、こうして一緒に旅をするようになったけどさ。結構、フランには面倒かけちゃってるなーって。それも、ほとんど俺が原因だったりして……」
「……?つまり、わたしが後悔してないかってこと?今こうして、一緒にいることを?」
「……まあ、そういうことだけど」
フランは賢いなぁ。俺が言いたいことを、すぐ言い当てられてしまった。柄にもなく、ちょっと不安だったんだ。
フランは前を向いたまま、もくもくと歩き続けている。倒木をまたいだ拍子に俺がずり落ちそうになったので、フランは背中をゆすって俺を担ぎなおした。なんか、フランの子どもになった気分かも……自分より年下の母ちゃんか、へへ。
「……別に」
「うん?」
「わたしは、自分の未練を探すっていう目的もあるし。自分ひとりじゃわからないから、こうして誰かと一緒に旅をできるのは無駄じゃないと思っている」
「そ……そっか。うん、そうか」
「それに……」
それに?フランは口ごもると、ぼそっとつぶやいた。
「約束、したから……」
約束?フランとはいろいろ約束を交わしたと思うけど、どれのことを言っているんだろう。けど、フランなりに自分の意思で仲間にいてくれているのがわかって、ほっとした。
「じゃあさ。君はどうだろう、ウィル?」
俺は首を持ち上げると、頭上を飛ぶウィルを見上げた。
「私、ですか?それは、フランさんに聞いたのと同じ内容で?」
「ああ。ウィルを仲間に誘ったとき、俺たちは気楽な集団だって言ったじゃないか。けど、今日みたいなごたごたに巻き込んでいたら、それも嘘になっちまうなって」
ウィルはすすすっと下りてくると、俺のすぐ横に並んだ。
「まあ、確かにそうですね。自由気ままな旅とは違うとは思いますけど……でも、桜下さんだって騙すつもりはなかったんでしょう?」
「そりゃあ、俺だって先のことはわからなかったけど。だからこそ、無責任だったかなって」
「そうですねぇ。桜下さんったら、自分から危険に首を突っ込んでいくし、変なところで強気だったりするから、見ていてひやひやするっていうのはありますね」
「あ、そうね……」
「くす。でも終わってみれば、達成感というか、やり遂げたなーって気がして、それは悪くないかなって思います。みなさんといるのも楽しいですし」
「そ、そうか?」
「だいたい、桜下さんが勇者であることを隠してるって時点で、こうなることは想像してましたよ。予想の範疇です」
「そ、そうなのか?」
「はい」
なんだ、気にしていたのは俺だけか?この流れで、もう一人にも聞いておこう。
「エラゼムはどうだ?今日は、ずいぶん大変な役目を押し付けちゃったけど」
「何をおっしゃいますか、桜下殿。あれしきのこと、大変の内にも入りません。そうでなくても、桜下殿には城の皆を開放していただいた大恩がありますからな。骨身は惜しみません」
「あれは、成り行きというか……ぶっちゃけるとさ、最初は城のお宝が目当てで忍び込んだんだぜ」
「しかし桜下殿は、吾輩の言葉を聞き入れてくれたではありませぬか。城の財貨には手を付けず、すでに過去の存在である我々に憐憫の情をかけてくださった。信頼を寄せるには、それで十分ではありませぬか?」
「けど……エラゼムには、城主の行方を探すって目的もあるだろ」
「ああ、そちらの方ですか。それはこうして旅をすること自体が、すでに行程の一部でありますから」
「うん?旅をしていれば、おのずと見つかるだろうってことか?」
「ええ。多少推測の余地こそあれど、メアリー様はほとんど後白浪です。なにせ百年も前のことですからな……各地で、根気よく当たるしかないと思っております。その点、一つ所にとどまらないこの旅は、吾輩には好都合なのです。桜下殿からしたら、はた迷惑な話かもしれませぬが」
「そんなことはないけど……じゃあ、今回はあまり聞き込みができなかったんじゃないか?」
「いえ、そうでもありません。誠に勝手ながら、実はすでに捜索と聞き込みをしておりました。夜に町を出歩いた時と、宿で主人たちに話を聞いた時です」
あ~、なるほど。あれ、そういう意味もあったのか。
「……なーんだ、みんな案外、自由にやってるんだな」
「くす。気にしすぎなんですよ、桜下さんは。好きじゃなかったら、一緒にいるわけないじゃありませんか」
ウィルがにこりと笑う。こいつらとの出会いは、いつも俺の能力が関わっていたからな。無意識のうちに、無理やり付き従えたというイメージが付きまとっていたのかもしれない。
「そっか。それは、なによりだな……」
俺はぶっきらぼうにぼそっとつぶやくと、フランの背中に顔をうずめた。なんだかこっぱずかしくなってしまったのだ。小さいことを気にして、バカみたいじゃないか。
(でも……)
不思議と、心は穏やかで、満たされた気持ちだった。いままで味わったことのない、不思議な感覚……
(うん。もう迷わない。みんなを信じて、俺を信じていこう)
うじうじするのは、もうやめだ。今日、フランが言ったとおりだ。無いものをねだるより、今あるものを大事に育てるんだ。もっとみんなを楽にできるように。もっと俺の野望を実現できるように。
(もっと、強くなるんだ)
フランが歩くたびに、背中はゆりかごのように揺れる。俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。俺の意識はすぅっと溶けて、心地のよい眠気の中に沈んでいった。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「……なあ、フラン」
「なに」
フランはそっけなく答える。俺はフランの肩に鼻を押し付けると、もごもごと続きを口にした。
「フランは、楽しいか?」
「は?」
