じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
8-3
8-3
一方その頃、ヘイズに憑依したウィルは、部屋へやってきた兵士に対応していた。
「ヘイズ殿?何やら、剣撃音と怒声が聞こえた様な気がしたのですが……」
「ん、ああ、すまない。うっかり剣を落としてしまったのだ。それより、一大事だぞ。勇者の居場所が分かったんだ」
「ほ、本当でありますか!?」
「ああ、東門付近の小屋だそうだ。先ほど伝令の兵が来て伝えていった」
「なるほど……門を死霊に解放させ、本人は安全になってから出てくるつもりだったということですか」
「ん、ああ。そんなところだろう」
「……?ヘイズ殿、どこかお体の具合でも悪いのですか?」
「へ?な、なんでだ?」
「いえ、先ほどと少し様子が違うようでしたので……」
「ば、馬鹿なことを言うな。オレはいつもどおりだ。そんなことより、勇者だ。直ちに現場に向かい、勇者を取り押さえろ!」
「は、はっ!」
「いいか、オレたちはさんざんあの勇者に苦戦させられてきた。今度こそ万全の状態で相手をしろよ」
「抜かりなく。兵、馬ともに準備万端です」
「それも大事だが、戦力も集中するのだ。町中の兵を東に向かわせろ」
「はい?西と北門の警備兵も、ですか?」
「あたりまえだ。勇者の居場所が分かった以上、無駄な警備をさせてどうするのだ。全勢力を集め、確実に勇者をとらえよ」
「はっ。では門の守備に回っている部隊と合流し、東門へ向かいます」
「ああ。あ、そうそう。伏兵も全員だからな。出し惜しみはナシだ」
「ああ、そうでしたね。承知しました。潜伏している兵も引き上げさせます」
「うむ。勇者の場所は現地の兵士が知っている。ただ、今は騎士の相手で手が回らないそうだ。早いとこ援軍に向かってやれ」
「了解であります!」
兵士は敬礼すると、くるりと部屋を出て行った。後に残ったのは、ヘイズ……に憑依したウィルだけだ。
「……ふぅー。ドキドキしましたね……」
ウィルの乗り移ったヘイズは額の汗をぬぐった。兵士に疑われたときは、内心心臓が止まりそうになっていた。
「けど、これでうまくいきそうですね。あとは、念のため兵士の方が出ていくのを確認して……」
が、そのとき、ウィルの目の前が急にぐにゃりとゆがんだ。
「……ッ!?」
ヘイズの手を伸ばし、壁に寄りかかる。目の前に映る床がぼやけて、何重にもダブっているようだ。
(……まだ……まだもってよ……!)
ウィルはぎゅっと目を閉じ、めまいが収まるのをじっと待った。少しすると、体の具合が戻ってきた気がする。恐る恐る目を開けると、床は元通りになっていた。
「よかった……けど、今のはきっと……」
この体が、言っているんだ。出ていけ、返せ、と。
(あまり持ちそうもないけれど……できる限りのことはしましょう)
「すみません……もう少し、貸してくださいね」
ウィルはパンパンっと頬を叩いて、気合を入れなおした。ちなみにウィルは幽霊だから痛みを感じないので、これはヘイズの叩かれ損だったりする……
再びところ変わって、東門前の広場。ウィルがヘイズに憑依してから数十分が過ぎたころ、広場ではいまだにエラゼムとエドガーがつばぜり合いをしていた。
「むおぉぉりゃ!」
ブゥン!空を切り裂きながら、エドガーが斧槍を振りかざす。エドガーは自分のロングソードではリーチで不利だとみるや、兵から槍を譲り受けて、それを振り回していた。
「ふん!」
エラゼムはハルバードの穂先を、ひじ関節の鎧の隙間で受け止めた。力をこめると、バキっと槍の刃が折れる。エラゼムはそのまま腕をブンと振り、“手首に巻き付いていた鎖”を兵士ごと振り払った。
「ぐわっ!」
振り払われてなお鎖を手離さなかった兵士は、そのままずるずると地面を引きずられる。エラゼムはちぃ、と舌打ちすると、緩んだ鎖に大剣を打ち下ろした。ガチャン!