おっと、遠回しすぎる言い方をしてしまった。ちょっと臆病になってしまったな。
「今この状況が、ってこと?これが楽しい人はいないと思うけど」
「あいや、違くて。その、こうして一緒に旅をするようになったけどさ。結構、フランには面倒かけちゃってるなーって。それも、ほとんど俺が原因だったりして……」
「……?つまり、わたしが後悔してないかってこと?今こうして、一緒にいることを?」
「……まあ、そういうことだけど」
フランは賢いなぁ。俺が言いたいことを、すぐ言い当てられてしまった。柄にもなく、ちょっと不安だったんだ。
フランは前を向いたまま、もくもくと歩き続けている。倒木をまたいだ拍子に俺がずり落ちそうになったので、フランは背中をゆすって俺を担ぎなおした。なんか、フランの子どもになった気分かも……自分より年下の母ちゃんか、へへ。
「……別に」
「うん?」
「わたしは、自分の未練を探すっていう目的もあるし。自分ひとりじゃわからないから、こうして誰かと一緒に旅をできるのは無駄じゃないと思っている」
「そ……そっか。うん、そうか」
「それに……」
それに?フランは口ごもると、ぼそっとつぶやいた。
「約束、したから……」
約束?フランとはいろいろ約束を交わしたと思うけど、どれのことを言っているんだろう。けど、フランなりに自分の意思で仲間にいてくれているのがわかって、ほっとした。
「じゃあさ。君はどうだろう、ウィル?」
俺は首を持ち上げると、頭上を飛ぶウィルを見上げた。
「私、ですか?それは、フランさんに聞いたのと同じ内容で?」
「ああ。ウィルを仲間に誘ったとき、俺たちは気楽な集団だって言ったじゃないか。けど、今日みたいなごたごたに巻き込んでいたら、それも嘘になっちまうなって」
ウィルはすすすっと下りてくると、俺のすぐ横に並んだ。
「まあ、確かにそうですね。自由気ままな旅とは違うとは思いますけど……でも、桜下さんだって騙すつもりはなかったんでしょう?」
「そりゃあ、俺だって先のことはわからなかったけど。だからこそ、無責任だったかなって」
「そうですねぇ。桜下さんったら、自分から危険に首を突っ込んでいくし、変なところで強気だったりするから、見ていてひやひやするっていうのはありますね」
「あ、そうね……」
「くす。でも終わってみれば、達成感というか、やり遂げたなーって気がして、それは悪くないかなって思います。みなさんといるのも楽しいですし」
「そ、そうか?」
「だいたい、桜下さんが勇者であることを隠してるって時点で、こうなることは想像してましたよ。予想の範疇です」
「そ、そうなのか?」
「はい」
なんだ、気にしていたのは俺だけか?この流れで、もう一人にも聞いておこう。
「エラゼムはどうだ?今日は、ずいぶん大変な役目を押し付けちゃったけど」
「何をおっしゃいますか、桜下殿。あれしきのこと、大変の内にも入りません。そうでなくても、桜下殿には城の皆を開放していただいた大恩がありますからな。骨身は惜しみません」
「あれは、成り行きというか……ぶっちゃけるとさ、最初は城のお宝が目当てで忍び込んだんだぜ」
「しかし桜下殿は、吾輩の言葉を聞き入れてくれたではありませぬか。城の財貨には手を付けず、すでに過去の存在である我々に憐憫の情をかけてくださった。信頼を寄せるには、それで十分ではありませぬか?」
「けど……エラゼムには、城主の行方を探すって目的もあるだろ」
「ああ、そちらの方ですか。それはこうして旅をすること自体が、すでに行程の一部でありますから」
「うん?旅をしていれば、おのずと見つかるだろうってことか?」
「ええ。多少推測の余地こそあれど、メアリー様はほとんど後白浪です。なにせ百年も前のことですからな……各地で、根気よく当たるしかないと思っております。その点、一つ所にとどまらないこの旅は、吾輩には好都合なのです。桜下殿からしたら、はた迷惑な話かもしれませぬが」
「そんなことはないけど……じゃあ、今回はあまり聞き込みができなかったんじゃないか?」
「いえ、そうでもありません。誠に勝手ながら、実はすでに捜索と聞き込みをしておりました。夜に町を出歩いた時と、宿で主人たちに話を聞いた時です」
あ~、なるほど。あれ、そういう意味もあったのか。
「……なーんだ、みんな案外、自由にやってるんだな」
「くす。気にしすぎなんですよ、桜下さんは。好きじゃなかったら、一緒にいるわけないじゃありませんか」
ウィルがにこりと笑う。こいつらとの出会いは、いつも俺の能力が関わっていたからな。無意識のうちに、無理やり付き従えたというイメージが付きまとっていたのかもしれない。
「そっか。それは、なによりだな……」
俺はぶっきらぼうにぼそっとつぶやくと、フランの背中に顔をうずめた。なんだかこっぱずかしくなってしまったのだ。小さいことを気にして、バカみたいじゃないか。
(でも……)
不思議と、心は穏やかで、満たされた気持ちだった。いままで味わったことのない、不思議な感覚……
(うん。もう迷わない。みんなを信じて、俺を信じていこう)
うじうじするのは、もうやめだ。今日、フランが言ったとおりだ。無いものをねだるより、今あるものを大事に育てるんだ。もっとみんなを楽にできるように。もっと俺の野望を実現できるように。
(もっと、強くなるんだ)
フランが歩くたびに、背中はゆりかごのように揺れる。俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。俺の意識はすぅっと溶けて、心地のよい眠気の中に沈んでいった。
つづく
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