「やれやれ、ようやく利き腕が自由になったわ」
「くそが……拘束すらできんとは……」
エドガーは額に汗をにじませ、荒い息遣いで愚痴をこぼす。エラゼムの周りには、折れた弓矢、何本もの鎖、石や鉄球などの投石物がごろごろと転がっていた。それらは激しい戦闘の様子を物語っていたが、それをしてなお、エラゼムの鎧には傷らしい傷は見受けられない。
「え、エドガー隊長。もうあいつには、我々の武器が通用しません。大砲で吹き飛ばすか、魔法でもないと……」
「ええい、黙らんか!ないものをねだったところで、戦局は変わりはしない!」
エドガーは弱気な兵をしかりつけたが、内心では兵士の意見に賛同していた。あの騎士の強さは、想像以上だ。
「馬鹿な……たかだかネクロマンサーの操る死霊騎士一匹が、なぜああも自在に剣を操れるのだ。本来であれば、一ひねりで片が付く魔物であるのに……」
「吾輩の強さを認めたか、騎士団長どの。しかし、それは誤りであろう」
「なにぃ?」
「吾輩の剣技は、所詮は過去の遺物。真に偉大なのは、吾輩の魂を清め、配下に置く能力だと思わぬか」
「あのネクロマンサーの勇者のことか?ぶわっはっはっは!ネクロマンサーなど、グールのように屍を掘り起こすしか能のない墓荒らしよ。貴様ら死霊にさえ気をつけておけば、あやつなど恐るるに足りんわ!」
「……そうか。では問うが、お前たちが度々取り逃しているのは誰だ?」
エドガーは太い眉をぴくりと動かすと、すかさず言い返した。
「それは、貴様ら死霊の妨害を受けたからだ!それも適切な陣形を組めなかったからであって、今回のように対策を立てれば……」
「だが、現にこうして、お前たちは苦戦しているではないか。お前たちの戦法は見事だった。だが、勇者殿はいまだ捕まっておらぬ。それは勇者殿が、お前たちを上回る術策を弄したということではないのか」
「だ、だまれ!私たちがあの勇者に劣ることなどないっ!」
「おお。戦場において旗鼓堂堂たらんとするのは立派なことだが、現実の認識ができていなければ、死期を早めることにもなるだろうが?」
「うるさい!だまれ!」
「認めよ。かの勇者は強い。それだけでなく……」
「だぁまぁれぇぇぇぇ!」
エドガーは折れた槍をほうり捨て、剣を抜いて切りかかっていく。ガキィン!
「ぐぅお……!」
キィン!エドガーの剣は真っ二つに砕けた。エラゼムが大剣で剣だけを弾いたのだ。鋼が砕けるほどの衝撃を受け、エドガーの手はぶるぶる震えている。エラゼムは、そんな彼の顔前にかちゃりと剣を突きつけた。
「ぬぐっ……」
「騎士団長どの、落ち着いて考えてみよ。どうしてこの戦闘において、貴殿らの兵に死者が出なかったのかを。お前たちはあの方を誤解している」
「は……なん、だと……?」
エドガーが続けて口を開こうとしたその時、黒い影がひゅっと二人目がけて飛んできた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ヘイズ殿?何やら、剣撃音と怒声が聞こえた様な気がしたのですが……」
「ん、ああ、すまない。うっかり剣を落としてしまったのだ。それより、一大事だぞ。勇者の居場所が分かったんだ」
「ほ、本当でありますか!?」
「ああ、東門付近の小屋だそうだ。先ほど伝令の兵が来て伝えていった」
「なるほど……門を死霊に解放させ、本人は安全になってから出てくるつもりだったということですか」
「ん、ああ。そんなところだろう」
「……?ヘイズ殿、どこかお体の具合でも悪いのですか?」
「へ?な、なんでだ?」
「いえ、先ほどと少し様子が違うようでしたので……」
「ば、馬鹿なことを言うな。オレはいつもどおりだ。そんなことより、勇者だ。直ちに現場に向かい、勇者を取り押さえろ!」
「は、はっ!」
「いいか、オレたちはさんざんあの勇者に苦戦させられてきた。今度こそ万全の状態で相手をしろよ」
「抜かりなく。兵、馬ともに準備万端です」
「それも大事だが、戦力も集中するのだ。町中の兵を東に向かわせろ」
「はい?西と北門の警備兵も、ですか?」
「あたりまえだ。勇者の居場所が分かった以上、無駄な警備をさせてどうするのだ。全勢力を集め、確実に勇者をとらえよ」
「はっ。では門の守備に回っている部隊と合流し、東門へ向かいます」
「ああ。あ、そうそう。伏兵も全員だからな。出し惜しみはナシだ」
「ああ、そうでしたね。承知しました。潜伏している兵も引き上げさせます」
「うむ。勇者の場所は現地の兵士が知っている。ただ、今は騎士の相手で手が回らないそうだ。早いとこ援軍に向かってやれ」
「了解であります!」
兵士は敬礼すると、くるりと部屋を出て行った。後に残ったのは、ヘイズ……に憑依したウィルだけだ。
「……ふぅー。ドキドキしましたね……」
ウィルの乗り移ったヘイズは額の汗をぬぐった。兵士に疑われたときは、内心心臓が止まりそうになっていた。
「けど、これでうまくいきそうですね。あとは、念のため兵士の方が出ていくのを確認して……」
が、そのとき、ウィルの目の前が急にぐにゃりとゆがんだ。
「……ッ!?」
ヘイズの手を伸ばし、壁に寄りかかる。目の前に映る床がぼやけて、何重にもダブっているようだ。
(……まだ……まだもってよ……!)
ウィルはぎゅっと目を閉じ、めまいが収まるのをじっと待った。少しすると、体の具合が戻ってきた気がする。恐る恐る目を開けると、床は元通りになっていた。
「よかった……けど、今のはきっと……」
この体が、言っているんだ。出ていけ、返せ、と。
(あまり持ちそうもないけれど……できる限りのことはしましょう)
「すみません……もう少し、貸してくださいね」
ウィルはパンパンっと頬を叩いて、気合を入れなおした。ちなみにウィルは幽霊だから痛みを感じないので、これはヘイズの叩かれ損だったりする……
再びところ変わって、東門前の広場。ウィルがヘイズに憑依してから数十分が過ぎたころ、広場ではいまだにエラゼムとエドガーがつばぜり合いをしていた。
「むおぉぉりゃ!」
ブゥン!空を切り裂きながら、エドガーが斧槍を振りかざす。エドガーは自分のロングソードではリーチで不利だとみるや、兵から槍を譲り受けて、それを振り回していた。
「ふん!」
エラゼムはハルバードの穂先を、ひじ関節の鎧の隙間で受け止めた。力をこめると、バキっと槍の刃が折れる。エラゼムはそのまま腕をブンと振り、“手首に巻き付いていた鎖”を兵士ごと振り払った。
「ぐわっ!」
振り払われてなお鎖を手離さなかった兵士は、そのままずるずると地面を引きずられる。エラゼムはちぃ、と舌打ちすると、緩んだ鎖に大剣を打ち下ろした。ガチャン!
「やれやれ、ようやく利き腕が自由になったわ」
「くそが……拘束すらできんとは……」
エドガーは額に汗をにじませ、荒い息遣いで愚痴をこぼす。エラゼムの周りには、折れた弓矢、何本もの鎖、石や鉄球などの投石物がごろごろと転がっていた。それらは激しい戦闘の様子を物語っていたが、それをしてなお、エラゼムの鎧には傷らしい傷は見受けられない。
「え、エドガー隊長。もうあいつには、我々の武器が通用しません。大砲で吹き飛ばすか、魔法でもないと……」
「ええい、黙らんか!ないものをねだったところで、戦局は変わりはしない!」
エドガーは弱気な兵をしかりつけたが、内心では兵士の意見に賛同していた。あの騎士の強さは、想像以上だ。
「馬鹿な……たかだかネクロマンサーの操る死霊騎士一匹が、なぜああも自在に剣を操れるのだ。本来であれば、一ひねりで片が付く魔物であるのに……」
「吾輩の強さを認めたか、騎士団長どの。しかし、それは誤りであろう」
「なにぃ?」
「吾輩の剣技は、所詮は過去の遺物。真に偉大なのは、吾輩の魂を清め、配下に置く能力だと思わぬか」
「あのネクロマンサーの勇者のことか?ぶわっはっはっは!ネクロマンサーなど、グールのように屍を掘り起こすしか能のない墓荒らしよ。貴様ら死霊にさえ気をつけておけば、あやつなど恐るるに足りんわ!」
「……そうか。では問うが、お前たちが度々取り逃しているのは誰だ?」
エドガーは太い眉をぴくりと動かすと、すかさず言い返した。
「それは、貴様ら死霊の妨害を受けたからだ!それも適切な陣形を組めなかったからであって、今回のように対策を立てれば……」
「だが、現にこうして、お前たちは苦戦しているではないか。お前たちの戦法は見事だった。だが、勇者殿はいまだ捕まっておらぬ。それは勇者殿が、お前たちを上回る術策を弄したということではないのか」
「だ、だまれ!私たちがあの勇者に劣ることなどないっ!」
「おお。戦場において旗鼓堂堂たらんとするのは立派なことだが、現実の認識ができていなければ、死期を早めることにもなるだろうが?」
「うるさい!だまれ!」
「認めよ。かの勇者は強い。それだけでなく……」
「だぁまぁれぇぇぇぇ!」
エドガーは折れた槍をほうり捨て、剣を抜いて切りかかっていく。ガキィン!
「ぐぅお……!」
キィン!エドガーの剣は真っ二つに砕けた。エラゼムが大剣で剣だけを弾いたのだ。鋼が砕けるほどの衝撃を受け、エドガーの手はぶるぶる震えている。エラゼムは、そんな彼の顔前にかちゃりと剣を突きつけた。
「ぬぐっ……」
「騎士団長どの、落ち着いて考えてみよ。どうしてこの戦闘において、貴殿らの兵に死者が出なかったのかを。お前たちはあの方を誤解している」
「は……なん、だと……?」
エドガーが続けて口を開こうとしたその時、黒い影がひゅっと二人目がけて飛んできた。
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